2017年3月25日土曜日

書評: 新・所得倍増論

本のことを一番わかっているはずの日本人にではなく、外国から来た人に自分の国の良さを教えてもらう。あるいは課題を指摘してもらう。おかしな話だが、冷静に考えれば、外から来た人たちのほうが色眼鏡なし、かつ、新鮮な目で、日本のことを観察できるからなのかもしれない。思えば、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)もそうだった。

著者: デービット・アトキンソン (David Atkinson)
出版社: 東洋経済新報社

そして、今回、イギリスで生まれ、イギリスで学び、ばりばりのアメリカ企業であるゴールドマンサックスに務め、一定の地位に上り詰め、海外をこれでもかというほど経験してきたデービッド・アトキンソン氏が、日本を斬っている。ただ、冷酷に斬るのではなく、日本を愛する者として(現に彼は日本に住み続け、小西美術工藝社の社長を担っている)愛のムチをふるってくれた。

彼は、他の先進国と日本の違い・・・とりわけ一人あたりの国民総生産(GDP)に着目した比較を通じて、日本の経済がなぜ停滞しているのか、なぜデフレが続いているのか、これからどうしたらいいのか・・・について、明快に解説している。なお、趣旨はつぎのようなものだ。

『明らかに日本国の生産性が低い。しかも、今後人口は減っていく一方。言ってみれば、質も量も右肩下がり・・・となれば、日本経済が沈降していくのは当たり前じゃないか。量をどうにかするのは難しいかもしれないが、質ならまだ改善する余地があるし、その潜在パワーを日本は十二分に持っている。みんなその事実に目を向けよう。そして、日本を変えていこう。』

話は横道に逸れるが、(本当に失礼な話だと思うが)私はゴールドマンサックスとか、金融関係に務めている人があまり好きになれなかった。お金を右から左に動かし、儲ける。リーマンショックの引き金を作った中心人物だし、真に世の中に立つかどうかもわからないビジネスをしている人たちを嫌悪すらしていた。全くの偶然だが、数年前に、同じカレッジを卒業し、同じ日本に住んでいる仲間の一人として、同窓会的イベントがあり、著者の自宅に招待されたことがある・・・が、そのときですら、あまり好きになれないな・・・という気持ちを持っていた(いまとなっては本当に情けない話だし、反省しているが)。だが、その後の彼のテレビでの言動はもちろんのこと、今回のこの著書を読むことで、彼に対して本当に尊敬の念を抱くようになった。かなわないな・・・と思うし、凄すぎて、嫉妬すら覚えてしまう・・・。

私が普段から感じてもやもやしていたものを、はっきりとわかりやすく客観的データをもとに解説してくれている。何より、彼の日本に対する愛情を感じたし、彼の指摘は本当に的を射ていると感じた。

たとえば、私はずっと以前から「平均労働時間がヨーロッパでも短いと言われるフランスのほうが、残業ばりばりで働き虫と言われる日本に比べ、国民一人あたりのGDPが高いと知ったとき・・・俺たち日本人は、一体全体何やってるんだろう」と思っていた。フランスが41,181ドルで24位、イギリスが41,159ドルで25位、日本は38,054ドルで27位だ(ちなみに1位は、カタールの132,099ドル、アメリカは55,805ドルで10位)。

また、先日、ツイッターか何かでビジネス記事を読んでいたとき、FACEBOOKの営業利益率が50%を超えると聞いて、企業格差に愕然とした。僕らもよく知っているLINE社が、30~40%。ヤフーも同じような感じだ。これは100万円の利益をあげるためには200万円の売りを上げればいいという意味だ。たとえば、食品関係のとある会社では、営業利益率が1%だ。これはすなわち、100万円を設けるためには1億円を売り上げなければいけないという意味だ。「業種が違うからだろ」といわれるだけかも知れないが、こうした利益率の違いは、実際の羽振りの良さの違いにも現れる。ITサービス会社や、やはり利益率が高い製薬業界は営業利益率が高く、それに比例するかのように羽振りもいい。営業利益率50%の企業がいる一方で、1%の企業がいる・・・。この格差が持つ意味は何なのだろう・・・とずっと悶々としていた(実際、ツイッターで次のようなことを、自らつぶやいていた)

https://twitter.com/sawanosuke/status/829297077805056000

そして今回、本書を読んで、こうしたもやもやが晴れた。詳しくは本書を読んで欲しいが、要するに生産性の違いだ。そして、生産性に違いを生じさせる大きなカギの1つがITなのだ。本書のお陰で、改めてはっきりと目が覚めた。なんとなく・・・ぼんやりと感じていたことが、確信に変わり・・・結果として、その確信を、自分のビジネスにどう活かすべきか・・・考えがまとまった。その後押しをしてくれた著者に感謝したい。

生産性が謳われ・・・働き方改革が叫ばれる昨今だが、そういったキーワードだけに躍らされるのではなく、自分たちに何が欠けていて、それぞれがそれぞれの立場で、どんな方向を目指すべきか、そのために何をすべきか・・・本質に目を向けることが大事だ。本書はそのきっかけとなってくれるだろう。


2017年3月20日月曜日

書評: 三の隣は五号室

久々の小説だ。小島慶子さんの呟きでこの本の存在を知って読んだ。尊敬する彼女の進める本なら、きっと面白いだろうと。

著者: 長嶋有
出版社: 中央公論新社


ユニークな本だ。今までこのようなスタイルの小説を読んだことはない。どうユニークかって?  

私は、北川智子氏の「ハーバード白熱教室」を思い出した。北川氏は、ハーバードも歴史授業で定点観測の視点をとりいれていた。特定の(限定した)地域の歴史が時間経過とともにどのように変わって言ったのかを追いかけるのだ。その定点観測対象が地域ではなくアパートに変わったようなもの、それが本書だ。舞台となる第1藤岡荘の5号室を、何年にもわたって定点観測した小説なのだ。アパートの歴史、アパートに住んだ人たちの歴史、その人たちの意図しない繋がり、それらを小説という形で見事に描いている。

なるほど、藤岡荘に限らず、人の住まいには歴史がある。賃貸ならなおさらだ。そこには想像しきれないほどのストーリーが詰まっている。本来なら知り得ない住人のストーリーを小説の力を使って、体験させてくれる。

ただし、ユニークではあるが、楽しんで読めるかどうかは好みは分かれるところだろう。登場人物は多いし、アパートの描写も多い。こうした描写に想像力を掻き立てられる人は没入するだろうし、そうした想像が苦手な人は入り込むのに苦労するかもしれない。私は後者だったが。

2017年3月12日日曜日

書評: ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学

MBAに行ったのが10年前。直後に起業した。自ら経理をやり、最初の仕事を取るのに苦労した。リーマンショックも経験した。大企業との契約も勝ち取った。失敗体験も成功体験もたくさんした。その中でMBAはどんな存在だったか。

自分の名刺にMBAを刷り、信頼を得るのに役立った。本を書く際やコンサルする際の情報の整理分類ツールとしてフレームワークが役立った。お客様を理解する際の財務データの読み方が役に立った。自社のマーケティングを考える際には、MBAで学んだマーケティングの視点を持つのに役立った。会社が成長して環境が変わる中、経営者自身が変わることに失敗し、会社を台無しにたケーススタディを数多くやっていたおかげで、その変化を感じ取ることができた。世界で活躍するMBAの同級生にたまに会うことで、刺激をもらえることも生きる糧になっている。

しかし、同時に限界も味わった
  • 最初の一件目の仕事の獲得
  • 全速力で走りながらの人の採用
  • 全速力で走りながらの人材育成
  • 組織が大きくなる中でのルールや意識の定着化
  • 生業にしている“リスクマネジメントサービス自体”の付加価値の定量化
ビジネスを経営する上で、上記のような困難に立ち向かうにはMBAだけでは難しかった。自分はまだまだだな・・・と思った。そんなときに目にした本がこれだ。



本書を開くと、そこには確かに私が知らない内容がかかれていた。フレームワーク、リーダーシップ、CSR、ダイバーシティ・・・キーワード自体は良く聞くものだが、プラスアルファの話が一連の説得性あるデータにもとづき、わかりやすい説明でまとめられている。

たとえば、トランズアクティブメモリーに関する話。なお、トランズアクティブメモリーとは、組織の記憶力のこと。組織の学習効果、パフォーマンスを高めるために大事なのは、「組織のメンバー全員が同じことを知っている」ことではなく、「組織のメンバーが“他のメンバーの誰が何を知っているのか“を知っておくこと」だという。これについて、実験がなされていて、メールでもなく、電話でもなく、直接対話によるコミュニケーションの頻度が多い組織でこそ、最も良い結果が得られたという話・・・私は全然知らなかった。

単に知らなかったことがわかった・・・だけではなく、実際の仕事でも活かせそうだ。このトランズアクティブメモリーの話は、社内における情報共有のあり方についてヒントになったし、CSR(社会的責任)の効能に関する話は、私がリスクマネジメント活動を推進するにあたって、お客様への説得材料に活用できると感じた。最近の多くの組織が採用するブレインストーミング手法の功罪の話も、コンサルティングをどのように行えばいいか・・・のヒントになると思った。

ところで、「知らないことが載っている」=「ビジネススクールでは学ばないものか」という数式が成り立つかどうかについてはやや懐疑的だ。著者は、「最先端の経営学は、それを研究する側のモチベーションの問題もあり、なかなか学習材料になるレベルまで落ちてこない」と言う。著者の言い分もわかるが、私は、ある程度は、教壇に立つ教授次第だと思うのだ。

また、当たり前ではあるが、「知らないことが載っている」=「知りたいことが載っている」というわけでもない。自ら起業し、会社を経営する中でぶつかる壁や疑問に関する答えが、そこにすべて書いてあるわけではない。そこは注意する必要がある。

いずれにせよ、役立つ情報がかなり載っていると感じたし、強い魅力を感じたのは間違いない。本書を読むことで、実際の仕事を後押しするヒントが得られたし、自分がリーチ出来ていない情報の存在に気づけたのは収穫だった。「学習材料になるレベルまで落ちてこない最先端の経営学を、読者がわかるレベルまで落とし込んで紹介してくれた」・・・という点で、意義は大きい。この著者の本に続編が出るのであれば、追いかけてみたいと素直に思った。

戦略(人事戦略、事業戦略、を考える人(経営企画、コンサルタント(発想の源泉))なんかに向いている本だと思う。


2017年3月5日日曜日

書評: 日本人の9割が知らない遺伝の真実

一流のアスリート同士の戦いを見ていると・・・・たとえば、世界陸上でいまだ100M 10秒を切れない日本人選手を見ていると、「生まれながらの資質」ってのがあるんだろうなぁ・・・と思わずにはいられない。

他方、アスリート個々人と自分を比較するとき、違う感情が湧くことがある。野球のイチロー選手、サッカーの本田選手・・・一流ではあるが、みんな「努力の天才」なんだな・・・って思うのだ。その思いの裏には「自分も、もし頑張れる人間であったならば、同じレベルとは言わないまでも、近いレベルになれていたかも」というおこがましい考えがあるのかもしれない。つまり、生まれ持った身体能力の違いというよりも、努力の差なのだと。

「生まれながらの差なんだ」という考えと、「努力の差なんだ」と言う考え、・・・果たして、結果に差をもたらす要因としては、どちらのウェイトが大きいのだろうか。


出版社:SB新書


「日本人の9割が知らない遺伝の真実」の著者、安藤氏によれば「生まれながらの素質」が、要素として極めて大きいらしい。どうしてそんなことが言えるのか? まさにそれこそが、本書がもたらす重要なポイントの1つだが、著者の専門である行動遺伝学・・・双生児や養子の膨大なデータにもとづいて分析を行うことで、解を導きだしたのだ。

分析の原理はこうだ。一卵性双生児と二卵性双生児の遺伝子の共有率の違いを利用するのだ。一卵性双生児の場合は、双子間の遺伝子が同じである率は100%。これが二卵性双生児の場合はその半分、50%だ。両者を比較すると、類似性は2:1。つまり、遺伝子がすべてを決めるというのなら、一卵性双生児と二卵性双生児の類似度の相関性は、常に2:1が成り立たなければならない。たとえば、一卵性双生児の場合の双子の指紋の類似性は98%であり、二卵性双生児の指紋の類似性は49%だそうだ。この両者の関係性は2:1。指紋の違いを生じさせるのは、遺伝子以外の何者でもないということの証だ。

同じような比較を、指紋だけでなく、性格や知能など、幅広い分野で分析し、導き出した答えこそが、「家庭環境以外の要因」が極めて大きい、というものである。「家庭環境以外の要因」とは、すなわち、「遺伝」と「家庭外の環境(例:たとえば外で誰と出会ったか、など)」のことだ。その要素が、我々・・・少なくとも、私が思っていたよりも遥かに大きかったという事実は新鮮だった。

本書には、こうした分析の方法やその結果が詳細に綴られている。そして、こういう事実(人は生まれながらにしてみんな大きく異る)をしっかりと前提においたとき、社会均一の教育制度ではなく、能力制へ変えるべき・・・など、今の世の中の仕組みを改善すべきではなかろうか・・・という著者の提言へとつながっている。

会社で部下を育てる際、「なぜ、この人は、これが苦手なんだろうか」「天才でもなんでもない自分ができるくらいだから、この人にも、同じ環境を与えればできるはずだ」などと思うことはよくあるはずだ。しかし本書を読めば、「適材適所」「悪いところではなく、良いところを伸ばしてあげよう」などという声が、いかに正しい考え方であったか、そして「早く人材の適性を見極めてあげることがいかに大事か」ということがよく分かる。

事実を受け止めどう考えるかはその人次第だが、改めてその事実を冷静に知るという第一歩のために、親、先生、リーダー・・・人を育てる立場の人は、読んでおいたほうがいいだろう。


書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...