2021年5月29日土曜日

書評:コーチング - 言葉と信念の魔術

YouTubeでたまたま見ていた中に落合選手を特集した動画があった。「そういや、俺が小さい頃、親父が『いいか、こいつはプロ野球でいま一番すごいやつだぞ!』と言っていたっけな」と、そんな思いでみていた。その動画での彼の発言は、私の興味を引いた。普通のプロ野球選手や監督と明らかに異なる目線での発言が多いと感じた。

これが本書を買ったきっかけだ。

コーチング―言葉と信念の魔術(著者:落合博満)

本書には、落合博満の選手時代・監督時代の経験をもとに、人の才能の伸ばし方に関するコツや考え方が書いてある。冒頭で述べたような他の人と異なる目線での発言というのは本書でも感じることができる。

たとえば、選手に結果を求めるまでの時間について。氏は、短時間に結果を求めてはいけないというが、彼の考える時間軸は普通の人のそれより長いな、という印象だ。私なら、さすがに数ヶ月はないにしても、一年がいいところではないかと考えてしまう。ところが、彼は選手に結果を求めるなら「2〜3年」は必要だと主張する。そういえば、YouTubeで見た動画でも「中日の監督を引き受ける時に『結果なんてすぐに出ない。3年じゃなきゃ受けない』という条件を出して電話を切った」と言ってたっけな。

「石の上にも三年」を地で行く人だ。

そんな落合氏だが、本書のタイトルにコーチングとあることからもわかるとおり、彼は滅多なことじゃ、指導人として、正解を言わないように思えた。いや、そもそも正解なんてないと思っているのではなかろうか。野球で言えば、選手は人によって体つきも違うし、特徴も違う。だから、自分が三冠王をとった技術がその選手に当てはまるとは限らない。もちろん、当てはまるかもしれないが、それによってその人の持ち味が消えるリスクだってある。

では、どうすればいいのか? 「自ら考え学ぶ」だ。これが顕著に現れているのが次の一文だ。

「ある程度の経験を持った人が新人の教育をすることは、どんな社会でも必要だ。それに対して、教えられる側は『上司や先輩から教わること』と『ある程度の教えを生かして、自分で考えていかなければならないこと』の区別をしっかりとつけておきたい。なぜなら、教えられることに慣れすぎてしまうと、ひとつの目標を達成した時に、次は何をどうすればいいのかわからなくなってしまうからだ。」(本書より)

つまり、自分の体にあった打ち方や投げ方はどうあるべきなのか、自分で考えてほしい、そのヒントならくれてやる・・・そんなところだろう。

ところで、彼の発言の中に、わたしが「全くそのとおり!」と膝をうったものがある。それが次の一文である。

「プロ野球チームの場合、うちの球団はこれだけの設備が揃っていて、親御さんから預かっても心配いりませんという部分もあるのだろうが、寮にいてもダメになる者はダメになる。反対に、自分でしっかりできる人は、寮がなくてもしっかりできる」(本書より)

私自身、会社経営をする中で、過去に「書籍購入の補助費がほしい」「資格試験代を出してほしい」「もっと研修機会を増やしてほしい」といってくる社員が複数いて、都度、良い会社にしたいという一心で、会社の制度を見直してきた。では、その御蔭で、今まで頑張ってなかったやつが頑張るか、というとどうも相関性が低そうなのだ。書籍を読み放題にしても読もうとするやつは増えるわけでもないし、研修機会を増やしても行かない人が割と多い。資格試験の補助制度を設けても受けようとする人はあまり増えない。そもそも考えれば、本気で頑張ろうとするやつは、補助がなくても自ら動こうとする。その過程で支援をしてほしいと会社にいってくることもあるだろう。本を読むやつは読むし、資格取得を目指すやつは目指す。(だから補助制度をやめるべき、とは思わないが)落合氏の指摘には納得することが大いにあった。

となると、やはり「心の持ちよう」か・・・。はてさて、こうやって改めて振り返ると、本は普通の厚さを持つが、落合氏の言いたいことは単純明快。

・自分の頭で考えろ

・焦らず地道に圧倒的な努力をしろ

・指導するならこの2つをどう自覚させるか、を意識しろ

プロ野球唯一の三冠王をとった本人の言葉はとてつもなく重い


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