2014年1月18日土曜日

世界地図の下書き

彼を初めて知ったのは、情熱大陸という番組でのことだ。平成生まれの直木賞作家であり、サラリーマン。会社員生活の合間を縫って”リアル”を描き続ける作家がそこにいた。早朝に出勤して、近くの喫茶店でパソコンをカタカタたたく。小説を書く。素直に、かっこいいし、うらやましい、と思った。自分がそういう生活にあこがれていたからだ。そんなやつの本ならぜひ読んで見たいと思った。

世界地図の下書き
著者: 朝井リョウ
出版社: 集英社



■懸命に居場所を見つける子供たちの物語

本作品はフィクション小説だ。

舞台は、児童養護施設「青葉おひさまの家」。主役は、その施設に、昨日やってきたばかりの小三、大輔。そして大輔が入った一班の仲間、4人。5人のまとめ役、中三の佐緒里。淳也(小三)とその妹、泣き虫だけどいつも元気いっぱいの小一、麻利。ちょっと大人びた小二、美保子。大輔をはじめ、みんなそれぞれの事情があって外の世界に自分の居場所を失い、この施設にやってきた子供たちだ。この5人は本当に仲が良かった。そこに自分たちの居場所を見つけたのだ。

しかし、時は流れる。状況は、変化する。居場所も、変わる。そのとき、5人は・・・。

■何気ない物語に秘められた圧倒的パワー

この本は、まるで小宇宙(コスモ)だ。我々の生きるということの本質が、ものの見事に、この本一冊に凝縮されている。子供の世界を描いた物語だから、大人の自分とは縁遠い話と思ったのだが、いやいやどうして。この本に描かれている子供の世界観は、実は、そっくりそのまま自分たち大人の世界にピッタリと当てはまる。

そして、本書を読み終えて感じるのは”勇気”。淡々と進む物語の中に、明確なメッセージが埋め込まれており、読み終えたときにそれを実感するのだ。

■リラックスして読めて、そして元気になりたい方に

力まずリラックスして読める本が欲しい。そして、勇気づけられる、元気になる本が欲しい・・・という大人には、本書がおすすめだ。

それにしても、私は彼の本はまだ一冊目だが、本作品に朝井リョウの流儀を垣間見た気がした。いや、朝井リョウの生き様そのものが、本作品の作風と重なった・・・というべきだろうか。サラリーマンという平凡な人間を装いながら、直木賞をとるというとんでもないことをやってのけるヤツ。淡々と進む何気ない物語のように描いておきながら、そこに”生きることの本質”の全てを凝縮させてしまおうとしているヤツ。”何気なさに秘める凄さ”。彼の美徳感なのかもしれない。

わたしの朝井リョウに対する興味は続く。ぜひ、他の作品も読んで見たい。

2014年1月13日月曜日

書評: 巨大災害のリスク・コミュニケーション

「生き残る判断、生き残れない判断」の著者、アマンダ・リプリー氏は、その著書の中で、次のように述べている。

『911では生存者の少なくとも70パーセントが退去しようとする前に、他の人と言葉を交わしていたことが連邦政府の調査で分かった。生存者は何千本もの電話をかけ、テレビやインターネットのニュースサイトを確かめ、友人や家族にメールを送った。』

良い・悪いは別にして(おそらくこれがために避難が遅れ多数の死者が出た、という意味では良くなかっただろうが)、災害時のコミュニケーションが人の生死を分けるといっても過言ではない


巨大災害のリスク・コミュニケーション ~災害情報の新しいかたち~
発行元: ミネルヴァ書房


■東日本大震災以後の災害時のコミュニケーションのあり方を考える

本のタイトルは「巨大災害のリスク・コミュニケーション」。「巨大災害」とは、地震と水害のことを指している。そして「リスク・コミュニケーション」とは、防災情報の伝達内容やタイミング、伝達手段のことだが、ここには2つの意味が込められている。1つは、災害が発生する前、または災害が発生したときに、とるべき人の命を守るためのコミュニケーションのことだ。もう1つは、それらコミュニケーション自体がもたらす弊害(コミュニケーション・リスク)のことだ。

あらためてまとめると、地震や水害が起きる前、または、起きた直後にとる、人の命を守るためのコミュニケーションの功罪を認識し、課題を特定し、解決策を追求したもの・・・それが本書である。

具体的にはたとえば、以下に示すようなテーマがカバーされている。

「なぜ、逃げないのか?」
「なぜ、逃げるのが遅れるのか?」
「なぜ、悲惨な体験が風化してしまうのか?」
「なぜ、ヒヤリハットが生かされないのか?」
「なぜ、想定外は起こるのか?」

■意外と曖昧にされがちな課題に立ち向かう

本書最大の特徴は、「人の命を守るためのコミュニケーション」という、重要ではあるが、そう簡単に答えが見つからない・・・いや、誰も答えを持ち得ない”重いテーマ”に関して、逃げずに、掘り下げようと努めている点だ。たとえば、従来であれば、以下に示すような平易な答えに落としどころを求めるような本が多かったのではないかと思う。

「色々あるけど、要するにもっと避難基準を明確にして周知徹底しておくことだよね」
「避難指示の語気をもっと強めに変えるべきだよね」
「いやいや、結局は継続的な避難訓練につきるんじゃないかな」

著者は、そこからさらに一歩踏み込む。

『さて,たとえば,”昨夜からの大雨で,XX側は破堤の危険があります。早めに指定の避難所に避難してください”という情報を考えてみよう。このメッセージは,以下のような,さまざまなメタ・メッセージ(意図しない別の意味)を随伴しうるし,実際に伴っていると著者は考える。一つには,”避難というものは,このようなメッセージを受け取ってから,言い換えれば,メッセージを待ってするものだ”というメタ・メッセージ(意図しない別の意味)である。言うまでもなく,これが,”情報待ち”として指摘される問題群の元凶であろう。』(本書 「第Ⅰ災害情報の理論」より引用)

簡単に言えば、ここで著者が指摘しているのは「指示を出す側が頑張って、立派で明確な指示を出すように努力すればするほど、指示を受ける側がその指示なしでは動けないようになってしまう」ということだ。そしてそれが大きなリスクになるのだ、と。想定どおりの事態が起こってくれればまだマシだが、そうとは限らないし、常に想定通りに指示を受け取れるとは限らないのだから。もちろん、避難指示を出す人や警報装置、避難基準を示した防災マニュアルなどの一切を否定するわけではないが、こうした災害時のコミュニケーションがもたらすデメリットについて理解しておかないと、結局は、真の対応力の向上につながらない・・・そういうことらしい。

そして、そういったデメリットを穴埋めするにはどうしたらいいか・・・。著者は、深掘りをすすめていく。ちなみに、著者が出している答えの一つは「指示を出される側・・・に、ホンモノの防災活動をさせること」だそうだ。常に「誰かが~してくれる。してもらえる。」という意識をなくす活動をしていかなければ、どんなに立派なハードをそろえても、効果が半減する、ということなのだろう。

■あるべきコミュニケーションを具現化するのは読者自身

本書を読んでいて感じるのは、前段で述べたように”深掘り”をしているだけに、人の命を守るための本質に迫った本である、ということだ。逆に言えば、”これ”といった答えがない。「○○のツールを入れればいい」とか、「○○訓練をすればいい」とか、「○○マニュアルを作ればいい」・・・といったような、分かりやすい答えは、どこにもない。

むろん、こうした活動に通り一遍の答えがあるほうがおかしいのだから、当然といえば当然だとは思うが、それにしたって「やはり、具体的な、解答例が欲しい」という方には、本書は向いていないだろう。本書が向いているのは、あくまでも、人の命を守るための本質を理解した上で、みずからの発想で、自分なりの答えを見つける用意がある人だ。


【防災という観点での類書】
生き残る判断生き残れない行動(アマンダ・リプリー著)
地域防災力を高める(山崎登著)

2014年1月5日日曜日

気になる著名人の言葉


日経ビジネス2014年1月6日号の特集は、THE 100 〜2014 日本の主役〜。以下、備忘録的な感じになって恐縮だが、著名人たちの言葉の中にいくつも印象的なものがあったので(一部、雑誌の趣旨とは異なるが)、ぜひ挙げておきたい。

【稲盛和夫】
いったんこの世に生を受けた以上、世のため人のためになるようなことをしようじゃありませんか。私たちは、皆、何かをなすために生を受けています。それに気がつかないのは、虚しいじゃありませんか。

【柳井正】
優れた経営者の本質は、世界で変わることはありません。つまり、それらを追及すれば、皆さんの会社も世界的な企業になる可能性がある。

【大木聖子(地震学者、慶應義塾大学准教授)】
津波は50センチでも人は歩けなくなる。LEDライトとホイッスル、枕元に置くスニーカーが命を守る。

【シェリル・サンドバーグ(Facebook CEO)】
完璧を目指すより、まず終わらせろ。

【児玉清】
人間は人生の終わりが見える年になると努力をしなくなる。だから50歳から努力した者が伸びるのだ。

【南場智子(ディー・エヌ・エー創業者)】
空気を読んで周囲の人に合わせる時代は終わっています。解答欄に正しい答えを書く、質問に対し期待されている回答をする。日本ではそういう「間違わない達人」が多いですが、それで世界で勝つことはできないのです。


さぁて、2014年はこうした心に残る言葉を大事にしつつあった「情熱と思いやり」を自分のキーワードにしてがんばるぞー。

2014年1月2日木曜日

書評: 住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち

妻がイギリスの市民病院で妊娠・出産したときのこと。日本では妊娠8週目から出産間際まで頻繁にエコー写真を撮るが、イギリスでは出産までに3回程度しか撮らない。日本では出産後1週間近く入院しているが、イギリスでは翌日に退院するというのは珍しくない。イギリスの医療はなんてひどいサービスなんだ、と思ったものである。その後、現地在住の日本人医師とこの件について意見を交わしたとき、彼はこういった。「イギリスの方が合理性という点では理にかなっている(つまりそんな頻繁に写真撮っても出産の成否には影響しない、という意味だ)。それに出産は”病気”じゃないんだから、1週間も滞在している必要はないのさ」と。どちらの国が良い・悪いは別にして、なるほど「外国に住むと見識が広がる」ってこういうことなのか・・・と実感した瞬間だった。こんな感じで日本にいながらにして、そんな見識の広がりを持つことのできる本がある。

住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち
著者: 川口マーン恵美
発行元: 講談社プラスアルファ新書



■ドイツと日本の良い面・悪い面を比較紹介した本

本書は、ドイツ在住30年の日本人が、ドイツと日本の良い面・悪い面を比較紹介した本だ。著者は川口マーン恵美氏。彼女は大阪で生まれたれっきとした日本人女性であり、これまでにドイツに関わる書籍を何冊も書いている作家さんだ。彼女のことを知らない人は「いったい何者?」「徒然なるままに書いた生活エッセイ?」「そんな人が書いた本がおもしろいの?」と思うかもしれない。事実、私もそのような懐疑心を持ちながら本書を手に取った一人だ。が、これがなかなか・・・いや、かなり読み応えがある。

日本の学校にはクラブ活動があるが、ドイツには教師のやる気の問題もあって存在しない、という話。日本では何事も選択肢試験が多いが、ドイツでは筆記試験など丸暗記では太刀打ちできない試験が圧倒的に多い、という話。日本では、年配者がスーパーの駐車場の前で車の誘導をしている姿を良く見かけるが、ドイツではそのようなことをするドイツ人を絶対に見かけない、という話、等々・・・その違いを読んでいるだけでも、驚きの連続である。

■幅広い分野における比較と鋭い考察が本書の魅力

比較は特定分野にとどまらない。教育分野を皮切りに、政治、社会、ビジネス、経済、生活へと話は広がる。たとえば、政治では領土問題の話が登場する。日本の「尖閣諸島」のような話がドイツにもあるのだ。また、社会では原発問題が取り上げられている。ドイツは日本のフクシマ事故にいち早く反応した国の一つである。距離は10,000キロ近く離れているが、原発問題への認識の高さは日本のそれに近い。さらに、ビジネスにおいては勤務時間に対する意識の違いについて言及されている。「日本の常識がドイツの非常識」と言える典型がそこには存在する。そのほか、経済では関税の話、生活では公共交通機関の話など、テーマは多方面にわたる。

比較に加え、著者の鋭い考察も本書を魅力的なものにしている要因の一つと言えるだろう。たとえば、ビジネスマンがとる有給休暇について次のような話が登場する。「日本人は1回あたりせいぜい数日間の休みをとる程度だが、ドイツでは3週間まとめてとる人が多い。しかも病欠=有給消化にはならない。」

単純に比較すればどう考えてもドイツの圧勝だが、コトはそう単純ではないらしい。ドイツ人のきまじめ気質がアダとなって休暇と言えど、みっちり休暇プログラムを組むため、休暇はリラックスにもリフレッシュにもなっていない。昨今、ドイツ人の間に燃え尽き症候群が広まっているらしいが、実はこの休暇が原因になっているのではないか、とは著者独自の見解。納得感のある鋭い指摘だと思う。

■グローバル力を身につけるための良書

ドイツと日本の違いを理解することで、”いいとこどり”をできるのが、本書が我々にもたらす意義の1つだと思う。著者曰く、ドイツでは小学校のときからペンで書かせるのだそうだが、これは文章を書く良い訓練になる、と言う。消しゴムを使えないということは、頭の中であらかじめ文章がまとまっていなくては書き始めることさえできないからだ。ならば、我が子にそういった機会を与えることを考えてみても良いかもしれない。

本書のもう1つの意義は、グローバル力を身につけるためのインプットになりえるという点だろう。わたしは真のグローバル力とは、世界の人とコミュニケーションができる力だと思う。そしてコミュニケーション力の中には、自分の国の良さを海外の人に伝えられる力も多分に含まれていると考える。本書を読めば、まさに日本にいながらにして日本の良さを理解できるのだ。本書のタイトルにもあるように、ドイツと日本を同じように深く知る著者が冷静・客観的に比較して出した答えが「8勝2敗で日本の勝ち」というのだから、日本の良さを知るのにこれほどうってつけの本はないのではなかろうか。


【海外から見た日本という観点での類書】
イギリス発 恥と誇りを忘れた母国・日本へ!(渡辺幸一著)

2014年1月1日水曜日

2013年に読んだ本を振り返る

あけましておめでとうございます!

ちょっと遅れたが、2013年に読んだ本を軽く振り返っておきたい。2013年に読んだ本は全部で42冊。いま、はじめて知ったが、昨年とほぼ同数(2012年は43冊読んでいた)だ。

○ 2014年、中国は崩壊する(宇田川啓介著)
墜落の夏 ~日航123便事故全記録(吉岡忍著) ★3
現実を視よ(柳井 正著)
地図から読む歴史(足利健亮著) ★4
結果を出すリーダーはみな非情である(冨山和彦著)
医者が患者をだますとき(ロバート・メンデルソン著)
戦略の本質(野中郁次郎ほか著)
カンブリア宮殿 村上龍×経済人 変化はチャンス(村上龍著)
MBA流チームが勝手に結果を出す仕組み(若林計志著)
ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~(今野晴貴著)
間抜けの構造(ビートたけし著)
リスク、不確実性、そして想定外(植村修一著)
学び続ける力(池上彰著)
運脳神経のつくり方(深代千之著)
決断の条件(P.F.ドラッカー著)
感じる科学(さくら剛著) ★1
あんぽん ~孫正義伝~(佐野眞一著) ★7
はじめての積み立て投資1年生(竹内弘樹著)
忙しいビジネスマンでも続けられる毎月5万円で7000万円つくる投資術(カン・チュンド著)
実践 日本人の英語(マーク・ピーターセン著) ★6
中学受験という選択(おおたとしまさ著)
学校では教えてくれない日本史の授業2天皇編(井沢元彦著)
聞く力(阿川佐和子著)
プラチナデータ(東野圭吾著)
成功学のすすめ(神野博史著)
中学受験に失敗しない(高濱正伸著)
信念を貫く(松井秀喜著)
モンスター(百田尚樹著)
奇跡の営業(山本正明著)
日本人が「世界で戦う」ために必要な話し方(北山公一著)
マッキンゼー流 入社1年目 問題解決の教科書(大嶋祥誉著)
井沢元彦の学校では教えてくれない日本史の授業3悪人英雄論(井沢元彦著)
静かなるイノベーション(ビバリー・シュワルツ著)
選択の科学(シーナ・アイエンガー著) ★5
死の淵を見た男(門田正隆著)
戦略プロフェッショナル(三枝匡著)
不格好経営(南場知子著) ★2
爆速経営 新生ヤフーの500日(蛯谷敏著) ★8
イシューからはじめよ(安宅和人著)
消費税のカラクリ(斎藤貴男著) ★9
消費税が日本を救う(熊谷亮丸著)
「空気」を変えて思いどおりに人を動かす方法(鈴木博毅著)
※★は全42冊の中でとりわけ印象に残った本。★の横の番号は印象に残った順。

全42冊の内訳は上に示したとおりだが、うち、献本によるものが6冊、知人からのすすめによるものが3冊、ラジオ紹介に影響をうけたものが5冊、残りは雑誌や読んだ本の中で取り上げられていたものだ。

★印をつけたものは特に印象の残ったもの。共通して言えるのは、実生活にとても役に立ったか、あるいは、本当にリアルな追体験をさせてもらえたか・・・といったところだろうか。前者について言えば、たとえば「実践日本人の英語(マーク・ピーターセン著)」。これは自分の英語を磨くのにとても助かった。後者について言えば、たとえば「不格好経営(南場知子著)」。実体験を生々しく語っていて、共感できる部分も多く、かじりついて読んでしまった。ちなみに、献本でめぐりあえてラッキーだと思ったのは「爆速経営 新生ヤフーの500日」。献本してもらえなかったら、自らかって読んでいたかどうか怪しかったと思う。だが、出会えて良かった。

iPad miniも買ったことだし、2014年は、電子書籍などもうまく活用して英語の本などもバンバン読んでいきたい。

・・・というわけで、今年もよろしくお願いします。

【関連リンク】
2012年に読んだ本を振り返る
2011年に読んだ本を振り返る

書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...