2010年11月26日金曜日

記事評: 真の危機管理とはなにか


ビジネス雑誌、ハーバードビジネスレビュー今月号(2010年11月号)のテーマは「軍隊に学ぶリーダーシップ」である。その中に、危機管理に関する面白い記事があったので紹介しておきたい。

"You have to lead from everywhere(あらゆるところから指揮をとらねばならない)" by アメリカ沿岸警備隊最高司令官 Thad Allen氏

「(滅多に遭遇しないような)”大きな危機”に直面した際、どのように対応してきたか、そして、そこで求められたリーダーシップとはどんなものか?」が、記事の趣旨だ。

ここで「滅多に遭遇しないような”大きな危機”」とは、換言すれば、文字通り予想外の事態のことである。自然災害であっても、ある程度その発生や被害が事前に予測され、対応方法が決められているものについては、この記事が前提とする”大きな危機”には当たらない。したがって、たとえば、アメリカで頻繁に起こっている通常サイズのハリケーンは、大きな危機ではないことになる。逆に、2005年にニューオーリーンズ州(アメリカ)で起きた巨大ハリケーン、カトリーナ災害※1であるとか、つい最近起きたBP社のメキシコ湾オイル流出事故などは、”大きな危機”に当てはまる。

自分はリスク管理の専門家である。起こる前のリスクや顕在化してしまったリスクをどうコントロールすれば良いのかを日々考えている立場にあるため「発生の予想が難しい(シナリオを描くのが難しい)事態に対して、何をどこまで用意しておくべきなのか(または用意できるのか?)」といった点に大きな関心があり、そういった意味で、今回のこの記事は非常に興味深かった。

最高司令官Thad Allen氏は記事中、こう述べている。

「軍隊(あるいは想定範囲内の事態への対応)ではChain of Command(指揮命令系統)※2が重要だ。しかし大きな危機に対しては、Unity of Effort(努力を結集させること)と正確・迅速なコミュニケーションが重要になる」

「努力の結集」と言ってもピンとこない人も多いだろうが、つまり(能力的・リソース的に)独立して動ける複数のチームに、どう効果的・効率的にダイレクトな指示をだせるか、ということを意味している。危機になればなるほど、周囲は混乱状態である可能性が高く、細かい指示を出せないため、多くの場面で自己判断が求められる。おおざっぱな指示を出して、各チームの判断で動いてもらうことが現実的であるし実効的である、というわけだ。

さて問題は、どうやって「努力の結集」を実現するか、というHOWである。

Thad Allen氏の発言をまとめると、先述したように”強力なリーダーシップ”とコミュニケーションに集約される。具体的に強力なリーダーシップは以下の4つになる。

・マクロ的に物事をとらえられること
・明瞭簡潔な指示を出し、正確に現場に伝えられること
・必要な場所に足を運び、かつ、いつどこからでも指揮をとれるようにしておけること
・平常心を装っていられること
・好奇心が強い人間であること

上記2点目の「明瞭簡潔な指示」は、経営に通じるものがある。経営者の意志を正確かつわかりやすく現場に伝えるのは決して容易いことではない。たとえばThad Allen氏はカトリーナ災害の際、約2000人以上の関係者を一部屋に集めて、次のようなメッセージを発信して、リーダーシップを発揮することに成功したそうだ。

【カトリーナで集合した部隊2000人を一室に集めリーダーが出した唯一の命令】
「自分に助けを求めてきた者には、自分が一番大切に思う人達(家族であるとか、親友であるとか)にとるであろう対応と同じ対応をしなさい。そのような行動をとって失敗しても想定される事態はせいぜい2つだけだ。1つは、やり過ぎ(てリソースを無駄に使ってしまう可能性があるということだ)。しかし、やり過ぎは構わない。どんどんやりなさい。もう1つは、誰かがケチをつけてくることだ。しかし、そのような文句があっても、それは全て私の責任だ。気にしないで積極的に行動しなさい。」

私はBCP(事業継続計画:事業が中断するような特定の事態に遭遇した際に、中断した業務をいかに速やかに復旧させるための計画書)だけでなく、CMP(危機管理計画:危機が発生した際の危機管理チームの行動計画書)も見て欲しいとお客様から相談を受けることが良くあるが、上記、記事からもやはり言えるのは、細かい行動手順や(あれば良さそう)的な情報を記載した柔軟性の低い危機管理計画は、予測が困難な事態に対して、役に立たないということだ。当たり前のことだが少なくとも、コマンドセンター(危機管理対策本部)とコミュニケーション手段、そして主要ステークホルダーの連絡先、これをおさえて、後は状況に応じた行動がとれるようにしておくこと・・・それが重要である・・・

と改めて感じた次第だ。


※1. 通常のハリケーンには州政府が機能している前提での行動計画が策定され、それに沿って対応が行われるが、カトリーナの時には州政府そのものが機能しない事態に陥った。
※2. どうもこの点については、軍隊の中でも、海軍・空軍はその傾向が強く、陸軍・海兵隊ではそうでもない、という指摘もあるようだ。

======2011年4月27日(追記)======
日経新聞2011年4月27日朝刊の記事に、「ジュリアーニ前ニューヨーク市長 指揮命令系統を1つに」という記事が興味深かった。記事では生活面や危機管理の両方で大事な心得について述べている。生活面で大事なことは、とにかく「普段通りに振る舞う努力をすること」だそうだ。そして、危機管理における指揮で大事なことは、「ワンボイス(命令を出す人を1人に絞ること)。1人が無理な場合でもワン・セントラル・ボイスにすること」だそうだ。なお、ワン・セントラル・ボイスとは、情報の発信者が複数いたとしても同じ時間に同じ場所から命令を出すという意味だ。

良くクライシスマネジメントの王道として、「スポークスパーソンは1人にすることが良い」と言われる。これは、窓口を一本化することで情報を受ける側が混乱しないための配慮だ。残念ながら、今回の東日本大震災の政府や東電の対応にこの考えを当てはめると、必ずしもそのようになっているようには見えない。

2010年11月5日金曜日

FXの功罪

ここ数年FX(エフエックス)がブームだ。

FXとは、Foreign Exchange(フォーリン・エクスチェンジ)の略で、外国為替証拠金取引のことだ。USドルなど外国通貨を買ったり、売ったりすることで、日々の為替レートの変動を利用して、差分から利益を得ようというものだ。株式取引よりも注目されるようになったのは、その名の通り証拠金取引が誰でも簡単にでき、短期間で大きな結果を得られる可能性があるからだ。証拠金取引では、100円しか元手が無くてもその何倍もの取引ができる。たとえ10,000円しか持っていなくても、それを元手に、たとえば30,000万ドル(約240万円相当)を買ったり売ったりすることができる。おかげで、為替変動が1銭2銭というちょっとした話でも、多額の利益を得られる可能性があるわけだ。

さて、あまりにもまわりが騒いでいるものだから、「自分も勉強がてら・・・」と思いつつFXをやってみた。なるほど、その影響力は凄いものである。

さて、何が凄いのだろうか?

私の実体験から、いかに個人的な感想をまとめてみたい。私の感じたことをまとめると、大きく3点に要約できる。

まず1つめは、その驚くべき手軽さ。自分でパソコンを立ち上げて、通貨を選択し、取引量を入力・・・あとは、「売る」「買う」のボタンを押すだけである。秒単位で為替は変動しているため、買った(あるいは売った)瞬間から、利益や損失が発生する。何が何だかよくわからずに、マウスをいじっていたら、思わず誤って「買う」のボタンを押してしまったことがある。それで数千、数万円の儲け・損失が一気に決まったりするのだから怖い。

そして2つめは、中毒性。この中毒性は半端ではないと思う。FX取引では、パソコンの前に四六時中座っている必要ないように、「何円になったら売る」とか「何円以上下がったら買う」とか、事前に値を指定(指値・逆指値)して、”予約買い”や”予約売り”を行うことができる。当然、こういった機能を使うことで、後は放っておけば儲かる・・・こう考えるのが人間の心情だ。

ところがどっこい、世の中、そんなに甘くはない。

日々変化する経済状況の中で、お偉いさんのちょっとした発言は為替を大きく変動させる。そう、波の高さや流れが一気に変わるのだ。あらかじめ読んで設定した予約(指値・逆指値)の前提が大きく変わってしまう、というわけだ。モニタの前に張り付いていないと、なかなかその波をつかむことが難しい。「FXの必勝策は、24時間パソコンの前に座って取引をすることだ」と書いている、ものの本もあるくらいだ。実際にそうなのだ、と思う。もちろん「そんな1日や2日の中で起こる波の変化は自分は気にしないよ」という人もいる。そんな人であったとしても、やはり、何かのたびにふと為替レートのことが気になってしまうハズだ。自分がそうだったからだ。ついついそのときの為替レートはどうなっているか、とニュースを追い求めている自分に気がつく。実は見た目以上に精神的に、FXにばかり時間をとらわれてしまうこと・・・これが本当に怖い、と思う。

最後の3つめは、経済ニュースに対する自分のアンテナだ。先に述べたように為替変動は、高官などのちょっとした発言や経済指標の発表内容で、大きく変化する。この波を読むためには、とにかく日々ニュースにアンテナを張り巡らせておかなければならない(ディーラーが、ひたすらロイターやCNNなどのニュースを流しっぱなしにしている理由がよくわかる)。すると、今まで気にもとめなかったような、毎月はじめに発表されるアメリカの雇用統計指数だとか、製造業に関係する指数だとか、ありとあらゆる統計情報が意味あるものに見えてくる。日銀の発言や対策、政府の動き・・・全てを理解しようという姿勢になる。一瞬、専門家になったような気分にすらなってくる。FXをやったことで、やたらと経済に詳しくなった・・・これは大きい成果だった。

さて、そんなFXだが2ヶ月ほどやってみて、肝心の金銭的結果はどうなったのか。

実は、一時期10万円近く儲けた。でも、あーだこーだで、120円まで儲けが目減りしてしまった。その後、先述したような中毒性に恐ろしくなり、FXから遠ざかってしまっている。あまりにも頭の中がレート、レートで、せわしくなり、精神衛生上も決して良くないように思えた。まだ、まわりには、「上がったぜ、下がったぜ」とか、「モニターを見てたら日が暮れてしまった」とか、言っている人たちがたくさんいる。

自分は、そういった声を聞くたびに、いよいよますますモニターの前に座る気が起こらなくなってしまっている。

ただ色々な功罪はあろうが、やってみて良かったとは思う。大変、良い人生の勉強になったのだから。得るものはそれなりに大きかった。

書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...