「一見さんお断り」の勝ち残り経営
~京都花街お茶屋を350年繁栄させてきた手法に学ぶ~
著者: 高橋秀彰
出版社: ぱる出版
さて、「京都のお茶屋」と言われて、みなさんはいかがだろうか。私にとっては、
「一見さんお断り」
「格式が高いが値段も高い」
「知らない作法がありお客側も学ばなければいけないことがあり面倒くさそう」
「知らない世界だから一度は経験してみたい」
こうしたことが頭に思い浮かぶ。つまるところ、何も知らない。京都のお茶屋・・・そしてその企業経営・・・無縁の私には当然ピンと来ない。
しかし、だからこそ、本書に手を出したというわけだ。
本書は、企業経営に役立てることを狙いとして、「一見さんお断り」を掲げる京都花街の経営をビジネス視点で紐解いたものだ。そんな伝統の世界を語る著者は何者なのか。京都花街に足繁く通う一ファンであるが、単にそれだけなら本書はいわゆる“オタク本”になってしまう。本書をビジネス本たらしめる理由は、著者自身がお茶屋の経営を取り入れて、ビジネスを成功させた実績があるということだろう。公認会計士事務所経営で「一見さんお断り経営」を貫き、今の確固たる地位を確立させたそうだ。
そもそも「一見さんお断り」の勝ち残り経営とはどんなものか? 売り込み営業も、お金をかけたプロモーション活動もしない、カタログや料金表もつくらない、現金払いではなく掛け払いにする・・・など、なるほど一般企業人からすると非常に逆説的な経営ばかりである。普通の企業であれば、受動ではなく、能動的に動き、仕事を取りに行く。ソフトバンクを見てみるがいい。しょっちゅう我が家に電話がかかってくるし、コマーシャルには一流のスター(スマップやジャスティン・ビーバー)を起用する。カタログや料金表がない・・・そして、掛払いを率先して勧めるレストランなんて庶民にはありえない。売掛金をできるだけ減らすこと・・・現金回収はビジネスの大原則だからだ。
なぜ、これまで間逆なのか。そもそもの企業戦略が違うのだ。一般的な経営は、品質だけでなく、どれだけ生産性や効率性をあげることができるか・・・の視点で戦略が立てられる。だが、京都の花屋の戦略は、「顧客満足度の徹底的な追求」・・・この一点だけである。だから、たとえば先の掛け払い問題にしても、「なじみ客が連れてきたお客様の目の前で、支払い処理を行うなど無粋なことはせず、一旦お店側で建て替えておき、後日、請求する」というプロセスに落ち着いたのである。
顧客満足度だけを徹底的に追求する・・・というのは怖いことだ。そこに生産性や効率性という視点が抜け落ちると、利益が出ないと考えてしまうからだ。事実、私の会社でも、「顧客満足度の向上を」と訴えると、現場の人間はついつい採算度外視で顧客のために時間を使ってしまう。会社はボランティアではないし、そもそも継続できなければ顧客満足を提供し続けられないから、そこに生産性や効率性というキーワードが必要になる。
普段、常識だと思っていたことを疑ってみる・・・大事なことだ。冒頭で触れたような化学反応を起こすために普段触れていない情報に触れてみる・・・大事なことだ。本書を勧めるとしたらこの点だろう。
本書に否定的な点はないのか? 一つ挙げるとすれば、「一見するとユニークな世界に見えるが、冷静に考えると、意外にユニークではない。つまり、そこまで新鮮ではない」という点だろう。京都のお茶屋は私のようにその世界を知らない人も多いし、確かにユニークな視点ではあるが、客観的に見ると、昨今の口コミ重視経営と言えなくもない。京都のお茶屋でなくとも、ミシュランをとった寿司屋・・・すきやばし次郎のような高級レストランもある意味、似たような哲学を以てやっている。その他、世の中で讃えられる中小企業・・・にもこうした哲学を持つ会社は少なくない。
結局、「徹底的に顧客満足度を追求するスタイルを貫く」という形で差別化を図る戦略をとるのか、「薄利多売を通じた安値」で差別化を図る戦略をとるのか・・・企業経営の大戦略に関わる話なのだと思う。
そう考えると、「これから会社を立ち上げるんだ」とか、「いま、値段よりも品質・・・その一点で差別化を図るんだ」という戦略を考えている会社の人であれば、「何か、不足している観点はないか?」の答えを京都のお茶屋ビジネスに求めることは妥当だろう。逆に、「我が社は、吉野家のようなビジネス戦略でいくんだ」と決めた企業が本書を読んでも、参考にできる点は少ないだろう。
いずれにしても、最近、このように常識と逆のことをアピールする本・・・多いよね。以前、LINEの元社長、森川亮氏のが書いた「シンプルに考える」という本を読んだときも、そこにはやたらと、みんなが常識と思ってやっていたことと違う経営方法が書かれていた。「経営理念をつくらない」とか、「給与はみんなわかるようにする」とか・・・。読み手も、全てをうのみにするのではなく、しっかりと自分の頭でかんがえて読むことが求められる時代だとおもう。
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