2011年11月26日土曜日

書評: 「14歳からの世界金融恐慌」と「14歳からの世界恐慌入門」

「過去の反省を忘れ、同じ過ちを繰り返す」というのはいつの世も同じなのかもしれない

タイトル①: 45分で分かる!14歳からの世界金融恐慌
著者: 池上 彰
発行元: マガジンハウス(2009年2月26日)

タイトル②: 45分で分かる!14歳からの世界恐慌入門
著者: 池上 彰
発行元: マガジンハウス(2009年5月28日)

タイトルが「14歳から~」とあるので「そんな子供向けっぽい本、なんで手に取ったの?」と言われるかもしれない。実は、買うきっかけは著書ハゲタカで有名な真山仁氏の「レッドゾーン」のあとがきだ。真山仁氏と池上彰氏が対談を行なっているのだが、そこで池上氏が引き合いに出していたのがこれらの本だった。

■時の経過は人の痛みすらも風化させてしまう

「14歳からの世界金融恐慌」は、2008年リーマンショックが起きた背景を経済を、ほんの少しだけしかかじったことのない者でもわかるように丁寧に解説した本である。そして2冊目の「14歳からの世界恐慌入門」は、1929年世界恐慌が起きた背景と、そこから読み取れる我々のこらからの世の中の動きについて丁寧に解説した本である。

この本の著者、池上彰氏の考えの根底にあるのは「歴史は繰り返す」というものだ。1929年の世界恐慌と2008年のリーマン・ショック・・・驚くほど、数々の点で酷似している。
  • 米国の投資銀行の存在が恐慌の影響を大きくしたこと
  • 株価暴落の直後に米国の共和党政権が、なんの景気刺激策も打たなかったこと
  • 日本は世界恐慌/リーマンショックの前に既に危機を乗り越えていたこと
  • 米国が保護主義政策に走って手痛いしっぺ返しをくらったこと、などなど
もちろん、その規模も事の複雑さも過去の比ではないが、なるほど読んでみると類似している部分が多い。たとえば、世界恐慌の反省から1933年に米国ではグラス・スティーガル法を制定。一般の商業銀行が、比較的リスクの高い証券業を行うことを禁止したそうだ。にも関わらず、1980年代以降にとられた規制緩和の中で骨抜きにされていたとのこと。結局、ゴールドマンサックスやモルガンスタンレーなど投資銀行が2008年に起きたサブプライムローン問題に一役も二役も買ったというのは有名な話しである。

過去の反省を真摯に生かせば防げた問題も少なくなかったように見てとれる。安易に3・11東日本大震災を引き合いにだすのは不謹慎だと言われるかもしれないが、一世紀近い時間が経過する中で、過去の学びが風化してしまうというのは、人間の本質なのかもしれない。

■文字通り14歳以上の人全てが対象

「14歳からの・・・」とあるので、中高生が対象の本か?と勘違いしてしまう。わたし自身買ったはいいが、通勤電車の中で、このようなタイトルの本をカバーも付けずに読むのを少々恥ずかしいと思ったくらいだ。しかし、読んでみるとわかるが、特段中高生のみを対象にしているわけではなく、文字通り、14歳以上の人全て・・・つまり、20歳であっても30歳であっても50歳であっても、全ての人に向けた本だということがすぐにわかる。

実際、あとがきにおいて「出版社であるマガジンハウス社の社員に対して講演を行った内容を基本にまとめたもの」だと語っている。

■コストパフォーマンスはピカイチ

ボキャブラリーが少ないのでただ単に”わかりやすい本”としか表現できないのがもどかしい。どれだけわかりやすいのかというと、この本を読んだあとに、(本を見ずに)覚えていることを紙に書きだしてみたところ、8~9割のことをほぼ正確に書き出すことができたくらい・・・つまり鮮明に記憶に残るくらい、わかりやすいのだ。

いずれの本も100ページに満たない薄さ。しかし、読めばその全てが45分で頭に残る。凄くコストパフォーマンスの高い本。それがこの本に対するわたしの評価である。



【関連書籍】
『日銀を知れば経済がわかる』(池上彰)
『レッドゾーン』(真山仁)

2011年11月25日金曜日

従業員に対する気遣い

日経ビジネスをいつものようにペラペラとめくっていると、いつもと違う感覚。

「なんだろう・・・。」

ビジネス誌に、いつも見ないスポーツ紙ばりのプロ野球の写真が載っていたせいだ。

「いったいどんな趣旨で?」

見るとテーマは「マネジメントの研究 ~小川マジックの極意(ヤクルトスワローズの現監督)~」とあった。つまり、野球で大きな成果を出した監督の活動を企業経営に照らし合わせると何が見えてくるだろう、というわけだ。

わたしは”もしドラ”も読んでいないし、プロ野球の監督という職業が果たして企業経営にどこまで役立つか、には正直疑問を持つ口だ。

しかし、小川監督の次の言葉が素直に自分の心に響いた。

『こんな立場にいながらも「マネジメント」を意識したことはありません。みんなを「優勝したい」と思わせることだけに集中しています。そもそも、プロ野球選手は多様な価値観を持っていますから、彼らをまとめるのは不可能なんですね』

各選手モチベーションが異なる。お金のため、名声のため、ただ好きな野球で飯を食い続けたいため・・・。そうした価値観の違いを上手く吸収し、同じ方向へベクトルをあわせる。単純明快、経営と同じだ。

本当に今さらなにを!?と自分でも思ってしまうのだが、ふと考えると、自分は常に「顧客、顧客・・・」と顧客のことばかりを考えて仕事をしてきた。どうしたら喜ばれるかな・・・。何が彼らが望んでいる本当の付加価値なんだろうか・・・と。お陰でお客様にはそれなりの評価をしてもらってきた。

しかし、顧客のことばかりを考えるあまり、マネジメントとして重要なことが1つ完全に欠落していた。従業員の思いを考えることだ。「彼らは何を望んでいるのかな?・・・」「彼らはどうしたら幸せに感じるのかな?・・・」と。

ところでそういえば、最近「従業員第一」を掲げる企業について耳にすることが多くなったように思う。EC-Studioの山本氏の経営方針は「従業員第一」だ。従業員が満足できる環境を作れば、自然にお客様へのサービスも向上するというのがその論理だ。先日読んだハーバードビジネスレビューの記事にも、やはり、似たような企業の事例が紹介されていた。

こうした記事を読んでいるときは、わかっているつもりでいたが、それは間違いだったようだ。会社を起業してもう5年経過。今更何をを言っているのか!?と、周りからは白い目で見らる発言だとは思う。

更に一段高みに登るために、この課題を克服したいと思う・・・そんなことを思わせてくれた日経ビジネス(2011年11月21日号)でした。

2011年11月21日月曜日

書評: 人生がときめく片づけの魔法

「君の頭の中はすごく整理されているね」、と超一流のコンサルタントにおっしゃっていただいた」

そのように語った信頼のおける友人が真顔で「近藤麻理恵さんの”片づけ術”のお陰だと思う」と言うものだから、気にならないわけがない。

タイトル: 人生がときめく片づけの魔法
著者: 近藤麻理恵
発行元: サンマーク出版
発行年月日: 2011年1月15日

本を買うべく本屋に足を運ぶと、なるほど店頭の目立つところにこの本が置かれている。帯には「おはよう日本」「王様のブランチ」に著者が出演、大反響!50万部突破!の文字が踊る。

「そう言えば先週読んだ、佐藤可士和の超整理術の帯には18万部を突破!と書いてあったなぁ。こっちは50万部か・・・。そ、そそられる・・・。」

しかし、しかし・・・。タイトルがいかんともしがたい。”ときめき”というキーワードにどうも抵抗がでる。自分はターゲット読者層に入っていないのではないか? 帯に書かれている一般読者からの絶賛の声は、4人中3人が女性のものだった。売り場で30分ほど悩んだ挙句「いやいや、食わず嫌いはいけない」と自分に言い聞かせ、しぶしぶ買ったというのが正直な話しである。

■リピーターゼロの片づけコンサルタントが書いた本

この本は、(そんな職業が存在していたことすら知らなかったが)プロの片づけコンサルタントが執筆した”モノの整理術本”である。服の整理から、小物の整理、果ては書類や思い出の品の整理まで、ありとあらゆるモノの整理方法を解説してくれている。

それこそ整理術を語った本は世の中にゴマンとある。その中で、なぜこの本がそんなに注目されているのか!?

理由の1つは「決してリバウンドが起こらない整理術」をうたっているからだ。本の中で著者は片づけコンサルタントという自身の職業について次のように述べている。

『・・・そんな私ですが、じつをいうと、お客様のリピーター率はゼロです。・・・(中略)・・・自分でスッキリ片づいた状態の部屋を維持できるようになってしまうため、リピートしてレッスンを受ける必要がない、ということです』

■究極に合理的な整理術

さて、肝心の片づけ術だが「片づけ残しが起こらないように部屋単位ではなく、モノ単位で片付ける」「思い出の品物は後回し、最初に片付けやすいモノから順に手をつける。衣類、本類、書類・・・。」「生活しているときにしまう場所に迷わないように、すべてのモノに明確な所在地を作る」などなどもりだくさんだ。

中には結構、痛いところをつかれるような指摘も多々ある。

本「勉強関係の本やセミナー資料は、使わないのにいつまでもズルズルととってある典型です・・・」
わたし「うっ!・・・」
本「コード類も、なんか役立ちそうってとりあえずとってある典型です・・・」
わたし「うぅっ!!・・・」

さて、一方で「あれ!?”人生がときめく片づけの魔法”というタイトルとどうつながってるの?」という疑問がわく。驚くなかれ、実は片づけのアドバイスの1つとして「整理対象に直に触った瞬間の”ときめき”を整理の判断基準に使いなさい」ということを主張しているのである。この説明を聞いて「マジですか!?」と、思わず声に出してしまった。

しかし「50万部超の本が売れている」「信頼にたる優秀な友人がプロのコンサルをも驚かせた」というのは疑いようもない事実である。それを考えると、著者のこの言を、一笑に付すことはできない。

思うに、”ときめき”というモノサシを使う行為は、一見、非合理的に見えて極めて合理的な行為ではなかろうか。要するに「整理する際に、テクニックも大事だが、最後は自分のモノに対する直感(それも、ああ、これは遠い将来に使うかもしれない、といった思いではなく、触った瞬間に感じるその瞬間の自分の素直な思い)を大切にしなさいよ」という著者からの明快なメッセージではないか。言い換えると「これは将来使うかもしれないから・・・」とか「これはせっかくもらったものだから・・・」という別の思惑を整理の判断基準に入れてしまうことが、片づけのできない原因の一つである、と近藤麻理恵さんは言っているのかもしれない。

■信じるか信じないかは自分次第

いずれにしても著者の言っていることが正しいか、正しくないかは、自身で体験してみるしかない。実際に、わたしも自宅にある書類に対して、直に触り「ときめくかどうか」を心に問いかけて整理をしてみた。

果たして”ときめき”という表現が男児の気持ちを表すのに適切とは思えないが、少なくとも「あぁ、これがあると気分がアップする、これがないと気分がダウンする」といった基準で整理していった。あれよあれよという間に、今まで捨てるに捨てられなかったモノがゴミ箱に入っていったのである。

もしかしたら、一年後に「あぁ!なぜ捨ててしまったのか!?」と後悔するかもしれないが、そんなことがあれば、その時にはぜひこのブログに報告させていただきたいと思う。

■片づけで苦労をしてる人、思考力を高めたい人、精神的に豊かになりたい人に

ところで整理という行為そのものについて、著者は次のように語っている。

『モノが捨てられないときというのは「今、自分にとって何が必要か。何があれば満たされるのか。何を求めているのか」が見えていない状態です。自分にとって必要なモノや求めているものが見えていないから、ますます不必要なモノを増やしてしまい物理的にも精神的にもどんどんいらないモノに埋もれていってしまいます』

これはすなわち「”整理ができるようになる”ということは自分にとって必要なモノや求めているものが見えてくるようになる」ということの裏返しでもある。そう、私の友人のように。

ちなみに「整理という行為を”単に無駄なものを捨てる活動”となめてはいけない」という点では、先週読んだ佐藤可士和氏の超整理術の主張も一致している。整理・・・恐るべし。

この本は、単に整理ができるようになるだけではなく、思考力を高め、ひいては精神的に豊かになれる可能性をくれるもの、といっても過言ではない。

なるほど「人生がときめく片づけの魔法」とはまさにぴったりのタイトルだ。


【関連リンク】
佐藤可士和の超整理術
小島慶子のキラキラ(ラジオ番組にて水道橋博士がこの本を紹介する回)

===(2011年12月11日 追記)===
上の関連リンクにも反映したが、小島慶子のキラキラ(TBSラジオ:2011年12月9日の回)を聞いていたら水道橋博士の回で、近藤麻理恵さんのこの本が紹介されていた。まさにティッピング・ポイントの域に到達したのかもしれない。

2011年11月15日火曜日

書評: 佐藤可士和の超整理術

「仕事ができるかどうかは、机の上を見れば分かる」

ある意味、この言葉の正しさを証明してくれる本だ。

タイトル『佐藤可士和の超整理術』
著者:佐藤可士和
発行元:日経ビジネス文庫 価格:750円


この本を買ったきっかけは数年前に見たNHK番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」だ。佐藤可士和氏がSMAPやキリンレモンなどのプロモーションでの大活躍ぶりが紹介されていたことは、今でも鮮明に私の記憶に残っている。

■空間の整理=情報の整理=思考の整理

さて、そんな佐藤氏が書いた本のタイトルは『佐藤可士和の超整理術』。”整理”と聞くと、モノの整理整頓!をすぐに思い浮かべる(実のところ、私もそのつもりでこの本を買ったのだが (^_^;))。ところが、ここで氏が言う”整理”とは、大きく次の3つのことを指している。
  • 「空間」の整理(※これが一般的に我々が連想する物理的な整理のことだ)
  • 「情報」の整理
  • 「思考」の整理
本の帯にも書かれているのだが、つまり一言で言えば「整理力をつけて問題解決力を養おう」・・・それがこの本の趣旨だ。著者に言わせれば「空間の整理」も「情報の整理」も「思考の整理」も、実は全て同じ活動の延長線上にあるのではないか、そして「思考の整理」の前段階に、「情報の整理」があり、「情報の整理」の前段階に「空間の整理」があるのではないか、というわけだ。さしずめ整理の初歩段階的活動とも言える「空間の整理」ができずして「思考の整理ができるのか」といったところだろうか。

整理とは”不要なモノを捨てること”と国語辞典にはあるが、なるほど著者の言うとおり、それは裏を返せば「自分にとって大事なものは何か」を選ぶことに他ならない。つまり、整理をする際には本来、その対象が何であっても、

「何を捨てるのか」 → 「何を残すのか」 → 「何で重要なのか(何に使うのか)」

といった思考プロセスを踏むことになる。

■著者の整理プロセスを疑似体験できる

”問題解決力”などという言葉を使い出すと「尤もらしく聞こえるが、抽象的な言葉ばかりが羅列されたぼんやりとした解説本なんじゃないの?」という疑念がわく。

そこはさすが経験豊富な佐藤可士和氏。それぞれの整理のあり方について、彼が実際に実践して結果が出たもののみを採用し、理由から実践の方法まで事細かに解説してくれている。ちなみに「空間の整理」で鞄の整理について触れているのだが、私は早くも私生活に取り入れて効果を得ている。

「情報や思考の整理」については、私自身がコンサルタントであることから、整理術そのものにそこまでの目新しさがあったわけではないが、それでもやはり業界の最前線で活躍するプロ中のプロの整理プロセスを共有できることは大きな財産である。どうやってクライアントから情報を引き出し、整理し、具現化させたのか、あたかも私自身が佐藤氏の現場にいると錯覚してしまうかのように、彼の頭の中をさらけだしてくれている。しかも、ありがたいことに彼がその結果として実際に作り上げた作品(写真)も掲載されているので、頭の中だけでなく視覚にも訴えかけきて、読んでいて何か頭がすっきりする。

■アート/クリエイティブディレクターが整理の達人たる所以

ところで「アート/クリエイティブディレクターなんぞが、なぜ整理の達人たるのか?」という疑問を持つ人もいるかもしれない。本の1章でその理由について触れられているので、あえてここで細かくは言及しないが、要するにコンサルタント・・・すなわち思考のプロだからである。「こんな製品を作ってこんな消費者に売りたい」と思うクライアントがいたとしても、具体的に何を誰にどうやって訴えればいいか分からない人が多い。それはクライアントの頭が整理されていないからだ。コンサルタントは、クライアントに的確な質問を投げ、奥底に眠った情報を引き出させ、整理させ、目に見える形に落とし込む。そういった行為をほぼ毎日、大企業の最前線で実践してきている佐藤氏は、整理について達人の域に達しているといっても過言ではないだろう。

■自らの身の回りを今一度、確認

影響を受けやすい私は、この本を読み終えた直後、自分の机の上を見てみた。汚かった。いつも「時間がない、ない」と時間のせいにしてしまっているのだが、それは単なる言い訳で、要するに、何が必要で必要じゃないかの判断と決断力・・・総じて整理力が弱いということの証明だ。

と、いうわけで慌てて仕事机を整理整頓してみた。何となく気持ちの良く整理された机の上でこの記事を書いたわけだが、その効果はいかに・・・。



【関連リンク】
 ・人生がときめく片づけの魔法

2011年11月6日日曜日

書評: The Help (ザ・ヘルプ)

「人間がいかに残酷になれるか」「人間がいかに矛盾だらけか」「人間がいかに強くなれるか」

その全てが、この小説に詰まっている。

The Help(ザ・ヘルプ) - Change Begins with a whisper -
著者: キャサリン・ストケット
出版社: Bakley (英語版)
※日本のAmazonでも1,000円を切る値段で入手できるみたいです


正直に言っておくと2011年11月現在、残念ながらまだ日本語訳は出版されていない。私が読んだのは英語版のペーパーバックだ。では、なぜ、わざわざ英語版なんぞを取り寄せて読んだのか?

映画評論家、町山智浩氏のラジオ番組(小島慶子のキラキラ)での同作品の映画紹介がきっかけだ。彼の解説が面白く、これはぜひ観てみたいと思ったのだ。ただし、映画も日本では未公開であるため、せめて原作の小説だけでも・・・その思いから手を出したというのが事の次第である。

■黒人メイドに育てられる白人家庭の子供がやがて黒人差別をする世界

舞台は1962年、アメリカはミシシッピー州、ジャクソン市。激しい人種差別が存在していた時代だ(※ちなみにマーティン・ルーサー・キング牧師は1968年に暗殺された)。黒人は白人の病院で治療を受けられない。黒人は白人と同じバスに乗ってはいけない。同じテーブルに座って食事してはいけない。黒人は得体の知れない病原菌を持っているから(完全にでっちあげである)トイレも別にしなければいけない。万が一、黒人メイドが雇い主と同じトイレを使えば即刻クビ。雇い主が黒人メイドを気に入らなければ嘘をでっち上げて盗人扱いし牢獄にぶちこむ、といったことも日常茶飯事。白人と仲良く話しているところを見られたら、誰かに刺されてもおかしくはない世界。

白人家庭のメイドとして働いていた黒人アイビリーン(Aibileen)は、つぶやく

『時間をもてあましているはずの白人女性がほったらかしにする子供達の世話を、メイドである自分が(私の子供達は私の世話を受けたくても受けられないのに)、一生懸命に見る。しかし、育ったその白人の子供はやがて親と同じように自分(黒人)を差別する者として育っていく』

「何かがおかしい・・・」

そう思っても、行動を起こすどころか、誰も怖くて口にすることすらできない。

編集者志望の白人女性スキーター(Skeeter)は自分が、子供の頃、黒人メイドコンスタンティンに愛情一杯に接してもらえていたことを良くわかっていた。しかし、ある日、家に戻ってみると彼女がいなくなっていた。絶対、何かがあったはずだ。しかし、母親に問い詰めても本当の理由を語ろうとはしなかった。

「何かがおかしい・・・」

スキーターをはじめ白人女性の中にも、そう思う人達は少なからずいた。しかし、そんな疑問を口にすることすら許されないのは黒人と一緒である。

『編集の仕事につきたいのなら、日常生活の中で”おかしい”と思うものにアンテナをはって、それについてとにかく書いてみることだ』

そんなプロのアドバイスを受けて、彼女は決心する。黒人にとって白人家庭でメイドとして働くことはどんなことなのか、それについて書こう・・・と。

■遠い時代、遠い世界の話に聞こえるが、ものすごく身近に感じる小説

英語でしかも500ページ強もあったために読み終えるのに2週間かかってしまったが、一度読み始めると目を離せなかった。来年日本では映画も公開されるという。原作を読み終えた今、ぜひ観たいと思う。なぜ、ここまで惹きつけられるのか?

一番の理由は、この本が、遠い時代・遠い世界の話のようで、いつの時代・場所でも変わらない人間の本質について語っているからだと思う。私がここで述べる本質とは「人間はかくも簡単に残酷になれるのか」ということ、「人間はいかに矛盾だらけか」ということ、「人間はいかに強くなれるか」ということ、だ。

「人間はかくも簡単に残酷になれるのか」・・・それは先に例を挙げたとおりだ。「人間はいかに矛盾だらけか」・・・同じ町にいる黒人にひどい差別をしている傍らで、よかれと思って白人の奥さん連中が疑念も抱かずに”アフリカ難民のためにチャリティで募金を募っている”。こんな皮肉はない。矛盾はもっとある。自分は差別する側の人間と思い込んでいる白人女性は実は男性に・・・、そして差別されていると思っている黒人達は、実は知らず知らずのうちに自分達も白人を差別、つまり差別する側にも立っている。「人間はいかに強くなれるか」・・・このような想像を絶する状況下においても黒人達は毎日を精一杯に生きている。そして何かを変えようと行動する。ちなみに町山智浩氏によれば映画版はコメディとして描かれているそうである。この本も決して悲しくてどうしようもない話ではない。

これらは、今の世界、今の日本にも、当てはまる部分があるのではなかろうか。

補足だが、もう1つ読者を惹きつける理由として挙げておきたいのが、本の構成だ。おおよそ2章ごとに主人公が入れ替わる。黒人メイドのアイビリーン、黒人メイドにミニー、そして白人女性のスキーター。3人の視点で世界を眺めるので、この三者が交わるイベントが発生した際には三者の気持ちが良く分かり、話全体にものすごくシンクロできるようになっているのだ。

これが著者キャサリン・ストケット氏の処女作というのだから、末恐ろしい話である。

■来年には日本語版が出ると思われるので、その際にはぜひ!

英語が分かる人は、原作を是非読んでいただきたい。そうでない人も、来年は日本で映画公開(3月頃らしい)されると言うのでぜひ観て欲しい。さらにその際には(推測だが)小説でも日本語版が出ると思われるので、ぜひ読んで欲しい。心からそう思う。他の人に強く勧められる数少ない本の一つだ。



【関連リンク】
The Help (映画公式サイト;英語)
The Helpの映画評価(IMDb)
イカに生きる意味を学んだ日(わたしのブログ)

書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...