死の淵を見た男
著者: 門田 正隆
発行元: PHP研究所
■福島原発・・・報道されなかった裏舞台を描いた本
東日本大震災で起きた福島第一原発の事故。事故を収束させるための一連の活動の中で起きた騒動は、まだ記憶に新しい。あのとき、報道の裏側で、いったい何が起きたのか? 福島第一原発の現場で必死になって闘った人たちは? 彼らの家族は? 周辺に住む住民は? 駆けつけた自衛隊員は? 首相官邸にいた人々は? 東電の経営陣は?・・・そのとき何を考えてどう動いたのか? 本書は、東日本大震災が起きた2011年3月11日から約9ヶ月後の2011年11月頃までの時間軸の中で、福島第一原発の事故が悪化の一途をたどっていく状況とそのときの人間模様を物語調に描いた本である。
ただし、物語調と言っても、事実を脚色するような書き方をしているわけではない。
『私はあの時、ただ何が起き、現場が何を思い、どう闘ったか、その事実だけを描きたいと思う。』(死の淵を見た男 「はじめに」より)
これは本書の冒頭にある著者の言葉だが、容易に推察されるように、本書は当時の状況を読者にわかりやすく伝えるために当事者中心の視点で描かれてはいるが、文中に登場する会話などは、聞いた事実がほぼそのまま反映されたものと思われる。
■2つの”凄まじさ”
本書を読み、頭にパッと浮かぶのは”なんと、凄まじいことか”という想いだ。ここには2つの意味がある。
1つは”現場力の凄さ”という意味での凄まじさだ。管元首相のことが色々と取り沙汰されてきたが、誤解を恐れずに言えば、結局のところ、当時のトップが管首相であってもなくても、(多少の違いはあったかもしれないが)あの現場の人たちがいたかいなかったか・・・それが全てだったんじゃないかと思う。それほど現場力は凄まじいものだったと感じるのだ。実際、「注水」だとか「ベント」だとか・・・当時、東京にいた首相官邸や東電の対策本部にいたお偉いさんたちが、現場に指示をだそうと必死に動いていたようだが、本書を読むと、東京側で考えつくことは全て、現場でも早々に検討されていたことが良くわかる。つまり、指示がなくても彼ら・彼女らは立派に動けていたのだ。
もう1つは”なんと過酷なことだったのか”という意味での凄まじさだ。海外からはフクシマフィフティと言う言葉でたたえられた現場の人たち。自らの命をも省みず、家族・・・いや、日本のために、必死で闘った人たちのことだ。本書を読むと、彼ら・彼女らに降りかかった肉体的・精神的な負担が、いかに過酷なものだったのかが、はっきりと伝わってくる。胸をえぐられるようだ。
『(現場を仕切る責任者として)何人を残して、どうしようかというのを、その時に考えましたよね。ひとりひとりの顔を思い浮かべてね。・・・(中略)・・・極論すれば、私自身はもう、どんな状態になっても、ここを離れられないと思ってますからね。その私と一緒に死んでくれる人間の顔を思い浮かべたわけです。・・・(中略)・・・こいつなら一緒に死んでくれる、こいつも死んでくれるだろう、と、それぞれの顔を吉田(所長)は思い浮かべていた。』(死の淵を見た男・・・「第15章 一緒に死ぬ人間とは」より)
ちなみに、こうした現場の過酷さを知るにつけ、やはり原発は廃止すべきなんじゃないかと思った。目に見えている以上に多くの犠牲を払っているのだとしたら・・・原発事故に最悪の事態を想定したとき(たとえば関東一帯が居住不能になる・・・など)、それを受け入れられる覚悟があるのだろうか?と疑問に思うのだ。受け入れられる覚悟がないなら、私はやってはいけないと思う。
■原子力の恩恵を享受する人たち全員が読むべき本
原発の恩恵を享受する国民一人一人が、原発廃止の是非を判断する前に、当時報道されなかった”見えなかった犠牲”というものを知るために本書を手に取るべきだということはもちろんだが、加えて、組織のトップこそ、ぜひ読むべきだと思った。
なぜなら、本書を通じて、災害時における組織のトップのあり方を理解することができるからだ。災害時には現場こそが一番機能する・・・これは9・11からも、3・11を描いた本書からも見て取れるが、組織のトップがその事実を改めてしっかりと理解しておくことで、自分のあるべき真の役割を見いだせるのではないかと思うのだ。たとえば私なら、トップは結局、「現場がより円滑に機能できるように後方からサポートをしてあげること・・・決して邪魔をしない・・・それにつきる」という答えを出すんじゃないかと思う。そうやって考えると、冒頭に触れた東国原元知事と管元首相の評価の違いの理由も見えてくる。現場を混乱させないように休暇という体をとって、単身現場に乗り込んだ東国原元知事と、一国の首相という体のまま現場に乗り込み、現場の手を止めさせたという管元首相。まぁ、この考察が正しい、正しくないは別にしても、こうした思考をめぐらせることは、非常に大事なことだと思う。その意味でも、本書の意議は大きいと思うのだ。
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