●心理学者による強制収容所の体験記だ
いきなり目に飛び込んでくる最初の文章が、「この本がなんたるか」を表している。「心理学者による強制収容所の体験記だ。 これは事実の報告ではない。体験記だ。ここに語られるのは、何百万人が何百万とおりに味わった経験、生身の体験者の立場に立って『内側から見た』強制収容所である」(本書より)
「心理学者による」とは、著者ヴィクトール・E・フランクル氏が心理学者だったからだ。しかも、収監される前は、相当な権威を築いていた人のようで、なんとあのフロイトやアドラーに師事して精神医学を学んだ、とある。経歴を見ると「ウィーン大学医学部神経科教授、ウィーン市立病院神経科学部、臨床家」とも。だから「心理学者による体験記」なのだが、それが本書最大の特徴でもあり魅力だとも言える。ハードカバーだが、160ページ強の決して分厚くはない本(むしろ薄いくらいだ)なので、あっという間に読み終わった。
●光の見えないトンネルに閉じ込められることが人間にもたらすこととは
強制収容所に収監されることが、当事者にどんな心理状況をもたらすのか、それがどのように変わっていくのか、人間の価値観はどうなるのか、何か心理学者として新しい発見はあったのか、といった疑問がわくが、もちろん、本書にはその疑問の答えが全て載っている。
例えば、収容されることが分かった時の心理状態を「恩赦妄想」と表現している。死刑を宣告された者が、処刑の直前に土壇場で自分は恩赦されるのだ、と空想し始めるのだそうだ。
これは個人的感想になるが、これは災害時に「自分は大丈夫」と考えてしまう「正常性バイアス」にも似ているなと思った。要は現実を受け入れられないということなのだろう。
その次のフェーズになると、心理状態は「感情の消失段階」へと移行した、という。マイナスの感情もプラスの感情も全て消し、他人に対しても無関心になったそうだ。
これを読んで私は、泣いても喚いても誰かに関心を持っても何も変わらない事実に直面し、生命維持という目的のために感情が何ら役に立たないと悟ったからではないか、と思った。
●印象に残った3つのこと
本書を読んで、私が印象的だったのは、3つ。
1つは、「愛は人が人として到達できる究極にして最高のものだ、という真実、を実感した」という著者の言葉。彼の愛する妻が生きているか死んでいるかわからないのに(いや、それはむしろどうでもいいことだとすら彼は言った)、妻のことを思い浮かべることが心に安らぎや幸せをもたらしたという。そこにその人がいるかどうかが問題にならない「愛」って・・・。いったい「愛」って何だろう。自分が、愛する人にそう思ってもらえるように接することが「愛」なのかもしれない、と感じた。
2つ目は、人が生きる源について。著者は体験から次のように述べた。
「ここで必要なのは生きる意味についての問いを180度方向転換することだ。私たちが生きることから何を期待するかではなく、むしろひたすら生きることが私たちから何を期待しているかが問題なのだ、と言うことを学び、絶望している人間に伝えねばならない」(本書より)
「人は何のために生きるのか」という「問い」について、自分中心の「問い」にするのではなく自分以外の世界中心の「問い」に変えるというわけだ。それって「お前の生死はすでにお前一人だけのものじゃない。残される家族や仲間のものでもある」みたいなセリフを映画などで聞くことがあるが、それに似ている。「問い」かけ方の問題だと思うが、実際、そうした「問い」を通じて何人かの命を救ったという著者の話を聞くと、その「問い」こそが大事なんだと思う。私を含め、もし生きることに迷っている人がいたら、こうした問いかけ方をしてみたい。
3つ目は、人の真価はどこで発揮されるかという話。著者は語る。
「人生は歯医者の椅子に座っているようなものだ。さぁこれからが本番だ、と思っているうちに終わってしまう」これは、同意が得られるだろう。『強制収容所ではたいていの人が、今に見ていろ、私の真価を発揮できる時が来る、と信じていた』。けれども現実には人間の真価は収容所生活でこそ発揮されたのだ」(本書より)
よく「本当に窮地に立たされた時に人間性が現れる」というフレーズを耳にするが、まさにそういうことだろう。逆に言えば、普段の生活から見える人間性なんて、普段の生活で発揮できる自らの真価なんて、わずかでしかないのかもしれない。
●人間の本質を知り自分の人生の糧にする
著者は生死の境を彷徨うような本当に辛い経験をしており、何人もの身内や仲間を失っている。そんな人の体験記を読んで、通りいっぺんの言葉で評することなんてとてもできない。ただ、生死の一線に近づいた人のみた世界感は、何かこう宗教というか、信仰というか、哲学というか、、、それらとあい通ずるものがものすごくある。怪しい何か・・ではなく、人間の本質でありリアルに。自分が何に重きをおいてどう生きるべきかのヒントをもらえた気がする。
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