著者: 松井 秀喜
発行元: 新潮新書
■松井秀喜元のポジティブシンキング術の続編
ひとことで言えば、松井秀喜の”ポジティブシンキング術解説読本”である。彼は『不動心』という本を2007年2月に出版しているが、本書『信念を貫く』は、言わばその続編であり、やはり彼の思考法を学ぶことができる。彼の思考法とはたとえば、
- 最も大事なことは、健康であること、努力をすること
- コントロールできないこととできることとを区別して考えよう
- 自分の価値や期待される役割を客観的に見つめ、それに応えよう
- どんなに辛いときも前向きにとらえられる材料があるはず・・・人間、万事塞翁が馬だ
■希有でリアルなケーススタディ
200頁弱の紙の中に、彼をとりまく環境や肉体に起きた変化、そのときの心情が淡々と綴られている。素朴というか木訥(ぼくとつ)というか、余計な描写がなくストレート。だからなのか、読者は余計に彼の記憶を一緒にたどっているような感覚になる。
『マイナー施設で治療している最中、本を読んだり、ヘッドホンステレオで音楽を聴いたりして気を紛らわそうとしました。けれども、気がつくとページがまったくめくれていなかったり、いつの間にか曲が変わっていたり・・・。今の自分にできるのは治療です。とにかく膝の腫れが引くのを待つしかありません。分かってはいるのですが、不安は中々ぬぐえませんでした。』
(第4章信じることをやめない、より)
読みやすく、気がつけばあっという間に最後の頁をめくり終えている。”あっという間”過ぎて、ともすれば著者の言いたいメッセージは何だったのかと一瞬、思い悩むが、本書の意議は、メッセージ云々とかそんなんではなく、松井秀喜しか体験し得なかった喜怒哀楽・・・怪我による挫折、手術か手術回避かで思い悩んだ苦悩、ワールドシリーズでの緊張感、快感、達成感・・・そういった世界を追体験させてくれるところにある。ポジティブシンキング術の本は世の中にゴマンとあるが、松井秀喜の思考術を、ニューヨーク・ヤンキース、ワールドシリーズ・・・という希有なケーススタディに照らし合わせて、学ぶことができるというわけである。
■今の世の中から失われつつあるもの
自身の苦労話について語る本を読んでいると、どうしても著者がナルシストに見えてしまうことがある。「知らなかっただろ、おれはこんなに苦労してたんだぜ」「これだけ頑張ったんだぜ」と。そして、それが鼻持ちならなかったりする。だが、不思議なのは、本書・・・いや、松井秀喜にはそういったところがみじんも感じられなかった。外野に苦労話をアピールする・・・というよりは、ただあったこと、感じたこと、やったこと・・・を淡々と語っているだけなのである。
松井秀喜の人格がそうさせるのか、プロ意識がそうさせるのか。氏が尊敬する長嶋茂雄氏の影響を多分に受けているのであろうが、それはきっと”男の美学”ってやつなのかもしれない。今の世の中から失われつつある美学の精神・・・それを追体験できることもこの本の魅力じゃなかろうか。ファンならずとも、男性にこそオススメの本、と言えるだろう。
【思考術という観点での類書】
・逆境を超えてゆく者へ(新渡戸稲造著)
・やめないよ(三浦知良著)
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