2015年9月21日月曜日

書評:奇跡の脳 〜脳科学者の脳が壊れたとき〜

奇跡の脳 〜脳科学者の脳が壊れたとき〜
著者: ジル・ボルト・テイラー (竹内薫訳)
出版社: 新潮文庫

養老孟司氏の「自分の壁」で見かけたのがきっかけだ。「人間はなぜ”自分”を意識するのか」という命題の解を探す中で、一つのヒントとして引用されていたのだ。「脳卒中で倒れた脳科学者がその瞬間の出来事を克明に記した本がある。」と。「そして、それによれば、左脳の能力が失われゆくとき、自他の区別があやふやになり、自分が流体になったような感覚に陥る。」 と。この異世界のような真実を聞いて、すぐに読みたくなったのだ。

脳科学者であった著者ジル・ボルト・テイラー氏が、脳卒中になった瞬間から、奇跡の回復をとげるまでの話が、そこには確かにはっきりと描かれていた。左脳を損傷し、言語能力や記憶を喪失し、そこからどうやって回復できたのか、そこにはどんな苦労や発見があったか、、、患者と、そして脳科学者という両方の立場から紐解いている。皮肉といえば皮肉だが、脳のことを勉強して、脳のことを一番よく知っている当人が、脳の病気に見舞われた・・・。この事実こそが、本書最大の特徴であり、魅力である、と言えるだろう。

読み進めるたびに、自分が興奮していくのがわかった。著者がずっと脳の話をするので、「あ、いま、自分の左脳がものすごく活動している」なんていうことを自分でも感じながら読んだ。左脳と右脳が違う役割を持っていることくらいは知っていた。だが、本書を読むことでまた自分の知らない世界が開けたかのようだった。人間の底知れない生命力の強さに・・・いや、ヒトの脳の想像以上の脆さと強さに驚嘆した、と言っていいだろう。

なんとはないきっかけで、一瞬のうちに記憶や言語力が失われてしまうという事実に、至極合理的であると感じつつも、なんとも受け入れがたい脆さを感じた。そう、そのあっけなさは、まるでウィンドウズが壊れたPC・・・ブルースクリーンになった画面を見つめているかのようである。ハードディスクが壊れちゃった・・・あ、データが消えた・・・まさにそんな感じで、人が何十年にも渡り積み重ねた記憶が一瞬にして、文字通り完全に消失してしまうのである。人間とは、なんてこう・・・機械的なんだろう・・・と思ってしまう。

一方で、脳の逞しさにも惚れ惚れする。脳卒中で完全に言語や学習してきた知識を喪失した人間が、こんな立派な本を書きあげるまでに回復したのである。この事実は、驚愕以外のなにものでもない。いま、彼女がどうしているのか、とても興味があり、読了後にインターネットで彼女のことを調べていたら、TEDという有名な大会で、立派にプレゼンしている動画を目の当たりにすることができた。その様子からは、本を読んでいなければ、とても脳卒中になった人とは分からない。それほどの回復ぶりだったのである。ヒトの脳とは何とも逞しいことか。

著者は言う。本書を読むことで、自分と同じ病気になった人への手の差し伸べ方を学んで欲しいと。著者は言う。本書を読むことで、脳の美しさと逞しさを知って欲しいと。著者は言う。本書を読むことは、右脳への旅することでもあり、深い安らぎを得る旅でもあると。健常者にも、脳障害を持つ人が身近にいる人にも、すべての人に新たな発見とたくましく生きるヒントを与えてくれる本である。間違いなく私の大好きな本の一冊となった。


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