2010年10月5日火曜日

書評: 食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない

今年に入り、右目を患い(飛蚊症)、右肘を痛め、これまで以上に”健康”という言葉に敏感になった。たまに会う健康オタクな(・・・いやあえて専門家と言っておこうか)父からは「人間が口から体内に摂取するもの、すなわち”食”に気をつけることが、健康への一番の近道なんだ」と言われた。

そして先日のラジオで、食に関わる迷信や勘違いについて客観的な事実に基づいた解説をしている本が出版された、ということを耳にした。それが、以下の本を買った背景である。

松永和紀著「食の安全と環境」(気分のエコにはだまされない)

221ページからなり1,600円もした(最近、自分が興味を持つ本は高いものばかりで、ちょっと嫌になる)。

さて、食に関わる迷信って何だろうか? たとえば、こんなことである。

・輸入品より国産品の方が安全である
・有機農業で作った作物のほうが体にいい
・日本で遺伝子組み換えの食品はほとんど消費されていない
・化学肥料は毒である、など

すぐにおわかりいただけるだろうが、例として挙げた上記項目に対する回答は全て”否”である。いや、ケースバイケースといったほうが正確だろうか。

あまり偉そうに書くとまるで私自身「前からそんなことは知っていたよ」と主張しているように聞こえるが、実は(基本的に無知なので)ほとんど知らないことばかりだった、ということをあえてここで付け加えておく。

たとえば「遺伝子組み換え」について。”食の安全に敏感”なので、”遺伝子組み換え”なんて得たいの知れないものは、私を含め日本国民にはまだまだ受け入れられていないものだろうと思っていた。事実、消費者意識としてはそうなのだが、実際は知らず知らずのうちに大量に消費されている、というのだ。

組み換えトウモロコシ・・・この作物の海外からの総輸入量年間1600万トン、自給率はゼロである。スーパーで「組み換え・・・」なんて表示を見かけないのに、なぜこんな大量に輸入されているのだろうか?

答えは簡単。輸入された組み換えトウモロコシは、飼料、でんぷん、シロップ、食用油などに加工されて消費者の前に現れているからだ。飼料として組み換え品種を使っても、肉に表示する必要はない。食用油もそう。みんな知らず知らずのうちに組み換え遺伝子の作物が生活に浸透している、というわけだ。

この本では、このような解説がずらっとされている。

ところで、迷信ってなぜ起こるのだろうか?メディア操作?消費者の偏見?

私は、その理由の1つには「何事も自然であることが一番」という感覚が無意識のうちに働いているせいではないか、と思う。

・遺伝子組み換えはNOだ!
・有機栽培はYESだ!
・化学肥料はNOだ!
・添加物はNOだ!

でも著者は言う。

そもそも”農業”自体が不自然な産業なのに何を言っているのか、と。

木を切り倒し、雑草を抜いて農地にし、単一の植物だけを選んで植え、日の光がよくあたるようにして養分をやって育てるというきわめて不自然な行為こそが農業なのだと。

「うーん」と、うならされる一冊である。

個人的には、この本の隠れたメッセージは

「あれは良いことである」「これは悪いことである」「私が書いた本を信じなさい」

という短絡的なことではなく、

「何事も疑ってかかることが大事だよ」

ということではないか、と思っている。「食品の裏側」を書いた阿部司氏も、彼の本の中で「添加物を悪」だとは一言も言っていない。「何も考えずに言われたもの、与えられたものを受け止めるのは危ないことだ」と語っている。

これは、今の日本国民に何よりも欠けているものではないだろうか。



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