2018年9月9日日曜日

書評:斜陽(太宰治)

今更ながらの文学作品の読み漁り・・・まだ続けている。今回は、太宰治続きで、「斜陽」を読んだ。なぜ、読んだかと言えば、なんとなくタイトルに記憶があったからだ。

斜陽
著者:太宰治

イギリスの貴族が凋落していく・・・そんな姿を描いたドラマ「ダウントン・アビー」が今、流行っているが、本書を読んでそれを思い浮かべた。戦争を皮切りに、裕福だった家庭が、凋落していく・・・その中に起こるドラマを描いた物語だ。主人公は、かず子。齢三十。父を病気で、弟を戦争にとられて、男手をなくし、戦争に負け、落ちぶれて、母と2人で田舎(伊豆)に移住することになる。希望が見えない人生の中で、暗闇の中を手さぐりで進んでいく女性の物語だ。

戦争を境に、人生が一変した人たちはたくさんいたんだろうと思う。それが裕福な家庭なら、そのビフォーアフターは、より鮮明だったのではなかろうか。変化についていけない・・・変化に絶望を感じる・・・今の時代もそういう人がいるが、戦争がもたらす当時の変化は今の時代の比ではなかっただろう。そうした中でもたくましく生きようとした人もいただろうし、逆に絶望を感じて、自暴自棄になった人も少なくなかったに違いない。

暗い雰囲気が漂う本だが、なんとなくの救いは、本書の視点が主人公の視点であり、かず子がこの本を書いているといった示唆のある点だ。

「戦争の事は、語るのも聞くのもいや、などと言いながら、つい自分の『貴重なる経験談』など語ってしまったが、しかし、私の戦争の追憶の中で、少しでも語りたいと思うのは、ざっとこれくらいの事で、あとはもう、いつかのあの詩のように、昨年は、何も無かった。一昨年は、何も無かった。その前のとしも、何も無かった。とでも言いたいくらいで、ただ、ばかばかしく、我が身に残っているものは、この地下足袋いっそく、というはかなさである」(本書より)

つまり、穿った見方をすれば、暗い雰囲気が漂うが、そうしたこともひっくるめて、俯瞰的な視点で、本書を書いている・・・ということは、結果的には本人はたくましく生きているのではないかと期待できるからだ。

一方で、どの文学作品にも言えることだが、人間は成長してないなと改めて感じさせられた。なぜって・・・物語から垣間見える、離婚、薬中、酒浸り、自殺、、、戦争と縁遠い今の時代でも日常茶飯事だからだ。きっと人間はどんな時代でも、絶望を感じるという人はなくならないのだ。太宰治が今の時代に生きていたら、彼はやはり同じような絶望感を感じたのだろうか・・・。

ちなみに私は、ダメ元で、最後までもがき続けて生きていきたいかな。


2018年8月26日日曜日

書評:送り火

月間、文藝春秋をほぼ毎号読んでいるので、第百五十九回芥川賞受賞作である「送り火」を読むことができた。高橋弘希氏の作品である。

送り火
著者:高橋弘希


主人公の歩(あゆむ)は、父親の仕事の関係で転校を繰り返す小中学生時代を送っていた。そして今度は、東京から津軽地方に引っ越してきた。学校ではすぐに友達ができ、晃、稔、内田、藤間とつるむようになる。晃がリーダー格だが、歩は、晃の言動の違和感に気づく。仲間内で罰ゲーム付きゲームをやっていると、晃は常に稔が負けるように仕向け、稔が罰ゲームを受けている姿を楽しんでいる一方で、内田や藤間が稔を侮辱したり意地悪をしたりしたときには、稔を馬鹿にするな!とキレる。歩は意地悪をするなどといったことはせず、上手く立ち振る舞っていたが・・・。(あらすじ)

晃に歪んだ感情を感じつつも、それにしたって中学生はそんな面もあるだろう・・・と、サスペンスやホラーでもなく、何気ない中学生の日常を読み進めていたのだが、物語は衝撃的なシーンで終わる。「えっ、ここで終わり!?」というのが読み終えた直後の率直な感想。だが、噛めば噛むほど味がでるスルメのように、、、反芻してみると、ジワッ、ジワッ・・・とこみ上げてくるものがあった。

「えっ、ここで終わり!?」が、読み終えて30分後には「あー、こういうのあるわ、ある、ある。」というのが感想に変わった。そして、晃や稔が持っていた感情や、性格というものが初めて腑に落ちた。

シンプルな物語の中に、シンプルじゃない人間性を見事に描ききっている。しかも、印象に残るストーリーで。

 

2018年8月23日木曜日

書評:人間失格

以前、巨大な鉄球が自分の腹の上に落ちてくる夢を見て、それが当たった瞬間に「おえっ!」と声を出して、目を覚ましたことがある。リアルと非リアルの曖昧な境目を体感した瞬間だった。

そんな曖昧さを持ち合わせた本だ。



私は今年で46才になる。えっ、今頃、と思うかもしれない。文学作品は若い頃にいくつも読んだが、実は「人間失格」は読んだことがない。いや、「人間失格」というより、いわゆる太宰作品は一冊も読んだことがない。「暗い」というイメージが強く、代表作と言われる「人間失格」はタイトルからして滅入りそう。わざわざ気が滅入る本を読めるか、そう思っていたからだ。

ではなぜ今頃になって、、、となるわけだが、又吉直樹さんの太宰治好きという話もある。文学作品を改めて読み直そうと思ったせいもある。この年齢になって、精神がだいぶ落ち着き、精神が落ち着いてきたせいもあるだろう。

『主人公の葉蔵は小さい頃から、道化を演じ周りを笑わせてことを荒だてないようにないように生きてきた。笑みをたたえていた人が自分に怒りの目を向けるその感情の変化に恐れおののいていたからだった。そうやって人の目を気にして、生きてきた人間が、成長していくと大人になった時、どんな人間になるのか、、、』

何がこの作品を有名にさせたのか?  爽快な気分になる内容か? そうではない。むしろ、読了後は不快感が漂った。ワクワクさせるストーリーなのか?  それなりに。ワクワクという言葉は正確な表現ではないが「主人公は一体どうなっていくんだろうか?」という思いがページをめくるパワーになっていたことは間違いない。

ただ、これだけの感想を聞くと「すごく読みたい」とは思えないだろうが、こうした感想とは別に「凄いな」と思ったことがある。それはリアルさだ。あたかも主人公の頭の中をリアルタイムでのぞいているかのような、、、不快感が自然に湧き出るほどだ。

加えて、今の世にも通じる「本質的な問い」が、そのリアルさを一層、際立たせる。

『けれども 、その時以来 、自分は 、 (世間とは個人じゃないか )という 、思想めいたものを持つようになったのです 。そうして 、世間というものは 、個人ではなかろうかと思いはじめてから 、自分は 、いままでよりは多少 、自分の意志で動く事が出来るようになりました 。』(本文より)

小説なのに、私自身も何かハッとした瞬間だった。他人に何か嫌なことを言われると、その瞬間、言われた当人はそれが世間の声と勝手に妄想してしまうことはよくあると思う。主人公のように自分に自信がない、人の目が気になる、、、がそういう傾向が強いだろうが、そういう人にとっては、何か言われるたびもビクッとして、、、最後は狂人にでもならねば生きてはいけないのだと思う。

そう考えた時、太宰治がこの作品を書き終えた1ヶ月後に入水自殺をしたと言うが、恐らくは感受性豊かで、そんな性格の持ち主であった著者である太宰治自身、他人の目を気にする当時に、生き続けるのは耐えられなかったのではないか、ふとそんなことを感じた(これはあくまでも私個人の超勝手な解釈であることを容赦願いたい)。

ちなみに現代も何か少しでもあるとSNSで炎上する時代であり、その意味ではある側面は太宰治の時代よりも窮屈な時代だと思うが、もし彼が生きていたらどう思っただろうか。

恐らくこの歳で読んだからそう感じることができたのだと思う。若い頃に読んでいたら、「なんて不快な」「何が言いたいんだ」と、それだけで終わっていたに違いない。

ところでもう一つ、感心させられたのが、その技法。実は主人公の話は、第三者が主人公の書いた手記を読んでいる体で、書かれていたのだということに最後の改めて気づかされる。そのような視点を与えることで、こちらとしては何か主人公を、もう一度俯瞰的に観察できる機会をもらえる。相当に練り込まれた作品なんだろうなぁということが伝わってくる。


この歳で読んだ方改めて文学作品の密度の濃さを体感させてもらった。満足感いっぱいだ。


2018年8月19日日曜日

書評:伊豆の踊子

ふと、文学作品を読み直してみよう。思い立って、まず手を出した一冊だ。文学作品なので正直、書評というとお恥ずかしい。もはや単なる感想文だ。

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」

有名な一説だ。

伊豆の踊り子
著者:川端康成

 驚くべきことに、二十数年前に読んだはずの内容が、頭の中のどの記憶領域を探しても見つからなかった。改めて読んでみて、恥ずかしながら「あぁ、まさにタイトルどおりに踊り子さんたちの話だったんだ」が、最初に口をついて出た言葉だ。

主人公の島村は、伊豆の旅館に何度か滞在。そこで知り合った芸者とのやりとりが描かれている。描写が本当にあった話では、と思えるほどリアルで、当時の伊豆の芸者さんたちがどのような生活を送っていたかがよくわかる。物の本を読んでいると、どうやら実際に著者川端康成自身がその舞台になった伊豆の旅館に泊まり、この小説を書いていたようだし、作中に登場する火事の話などは実際にあった話なのだと当人が語っていたようだ。「なるほどどうりで」と思った。

加えて、描かれている男女の痴話は人類普遍の話で、昨日・今日あった友達の話として語られたとしても、違和感がない。人間は、物理的には進歩しているが、精神的には一歩たりと進歩してないのかなと感じずにはいられない。思わず笑ってしまう。

雪晒し(出典:雪国観光圏より)
文学作品に共通する特徴だと思うが、噛めば噛むほど味が出る昆布よろしく、時間が経てば経つほど、読めば読むほど、味がでていそうなところが魅力的だ。ちょうど今読むと、文中に登場するあまり使われない昔ながらの言葉・・・雁木(がんぎ)、雪晒し(ゆきざらし)、晒屋(さらしや)、縮(ちぢみ)、ハッテ、ラッセル、長襦袢(ながじゅばん)、繭蔵(まゆぐら)に、好奇心をくすぐられる。しかも、調べてみると「雪晒し」などは、今も場所によっては当時の伝統が引き継がれやられているという。ちなみに、雪晒しとは「雪が紫外線を反射することを利用して,晴れた日に雪の上に麻織物・竹細工などを並べて漂白すること」とのことらしいが、本当にやっているところを見に行きたいと思った。

文字で書かれた文章の塊なのに、色々な想いや知識を運んでくれる・・・文学作品の良さを久しぶりに体感した気分だ。


2018年8月17日金曜日

書評:「伝え方が9割」と「伝え方が9割②」

「なんだなんだ!!?? 美味い!! これは美味いじゃないか!!!」 気がつくとあっという間に平らげていた。自分のその様が、まるで漫画によくある一シーンを見ているようで、思わず苦笑してしまった。

きっかけは、実は中学二年生の息子が読んでいた本をチラ見したことだ。「まだ中二なのに、大人っぽい本を読んでやがるなぁ。何を大人ぶってるのかな。どれ少し見てやれ。どうせ大した本じゃないだろう」と、小馬鹿にしていた結果がこれだ。





本書は、コミュニケーションスキルをアップさせるための指南書だ。どう伝えたら、人の心を動かすことができるかについてのノウハウが書かれている。

「この領収書、落とせますか?」ではなく、「いつもありがとう、山田さん。この領収書、落とせますか?」
「デートしてください」ではなく、「驚くほど旨いパスタの店があるんだけど、行かない?」

こうした技法がたくさん、しかも体系的に紹介されている。なお、本書でカバーしているのは次の5つだ(いずれも著者のネーミング)。

・サプライズ法
・ギャップ法
・赤裸々法
・リピート法
・クライマックス法

「伝え方」を指南する本だけあって、本書自体とてつもなくわかりやすい。ウソではなく、20分で読めた。読めただけではなく、20分で消化できた。

ところで、後から知ったのだが、著者はどうやら情熱大陸にも出演されたようだ。それだけに本は飛ぶように売れている。「伝え方が9割」の続編、「伝え方が9割②」も出版されている。




では、この2冊、何が違うのか?両方とも読んだほうがいいのだろうか? 答えはイエスだ。「伝え方が9割②」の位置づけは、漢字ドリル②的な感じだ。「伝え方が9割」の内容をなぞりつつ、異なる事例を使い、読者自身がトレーニングできるようになっている。技法も、先に紹介した5つのに加え、新たに3つの技法がカバーされている。

・ナンバー法
・合体法
・頂上法

つまり、復習ができ、かつプラスアルファのスキルを学べる・・・それが「伝え方が9割②」の位置づけだ。


本書を、一言で語るなら「コミュニケーションバイブル」。そう呼べると思う。この本の内容を知るのと知らないのとでは雲泥の差があるし、できればふとしたときに見返したい本だからだ。私が本書に出会えたきっかけは・・・まぁ、偶然だが、出会えてラッキーだったと思う。 やはりなんでも興味を持って手を出してみるものだなぁ。

  

【コミュニケーションに関する類書】
企画は、ひと言(石田章洋)
聞く力(阿川佐和子)
超一流の雑談力(安田正)

2018年8月16日木曜日

書評:わかったつもり

本屋さんの棚を端から端まで、ざざざざぁーっと見ていた。なんとなくそのタイトルに惹かれて手にとったのがこの本だ。

わかったつもり 〜読解力がつかない本当の原因〜
著者:西林克彦
出版社:光文社新書


 そもそもなぜ、本書に惹かれたのか。それは自分自身が「わかったつもり」と格闘する場面が日々あるからだ。例えば、仕事の現場で何かを人に教えるとき。自分は難解な事柄をわかりやすく人に伝えるのが得意なほうだと思っているが、講師として現場に立つ際に「わからなかった点はないですか?」「少しでもわからなかった箇所があったら、おっしゃってください」と尋ねると、みんな「ないです」とか、「大丈夫です」と答えてくる。私だって理解するのに相当の時間がかかったものだから、一発で理解できるはず
はないのに。そう、みんな「わかったつもり」になっているのだ。みんなを「わかったつもり」にさせてしまっているのだ。どうしたら、そうした状況を打破できるのか、ずっと悩んできた。

そして、読んでみて・・・「霧が晴れてきた」

本書は「わかったつもり」とはどんな状態なのか、どうしてそのような状態に陥るのか、どうすればその状態から抜け出せるのか、について論理的に解説している。心理学の領域にも踏み込んでいる。ただ、誤解のないように言っておくが、決してアカデミックな難解な本ではない。むしろ、実践的な本だ。

実際、我々に「わかったつもりの状態」を何度も体感させてくれるところはお見事と思う。いくつもの例文を挙げ、読者を「わかったつもり」の状態を陥らせてくれる。そして、そこから「本当にわかった」レベルに行くためのヒントを見せてくれる。

ここでヒントとは、文脈やスキーマといったキーワードのことだ。詳しくは本書を読んで見てほしいが、スキーマとは認知心理学で用いられる言葉で「ある事柄に関する、わたしたちの中に既に存在しているひとまとまりの知識のこと」だそうだ。本書の表現を借りて、もう少しだけ説明すると次のとおりだ。

「布が破れたので、干し草の山が重要であった」

例えば、このような文章だけを見ても「???」となるが、ここに「パラシュート」という言葉を示されるとなんとなく意味が見えてくる。人か物体かわからないが、とにかく落下速度が大きくなり、地上に激突してしまいそうな状況が見えてくるようなイメージが見えてくる。このときの「パラシュートを使う場面であること」が文脈だ。そして「パラシュートは、落下速度を落とすもの。ただし常に完璧に衝撃を吸収するわけではないもの」「干し草は柔らかく衝撃を吸収してくれる性質がある」といった知識が総動員される。この知識セットが、スキーマだ。

著者は言う。文脈やスキーマを正しく捉えられていなかったり、誤解していたり、錯覚していたり、あるいは全く考えられていなかったり・・・。こうしたキーワードを取り巻く色々な状況が、「わかったつもり」を作り上げてしまうのだ、と。

そして、本書のお陰で、明日から早速、こうした点を意識してみようという気になる。

そのような意識になれたのも、本書が「わかったつもり」や「本当にわかった」状態を体感させれくてからこそだと思う。とても勉強になった。


2018年8月14日火曜日

書評:カップヌードルをぶっつぶせ!

日本人、という言い方はステレオタイプ的でよろしくないかもしれないが、私自身日本人なので許していただきたい。私を含め、日本人に感じるのは「正解を教えてください」という問いかけが多いことだ。実際に、仕事先でもそういった問いかけをいただくことが少なからずある。先日もTV番組を見ていたら、就職面接に失敗した女の子が「模範解答を教えてください」という質問をしていた。そう、我々には圧倒的に「考える力」が足りないのだ。しかし、世の中には、圧倒的に「考える力」を持っている人達もいる。今回紹介する書籍の著者も間違いなくその一人だと思う




本書は、日清の二代目社長である安藤宏基氏が、自身の経験から「経営者たるや」を語った本である。創業者は、言わずもがな、チキンラーメンやカップヌードルの祖、安藤百福(あんどうももふく)氏だ。安藤宏基(あんどうこうき)氏は、その次男であり、創業者の後を付いた二代目社長だ。そんな宏基氏が、日清の社長として舵取りをすることになったとき、どのようなことに苦労したのか、どうやって失敗・成功したのか、どういう新年に基づいて経営をしてきたのか・・・について余すところなく語っている。

経営者が自分の成功談を語る本は星の数ほどあるが、この本が特徴的なのは、創業者ではなく、二代目社長がペンをとったということだろう。だから、二代目社長が創業者ととことんぶつかる話や、偉大な創業者から受け継いだ会社をさらに伸ばすためにどのような工夫をしたか、という話は新鮮に写る。

本書を読んで、真っ先に感じたのは(偉そうな言い方はご容赦いただきたいが、あまりにも失敗している二代目を知っているので余計驚いたのだが)安藤宏基氏が親の七光りでは全くないということ。いや、それどころか、圧倒的な「考える力」を持っている人だということだ。その凄さに畏敬の念を覚えた。直感的に、セブンアイホールディングスの前会長、鈴木敏文氏ともイメージが重なった。鈴木氏も、セブンイレブンをここまで大きくする中で、とことん考え、アイデアを自らだし、信じたことには反対を押し切ってでも推進し、成功させてきた。本書でも、従業員がイノベーションを起こすよう、あの手この手で組織改革や仕掛けの話について触れられているが、やはりここぞというときに安藤宏基氏の頭脳と実行力が光って見えた。

感じたことのもう一点・・・それは、著者の言葉が、これまでに私が耳目にしてきた光る功績を残してきた著名人の言葉とおおいに重なる部分があるという点だ。重なった部分は言わば、成功者の共通要素と言い換えることもできるのではなかろうか。では、それはどのようなことか。いくつか例を挙げておこう。

共通点1)『創業者は、利益とは結果であって、それを目的としてはならない。会社はよい仕事をしたからもうかるのである。もうけ主義とは違う、といつもいっていた』

この点に似たことを、DMMの亀山会長が、彼の後釜にまだ34歳の猪子さんを選んだときのことを次のように言っていた。「面白いなと思ったのは、彼が”会社にとって一番大事なのは社会への影響力であって利益ではないと言ったことです」。熊谷GMOインターネット社長もやはり次のようなことをおっしゃっている。「ころになって、お金は最後で、あくまでも結果でしかないという風でないといけませんよね。利益は必要だけれども、お金も必要なのだけれども、それは結果でしかないというような精神状態になることが、経営者にとって非常に重要ではないかなと思います」と。

共通点2)『創業者の発想はだいたいにおいてシンプルである。いろいろな可能性や起こりうる事態を想定はするが、同時にあいまいな発想はどんどん切り捨てていく。すると問題の本質が見えてくるのだろう。』

なんとなくだが、かの故スティーブ・ジョブズ氏も同じような哲学を持っていたように思う。

共通点3)『あるとき、瀬島さんが、経営者は常に最悪のことを考えておくように。準備をしている人間はいざというときあわてない。私はふだんからオフィスや車の中に縄梯子を装備している、と危機管理の大切を話された』

これは著者自身が言ったというよりも、著者が関心したこととして挙げた師の一人である瀬島氏から学んだ言葉だが、「石橋を叩けば渡れない」の著者、西堀栄三郎氏の言葉を思い出した。西堀栄三郎氏は、南極観測越冬隊の一員だった人だが、氏は本の中で、「不測の事態に立ち向かうための有効策は、常に冷静沈着でいられるようにすることであり、そのためには”モノゴトは決して思い通りには起こらない“という事実を認識しておくことである」と語っていた。

共通点4)私も、少なくとも全ての管理職と、名前と顔は覚えておける程度の距離感を保ちたいと思っている。そのため、毎年春に三百人近い管理職全員の管理職面接を行っている。業務の合間を縫ってやるのだが、一人に最低30分はかける。全員終わるのに三ヶ月かかる。

これは人づてに聞いた話だが、リクルート創業者、江副浩正氏は、全国の営業マンが受注する都度、お祝いのFAXをその担当者一人ひとり宛に毎回、欠かさずに送っていたそうだ。大事だと感じることには手間を惜しまない・・・点が似ていると感じた。

共通点5)ブランド・マネージャー制度は「経営者の育成機関」


ブランド・マネージャーとは、製品群別の事業責任者を言うが、こうした機能軸ではなく、製品・サービス、いや事業軸で責任者をはっきりさせる組織改革は、先日、読んだ三枝匡氏の指摘、「日本企業で経営者が育たないのは、優秀な人財を機能別効率化の世界に放り込んだまま、晩年になるまで「創って、作って、売る」の全体経営責任を経験させないからである」を思い起こさせた。

このように、本書を読んでいると、「むむっ!」と思わされる場面が多かった。実際、写真のとおり、読んだ後の本に付箋がたくさんついている。

とは言え、次のように感じる人もいるに違いない。「所詮、世の中の、二代目社長にしか響かない本なんじゃないの?」と。答えはNOだ。安藤宏基氏が触れているポイントは、上でも既に例を挙げたとおり、二代目であろうが、三代目であろうが、そういったことに関係なく、どれも重要なことであることがわかるはずだ。二代目特有の「創業者とよくぶつかった」という話も、どんな立場にあろうが経営者同士がどれだけ本音でぶつかりあえるかが大事なはずで、特別な話ではない。


私は良い刺激をもらえた。


【成功した経営者という観点での類書】

書評:「全世界史」講義 古代・中世編

世界史をもう一度、ゼロからゆっくり勉強してみよう! そう思った。

「全世界史」講義 〜教養に効く!人類5000年史〜 古代・中世編
著者:出口 治明
出版社:新潮社


●教養深い出口さんが書いた世界史の講義本
本書は、タイトルどおり世界史の講義本だが古代・中世編、すなわち、メソポタミア文明が登場した紀元前1000年ごろから、寒冷化とペストが世界を席巻しモンゴル帝国が衰退していくAD1400年ごろまでの世界史をまとめたものだ。「古代・中世編」と呼んでいるからには、本書はシリーズもので、この続きとして「近世・近現代編」もある。

ところで、どうして本書に手を出すことになったのか。今更、世界史?と言われるかもしれないが、私も45歳になり、今更、知識欲というものが湧いてくるのだ。そこに、たくさんの本をお読みになり、深い教養を持つライフネット生命保険会長の出口治明さんが、書いた歴史教科書だというものだから、勝手ながら「さぞかし、面白いのではないか?」という期待を持って買った次第。

●世代ごとのテーマ設定と出口節
この講義本は、各年代、BC1000〜BC1、AD元年〜500、AD500〜700、AD700〜800、AD800〜900・・・などといったようなくくりで、大きなテーマを掲げ、その年代の中で各地域で起こった著名な事象を解説している。例えば、BC1000〜BC1に対しては「世界帝国の時代」と称し、最初の世界帝国アッシリアや、中国の統一国家「秦」について語っている。AD元年から500年にかけては「漢とローマ帝国から拓跋帝国とフランク王国へ」と称し、大乗仏教やローマ帝国の台頭などについて触れている。

もちろん、上記の並びで単に歴史を語っているだけでは従来の歴史教科書とあまり代わり映えしない。出口さん流の表現や考えが付け加わっていること、意外に詳しいところまで掘り下げていることが特徴と言えるだろう。たとえば、中国の老子について出口さんは次のように説明している。

『孔子は、ひとことで言えば現状を肯定した人です・・・“あくせく働いて高度成長して何になるのか。国を大きくするために禿山を作って、戦争をしてそれで幸せになるのか”これが墨子の発想です。孔子とは正反対です。高度成長を止めて、堅実に守りを固めて生活しようというのが墨子の思想です。一方で傍観者的な知識人も出てきます。“成長の是非などどうでもいい。精神の高みが大切だ”という考え方です。』(「全世界史」講義 古代・中世編 第二章 知の爆発の時代より)

●それでも難しい。知識欲という炎に対する油になった
読み終えてみて、思ったこと。それは「もう一回・・・今度は一ページ一ページの内容を咀嚼できるスピードで、ゆっくりと読んで世界史を頭に叩き込みたい」ということだ。知識欲を満たそうと思い買ったわけだが、返って知識欲が増殖してしまった。多少、読み方が悪かったこともあるかもしれない。せっかく、出口さんがマクロの視点で、テーマごとに歴史をまとめてくれているのだから、最初はもっとマクロの視点を意識しながら読むべきだった。なんとなく中身を読み始めてしまったものだから、ミクロに入り込んでしまい・・・カタカナの多さに頭が混乱してしまった。

しかも割と細かい。この本は学校の教科書に比べて理解しやすいに違いない・・・そう思って買うと痛い目に遭うかもしれない。本を読みながらとっていた私のメモを見返すと・・・惨憺たるものだ。

BC1000〜1:アッシリア帝国、秦
AD元年〜500:大乗仏教、ローマ帝国
AD500〜700:イスラム教の登場、密教、隋・唐
AD700〜800:イスラム帝国、イコノクラスムス
AD800〜900:製紙技術を基にしたイスラム大翻訳運動、ヴァイキングの侵攻
AD900〜1000:東ローマ帝国衰退、浄土宗・禅宗の登場
AD1000〜1100:ノルマン・コンクエストによるイングランドの建国、カノッサの屈辱
AD1100〜1200:・・・メモなし・・・
AD1200〜1300:パクス・モンゴリア、耳聴告白制、プリンス・オブ・ウェールズ、ジンギスカン登場
AD1300〜1400:寒冷化とペスト

上記のとおり、1200年から1300年ごろのヨーロッパの話は、ついぞ頭に入ってこなかった。勝手な贅沢を言わせてもらうなら、テーマごとにもっと強いストーリー性をもたせて、解説してほしかった。

とは言え、繰り返しになるが、更に世界史を深掘りしよう・・・というきっかけをもらったことは否定しない。特段、読みやすいとは言えないが、きっと歴史は色々な教材を斜め読みして興味を持てたところを深掘りしていく・・・そんなのがいいんだろうなぁ・・・と勝手に結論づけている。


【歴史を学べるという観点での類書】
学校では教えてくれない日本史の授業(井沢元彦)
学校では教えてくれない日本史の授業2 天皇編(井沢元彦)
井沢元彦の学校では教えてくれない日本史の授業3 悪人英雄論(井沢元彦)

2018年8月13日月曜日

記事評:The Case for Good Jobs (HBR2018.8)

ハーバード・ビジネス・レビュー(2018年8月号)のテーマは「従業員満足は戦略である」。その中の記事の一つ The case for good jobs (Zeynep Ton) は勉強になった。

「なぜ、よい職場を目指すべきなのか」「どうなれば悪い職場でどうなればよい職場なのか」について解説した論文だ。なお、ここで述べる「よい職場」と「悪い職場」の違いは、明確だ。

Zeynep Ton氏は、両者は、基本的に本社と顧客に接する現場との間における意思決定の仕方に違いがある、という。具体的には次のように言及している。

『職場環境のよい小売業者の場合、店舗従業員の生産性と顧客に提供しうるサービス水準の影響を考慮して本社が意思決定をする。たとえば、コストコの仕入れ担当者は、各店舗での従業員の仕事量に負荷がかからないように、新商品の導入タイミングを調整して商品が順番に店舗に運ばれるようにしている。』(出典:The case for good jobs (Zeynep Ton)  HBR2018.8)

すなわち、職場環境のよい企業では、本社と店舗の意思疎通は双方向に行われる。本社は現場の業務に影響を及ぼす意思決定をする際、店舗からの情報や意見を取り込む体制になっている。逆に言えば、これらができていない企業が「悪い職場」というわけだ。

これだけ聞けば、「当たり前のことでは?」と思うが、それができていない企業が圧倒的に多いらしい。そういえば、日本でも、数年前の「すき家」で問題が起きたことが思い起こされる。深夜に従業員一人にオペレーションさせ(ワンオペ)るのみならず、手の混んだメニューを展開して、大量の離反を招いた。また、最近でこそ、ファミリーマートはオペレーションを大幅に見直したとのことだが、私が大学生でバイトをやっていたとき、夜中のオペレーションは本当に大変だった。夜中に商品が納入されてくるが、その検品に苦労したのを覚えている。加えて、コンサルで現場に入ると、「本部は好き勝手言ってくる」「現場が本部の言うことを聞かない」といった発言が聞かれる企業も少なくない。

Zeynep Top氏は、「よい職場」戦略を推進するためには、大きく2つの要件が必要だと述べている。

①採用、研修、報酬、高い達成基準、従業員の意欲を換気する昇進機会を提供すること、つまりは人材への投資
②経営者が実現すべき四条件ー「集中と簡略化」「標準化と権限委譲」「複数業務の習得トレーニング」「余裕を持った業務内容」

だが、私にとってこの記事で最も印象に残ったのは、筆者の次の言葉だ。

『我々がインタビューしたコストコの店長たちは”店長は仕事の90%を教育に費やさなければならない”という、共同創業者のジェームズ・シネガルが繰り返し問いていた言葉を何度も使った。』

テクニカルに職場改善を進めることも大事だが、このコストコの「教育に90%」という意識がなによりも大事なのだと思った。この意識をみんなが持てていれば、行動も変わると思う。そして、これに関しては小売だとか業種を問わないと思う。果たして、同じことが自分の組織でできているのか?・・・そう問うたときに、恥ずかしくなった。

改めて足りないことを気づかせてくれた記事だった。

書評:面白くて眠れなくなる化学

「面白くて眠れなくなる」・・・ということはなかった。

面白くて眠れなくなる化学
著者:左巻 健男

最近、Youtubeサーフィンをしていると、過激な実験をしてView数を集めている動画に巡り合う。先日は、「ガラスなのに弾丸を壊す硬さ」の実験動画を見つけた。動画投稿者が、実際にそのスペシャルなガラスを作って銃で撃ち、弾丸が粉々に砕けるシーンを超スロー再生で見せる・・・そんな動画だ。このスペシャルなガラスは「オランダの涙(Rupert's Drop)」と呼ばれるもので、立派な実験と言える。強い関心を持って見てしまった。

この例のように、世の中には面白い現象がたくさんある。あるいは、普段、当たり前として捉えている事象が実は化学のちからのお陰なのだというものもたくさんある。そんな化学の事象の中から、我々が「えっ!?そうなの!?」「へぇー、そうだったんだ」と思えるものを選び出して、優しく解説してくれているのが本書である。

え!?どんなテーマを取り扱っているかって? 例えば、ニトログリセリンの話。ニトログリセリンと言えば、ノーベル博士を思い浮かべるが、意外にそれがどうやって爆発するのか、どの程度の影響力を持つのか、知らない人も多いはずだ。あるいは、ダイヤモンドを燃やす話。そう、ダイヤモンドは炭素でできているから、理論的には超高熱で燃え、炭になるはずだ。しかし、実際のところ、実験材料となるダイヤモンドは高価だし、家で手に入る道具・・・例えば、マッチやろうそく、ガスコンロなどで、そんな簡単には燃えないから、「ダイヤモンドが本当に燃える」ことの証明実験をする人は稀有だ。しかし、著者はそれを実際にやってのけた。そしてその内容について紹介している。

ただ、こうやって話すとすごく面白そうな本に聞こえるだろうが、冒頭に述べたとおり「面白くて眠れなくなる」というほどではなかったのが率直な感想だ。なぜって、化学実験の話だから、やはり本だけで楽しむには限界があるからだ。事実、私は左手に本書、右手にiPadを持ち、テーマごとにYoutubeで関連する実験動画を探しながら読んだ。また、本書が取り扱っているテーマの中には、あまり興味を持てないものも少なからずあった。「ケーキの銀色の粒の正体は?」とか、「ファーブルが語る化学の魅力」、あるいは「缶詰のみかんのひみつ」・・・など、正直、その「問い」自体に興味を持てなかった。

読んで勉強になったこともある。「アルカリ性食品は体に良い」という話や「コーラを飲むと歯や骨が溶ける」「温泉・入浴」をめぐるウソ・ホント」における著者の解説は、自分の無知を気づかせてくれた。

というわけだから、私は本書を買って後悔はしていないが、誰しもに進めたいと思う本ではない。本書に対する好き嫌いは人によって分かれるところだろう。


【類書】
感じる科学(さくら剛)

2018年8月12日日曜日

書評:V字回復の経営 〜2年で会社を変えられますか?〜

本書の帯にはシリーズ累計60万部、いや80万部とある。もっと売れていてもいいのでは? それが私の率直な感想だ。

V字回復の経営 〜2年で会社を変えられますか〜



●企業再生のケーススタディ
東証一部上場で売上高3200億円。太陽産業である。その太陽産業が抱えるアスター事業は赤字を拡大させていた。これまで幾人かに事業の立て直しを命じてきた。コンサルを入れて改革を行おうとしたこともあった。いずれも失敗に終わってきた。どうするのか。香川社長は、最後の切り札を使うことを決心する。東亜テックの立て直しを成功させた東亜テック社長、黒岩莞太を送り込むことだ。黒岩莞太は快諾。2年で立て直せなければ、責任を取るという背水の陣で臨む。果たしてV字回復できるのか、どう立て直すのか、どんな壁が立ちはだかるのか、その難局をどう乗り越えるのか…。

●なぜ誰しもが読むべきか
本書が最高の本の1冊である理由として、4つ挙げることができると思う。

1つは、会社経営の本質に迫る題材であることだ。私自身、コンサルタントとしていろいろな企業に入り込む機会が多いが、ぶつかる壁やその組織に感じる課題について、本書が指し示す内容とほぼ一致している。文中に登場するフレーズの中でいくつかの例を以下に挙げておこう。
  • 企業戦略の最大の敵は、組織内部の政治性である
  • 激しい議論は、成長企業の社内ではよく見られが、沈滞企業では大人げないと思われている
  • 計画を組む者と、それを実行する者は同じでなければならない
  • 本来なら社長を首にすることもできるはずの権威ある取締役という職位を、ここまで堕落させたのは日本だけだ
2つには、話がリアルな題材に基づいているものであることだ。本書のプロローグでも著者が言及している。「本書のストーリーは、私が過去に関わった日本企業五社で実際に行われた事業改革を題材にしている。この五社は、いずれも東証一部上場企業ないし、同等規模の会社である。」と。機密情報保護の観点から、手を加えて架空の会社に仕立ててはあるが、骨組みはリアルに起きた事例に基づいている。

3つには、そうしたリアルな成功・失敗体験を追体験できることだ。同著者の著書「戦略プロフェッショナル」もそうだったが、小説仕立てになっており、読んでいくだけでV字回復を目指すタスクフォースメンバーの視点に立つことができ、あたかも自身がその場にいるかのような感覚になれる。リアルな現場にいなくても、それが経験できる・・・得した気分になれる。

4つには、純粋に小説として面白いこと。おそらくリアルだから余計にそうなのだろうが、読み物として普通に面白い。経営、赤字、V字回復・・・といったワードが踊る本は何かと重たそうで読む気が起きないが、著者の文章への落とし方が上手なのか、楽しく読める。

●なるほどと思う瞬間
おそらく読む人のバックグラウンド、つまり役職や経験などによって「なるほど」と思う瞬間は様々だろう。

たとえば、私が、最も「なるほど!」と思った瞬間の1つは、「攻めの成長会社では、ラインの責任者が自ら議事を組み立て、自ら進行を取り仕切り、自ら問題点を指摘し、自ら叱り、自ら褒めることをしている」というフレーズだ。偉くなってくると、ついついOJTという名の下、他の人に議事進行を任せてしまうことがある。それでいて進め方にイライラする・・・なんてこともよくある。

また、「一、二年で変わることのできない組織は、五年経っても、十年経っても、変わりっこない」というフレーズにも心を打たれた。組織文化を変えるのは時間がかかる作業であり、「3年、5年、10年スパンで考えるべきだ」とはよく言われることだ。でも、そうしたフレーズが、頑張らない言い訳に使われてしまっているということも確かにあるだろう。

さらに、「戦略内容の善し悪しよりも、トップが組織末端での実行をしつこくフォローするかどうかのほうが結果に大きな影響がある」というフレーズも強く印象に残った。部下は数字につながることばかりを優先しがちだが、そもそも戦略は「明日」というよりも「来週」「来月」「来年」を意識したものが多く、どうしても推進力が弱くなりがちだ。かと言って、子を叱る親のようにしつこく「やったのか?」「やれてないのか?」「何がハードルなんだ?」など聞いていると、相手をうんざりさせてしまうし、果たしてトップがそこまで突っ込むべきかという疑問もある。「突っ込むべきなのだ」というのが著者の解だ。

最後に、これは普段から自分が持っていた疑問に対するヒントをもらえたなということなのだが、著者による次のような指摘だ。「日本企業で経営者が育たないのは、優秀な人財を機能別効率化の世界に放り込んだまま、晩年になるまで「創って、作って、売る」の全体経営責任を経験させないからである」。私もいろいろな組織に入り込んで「次世代の経営者が育ってないんだ」という悩みを耳にしてきた。これが商社や銀行の場合だと子会社をたくさん持っているので、そこに送り込んで経営を経験させるということもできる。だが、子会社を持っていない組織はどうすればいいのか・・・そう思う人達も多いはずだ。子会社を持たずとも、組織のあり方一つで、経営責任をもたせる・学ばせるということはできるのだ・・・本書を読んだおかげで、それを改めて実感することがでけいた

●執行役員クラスはぜひ読んでおきたい

会社の一人ひとりが、会社の命運を握っていることに鑑みれば、自分の職位がどうであるに関係なく、会社で上に上がることを目指した社員全てが対象読者と言えるだろう。ただ、組織でそれなりに権限や責任を持っており、影響力がある立場の人、すなわち、事業部長や執行役員以上は絶対に読んでおくべき本だろう。特をすることはあっても、読んで損をするなんてことはないはずだ。


【類書】
戦略プロフェッショナル(三枝匡)

2018年8月9日木曜日

書評:OKR 〜シリコンバレー式で大胆な目標を達成する方法

シンプル・イズ・ベスト・・・とはよく言ったもの。どんなに立派な手法でも、複雑で覚えられなければ意味がない。それを純粋に体現した手法が、このOKRだろう。

OKR(おーけーあーる)
〜シリコンバレー式で大胆な目標を達成する方法〜
日経BP社



■チームパフォーマンスを最大化させるマネジメントツール解説書
本書は、組織の目的達成を促進するための効果的・効率的な手法の解説書だ。ここで言う組織とは、会社全体にとどまらない。事業本部全体、部、課、グループなど、ありとあらゆる組織に用いることができるものだ。グーグルなどでも採用している手法らしい。

それはどんな手法か。OKR(おーけーあーる)と呼び、OはObjectives、すなわち目的の略称だ。組織において「何を実現したいのか?」を定性的に表したものだ。たとえば、「○○地区で、法人向けコーヒー小売直売市場を勝ち取る」といったように。そして、KRはKey Resultsの略で、鍵となる目標指標のことだ。Oで示す目的の達成につながる、KPI(パフォーマンス指標)のようなものだ。たとえば、成長率○%を目指す、といった感じになる。

■ザ・ゴールのような物語形式
本書の特徴は、2点ある。一つは、著者自身が「OKR」という手法に習ってか、伝えようとしているメッセージが極めて明確であるという点だ。OKRはなにか?OKRをどのように使えばいいのか?何が落とし穴で何が成功要因か?ただひたすら、それだけを伝えようと努めてくれている。読んでいるこちら側としては、OKRの実践方法を何度も刷り込まれているような感じになる。

もう1点は、物語形式であることだ。それも中途半端な小説ではなく、しっかりと登場人物のキャラクターを設定し、起業家たちがどうやって脇道にそれて失敗していくか、そこにOKRを導入することでどのように変わっていくかを描いている。まぁ、著者が外国人ということでケーススタディも外国企業ではあるが、日本人である我々にも十分に理解できるし、共感できる内容だ。読みやすいし、あっという間に読み終えることができる。

■実はOKR以上に大切なこと
よくよく考えてみると、OKRはもっともらしいことを言ってはいるが、「当たり前のこと」でもある。こんな当たり前のことを書いた本に読む価値があるのか。私の答えはYESだ。なぜなら、「当たり前のこと」ではあるが、同時に多くの人が「誰もが陥りやすい落とし穴」にハマっていると思うからである。もちろん私も例外ではない。l本書はOKRという手法もさることながら、「落とし穴」にはまらない方法について指南してくれている。実はそこが一番大事なのではないかと思う。

私で言えば、会社でよく全体目標設定をしたり、週次で達成状況を追いかけたりしているが、「多くの目標を立て過ぎ」という落とし穴にハマっている・・・ことに気が付かされた。わかってはいたが、ついついやってしまう。

■課長から経営者まで
さて、このOKRという手法が非常に良いなと思ったのは、シンプルなメカニズムだということ。そして、どういう組織単位にも適用しやすいということだ。考えても見よう。もしこの手法が会社全体に導入しなければいけない経営管理ツールだとするならば、読者の立場によっては「重たすぎて、明日から実践するには難しい。無理だな。」で終わってしまうかもしれない。でも、一グループからでもパイロット的に導入することが可能な手法なので、誰もが「まずやってみよう」という気になれる。そこがいい。

そう考えれば、組織のリーダー、すなわち、課長・部長・事業本部長・社長・取締役・・・どういう単位であっても、組織のリーダーを担う人であり、本書の趣旨に少しでも興味を持てる人であれば、対象読者と言えるだろう。最後に本書に書いてあった次の言葉でしめたい。この言葉の価値を感じることができるなら、読むべきだ。

『重要なことはめったに緊急でなく、緊急なことはめったに重要でない』(ドワイト・アイゼンハワー)


【経営管理手法という観点での類書】
ザ・ゴール(エリヤフ・ゴールドラット)
戦略プロフェッショナル(三枝匡)

2018年8月6日月曜日

書評:天才はあきらめた

「山里亮太の脳内」そのもの。読み終わった直後は、疲労感。だが、そこには大きな学びもあった。

天才はあきらめた
著者:山里亮太
朝日文庫


■山ちゃんののし上がり半生
南海キャンディーズの山里亮太、山ちゃんが、お笑い芸人として有名になるまでの半生を綴った本だ。山ちゃん曰く「天才じゃない自分」・・・そんな自分がどうやって「劣等感の塊」を武器にして、のし上がってきたか、これまでの心の内を描いている。後半、彼自身が書きなぐった生々しいノートの写真も掲載されている。

「忘れるな!!必ず復讐する!!」
「バイト先で”お前は売れない”と言ってサインを破り捨てたジジイ、売れた後、絶対にサインは断る...」

■天才?凡才?
そもそも私が、この本を買おうと思ったのは、彼を番組で見ていて、お笑いの天才だと思ったからだ。お笑いの天才が、「自分は天才じゃなく、凡才だ」とのたまわる。何を言うかと。それが逆に私の興味をそそり読みたくなった。

確かに読み始めは、タイトルも「天才(になること)はあきらめた」となっているし、文中、「コンチクショー!」と叫び続ける場面が多いので、山ちゃんは凡才なんだ。凡才が天才に勝つためにここまで努力しているんだ・・・という印象を持たされる。だが、最後まで読み切って改めて感じるのは、彼の根性・努力の凄さ。「生まれながらにしての笑いの天才」ではないかもしれないが、間違いなく「努力の天才」だと思う。私の中ではイチロー選手を彷彿とさせる。

彼が世界が、熾烈を極めた戦いを繰り広げる「お笑いの世界」であるからこそ、余計にそう感じるのかもしれない。山ちゃんが壁にぶつかり落ち込む場面を数多く語るが、それは彼が駄目なのではなく、彼が戦っているフィールドが半端なくシビアなのだということ。実際、昨日まで後輩だったコンビが、ある日、突然売れっ子になる。しかもそれを誰もがわかる順位という形で見せつけられる。これだけハードな世界があるだろうか。

■ポジティブシンキング術の一つの形
山ちゃんの生き方は、よく考えればいわゆるひとつのポジティブシンキング術である。

彼はこういう。「腐るのではなく全てをパワーに変換する。何か嫌なことがあったらこの”変換”を真っ先に頭に置く。」  そういえば先日見たインタビュー記事で、こうも言っていた。「でも、そうやって僕が嫉妬している時間は、嫉妬されている人のウイニング・ランの時間なんですよ」※
※「良い嫉妬」こそ、凡人が成長する武器だ by NewsPicks

ちなみに、私が個人的に学んだことがもう一つ。それは彼の次の言だ。「最後のゴールはなにかを見つけて逆算するという行為は、すごく大事だとこのとき気づいた」。彼の人生そのものが、これが正解であることを如実に語っている。

■本音満載。疲れるが、読み応えあり
この本がすごいのは、ここまで書くか・・・というくらい、彼のダークサイドな部分を白日のもとにさらしていることだ。単に、劣等感を感じた場面だけではない。過去に彼が組んだパートナーにしたひどい仕打ち・・・端的に言えば、ハラスメントのような行為・・・も全て隠さず吐露している。

そういった意味では、正直、疲れる本でもある。疲れる・・・疲れるが、それだけ本音に迫っているということがわかるし、そこで彼が語る学びは重みがある。ただし、一つだけ気をつけてほしい。本書を読めば、誰もがみんな成功できる。そういう本ではない。なぜって、彼のような努力をできるのはおそらく一握りだからだ。


2018年8月5日日曜日

書評:失敗の研究 〜巨大組織が崩れるとき〜

雪印、理研、ロッテ、三井レジデンシャル、GM、そごう、化血研、東洋ゴム、ベネッセ、マクドナルド、カネボウ・・・

過去に大きな失敗をした組織に何が起こっていたのか・・・取材を通じてその事実を明らかにするとともに、そこに見て取れる共通要因について筆者なりの考えをまとめた本である。

失敗の研究 〜巨大組織が崩れるとき〜
金田 信一郎



細かく観察していくと、それぞれの組織で起きた事件の背景や内容は異なる。が、しかし、そこにはなんとはなしに共通要因も見て取れる。そして、筆者の細かい分析を読み込まずとも、そこにある事実を読むだけで、なんとなくその共通要因を認識できる。本書を読むと、誰もが陥る可能性のある企業失敗の要因の深淵を覗き込んでいる感覚になれる。

そこには、責任の所在が曖昧、現場を見ない経営、潰れないという慢心、利権の誘惑、風通しの悪さ・・・いろいろなキーワードが浮かび上がってくる。

とりわけ、「責任の所在が曖昧」というキーワードは、印象深く残った。なぜなら、自身の経験則でも身近に感じることができる問題点だからだ。たとえば、私が過去に従事したプロジェクトでを事故を起こしたときというのは、「あの人に任せていたんだけど・・・」とか、「いや、私は忙しかったんで体制には名前が入っていたけれど、実際はそこまで見ていなくて・・・」みたいな当事者意識のなさに起因することが多い。

では、本書が取り上げた実企業ではどうだったのだろうか。たとえば、雪印は1955年と2000年に似たような事故を起こして倒産と相成ったわけだが、当時の組織は複雑で、レポートラインもぐちゃぐちゃ・・・誰が意思決定したかわからないような状態だったという。マンション傾斜問題を引き起こした三井レジデンシャルでは、三井不動産に建設を丸投げし、そこには様々な下請け企業が関与していた。工事体制が複雑なのはある意味、雪印の組織図の話に似ている。スタップ細胞問題を引き起こした理研でも、小保方さんを始めとする研究者全員に少しずつ当事者意識が欠けていたのではないかという話だった。

小さい企業でも大企業でも、一緒だ。そう思った。

さて、ここでは一例として「責任の所在が曖昧」・・・を中心に取り上げたが、筆者はそれ以外にも他の共通要素についても述べている。それについては本書を読んでもらえればいいと思う。同じ轍を踏まないようにするためにも、そこまで深く考えず、身構えずに、この本を読むだけ・・・それだけで、リスク感度があがることは間違いない。

企業経営者は「成功のための自己啓発本」を読むのもいいだろうが、たまにはこうした企業の失敗事例・・・を一読すべき本だろう。そこには企業の大きいも小さいもない。


2018年5月2日水曜日

書評: 堅牢なスマートコントラクト開発のためのブロックチェーン 技術入門

今回の本は専門書の部類に入るので、興味がこれっぽっちもない人には全くおすすめしない。逆に、真剣にその基礎技術を勉強したい人なら強くオススメする。

堅牢なスマートコントラクト開発のためのブロックチェーン 技術入門
著者:田籠照博
出版社:技術評論社

本書は、ビットコインの基礎技術であるブロックチェーンの仕組みについて、技術的な側面から解説したものである。前段では、ビットコインを例にとりながら、ブロックチェーンの技術的な仕組みを解説しており、後段では、ビットコインについで2番目に有名なブロックチェーン、イーサリアムの実際の環境構築やその活用方法について、プログラミングのソースコードにまで踏み込む形で解説している。

そもそも、私がこんな難しそうな・・・いや、難しい本をどうして手にとったのかといえば、ブロックチェーンを本気で理解しておきたいと思ったからだ。もちろん、自分がこれをもとに新たな仮想通貨を作るとかそんなことを考えているわけではない。ただ、今後間違いなく、台頭してくる基礎技術の一つだと考えている。だから、非技術者の立場であっても、骨の髄まで理解しておきたいと思ったのだ。昔から、私の勉強方法として、技術的だからとか、複雑な数式が出てくるからとかで、あきらめることをせず、多少時間がかかっても丁寧に読み込むようにしてきた。その結果、得られたものがものすごく多かったので、同じような効果を期待して、本書に手を出したという背景がある。

さて、本書を買って良かったかと聞かれれば、「良かった」と答えるだろう。ただし、条件付きで・・・だ。本書は確かに深い学習をするのに役立ったが、そのきっかけを提供してくれたに過ぎない。言葉足らずの解説も少なくなく、実際には、他の文献も参考にしながら理解を進めていったというのが事実だ。ちなみに、私が本書を読む上で抱き合わせで読んだ文献は下記のものだ。

いまさら聞けないビットコインとブロックチェーン(大塚雄介)
Bitcoin: A Peer-to-Peer Electronic Cash System(サトシナカモトの論文)
4枚の図解でわかる公開鍵暗号(HP)
Bitcoin Explorer(マイニング状況の情報サイト)

また、後段で登場するイーサリアムのスマートコントラクトの実際のプログラミングの仕方については理解を諦めた・・・。さすがにそこまでの知識は不要だと思ったからだ。

ところで、私が本書を読む際に明らかにしておきたいと思っていた主な疑問点は次のような事項だ。


・誰がサトシナカモトの論文を現実化し、誰が運用を支えているのか?
・10分ごとに行われる競争のプロセスとは?
・ブロックチェーンのブロックの単位とは?
・ブロックのヘッダーの構成要素は?
・公開鍵と秘密鍵の詳しい原理・数式は?
・ウォレットとは?
・マルチシグの原理は?
・アルトコインとは?
・アルトコインとビットコインの違いは?
・ピアツーピアの世界観は?
・台帳の現状のサイズは?


最終的に全てを明らかにすることができたし、お陰で、初心者に原理をわかりやすく説明できるくらいには理解できたと思うが、本書だけではきつかっただろう。

世界は天才だらけだ・・・。すごい! 改めてそう感ぜずにはいられない。


2018年4月14日土曜日

書評: ストーリーとしての競争戦略

スポーツ選手が究極に集中した状態を俗に「ゾーンに入る」と言うが、これは人だけにとどまらないのかもしれない。企業も究極に集中した状態で全社一丸となって戦略を遂行することがあるのだろう。

さしずめ「活きた戦略」とでも言おうか。 楠木健氏の言う「ストーリーとしての競争戦略」は、まさにこの企業がゾーンに入った状態を引き出す戦略と言えるだろう。

ストーリーとしての競争戦略 ~優れた戦略の条件~
著者: 楠木健


本書には、ストーリー戦略とは何か、ストーリー戦略に必要な要素は何か、 ストーリー戦略をどのように描けば良いのか、強いストーリー戦略を描くには何がポイントになるのか、といった問いに関する答えが書かれている。著者の楠木健氏はビジネススクールで戦略に関する講師を勤めているが、数多くのケーススタディや経営者との対談を経験する中で「成功企業に欠かせない要素」として、この「ストーリー戦略」があることを実感せずにはいられなかったのだろう。

事例として取り上げられているケースも豊富だ。ぱっとみただけでも、トヨタ、日産、マツダ、フォード、セブンイレブン、スタバ、マブチモーター、デル、アマゾン、アスクル、ガリバーインターナショナルなどの事例に触れている。

ここで1つの疑問がわく。戦略本は世の中にゴマンとある。この本の何がそんなにすごいのか?と。実際、私が過去に読んだ本の中にも野中郁次郎氏の「戦略の本質」や、三枝匡氏の「戦略プロフェッショナル」といった本がある。これらの本と比較して何が違うのか。2つの観点で異なる。1つは引き合いに出すケースが異なっている。「戦略の本質」は過去に起きた戦争が題材だ。「戦略プロフェッショナル」は、現実にある会社をミックスさせて作り上げた架空会社が題材だ。対して本書は、前出のとおり、最近のリアルな会社が題材となっている。もう1つの観点は、根底に流れる哲学だ。「戦略の本質」の哲学・・・の1つは「環境変化に合わせて柔軟に変えられる・変える戦略が大事である」ということ。「戦略プロフェッショナル」には「早いうちからたくさんの失敗経験をいかに積めるか。それが戦略を何よりも成功させる重要だ」という哲学が流れている。対して、「ストーリーとしての競争戦略」は、文字通り「戦略に人に語りたくなるストーリー性があるかどうか」という一点に成功の軸においている。

なるほど、そういう違いがあるのだな、と思ったところで、更にもう1つの疑問がわく。私だけがそう思うのかもしれないが、戦略本というのはなんとなく胡散臭いものである。というのも、読んでもなかなか、現実には適用しづらい。抽象的。後知恵的。そんな印象があるからだ。事実、私自身の経験でも、いつも問題になるのは、戦略そのものよりも、立てた戦略を仲間がなかなか実行してくれないといったことだ。眼の前の緊急なことにばかり目が行き、中長期的な戦略のために時間を割けない。そうこうしていくうちに戦略の半分も実行せいないうちに半年が経過してしまう。そんな感じなのだ。つまり、PDCAでいうところのPではなくDに問題がある・・・。それが実態なのだ。そんな中にあって、この「ストーリー戦略」はどんなヒントを与えてくれるのだろうか。いや、ヒントはあるのだろうか。そう思いながら読んだ。

そして、驚いた。「ストーリー戦略」そのものがまさに「実行力を伴わせる戦略」のことだったからだ。普段、会社で立てる戦略は、セグメンテーション、ターゲット、ソリューション、マーケティングとプロモーション、アクションプランなどなど・・・あたりまえの要素が含まれるが、ブツリブツリとスライド間のつながりが弱い、単なる数字の羅列になってしまうことが多い。しかし、そこにはっきりとしたストーリー・・・そう、さしずめ小説のように語れるストーリーがあると、説得性も、何もかもが変わる。

私はリスクマネジメントのコンサルタントとして、よくクライアントに何事も言語化が大事だ、と言っている。戦略にもまさにこれが当てはまるということだろう。が、小説のように具体的にイメージができて人に語りたくなる・・・ストーリーになるような言語化ができるといい。そこまではおもいが及ばなかった。

そんなわけで、本書は組織において何らかの戦略・・・というか、企画立案する立場にある人が読むとよいだろう。なぜって、企画立案は実行性が伴って初めて成り立つものだからだ。実行が伴う企画を作るにはストーリーが必要なのだ。そう、それこそが楠木氏が言うストーリー戦略なのだ。


2018年4月7日土曜日

記事評: 叱咤激励の技術

HBR2018年1月号を読んで・・・。

『倉庫業務が物流コスト全体に締める比率は推定約20%であり、倉庫関連コストの65%が商品を棚から取り出すピッキング作業にまつわるものである。』
(AR戦略:拡張現実の並外れた可能性より)

これはどう思ったというよりも、勉強になったうんちく・・・。なるほど、想像以上にアナログ作業が現場を占めているというわけだ。


『パブロ・ピカソがコンピュータについて述べたコメントだ。「しかし彼ら(コンピュータ)は役立たずだ。答えることしかできない』
(人工知能が汎用技術になる日より)

「AIが人間の仕事を奪う。脅威でしかない」という主張に対して、これほど明快な反論があろうか。答えることはできるが、問いを持つこと、すなわち課題を設定することは相変わらず人間の役割というわけだ。ますます、「自分で考える力」「疑問を持つ力」が重要になるという意味でもある。「正解がないのはわかるけど、一例を教えて」とか、「正解を教えて」と聞いてばかりの人間からの脱却が必要だ。


『科学から見れば、かならず成功するスピーチのほとんどに三つの要素があることが判明した。それは、「方向性を示す」「共感を伝える」「意味付けを行う」である。』
(叱咤激励の技術より)

この3つの要素は、リーダーの立場に立つ者が、チームを鼓舞し、一丸となって進むべき方向に進ませるために必要な要素であり、実用的な指摘である。自分に当てはめた場合、ともすれば、数値目標や課題だけを伝えて終えてしまうことがある。「共感を伝える」と「意味付け」・・・の部分が、弱いと感じた。そりゃー、そうだわな。人間対人間だし・・・。

2018年3月31日土曜日

記事評: 永守重の働き方改革

今週号の日経ビジネス特集は、働き方改革。日本電産創業者の永守重信氏が表紙を飾る。

『「そうは言われても残業手当が減るんです」みたいな話に戻るわけ。鶏が先か卵が先かの話になっちゃって、まず収入増やしてくれ、そうすれば残業は辞めますと。それでは会社は業績が一気に悪化する。だから両方とも大事なので同時進行しかない。「結局、これはトップが強い信念でやらないといけないわけです。(作業手当が減っても)年収は減らしませんよと言う信念、必ずこの運動を成功させると言う信念。みんなの意識がそんなにころっと変わるもんじゃないし、お金もずいぶんかかる』(日経ビジネス2018年4月2日号より)

結局働いてるのは人間だし、生活がかかっているし、正論だけでは物事が前に進まない。ステークホルダーのニーズを汲み取り、どうやってみんなが納得できる落としどころを見つけ、前に進めることができるのか。それにはアイデアとお金と時間がかかる。お金と時間がかかる場合、中長期的視点が持てるトップこそが積極関与していくしかない。これは、やってもすぐに結果が出ない、お金に直結しないリスクマネジメントと一緒だと思う。

では、そのトップの意識を変えるためにはどうすればいいのか。永守重信氏の場合は買収を通じて海外の成功企業の文化を勉強する中で、生産性を上げることが重要だということに気づけたそうだ。生の成功事例がトリガーだ。私が携わるリスクマネジメントの世界においても、いかにたくさんの成功事例を作れるかが鍵というわけだ。難題だが、チャレンジしていきたい。

記事評: 非科学的な批判に食品企業はどう対峙するのか

WEDGE2018年4月号の“非科学的な批判に対峙する食品企業。SNS時代に必要な「顔の見える広報」”の記事は2ページという簡単なものだが、具体的な事例が掲載されていて非常に勉強になる。

論点はこうだ。「根拠の薄い論文が科学雑誌などに掲載されることが少なくなく、それがSNSを介して一気に広がり企業にダメージをもたらす。それがどんどん加速されている。企業はこれにどう対峙すべきか」というものだ。

個人的に風評被害対策でパッと思いつくことは、以下の3点だ。
  • モニタリング(すぐに風評被害が起きているという情報キャッチができる体制)整備
  • 情報発信体制(すぐに適切な情報を流せる体制)整備
    (※情報発信ができるよう各種SNS上にアカウントを持ち、フォローワーを作っておく必要がある)
  • 上記2点の訓練
おそらくこれは当然のこととして・・・ということだろうが、記事では次のように述べている。

『味の素、モンサント(2つの事例)に共通するのは、科学的根拠に基づき、経営陣が顔を見せて堂々と主張し、情報発信する姿勢こそが大事だ、という確信だ。』
『・・・その前に、トラストビルディングが必要だ、と言う。企業の姿勢や理念を理解してもらい、社会からの信頼感を勝ち取り、そのうえで、すばやくフェイクニュースに対応する。』(WEDGE2018年4月号より)

キーワードとしては、「科学的根拠」、「トップのプレゼンス」、「スピード」、「コミュニケーション」といったところか。記事はあくまでも企業が被害者となったときの対応事例を取り扱っているが、企業不祥事の対応でも同じことが当てはまるだろう。

2018年3月25日日曜日

記事評:動中の工夫は静中に勝ること百千億倍

何の雑誌についてきたんだか、付録にダイヤモンドクォータリー特別編集号「CEOアジェンダ2018」というのがあり、斜め読みをしていた。その際に、いい文句があったので書き留めておきたい。


『動中の工夫は静中に勝ること百千億倍』
朝田 伊藤忠取締役会長が、「100点満点だと思う筋書きを書いて、お客様に提案書をもっていったときにはすでに80点か75点の提案書を他の競争相手が持ってきている」を説明するのに引用した白隠禅師の言葉だ。白隠禅師とは、Wikipediaによれば、白隠慧鶴(はくいんえかく)のことであり、臨済宗の祖であり、禅僧だ。1686年に生まれ1769年に没している。似たようなことを色々な表現で語る人が多いが、こんなことを言っていた人が大昔にいたとは・・・感銘を受ける。


『発信するだけではなく、人の言うことをよく聴くことも必要です。コミュニケーションを大切にしなければなりません。相手の言うことをよく聴かないと、本当に聴きたいこと、特に耳の痛いような悪い情報は入ってこない。知りたい情報を的確に得るためには、人の言うことをよく聴くことです』
同じく、朝田 伊藤忠取締役会長の言葉だ。「耳の痛い情報」は不愉快だし、耳に入ってきたときにどうしても不機嫌になる。そのときの態度のあり方で、そうした貴重な情報が以後入ってこなくなるかもしれない・・・というのは納得だ。わたしはまだ人間がでてきないので、態度に出てしまうに違いない。心に留めておきたい。

書評: 実践!タイムマネジメント研修

働き方改革が叫ばれて久しい。「残業しなかった人には報奨金を出す」「副業を認める」など、一生懸命に工夫をする組織が増えた。だが、「働く時間は減っても、仕事が減るわけじゃない」と言う声もよく聞く。どうすればいいのか。

その答えを指し示すのが本書である。

書評: 実践、タイムマネジメント 研究
より少ない時間で高い成果を出すために
著者: 坂本健

きっかけはアマゾンKindleプライムだった。本書が、あまりに直接的なタイトル、いや、面白くなさそうなタイトルで気が引けたが、「無料」だし、たまにはこう言うのもよかろうというノリだった。だからなのか、実際に本書を開いたのは買ってから2ヶ月後。私がいかに本書に期待していなかったがお分かりいただけると思う。

開いてみると、あら、読みやすい。小説形式なのだ。「さては、エリヤフ・ゴールドラット氏のザ・ゴールを真似して書いたな」。だが、「イコール悪い」という意味ではない。二番煎じ的な印象が否めなかったが、読み進めてみても、なかなかどうして。質は悪くない。

 * 無駄な時間の使い方がどこで生まれているのか
 * どうして生まれているのか
 * どうやったら解決できるのか

それが講義のテーマだ。最初の2章程度を読んで、「そう言えば」と思ったことがある。

自分で言うのも(本当に)なんだが、ここ数年の仕事のスピードが倍以上速くなった実感を持っている。なぜなのだろう・・・と自らに問いかけたところ、出てきた答えの一つは、隙間時間の有効活用だった。昨年末に出版した自著「世界一わかりやすい リスクマネジメント集中講座」 にしても隙間時間で書き上げた本だ。電車移動中に携帯電話などを使って書き溜め、最後にパソコンでとりまとめた。

そう、本書の講義の一つ目のテーマはまさにその隙間時間だった。ストンと落ちる・・・とはこう言うことを言うのだろう。まさに腑に落ちた瞬間だった。こうした「隙間時間の有効活用」のほか、「コミュニケーション時の罠」「目的に立ち返ることの重要性」など、企業で誰もが陥る罠について、紐解いている。ちなみに、個人的に印象に残ったものの一つは、「指示出しの際の禁句」だ。禁句にすべき文句の中身そのものが、ではなく、「禁句」という手段そのものが、だ。なるほど、このように禁句(たとえば、「とりあえず・・・してみて」)を命じするとお互いが強く意識するようになるので実効性が高い。いい方法だと思う。

本書をまずは自分で読んでみる。私同様にいい本だと思たら、次は自分が講師にたって本に書いてある内容をミドルマネジメントクラスに教育するのもいいだろう。もっと簡単に済ませたければ、本書を買ってミドルマネジメントに配るというのもありかもしれない。この本を手に取った経緯が経緯だけに、この本の良質さに驚いた。意外な良書というのはこういう本を言うのだろう。


記事評:意思決定が早すぎる(HBR2018年3月号)

ハーバード・ビジネス・レビュー2018年3月号を読んで、印象に残った記事。

『特に(スタッフの不満の声で)多かったのは、「山口についていけない」という声です。「意思決定が早すぎる。説明が全くないから、何のためになやっているのかわからない。』
(マザーハウスが架け橋となり国と国との距離感を縮めたい: マザーハウス山口絵理子社長)

最近の自分に当てはまるんじゃないかと思い、ハッとした。会議だとか、根回しだとか・・・とにかく思い立ったときにできる人がさっさとやればいい・・・そういうスタンスで日々過ごしてきたが、もしかしたら、周囲をおいてけぼりにしているんじゃないかと思った。


『ソーシャルツールを展開するときは、ナレッジ共有やスキル構築の可能性をマネジャーが明確に強調しない限り -そして社員と発展的な対話をしない限り- 社員はツールを十分につかいこなせずに、場合によっては放棄する結果になるだろう。』
(社内SNSを上手に使いこなす方法: ポール・レオナルディ、セダール・ニーリー)

ここは共感。事実、自社に社内SNS(SLACKなど)を導入した際に、一気に社内に普及し始めたのは、キーとなるマネージャーがその必要性を理解し、積極活用し始めてからだった。でも、これってITツールだけでなく、全てに言えることじゃなかろうか。昨今、高速PDCAやアジャイルという言葉に代表されるように、ツールやインプットが増え、組織でやりたいことが増えている。その一方、その導入プロセスとなる手順やテクニックが追いついていないのではないかと思う。この課題をクリアできた企業こそが、他社との競争に勝てるようになるのではないかとすら思う。


『・・・ずっと以前に上司から重要なポジションに大抜擢されたときのことです。私は、上司に”その職務をまっとうする心構えができていません。自信をつけるために、あと二年研鑽を積ませてください”と申し出ました。後で夫に打ち明けると、”男でも、そんな風に答える思うかい”と聞かれました。私は”そうしなかったでしょうね”と答えて、翌日に昇進を受け入れました。』
(過去にしがみつかず変革の道を歩む バージニア.M.ロメッティ IBM会長兼社長兼CEO)

この言葉は、記者が女性社長のロメッティ氏に、ジェンダー問題(女性がなかなか出世できない問題)についてどう思うかと尋ねたときの答えの一節だ。

そういえば「生物学的に男性は、多少無理なことを言われても、”できる”と答える傾向がある。一方、女性は同じことを言われても、無理な背伸びをしないし、できないことはできないと言う傾向がある。」というのを何かの本で読んだのを思い出した。ハッとした。私の会社にも、いや、チームにも女性が複数人いるが、そこを理解して、付き合えてきたのだろうかと・・・はたと考えた。ジェンダーの違いがもたらす考え方の違いをお互いに勉強していく機会を増やすべきだと感じた。


『良い経営理念を、社員に毎日使わせることです。経営理念に沿って、社員は自主的に判断して仕事をしてもらう。経営理念に基づく決断ならば、結果が悪くても責任を問わない。これを繰り返せば浸透します。(松本晃カルビー会長)』
(経営理念: 入山章栄 ロジックの賢人ほど、”人とは何か”を突き詰める)

あー、これ理想だなぁ・・・と素直に感じた。自分の会社でも実践したいし、お客様にも勧めたい。我が社には、会社単位のみならず、チーム単位でもチームスローガンみたいなものがあるが、毎週朝会で考える機会を設けるようにしている。どんどん色々なことを試みて、どういう方法が一番効果的か・・・私自身、検証してみたい。


あー、40も半ばになるのに、まだまだ知らないことが多すぎる!! 猛省。

2018年3月22日木曜日

記事評: 現場のDNA進化は「ルーティン」で決まる

少し古い記事になるが、ふと読めていなかった雑誌を掘り返して読んでいたら、目から鱗だったのでここに記載しておく。ハーバード・ビジネス・レビューに掲載された入山章栄氏の「現場のDNA進化は「ルーティン」で決まる」だ。

2つある。

マニュアルの意義
『そもそもマニュアルは社員やスタッフの行動を制限するためにつくっているのではありません。むしろ、マニュアルを作り上げるプロセスが重要で、全社員・全スタッフで問題点を見つけて改善していく姿勢を持ってもらうのが目的なのです(良品計画)』

今回のこの記事以外にも、ちょうど昨日読んだ、遠藤功氏の「生きている会社、死んでいる会社」にも同じ事例が取り上げられていたから、余計に目立った。なにかよっぽど縁があるに違いない(笑)。

実は、いま自分が取り組んでいるリスクマネジメント・・・とりわけ、災害時の行動計画や備えであるBCP(事業継続計画)にも同じことを感じていて、コンサルティング時にその考えを取り入れていた。有事の行動計画であるBCP策定の際の大きな問題が、計画策定者とそれを実行する人が異なることだ。文書は副産物でむしろ、BCPを策定するプロセスを経験することのほうがよほど重要と考えたほうが良い・・・そう、言ってきた。今回のこの記事は、それを裏付けるような記事である。私の例の場合は有事に備えた行動計画の話であるが、平時のマニュアルにおいてもそれがあてはまり、なおかつ、それを実践するために良品計画では月1で現場がマニュアルの見直しを行っている点についてはなるほどな、と思った。生きたマニュアルにするための良いヒントだと思う。

新規ビジネスを成功させる要諦
古いビジネスから脱却できず沈没した事例はいくらでもある。コダックと富士フィルムの事例はよくとりあげられる。この記事では、米国新聞社がデジタル化の波に乗れなかった理由を・・・4社8事業を研究した成果について触れている。それが興味深い。

それによれば、4社8事業のうち成功したケースは一つだけだったそうだ。共通していたのは、いずれの会社も、デジタル化の波に合わせてリソース配分をデジタル事業に傾けていたこと。ふむふむ。ここまでだったら誰でも思いつくしやりそうなものだ。だが成功した一社のみが違ったのは、デジタル事業に古いしがらみをもちこまなかったこと。具体的には、事業部を完全に独立させ、トップをシリコンバレーのIT企業の出身者に任せたそうだ。

つまり、新分野で成功させるためにはリソースだけ手当しても駄目で、頭のスイッチも思考プロセスもみんな切り替えなければいけないし、切り替えるような環境を創出しなければならない・・・と、そういうことだ。これはなるほど!である。おおくの企業で、「いやぁ、うちの会社でも新規ビジネスをやらせようと思ってどんどん、いろいろな部門にアイデアを出してこいっていってるんだけれども、みんな成功しないんだよね・・・」という声を聞く。おそらく頭のスイッチの切り替えはおろか、リソース配分も(あわよくば今のリソースを犠牲にしないままで)と甘いやり方をしているのだろう。これでは成功しないはずである。良い勉強になった。

2018年3月21日水曜日

書評:生きている会社、死んでいる会社

「この会社の株だったら買たいな(インサイダーリスクがあるので買えないけど)」
コンサルタントとして様々な企業とお付き合いする中で、そう思う場面が実は何度かある。「この会社は絶対に伸びる」と肌感覚で思う瞬間があるのだ。だが、そう思う・思わないの基準がはっきりしているかといえばそうでもない。これが本書に手を出した理由だ。
 
生きている会社、死んでいる会社 ~創造的新陳代謝をうみだす 10の基本原則~
著者: 遠藤功
出版社: 東洋経済新報社
 
本書には、死んでいる会社・生きている会社に共通した特徴、どうしてそうなるかの理由、どうやったら生きている会社になれるかのヒントが書かれている。なお、ここで言う「生きている会社」とは、「絶え間無く挑戦し、絶え間なく実践し、絶え間なく想像し、絶え間なく代謝する会社」だ、と著者の遠藤功氏は定義する。では、生きている会社の共通点はなんだろうか。遠藤氏によれば、それは次の3つを備えている会社だそうだ。
  • 熱(ほとばしる情熱)
  • 理(徹底した理詰め)
  • 情(社員たちの心の充足)
「なるほどな」と「やっぱりな」という2つの感感情を同時に持った。
 
「やっぱりな」と言う点に関しては、事実、私自身がコンサルをしていて「伸びるな」と思える会社が遠藤氏の言う共通点と重なるからだ。そう言う会社は、そこで働く人からの元気が伝わって来る。まさに「熱」だ。そういう会社は本質的じゃないところに時間を割かない。具体的には例えば、会議ひとつ取っても「それはできない、これはできない、あの人が悪い」などと言った、後ろ向きな発言ではなく、「どうしたらできるのか、あーしてはどうか」という前向きな発言が多い。ポジティブというか、建設的なのだ。また、新しいことも厭わずにどんどん取り込んで行く。
 
もちろん、かと言って、気合だけではどうにもならない。そこには考える力を持つことも必要だ。それは遠藤氏の言う、「理」だ。そして、心の充足感も伴わなければならない。昨今の働き方改革では特にこの点にスポットライトが当たっているように思う。ちなみに余談だが、私の会社のロゴマークには「情熱」「スマート」「グローバル」と言うメッセージを込めている。偶然だが、なんとなく遠藤氏の指摘する「熱」「理」「情」に呼応する部分があるような気がする。
 
「なるほどな」と言う点に関してもいくつかあるが、その一つは古いものを捨てることも大事だという点だ。すなわち、単に溜め込むだけではなく、古くなり使わなくなったものをどんどん捨てることも意識し実践できるかどうかがキーポイントというわけだ。自分の会社でも理想のレベルで実践できていない。やってきたことに少しでも疑問があれば潔く捨てるべきというのは頭ではわかっていても意外に難しい。
 
このように学びのある本だが、その特徴は2点ある。1つは、コンサルタントの遠藤功氏らしく、ロジカル・・・体系的に考え方を整理して道筋を示してくれている。先に挙げた「熱」「理」「情」もそうだが、会社の要素を「経済体」「共同体」「生命体」という言葉で表現するなど、ともすれば複雑に見える企業経営を、シンプルな言葉で紐解いてくれている。そして、もう1つは、テーマごとに取り上げる事例の質がいい。たとえば、「熱」の実現を上手くできなかった事例として、次のような引用をしている。
 
ビジョン、ミッションは言わずもがな、日々の運営でサイト訪問者数の話はしても、重要で当たり前なことは言葉にしなくなり、ずれていってしましました(南場智子)』
 
松下幸之助が言ったという「本社なんかない方がいいんだよ」という話。「うちには思想と人しかない」という良品計画の話。「通年の改善件数は40万件を超える」というデンソーの話。「一つのチームはピザ2枚で足りるくらいの規模にとどめなければならない」というジェフ・ベゾスの話・・・などなど、ためになるキーフレーズがたくさん登場する。
 
さてまとめよう。本書を読んでなによりも感じたのは、「生きている会社」になるための処方箋は、実は昔からすでに明らかになっていたのだということ。そして、必要なのは経営者がそれを腹の底から理解し、覚悟を持って実践できるかということだ。前段で言及したとおり、あるいは遠藤氏自身も「おわりに」で述べているとおり、本書に書かれていることは決して目新しいことではない。昔から偉人が述べてきたことが当てはまる。
 
経営はそもそも複雑なはずだし、経営を語る多くの書で難解なものが多い。それを体系的かつシンプルに、最新の事例を交えて、整理分類し、解説してくれているところに本書の意義があると言えるだろう。
 

 

2018年3月20日火曜日

記事評:取締役会の新たな役割:イノベーションを統治する(HBR2018年2月号)を読んで

久々にハーバード・ビジネス・レビュー(2018年2月号)を読んだ。最近、企業の役員の方にお会いすることが多いので、コーポレート・ガバナンスのことが気になっており、この記事が琴線に触れた。

記事の趣旨を大胆にまとめるならば、「企業にイノベーションが足りない足りない・・・と言われているが、実は、その責任の一旦は取締役会にもある」というものだ。

ただし、取締役会はせいぜい月1回。数時間程度である。普通に考えれば、議論する時間などない。事前に根回しをされた内容を追認する。つまり、ワイガヤのディスカッションなどほとんど行われていない・・・それが一般的な(私の)イメージだ。

今の時代、それでは駄目だろう・・・というのだ。そのためには、時間的制約の壁を乗り越える必要があるし、どのような人材を巻き込むべきかという論点がある。前者について工夫している組織では、たとえば取締役会のテーマを変えて、年に2種類の戦略会議を開いていると言う。1つは自社の組織能力と市場におけるポジションについて話し合うもので、学びに重点をおく会議であり、もう一つは意思決定を下す会議だそうだ。そして後者については、取締役会メンバーの多様性に工夫をするという。その会社の専門分野に精通した人材を招くよりも、会社に足りない視点を持っているプロを招聘するというのだ。最近、私も仕事で社外取締役や社内取締役の双方に面談する機会があるが、上手く言っているなと思える企業は、足りない視点を補う社外取締役を呼べている。

納得感がある。どうせ時間とお金をかけて外部の人材を招聘するならそれくらいの工夫はしたいし、成果を期待したいところだ。


ところで、最後に次の一文も心に響いたので掲載しておく。

『フォーチュン100に入る小売企業のCEOは、「他社のCEOや取締役会を見て、取締役会が枝葉末節にとらわれる過ぎると命取りになることを学びました」と我々に語った。こうした問題を避けるには、取締役会に対して何を求めているかを最初に明言することである』

当たり前だが、意外に実践できている企業は少ないのではなかろうか。いまの時代、誰か一人がイノベーションをかんがえるのではなく、全階層、全組織的な取り組みが、企業のイノベーションを促進していくのだろう。

2018年3月17日土曜日

記事評:特集 銀行淘汰が始まった 銀行員がどんどん辞めている

文藝春秋2018年4月にあった「特集 銀行淘汰が始まった 銀行員がどんどん辞めている」が、印象に残った。

昨年末には「三菱UFJ銀行が1万人削減」といった記事や「みずほ銀行10年間で約2万人の削減」といった記事がニュースを飾った。要するに、どうしてこういった事態が起きていて、これからどういうことが予想されるのか・・・ということを書いている記事だ。

みんな銀行の窓口に行かなくなっているし、フィンテックは流行っているし、お金の処理みたいな正確なやりとりにこそITが力を発揮するだろうからどんどんマニュアルオペレーションはなくなっていくだろうし・・・まぁ、素人でもなんとなく世の中の流れは想像がつく。

そんな中で当該記事は銀行の融資ビジネスの利益率がどんどん下がっているという話をしているが、その低さに驚いた。1億円を融資してリターンが49万円しか稼げない(利ざや0.49%)という。そんなもんなのか!?

仮想通貨に投資したほうが、リスクは高いがよっぽど儲けられそう(笑)。

記事評:サイバーエージェント、ネットテレビの「賭け」

日経ビジネス2018年3月19日号に「サイバーエージェント」ネットテレビの「賭け」とある。AbemaTVで数百億円の赤字をだしながらも、10年計画で黒字化を目指して突き進む。



3つ感じたことがある。

1つは、数百億円の赤字を出しながらも企業経営をつづけられる・・・これはすごいなと。それだけの体力を持っているところに敬意を抱く

2つは、いくら数百億円の赤字を出せる体力があるとはいえ、10年というスパンでそれだけのコストを覚悟しながら、信じた道を突き進める藤田社長はすごいなと。なかなか真似のできることではない。

3つは、逆に言えばそれだけ藤田社長がワンマンな会社であることを証明しているのかなと。実際、ブログ事業など過去の事業含め、相当、藤田社長が現場に入ってテコ入れをしているとある。それだけの覚悟とオーナーシップを発揮するところはすごいと素直に思う一方で、完全に信頼して任せられる人材がいないのかなと思ってしまった。

どう転がるにせよ、3年後5年後にこの記事を読んで、サイバーエージェントがどう変わっているか、振り返りをするのが楽しみでたまらない。もちろん、いい意味で。

サイバーエージェント:セグメント別営業利益の見通し
【出典:サイバーエージェント2018アニュアルレポート】


2018年3月15日木曜日

書評: 「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」

「生かされているが、生きてもいるんだなぁ」 本書を読んで、そう思った。

「不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか」 (講談社現代新書)
著者: 鴻上 尚史

特攻を命じられ、生きて帰ってきた、、、しかも7回。精神的・肉体的にも逃げ場のない世界、そんなイメージしか湧かない戦時中に、何をどうしたらそんなことが起きるのか? 「お国のために死ぬのは当然」という考え方に染まらなかったのか、いずれにせよどうして生きて帰ってこれたのか、とにかく疑問ばかりだ。

読んでみてどうだろう。最初に感じたのは、自分の学んできた歴史、いや私の考えにいかに偏見があったかという驚きだ。今日まで、次のように考えていたのだ。
  • 特攻は絶対に逃げられないもの
  • だから選ばれたら最後、悲しくもみな往生際よく突撃して言った
  • 当時の情報統制は酷いと言っても今の北朝鮮ほどではないと思ってた
  • リーダーこそ死を積極的に受け入れ、見本を示して行動した
  • 特攻の効果は低かったと言ってもそれなりに戦果はあった
  • 当時の上層部のだからこそ、特攻を強く推進していた
  • 敗戦確定後は政府も国民も兵隊さんに優しかった
これら全てがひっくり返った。

ここまでするのか。情報統制の酷さには開いた口が塞がらなかった。本書の主人公、佐々木友次氏は、第一回目の特攻で、めぼしい戦果を得られず、しかも(上層部の期待に反して)生きて帰ってきたにもかかわらず、当時の新聞には「見事な成果、見事に死んだ」といった類いの見出しが躍っていたのだった。家族も死んだと思い葬式をあげたとある。以後に特攻を行った際にも、前回の死亡記事はまるでなかったかのように佐々木友次氏の名前を取り上げて「見事に、、、」と言った見出しが踊る。佐々木氏は内緒で実家に生存を匂わす手紙を送っていたというし、茶番も茶番である。

 佐々木氏はいう。「人には、みなそれぞれに【寿命】がある。だから(自分で死のうとしない限り)簡単には死なない。自分が生き延びてこれたのは、きっと自分がそういう【寿命】だったからだ」と。これが佐々木氏の持つ死生観だ。

しかし、この言葉を受けて、次に私が考えたのは「生き延びたのは偶然か必然か」という点だ。全てが偶然であるはずがない、と。私が出した答えは、必然が5割、偶然が5割。(ちなみにこれは私の勝手な推測なので「お前は戦争というものを全くわかってない」という方がいるであろうことは百も承知している)

具体的には、佐々木氏に限って言えば、彼の生死を分けたのは、先の「死生観」と「(生き死ににかかわらず)役に立ちたいという意思」と「故障や不意の攻撃に見舞われなかった運」の3つが要素としてあったと思う。自分でコントロールしにくい要素ばかりだが、実はその根底にあった要素「本人が鍛錬して得た技量」が、大きなウェイトを占めていたのではなかろうかと、ふと、そんな考えを持った。技量があったからこそ、特攻の効果がいかに小さいがわかったし、技量があったからこそ、直感も手伝って生きて帰って来れたのではないか。

それは次のように言い換えられないか。一見、世の中「これはあの人のせい」「あれは環境のせい」「自分ではどうしようもなかった」ということばかりに見えて、実は意外に自分自身がコントロールを握っている場面が少なくないと。

先日、息子が来ていたTシャツにこんな英語の文句が書かれていたのをふと思い出す。Life is a journey. The good news is you are the pilot. (人生は旅だ。いいニュースは、あなた自身がパイロットということだ。)

と、まぁ、色々な気づきを与えてくれた本書だが、この本がいいなと思ったのは、主観と客観のバランスの良さだ。

「(逃亡したも同然の)当時の特攻を命令した上司を憎んでないのか?」著者は聞く。佐々木氏は答える「いや、そんなことは思ってませんよ」と...。

著者は明らかに(多くの人同様)特攻に対する嫌悪感を抱いているが、では当の本人はどう思っていたのかというところを、脚色せず、インタビューした内容そのままに掲載してくれている。

戦争は悲劇だし、特攻は最悪だ。2度とあってはならない。そういう学びも当然ある。だがそう結論づけるのは簡単だから、私はプラスアルファを読み取りたかった。その内容は先に書いた通りだ。皆さんも皆さんなりの結論を出すために、読んで見てはいかがだろうか。

 
 

書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...