期待していた以上の面白さだった。
なぜ、面白いと思ったのか。理由はおそらく次の2点だ。1つは、この本一冊にビジネスの辛さやほろ苦さ、悲しみや喜び、成功や失敗のポイントにつながる生の物語が凝縮されているからだと思う。やっぱりリアルな話は何ものにも変え難い。もう1つは、経営理念とかビジョンとかそういう抽象的な表現では決して伝わらないソニーの文化や気質というものを知ることができたからだと思う。本書を通じて、ソニーらしさが何たるかを知った。
ソニー半導体の奇跡―お荷物集団の逆転劇 著者:斎藤 端(東洋経済)
では、成功や失敗のポイントにつながる生の物語とは具体的に何か。いくつか例を挙げておきたい。
その1)スーパーマンが活躍することを想定した組織運営はいずれ限界が来る
「(出井元社長は)就任当初の電話、すべての事業ユニット隅々まで理解し掌握しないと自信を持って的確な方針を支持できないと感じていたようです。報告を事細かに機器導入予定の製品デザインをチェックし研究開発者の中に埋もれている人はいないか話を聞きに行きました。そこで見出した近藤哲次郎と言う異能技術者を抜擢してきたり、はたまた世界のスター経営者のところへ出かけていては提携の話をまとめて、とまさにスーパーマンのような活躍でした。まさにスーパーマンのような活躍でした。彼のようなやり方は例えて言うならマラソンを100メートル走の全速力で走るようなものです。このままでは会社に殺されるよ。出井がため息をついていたのを何度か目にしたことがあります」(本書より)
私自身、「自分が支えなければ」という思いで、ついつい無理をして頑張ってしまうことが多いのだが、経験上、それが決して長続きしないことがわかっている。それがあの巨人ソニーでも起きていたのかと思うと、無視してはいけない事柄だなと改めて思う。そうそう、以前、国境なき医師団日本前会長の黒崎氏がアフリカの
If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.
(早く結果を出したければ一人でやれ。より大きな目標を実現するために力を合わせよう)
という諺を紹介していたのだが、それに通ずるものもある。その意味でも、この諺、やっぱりいいですよね。
その2)本番環境の検証なしの変更はどんなものでも命取りになる
「材料メーカーが無断で、軟化剤として要素化合物を混入させていたのです。・・・(中略)・・・(材料メーカーは)とにかく工程をもとに戻したらしいのですが、ここでソニーも痛恨のミスを犯します。要素が腐食するガスを出すには水分が必要です。当時、ソニーが生産するCCDイメージセンサーのパッケージにはプラスチックとセラミックの2種類がありました。プラスチックは水分を通す一方で、セラミックは水を全く通しません。それならと言うことで、プラスチックパッケージの製品は元の樹脂に戻す、ただしセラミックパッケージの製品は要素が入った樹脂のままでも問題ないだろう、変更の必要なし、と言う判断をしてしまったのです。・・・(中略)・・・何かあればその原因を追求できるようにするとともに、不要な変更はご法度というのが品質管理の原則です。ただプロセスは自社内だけに閉じてないこともあります。セラミックパッケージのケースでは、ソニーが自社プロセスでのみ判断を行い「問題は起きれない」と接触に判断したことが、後に膨大な改修費用を生む原因となってしまったのです。全体のプロセスを確認するまでは、検証が済んでいる状態に全て戻すのが原則だったのかもしれません(本書より)
「変更はどんなものでも命取りになる」という趣旨は、誰しもなんとなく理解できる。しかしそれが、どの程度のレベルの変更を言っているのかといえば、人によってズレがあると思う。私もさすがにここまでの厳しさが求められるとは思わなかった。失敗した当人にとってはほろ苦い経験だろうが、本当にタメになった。
その3)現場の言葉を鵜呑みにしないこと
「東日本大震災後、「どうして電気が2時間程度止まるだけで、厚木事業所すべてを閉めなければいけないのですか。どうして全員が帰宅する必要があるのですか」と、よく話を聞いてみると、どうやら空調が止まることで社員の健康状態が懸念されること、照明が消えてしまうことを問題視していることがわかりました。2時間の空調ストップでみんなが息苦しくなるはずもなく、窓を開ければ作業可能でした」(本書より)
「現場のことは現場がよくわかっている」とはよく言ったもの。だが、イコール、現場から上がってきた報告をそのまま鵜呑みにすればいいわけではない、ということがわかる事例だと思う。情報は伝えればといいというものではなく、「何があったのか。どうすべきだと思うのか。なぜそう思ったのか」という深く突っ込んだコミュニケーションが取れるかどうかが大切なのだと思った。
・・・とまぁ、本書には、成功や失敗のポイントにつながる生の物語はこんな感じでたくさん登場する。だからこそ、「次は何が起こる?」「次は何が起こった?」といった感じで、私のページを捲る手はなかなか止まらなかった。
ところで、少し脱線するが、企業のBCP、特にサプライチェーンリスクを考える上でのヒントが得られたことも私にはありがたかった。本書では、2011年に東日本大震災に直面した時のことを次のように語っている。
「東日本大震災の影響で資材が日本で逼迫しているのなら、今まで純度の問題で使用不可とされていた韓国製資材を見直すことになりました。すると半導体産業で韓国は日本を超えており、スペック上の問題は無いことがわかりました。一部資材は供給先の選択肢を広げる結果となり、タブーは伝説だったと震災が教えてくれたのです」(本書より)
このクダリを読んで、あ!っと思ったのだ。というのも、ちょうどこのクダリを読む数日前に、ダイキン工業社長が日経ビジネスのインタビュー記事で次のように答えていたからだ。
「半導体は空調の機種ごとに仕様が異なりますが、複数機種で特定の半導体を使い回せるかを社内で調べさせたところ、代替品でも対応できることがわかりました。世界の当社の生産拠点にある半導体を、必要な地域に一気に供給する対応も取りました。おかげで(コロナ禍でも)「弾切れ」を起こさなかった」(日経ビジネス2021/09/20号 編集長インタビューより)
両組織に共通して言えるのは、「それは無理だ。あり得ない」と思い込んでいたものが、危機に直面して、抜け道を改めて真剣に考えざるを得なくなった際に「実はそれは無理じゃなかった」という発見ができたことである。危機というのはピンチをもたらすが、その切迫感がチャンスを生み出すこともあるのだな、と思った。同時に、「既存の常識を徹底的に疑えるかどうか」ということが、BCPの有効性に大きな影響を与えるポイントになるとも感じた。
さて、ちょっと話は逸れたが、最後に、そもそもなぜこの本を手に取ったのかについて触れて締めたいと思う。手に取った理由は単純で「半導体」というキーワードがタイトルについていたからだ。昨今、何かと注目の的になっている半導体の理解が進むかもしれない、と思ったのだ。きっかけはそうだったが、すでに述べてきた通り、手に取って良かったと思っている。やはりビジネスの世界の酸いも甘いも知ることができるということと、ソニーならではの文化を知ることができる、というのは魅力的である。ただし、半導体・・・は、そこまでの理解にはつながらなかったかなw
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