2012年12月30日日曜日

書評: 奇跡の教室

「すぐに役立つことは、すぐに役立たなくなります」

奇跡の教室 ~エチ先生と奇跡の子どもたち~
著者: 伊藤氏貴
出版社: 小学館


今でこそ超名門校だが、当時まだ公立校の滑り止めでしかなかった灘(なだ)。冒頭の言を発した教師は、この学校で薄っぺらい文庫本「銀の匙(ぎんのさじ)」一冊だけを3年間かけて読むという型破りな国語授業を行った。教え子たちは、灘に私立初の東大合格者数日本一の栄冠をもたらす。そして今、東大総長・副総長、最高裁事務総長、神奈川県知事、弁護士連合会事務総長・・・要職につき各界で活躍している。伝説とまでうたわれるようになったその教師の名は、橋本武 (2012年で満100歳)。

  • 橋下武先生は、本当にそんな授業を行ったのか?
  • 具体的に、どんな授業内容だったのか?
  • なぜ、そのような授業を行ったのか? 
  • そして、なぜ、結果を出せたのか? 
  • 教え子たちは、今、何を思うのか?
本書には、こうした疑問全てに対する答えがつまっている。

冒頭の言をはじめ、本書には生徒を教える教育者として、あるいは子を育てる親として、ハッとさせられるメッセージが数多く登場する。それが本書の魅力の1つでもある。

『"自分が中学生の時に国語で何を読んだか覚えていますか?私は教師になった時に自問自答して愕然としたんですよ。何も覚えてないって。』

『国語はすべての教科の基本です。”学ぶ力の背骨”なんです-』

『私は”教え子”ということばで卒業生を呼んだことはない。教師と生徒との関係の限界を知っているつもりだからである。』

しかし、何と言っても本書最大の魅力は、教育の本質をとらえた橋本武先生の教育手法の紹介だろう。一冊の本をとことん味わい尽くす・・・本書は、そんな橋下武先生の教育スタイルをスローフードならぬスローリーディングと呼ぶ。スローリーディングと言っても、単にゆっくり読むのではなく、そこに登場する言葉、情景、心情・・・文字の一言一句を大切にし、丁寧に観察し、”追体験”することを指すのだ。たとえば、主人公が金太郎飴を食べている描写があれば、実際に生徒にも金太郎飴を食べさせ・・・同じ状況を味わいながら読み進める、といった具合である。

ところで、スローリーディングを知るにつけ、ふと、思う。成果を伴った教育というか学問というか・・・そういったものには、一つの共通点があるなと・・・。

「ハーバード白熱日本史教室」の北川智子先生は、日本史の授業で、単に文字を追わせるだけでなく、当時の音楽を聴かせたり、地図を自ら作らせてみたり・・・アクティブティーチングと呼ぶそうだが・・・そういった手法を使って、五感をフル活用し歴史の追体験をさせる。

NHK番組プロフェッショナル仕事の流儀でも採りあげられ、日本中の教師から注目されている菊池省三先生は、小学生に1つのテーマを与え、自ら調べさせ考えさせ、ディベートをさせている。また、普通であればやらされ感いっぱいの運動会において、生徒自身に運動会での踊りの振り付けを創作させるなど、生徒に考えさせる機会をとにかくたくさん演出している。

お金がなく学校に通うこともままならなかったが、教育者の助けなく、自ら似たようなことを実践し、結果を出した若者もいた。「風をつかまえた少年」で有名になったウィリアム・カムクワンバ少年だ。彼は、自転車のライトをつけるモーターに興味をかきたてられ、廃材を利用して自分で実験し、図書館に足を運び独学で発電の仕組みを調べ、ついには風力発電を作り上げてしまった。

そう、これら全てのケースに共通するのは興味を持ち、自ら調べ、自ら体験し、自分の考えを見つけるというプロセスが発生している点である。橋本先生のスローリーディングは、まさに生徒にこのプロセスを踏ませる最も有効な手段の1つであるに違いない。しかも、今からはるか70年以上も前にその重要性に気がついて実践していたというのである。ゆうに還暦を迎える生徒達は、今も立派に生きている。

”奇跡の教室”・・・本書を読めばこの言葉が嘘ではないことがわかるはずだ。


【”教育”の本質に迫るという観点での類書】

2012年12月29日土曜日

書評:「セブン-イレブン終わりなき革新」&「個を動かす」

今回は、コンビニエンスストアにスポットライトを当てた二冊の本について、まとめて書評を書いてみたい。

セブン-イレブン終わりなき革新
著者:田中陽
発行元:日経ビジネス人文庫


個を動かす ~新浪剛史、ローソン作り直しの10年~
著者:池田信太朗
発行元:日経BP社

  ■セブン-イレブン終わりなき革新

セブン-イレブンの全てを書いた本だ。創業者であり現代表取締役会長でもある鈴木敏文氏のこの”会社に対する想い”セブンが今日の地位を築くまでの”苦労・進化の歴史”・・・この両方をたどることで、セブン-イレブンの哲学と業界ナンバーワンたらしめる強みに迫っている。

この本の魅力は、一冊で、おおよそセブン-イレブン・・・いやコンビニ業界・・・いや小売業のことが理解できてしまう、という点にあるだろう。なぜなら、小売り業の最先端を突っ走っていると言っても過言ではない業界でナンバーワンをはるセブン-イレブンの強みを知ることは、小売業における一つの理想像を知ることにもつながるからだ。セブン-イレブン関連の本はたくさん出ているが、我々一般人がセブン-イレブンを適度に理解するにはこれ一冊あれば十分な内容だ。

では、本が言及するセブン-イレブンの強みとは何か? 

幾つかを参考までに紹介すると、例えば、常に”顧客ありき”を前提にした単品管理・・・この軸をぶらさない姿勢がある。また、鈴木敏文氏の常に諦めない粘り強さ・・・が印象的だ。国内にコンビニエンスストアという業態がまだなかった時代に第一号店を立ち上げるまでの苦労、従来はあり得なかったメーカーの垣根を超えた商品開発協力体制の構築の話は、素直にすごいと思った。法規制やしがらみを打ち破ってのATMマシン設置にこぎつけるまでの話は、フィクション小説さながらに興奮した。さらに何と言っても、タイトルにもあるように、常にイノベーションを追い求める姿勢だ。POSシステム導入にはじまり、ふっくらしたおにぎりの開発、商品棚の改善、店舗の24時間化など、挙げれば枚挙にいとまがない。

こうした努力は数字に如実に表れている。コンビニ一店舗あたりの日販が、セブン-イレブンで66万9千円、ローソンが54万7千円、ファミリーマートが53万千円だそうだ。

最初に、本屋で見かけて「少しくらいは何か役立つことが載っているかな」と何とはなしに手にとった本だったが、良い意味で大きく期待を裏切ってくれた本だ。

個を動かす ~新浪剛史、ローソン作り直しの10年~

先の本がセブンーイレブンの全てを描いた本だとすれば、こちらは新浪剛史氏率いるローソンの全てを描いた本である。

「セブン-イレブンって、実は見た目以上に強いんだなぁ。他社は勝ち目なさそうだなぁ。」

「セブン-イレブン 終わりなき革新」を読み終わったときは、そう思った。しかし、この「個を動かす」を読むと「いやいや、何の何の。ちょっとでも隙あらばトップを奪いとるよ」・・・そんな力強さが伝わってくる。

セブン-イレブンよりも後発・・・加えて、ダイエーが三菱商事に譲り渡したときは、負の遺産もたくさんあったローソン。ローソンの強みは全都道府県にプレゼンスがあったという点。セブングループに比べ、売上も資金力も遠く及ばないローソンが、自社のこうした弱み、強みを認識した上で、独自の戦略を打ちたて、熾烈な戦いに挑み続ける・・・そんな姿勢が描かれている。その姿勢は極めてオリジナリティに溢れている。

本書の特徴を1つ挙げるとすれば、ローソンをより良く知るために、ローソンのみならず、セブンーイレブンの特徴について幾度と無く言及している点だろう(「セブン-イレブン 終わりなき革新」は、他社との違い・・・というよりも、あくまでもセブンーイレブン自身についての言及に終始している)。事実、比較のため「セブンーイレブン終わりなき革新」からの引用が数多く見られる。

三菱商事で学んだ現場ありきの実行力・・・そして、ハーバード・ビジネス・スクールのMBAの知識・技術・・・いい意味での頑固一徹なリーダーシップ力・・・新浪氏の魅力がひしひしと伝わってくる。

■二冊を合わせて読むのがベスト

両書を読んで浮き彫りになるのは、同じコンビニ・・・業界一位、二位を占める会社であり、見た目は同じような商売に見えるが、実は、両社が”似て非なるもの”・・・であるということだ。フランチャイズという形態、顧客第一主義・・・それ以外の点では何から何まで違うといっても言い過ぎではないのではなかろうか。これは本当に驚きの事実だった。

セブンーイレブンが本部の強烈なガバナンスの元で店舗運営をしているのに対し、ローソンはできる限り店舗運営を地域に任せている。セブンーイレブンが商品発注を店舗の人判断に任せているのに対し、ローソンはITを駆使して自動化させようと試みている。セブンーイレブンが同じエリアに大量出店するドミナント戦略をとっているのに対し、ローソンは広範囲に出店する戦略をとっている(あるいは、とってきた)。

ビジネスは生き物、ビジネスは戦い、ビジネスはやりよう・・・両書を読むと、いや、両社を知ると、それを実感させてくれる。それが、とてつもなく魅力的で面白い。興味がある方には、ぜひ、この二冊を読み比べることをオススメしたい。


===コンビニ商品力で格差(2013年1月11日追記)===
日経新聞2013年1月10日付け朝刊によれば、コンビニエンスストア大手5社の2012年3~11月期決算がそろったとの報。それによれば、
1. セブン-イレブン・ジャパン 4,679 / 1,450 (売上高/営業利益)
2. ローソン 3,722 / 534
3. ファミリーマート 2,571 / 361
4. サークルKサンクス 1,193 / 169
5. ミニストップ 955 / 45

だそうだ。際立つのは、セブンとローソン、ファミマ3社が増益、残り2社が減益ということと、セブンの営業利益の大きさだ。今後が注目される。

2012年12月23日日曜日

なぜ今、古事記なのか

VOICE2013年1月号を読んだ。

  ■なぜ今、古事記なのか

「なぜジャパン・エキスポで古事記なのか」の記事。吉木誉絵(よしきのりえ)さん・・・が、今、注目されているとのこと。なんでも日本の古事記をベースにしたステージ演出が日本のみならず世界で、評価されているらしい。この記事のヘッダーには「アメリカ留学を経て、日本の神話に見せられた若き歌姫が、古事記編纂千三百年の節目に挑んだ大プロジェクト」とある。 記事中、彼女が”古事記”に注目した理由について触れられているが、それが印象的だった。 

『お風呂好きな性質や勤勉さ、箸やご飯茶碗などは自分の食器が決まっていること、話し合いで争い事を解決しようとする性格など、わざわざ意識していなくても外国人から必ず日本人の特徴としてあげられるそれらの気質は、古事記に神々の気質として起源が書かれていたのである。勉強すればするほど、古事記が無意識的に日本人のなかで、共通に存在している不思議な感覚を覚えたのだった』

「日本の外に出てこそ見えてくる”日本人らしさ”」、「千年超えてなお変わらぬ”日本人らしさ”」、「古事記という神秘的・伝統的な書物に投影される”日本人らしさ”」・・・、なんだか日本人であることを誇らしげに感じてしまうのは自分だけだろうか。同時に、古事記を良く知らない自分が恥ずかしい。

■中央銀行の質と量?

「日銀がインフレターゲットを設定するのは必要なことだ」「いや、それだけでは不十分だ」「いや、不要だ」などなど、色々な専門家が喧々諤々。たとえば、江田健二氏(みんなの党)は、インフレターゲット設定を推奨しているが、池田信夫氏はインフレターゲット設定だけでは不十分という論を展開している。両者がそれぞれの論を支える根拠の1つとして挙げている点が(ともに事実を述べてはいるが)、(アタリマエのことではあるが)それぞれに都合の良い部分を使っているので、面白い。

『現にいま、イングランド銀行、スウェーデン中央銀行といった先進国の多くの中央銀行で、インフレターゲット政策が採用されている』(みんなの党 江田健二)

『インフレ目標というのは、中央銀行が物価上昇率に一定の基準を設けて、それを守るように金利を調整する政策だが、日銀もFRBもECB(欧州中央銀行)も採用していない』(経済評論家 池田信夫)

いや、面白い。

VOICE2013年1月号

2012年12月22日土曜日

書評: 南海物語 ~西郷家 愛と悲しみの系譜~

南海物語 ~西郷家 愛と悲しみの系譜~
著者: 加藤和子
出版社: 郁朋社



この本は、西郷隆盛(さいごうたかもり)と彼に深く関わった人々の人生を描いた歴史物語だ。

西郷隆盛と名乗るようになる遥か前のまだ24歳・・・そう、彼がまだ吉之助(きちのすけ)と呼ばれていた頃、切腹同然の罪を犯す。吉之助を失うことを”著しい損失”と考えた藩は、切腹の代わりに、当時侵略先として検討していた台湾で密偵役をこなすよう命を下す。琉球からの流れ者と偽り、とある台湾漁民と家族同然の仲になるが、そこの娘と恋仲になり妻として娶る。妻は身籠るが出産間近のタイミングで、藩命により吉之助は薩摩へ帰投することになる。残された妻子・・・とりわけ妻は、嘆き悲しむばかり・・・。産後の肥立ちも悪かったためか、ついには亡くなってしまう。

このように・・・物語は学校では習わなかった悲しい史実からいきなり始まる。

私のつたない記憶をたどると、西郷隆盛と言いえば・・・

「体の太い人」「銅像になってる人」「薩長同盟」「(最後は暴走気味に)西南戦争で負けた人」

といったことしか思い浮かばない(もし事実と著しく異なっていたとしても、それは私の教養不足のためであり容赦願いたい)。しかし、この本を読むと、おそらくは体型や薩長同盟に関すること以外、何1つ彼に対する知識が正しくなかったことがわかる。また、彼が台湾はおろか、奄美大島にもこれほど深い関わりを持っていた人とは知らなかった。さらに、そもそも隆盛という名が正しい名前ではなかった・・・ということも驚きだった。

サブタイトルの「西郷家、愛と悲しみの系譜」・・・これはパッと見、昼のメロドラマのタイトルのようで、この本に対して腰が引けなくもない(正直、私は最初の一ページを開くのに時間がかかった)。が、この本にはまさしく愛と悲しみがあふれている。読んでいると胸が張り裂けそうになるシーンも多々ある。

西郷隆盛に興味がある人はもちろん、明治維新に興味がある人、奄美大島に興味がある人・・・そして歴史に興味がある人・・・そんな人達にお勧めの本である。

【歴史物語という観点での(私が読んだ)類書】
この命、義に捧ぐ(門田隆将著)

2012年12月8日土曜日

書評: 背の眼

正直、ミステリーものはあまり好きじゃない。

現実世界を描きながら、現実っぽくない・・・その中途半端さが好きになれない。たいていの場合、複数の殺人が起こる。そしてたいていの場合、主人公はその(またはそれに近い)場面に出くわす。一人の人間が殺人に出くわすことって、人生に一度あるかないかだろうに・・・。

そんな自分の気持ちに背き、次の本に手を出した。素直に面白いっ!と思った。

背の眼
著者: 道尾秀介
発行元: 幻冬舎文庫



手を出したきっかけは、雑誌「男の隠れ家(2012年12月号)」での彼の記事を読んだことだ。そこには道尾秀介氏自らが設計を手がけた書斎が紹介されていた。一日きっちり10ページ・・・無理のないノルマを自分に課し、リラックスと集中・・・朝7時から夜6時まで小説を仕上げる。若手ながら次から次と賞を受賞・・・確か、そのような話だったと思うが、そんな素敵な空間&彼の才能
から描き出される世界観は、きっと読者にも何か素敵な気分を分け与えてくれるに違いない・・・そう思ったのかもしれない。

■白峠村を舞台にしたミステリー小説

「背の眼」は、ミステリー小説だ。ちなみに、ホラー・サスペンス大賞特別賞を受賞している。ネタバレしない程度にあらすじを紹介しておく。

作家業を営む道尾(みちお)は、久しぶりの旅行にでかける。行き先に選んだのは白峠村。この村を訪れた際、偶然、児童失踪事件の話を耳にする。その矢先、宿泊先近くの河原で、不気味な謎の声を聞き、慌ててその村を逃げ出してしまう。恐怖体験が頭から離れなず困った道尾は藁をもすがる思いで、霊現象探求所を運営する旧友、真備庄介(まきびしょうすけ)のもとを訪れる。そこで目にしたのは、被写体の背中に人間の眼が映り込む四枚の心霊写真。彼ら全員が撮影数日以内に自殺したという。そしてなんとその、白峠村周辺で撮影されたものだという。失踪、謎の声、心霊写真、自殺、白峠村・・・これは単なる偶然か・・・それとも・・・。


■ヒーローの存在と読めない展開

さて、なぜおもしろいと思ったのか・・・。

1つは、”強いヒーローを見たい”という欲求を満たしてくれるからだ。コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ、東野圭吾のガリレオ・・・彼らのような聡明さを持つ存在が、この作品では真備庄介にあたる。小説の最初の方で、道尾を”ワトスン”にみたて、真備があたかもシャーロック・ホームズになったかのように推理を披露するシーンがある。実は、デタラメの推理で冗談として挿入されている場面だが、作品内での二人の立場を描写するのに、これほど的確な喩えはないだろう。

もう1つは、ストーリー性だ。とても処女作とは思えない良く練られた作品だ。いくつものパズルのピースが、最後に、カチリとはまっていく・・・その流れに心地よさすら覚えた。加えて、(これがミステリー小説において最も重要なことなのだと思うが)最後の最後までストーリーが読めない。この小説の中に出てくる”霊”という存在をどのように捉えるべきか・・・どう捉えるかで、読者の推理のあり方も全て変わってしまう。すなわち、最後まで迷う。

■憎らしいほどの才能

ところで、”ワトスンくん的立場”で小説に登場する道尾は、作者の道尾秀介氏自身のこと・・・は自明だが、現実世界での作家としての能力は”ワトスンくん”・・・というよりも、”シャーロック・ホームズ”・・・と思わずにはいられない。

実は、この本の「あとがき」に裏話が載っているのだが、ホラーサスペンス大賞特別賞をとるためにとった戦略の話からはじまって、道尾秀介氏が短期間でいとも簡単に小説を仕上げてしまう話、そして今作品で打ち出した狙い・・・など・・・読者のみならず、小説の審査員の心理を的確に読み当てる彼の洞察力には、驚嘆するばかりだ。小説を読んだあと、ぜひとも、この「あとがき」を読んでほしい。

今でもミステリー小説は、相変わらずあまり好きではない。しかし、道尾秀介氏の作品なら、残りの作品もぜひ読んでみたい。「男の隠れ家」の記事に働いた私の直感は間違っていなかった。


2012年12月4日火曜日

コミュニケーションのあり方

VOICE2012年12月号をようやく読み終えた。後、6日で1月号が発売されてしまう・・・(;´Д`)


■再生JALの心意気(さかもと未明)

さかもと未明さん・・・色々な方の非難を浴びることを覚悟の上で、書きます・・・こう切り出した上で、JALに乗った際に近くにいた赤ん坊の鳴き声がうるさくてうるさくてたまらずブチキレた話をしはじめた。「お客様に迷惑がかからぬよう、個室を作るとか、乳児は乗せないとか、工夫ができないものか?」との提言。

この記事に端を発して、さかもと未明さんが色々な人からバッシングを受けているようだ。「さかもと未明は常識が足りない!!」など云々かんぬん・・・。

さかもと未明さんの気持ちはわかるが、赤ん坊は宝物。彼ら彼女らに関しては我々はもう少し許容の度合いを広げてもいいのでは?・・・と思う。この件にかぎらず、今の社会には(私を含め?)心の余裕がないというかなんというか・・・混雑している電車に赤ん坊を連れて乗り込んでくる母親を見て、ケアしてあげようと思うどころか、あちこちから舌打ちが聞こえてくるありさま。この余裕のなさが非常に寂しい。そもそもプッシングマンと呼ばれる駅員さんは「もっと奥につめてくださいっ!」と叫ぶより、「もうこれ以上乗らないで下さい!」と制する方が人間らしいと思うのだが・・・。

さはさりながら、さかもと未明さんに対するバッシングはやや度を過ぎているような気がしないでもない。女性週刊誌にまで、さかもと未明の文字が踊る。当件、「物議を醸し出している・・・」とか「論議を巻き起こしている・・・」とニュースは語るが、叩かれ方がほぼ一方的で・・・意見の中身よりも彼女の人間性を否定する口撃が多く、そもそも議論自体成り立っていない印象を受ける。ディベート慣れをしてない日本の悪い風潮かもしれないが、意見自体が存在することを真っ向から否定してしまう・・・バッシングの行き過ぎにはいささか、気分が悪くなる。

■悩めるリーダーはSFに学べ(押井守、夏野剛)

押井守氏は映画監督。なんといっても攻殻機動隊が有名だ。夏野剛氏は、ハイパーネット取締役副社長だ。二人の対談の中で「コミュニケーション」について語った印象的な箇所がある。

(押井)コミュニケーションには2つの側面がある。一つは、現状を維持するためのコミュニケーション。近所付き合いする、会社で同僚と関係を築く、恋愛関係や夫婦関係を保つ、といったものです。もう一つは、異質なものと付き合いためのコミュニケーション。会社は学校での会議、国同士の外交、恋愛や結婚の初期段階で必要な交渉などのことです。
 ネット社会では個人がむきだしになるあまり、本質的な問題について真剣に「議論」することなどできない。そして、前者だけを「コミュニケーション」と考えてきたの日本社会です

(夏野)日本人のいうコミュニケーションは、「周りと仲良くやること」。だから、周りと摩擦を起こす人のことを「コミュニケーションが取れない」といいますが、まったくの間違いですね。

 この発言で「なるほどな」と思ったのが、「SNSやツイッターなどのネットツールが、いずれアナログ的なコミュニケーションのあり方を置き換える」という風潮があるが、この論を前提にするとそれは難しい(あるいはできない)のだ、ということ。ネット社会では個人がむきだしになるかぎり・・・。いやはや、”むきだしになる”とは何とも言い得て妙だ。

2012年12月2日日曜日

書評: なぜフォークの歯は四本になったか

散歩途中に、コンクリート道路の隙間に咲いている花を見て・・・

「いったいなぜこんな場所に!?」

不思議に思い反応を示す人・・・、特に何も感じずそのまま歩き続ける人・・・。「バカの壁」 (養老孟司著)によれば、この2人の行動の違いは、それぞれが持つ「感情や興味の係数」の大きさによるという。

さて、みなさんの「感情や興味の係数」はいかがだろうか? ちょっと心配・・・という方にお勧めの本がある。

なぜフォークの歯は四本になったか 実用化進化論
著者: ヘンリー・ペトロスキー (忠平美幸 訳)
発行元: 平凡社



普段、わたしたちが”アタリマエのモノ”として目にする食器、文房具、大工道具、果ては建築物にいたるまで、それらがどうしてその形を持つにいたったのか・・・言わばダーウィンの進化論ばりに・・・但し、動物ではなくモノの・・・を徹底的に研究した本だ。

著者のペトロスキー氏はアメリカの工学者。学者らしいというか何というか・・・彼が最初から最後まで掲げている一貫した主張が「(人間が作る)モノの形は、機能ではなく失敗に従う」である。これをもう少し分かりやすく説明すると、たとえば(タイトルにある)フォークであれば、それに人が期待する役割(機能)は「食べ物をつかみ、安全に口に運ぶ」というものだが、それを満たすことがフォークの目的であれば、なんで何十何百種類ものデザインが存在するのか?とペトロスキー氏は疑問を呈する。「やれ、これがつかみづらい、あれが食べづらい・・・いや、このフォークの形はフォーマルな場には美しくない・・・」というように、モノの形を決めるのは、必ずしも機能ではなく、むしろ失敗(経験)だ・・・そういうことらしい。

著者はこの主張を証明しようと、本全体の9割近を”うんちく的な話”・・・に割いている。ナイフ、フォーク、スプーン、クリップ、ポストイット、ジッパー(チャック)、ジュース缶、マクドナルドのハンバーガー容器、ハンマー・・・世の中で普段わたし達が目にするモノの進化の歴史についての言及だ。こうした”うんちく”こそが、本書最大の特徴とも言える。

ところで、1つ難点を挙げるとすれば、この本は読むのに相当な体力を要するということだ。

読者の理解を助けようと、ところどころに出てくる挿絵はとてもありがたいのだが、残念ながら、取り上げられるモノの数の比して十分な量とはいえない。モノのデザインについて、その細かい部分を文章で描写されても、頭の体操をしたいのならともかく、気軽に読みたい読者にとっては疲労感を増やす要素以外の何者でもない。加えて、著者が終始言及する「ほらね、モノの形は失敗に従うじゃないか!」論・・・こちらについては、どうしても抽象的・概念的な話にならざるを得ず、やはり読んでいると疲れる。

しかしながら、こうしたネガティブな側面も、数々のモノのルーツを教えてくれる本書の魅力には抗えないと思う。それに、小難しい話は読み飛ばせばいい。

ポストイットで有名な3M(スリーエム)社が、元は砥石車やヤスリの製造業者だったという話・・・さらに聖書で読み進めた箇所をおさえておくのにしおりだと良くずり落ちて困るストレスを解消したい・・・という願いがポストイットを生んだという話・・・ほとんど目を丸くしながら読んだ。

読んだ次の日から「感情や摩擦の係数」が急上昇することうけあいだ。

「ふーん、このフォーク、このスプーン・・・このお箸は・・・どうしてこんなカタチに決まったんだろう??? なぜ?なぜ?なぜ?」・・・って。


【モノの起源にせまるという観点での類書】
 ・世界一のトイレ ウォシュレット開発物語(林 良佑著)
 ・舟を編む(三浦しをん著)

書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...