2021年6月19日土曜日

書評:HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか

結論から言えば、ベンチャー起業であってもなくても本書を読めば、孤独な立場におかれる社長は、勇気づけられるだろう。加えて自分に足りないものに気づくことができるだろう。企業経営者やそれに近い立場の人には、社長がどのようなことを考えているか、発揮すべきリーダーシップが何かといった観点で学びを得ることができるだろう。そして、これから起業を目指す人には、自分にその覚悟と資質があるか確認することができるだろう。

著者:ベン・ホロウィッツ

 著者のベン・ホロウィッツは、IT会社オプスウェア(元ラドクラウド)の創業者。成功して、今は次世代の最先端テクノロジー企業を生み出す企業家に投資する投資家。「私はどうやって成功したか」と言う目線で書かれた本はゴマンとあるが、この本は違う。「私はどうやって危機を乗り越えたか」を書いた本、と言い切ってもいいだろう。フィクションであったとしても、なかなかここまでの窮地を描くことはできないだろう、と思うほど、「これでもか」「これでもか」といった危機を経験し、必死でもがき、そして乗り越えた話がそこにある。

本書を読んでまず一番の大前提に気づかされる。

それはCEOは、戦艦の艦長であり、副社長含めそれ以外の人と持っている責任の重さが全く違うと言うことだ。なんとなくわかってはいたが、どれだけ違うのか、と言うことが著者の体験談を通じてはっきりと理解できる。

こういう前提があるから、

  • CEOは、持っている責任の重みが違う人にヤンヤ言われても、その通りに意思決定しても救われないし、解決もしない。頼りすぎてもいけない
  • 加えて、良い手がないときに集中して最善の手を打つ能力がCEOには必要不可欠になる
「逃げたり死んだりしてしまいたいと思う瞬間こそCEOとして最大の違いを見せられるときだ」と語る著者の言葉が突き刺さる。

その大前提にたった上で、CEOは「みんなに動いてもらってなんぼ」と言うことだ。そのために最善を尽くす・尽くせるかが重要になる。言ってみれば、社員に対して「みんな!こっちに行くぞ!」とみんなが迷わず進めるゴールを示すとともに、「あ、この人について行こう!ついていきたい!」と思わせる力があるかどうかが全てだ。

著者曰く、そのためにCEOが持つべき資質は次の4つにまとめることができる。

  • ビジョンをいきいきと描写できる能力
  • 正しい野心
  • ビジョンを現実化する能力
  • 部下のことを優先して考える力

とりわけ、著者の次の言葉は強く印象に残った。

「真に偉大なリーダーは、周囲に『この人は自分のことより部下のことを優先して考えている』と感じさせる雰囲気をつくり出すものだ」(本書より)

みなさんは、自分に足りないものが何かわかっただろうか。少しでも興味を持ったのであれば、本書を手に取ってみることをお勧めする。


2021年6月5日土曜日

書評:地の果てへの旅

知の果てへの旅 (新潮クレスト・ブックス)
著者:マーカス・デュ・ソートイ

「知の最果てを目指すこの旅では、科学者たちが既に地図に書き込んだ場所を経て、今日の知の最前線における大発見の間際に迫る」

著者の言葉の引用だが、これこそが本書の狙いだ。

少し噛み砕くと、「予測できない」とされた領域を、人間がどうやって科学や物理学の力で「予測できる」ように変えてきたか。「いま、人類はどこまでわかっていて、何がわからないのか」について教えてくれる本である、とも言える。具体的にはたとえば、どうやって地球が自転・公転していることを発見できた理由、星までの距離がわかった理由、そのほかにも万有引力の法則、相対性理論、カオス理論、原子の発見、素粒子の発見、量子理論など、おなじみの理論がたくさん登場する。

ここまで聞いたところでみなさんは「なぜ、そんな難しそうな本を読んだのか?」と思うかもしれない(そこまで難しくないので安心してほしい)。それはこの著者オックスフォード大学のマーカス・デュ・ソートイ教授を、以前「NHK白熱教室」で知ったのだが、「そのときのあまりの講義のすばらしさ」に感動を覚えた人だったからだ。しばらく忘れていたが、先日、月刊VOICEで彼のインタビュー記事を読んで、本書の紹介があったので、おおっ!、これは読まねば!とおもった次第だ。

「本書は難しいんでしょう?」 タイトルからして多くの人がそう思うだろう。安心してほしい。私は数学が大嫌いで、微分・積分もおぼつかない文系人間だが、そんな私でも、読み切ることができた。その意味で、難しいはずの理論について、だいぶ噛み砕いて説明をしてくれていると言える。また、理解を助けてくれるもう1つの要因として、文字通り、こうした様々な理論を、それが誕生した順に、あたかも、その道のりを一緒に旅して歩くように説明してくれている点を挙げることができるだろう。

ただ正直に言うが、「超簡単に理解できるか」といわれるとそうでもない。できるだけ噛み砕いて説明しようとしてくれているが、決して「優しい本」とは言えない。そもそも、学者も喜ぶ有名な理論を、図解をあまり使わずに文章で説明する行為自体に限界があって当然だ。ただ、「難しいな」と思ったとき、わたしはそのまま読みすすめるのではなく、一旦、そのテーマについてYouTubeで関連動画をさがしそれを何本かみて、また本に戻る、ということを7〜8回繰り返した。

「なんてめんどうな」と思うかもしれないが、私にはこのやり方が妙にハマった。というか、むちゃくちゃ理解も進んだし、知識の幅が間違いなく広がったと感じる(と同時に、YouTubeの有効性を改めて実感した)。カオス理論や不確定性原理の話、光子の特殊な性格を理解するために行ったという二重スリット実験、光の速度を発見する実験等、本書と合わせて20〜30個のYouTube解説動画を見たが、相当理解が進んだ。

「何を学んだのか?」と問われると、「それこそ、たくさん!」と答えたい。その中であえて2つだけあげておく。その1つは、やはり量子理論の話だ。この本のおかげで、電磁波の性質を理解できたし、量子理論でよくいわれる「重ね合わせ」の意味も(だいぶ時間がかかったが)理解できた。ついでの量子暗号の仕組みも理解できた。今なら他人に説明できる自信がある。

もう1つは、本書での取り扱いは決して大きくはなかったのだが、私に強烈な印象を残したものだ。それは脳梁分断手術から判明した脳の働きの話。脳梁分断手術とは、右脳と左脳の間をつなぐ神経を人工的に切断するもので、「てんかん」患者を治療するために行われている手術だ。こうした手術を患者に施したことにより、人間の「右脳」がイメージ(映像)を扱い、「左脳」が言語を扱うことがわかったという。ここまではよく知られている話だ。なるほどと思ったのはここから先。「右脳」は見たものをそのままイメージとして記憶に残そうとするが、イメージデータは容量が大きいため、記憶に残すのに限界があり、どんどん薄れていってしまうという特徴がある。だから、「右脳」で見たイメージを、抽象化し言語化し「左脳」の記憶領域(ハードディスク)に保存する。インプットにあたる。そして人間が「何かを見て発想する」には、「左脳」のハードディスクから関係のありそうな情報を取り出し、「右脳」にパスして、イメージ化するわけだが、これがまさにアウトプットだ。人間の頭の回転スピードや発想力はどうやら、このアウトプット、すなわち、「左脳」から「右脳」へのシナプスが発達すればするほどいいようで、それはアウトプット訓練をどれだけやったかに比例する。元大阪府知事の橋下徹氏は、20代の頃から五大新聞をすべて読み、ただ読んで終えるだけではなく、読んだニュースそれぞれに対して自分の考えをアウトプットする訓練をしてきたといっていたが、この「右脳」と「左脳」の機能を理解すると、すっと腹落ちする。

ちょっと話がそれたが、まとめると本書を読むメリットは、「知的好奇心を満たしてくれること」と、「今をときめく、量子理論の世界にすっと頭を突っ込むことができること」だ。量子力学はまだこれからの分野だ。量子暗号や量子コンピュータなどが叫ばれているが、そうした技術を正しく理解しておくことに何ら損はない。

もちろん、量子力学だけを書いた本ではないので、宇宙が好き、星が好き、未知の世界が好き、とにかく好奇心が旺盛・・・という人には読む価値がある本だろう。私のようにYouTube動画などとあわせ技で読むと、とても効果的・効率的だと思う


書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...