2013年7月6日土曜日

2013年夏、初の中国出張記(前編)

2013年7月3日から7月13日にかけて、初めてづくしの中国出張だ。まず行き先が天津ということで、ダイレクトフライトが唯一飛んでいるセントレア空港が初めて。そこに行くために乗った名鉄ミュースカイが初めて。そして、天津が初めて・・・なにより中国自体が初めてだ。

お客様に中華料理をごちそうになったが、そこで見たエビぞり軍団のインパクトが半端ない。生きたまま、串に刺しているため、みんなぴくぴく動いている。それをしゃぶしゃぶのごとく、ゆでた鍋に各自つっこんで食べる・・・。
PM2.5も半端ない。むこうのビルが霞んで見えるのは決して朝もやなどのせいではない。大気汚染によるものだ。
そして今日2013年7月6日は週末ということもあり、北京に足を運んだ。もちろん初めて。そのために新幹線に乗った。もちろん、これも初めて。以下は、天津駅のチケット売り場の電光掲示板。

チケット売り場になぜか身長測定をする場所が・・・。身長で大人か子供かを区別するらしい。
中国の新幹線で一番驚いたのは、その厳重さ。まるでこれから飛行機に乗るようなものものしさ。当然、入り口には荷物検査装置がある。

乗った新幹線の顔。ドイツ仕様とのこと。

 北京南駅に到着。すぐにタクシーに乗り込み、天安門広場へ。ここでまず驚いたのが、日傘の多さ。広場は太陽の日差しからの逃げ場がない。とにかく日差しがきつく、日陰がないのだ。傘、傘、傘・・・にびっくり。

頭に傘をさすおばさんが・・・。こういう人達を結構見かけた。帽子よりもカバー範囲が広く、なおかつ、頭が群れないという抜群の機能性。ただし、日本だとちょっと恥ずかしいかも。

故宮でござる。とにかく人が多かったのと、意外に外国人が少なかったのに驚いた。観光地なのに日本語が全然聞こえてこなかった。
当然、セキュリティはばっちり。監視カメラもほらこのとおり。

故宮の中の人の多さがわかる写真。
西太后がつくらせたという頤和園(いわえん)。廊下内の絵や彩りが美しい。
頤和園の中にある人工池。そう・・・西太后がつくらせた人工池。その途方もないでかさから、当時、負担を強いられた人民の怒りや悲しみが容易に想像できる。


頤和園内。蘇州を模してつくられたという。西太后はどんだけわがままだったのか。
北京の中心街へ移動。そこのマーケットで見かけた世にも恐ろしいサソリ串。先のエビ串同様、完全に生きたサソリを刺してるだけなので、みんなものすごく動いている。焼いて食べるらしいが、ちょっと無理。後ろに見えるヒトデがアクセント・・・(笑)

ちなみに、動画はこのブログの下にアップしておきました。興味ある方はごらんください。

同マーケット内。蚕の串刺し。

夕飯は、北京ダックの老舗で食事。

いや、この北京ダックはうまかった。やはり北京で食べる北京ダックなだけある。

 滞在中のホテルの1階でみつけた壁のコンセント。微妙なズレ具合が、関心をひきまする。”中国らしい”と片付けるのは短絡的?
 滞在中のホテルの名は、天津日航酒店。昔は日本の会社が経営していたそうだが、いまは、完全にローカルの資本が入っているそう。ジムが充実しているのがとても有り難い。せめて、朝の5時くらいから使えると文句ないのだけれど。
 中国のことを中国人よりも知るわたしのちょっと太った先生によれば、レストランでサーブされるビールは必ず、栓が抜かれていないものだそう。理由は・・・。そう、抜いてサーブすると、テーブルに運んでくるまでに何が仕込まれているか、あるいは、仕込まれていないか・・・を証明できないからだそう。
 中国(天津)に来て思ったのは、中国映画で見る風景とだいぶ違うなということ。でも、ところどころ、そんな風景が転がっている。これがそう。
 天津では、1976年7月28日にマグニチュード7.5の大地震(唐山大地震)が起こったとのこと。日本に比べればさすがに地震が少ないが、それでもほんの30年前のできごと。幻想的に見える記念碑が残っている。
 お客様に弁当をごちそうになった。アタリハズレが大きいそうだが、明らかにわたしのときはアタリだった模様。フライとご飯・・・。おいしい弁当でした。
日本人向け焼き肉屋に行ってきた。高いけど、おいしい。おいしいけど、高い。なかなかジレンマをくれるお店でした。


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