不格好経営 ~チームDeNAの挑戦~
著者: 南場 智子(なんば ともこ)
発行元: 日本経済新聞出版社
■DeNA(ディー・エヌ・エー)の起業物語
本書は、オークションサイトやショッピングサイトを運営する株式会社DeNA(ディー・エヌ・エー)の創設者にして元社長、現在は同社取締役を担う南場智子氏が書いた、言わば”会社起業振り返り物語”だ。彼女が1999年に起業を決心してから、ディー・エヌ・エーを立ち上げ、社長の立場で東奔西走・活躍し、諸事情により役職を退くまでの密度の濃い10年間を振り返っている。
コンサルティング会社マッキンゼーを辞めて、ディー・エヌ・エー社立ち上げにいたった経緯や、資金集め・社名決めですったもんだした話、システム開発での大トラブル、競合他社に自社の広告を載せてしまった話、モバイルビジネスへのシフト、野球チーム買収、コンプライアンス問題、旦那の病気など、テーマはわんさかある。著者本人も認めているが、よくもまぁ10年の間に、これだけ色々な経験を詰め込んだものだ・・・と関心するほどだ。
■南場智子の言葉には勢いがある
本書の特徴は、2点ある。1点目は著者自身が述べている”とりわけ失敗体験に焦点を当てて書いた本である”ということだ。
『私はビジネス書をほとんど読まない。こうやって成功しました、と秘訣を語る本や話はすべて結果論に聞こえる。まったく同じことをして失敗する人がゴマンといる現実をどう説明してくれるのか。だから本書の執筆にあたっては、誰か遠い他人の仕業とおもいたいほど恥ずかしい失敗の経験こそ詳細に綴ることにした。』(本書 まえがきより)
ただしこの点については、特徴の1つではあるが本書最大の魅力とは言い難い・・・ということを付け加えておく。わたしの読書経験から言えば、たとえば柳井会長の「一勝九敗」や、渡邉美紀(ワタミ創設者)さんの「青年社長」、鈴木敏文セブン-イレブン創業者の「セブン-イレブン終わりなき革新」・・・あるいは孫社長の半生を描いた「あんぽん」など・・・実は成功体験より苦労体験に触れている本の方が多いといったからだ。
2点目の特徴・・・これこそが本書最大の魅力だと思うが・・・「他人の仕業とおもいたい」と彼女が形容するほどの失敗に対する彼女なりの総括が、気持ちいいくらい”単純明快”であることだ。これは、南場さんのバックグラウンドが超一流会社のコンサルタントであったことも寄与しているのだろう。彼女の発言はロジカルなだけでなく、哲学というか魂というか信念というか、生き様に何かこうしっかりとした一本の筋がとおっており、感じたこと・思ったことを、常にブレない視点で、シンプルな言葉を使って、はっきりと言い切っているのだ。
『しかし、DeNAを立ち上げてすぐに、会社はロジカルな人間だけでは少しも前に進まないことがわかってくる。事実、マッキンゼーのエース(自称)3人が1年で黒字化させますと宣言して会社をつくり、実際は4年も赤字を垂れ流したわけだ。コンサルタントの言うことは信用しないほうがいい。』
『ビジネススクールに行くことで人脈ができるのでは、ともよく訊かれるが、そうも思わない。逃げずに壁に立ち向かう仕事ぶりを見せ合うなかで気づいた人脈意外は、仕事で早くに立たないと痛感している。』(第七章 人と組織より)
■偶然の一致か必然の一致か
そんな本書だが、個人的感想を言わしてもらうと”ひさしぶりに気分が高揚した”感がある。また、冒頭で触れたように著者の南場智子氏をとても魅力的な人物だと思った。
その理由は先述したとおりだ。加えて、起業時に経験している内容がわたしのものとすごく似ていたから、という理由もある。やや余談になるが、たとえば、南場さんがコンサルタント出身であり、MBA経験者であるということ。格は全然異なるが、私もそうだ。また、南場さんが起業してまだ間もない頃、寝起きする真横にサーバをおいていつでも再起動できる体制をとって寝ていたということ。わたしも、奈良でISP起業に参画したときは同じ経験をしている。さらに、社内で過激なダイエット競争を繰り広げていたという話。実は自分自身がダイエット競争に参加してたわけではないのだが、同僚が目の前で、全く同様の”やり過ぎ!”とも思える熾烈なダイエットバトルを行っていた。最後に、人の採用に関して、とある大きな誤解から、大切な人との間に大きな摩擦を生じさせてしまったという話。これも全く一緒の経験がある。
質と規模において南場氏のそれと比べるべくもないが、自分と驚くほど似た経験を持つことに、ものすごく親近感を覚えてしまうのだ。そのせいで本書については客観的な評価ができていないかもしれないので、その分は差し引いて評価していただいて構わない。
■失敗を追体験できる貴重な教科書
本書は当然、会社の経営者・・・とりわけ起業に興味がある人なら読むべきだ。起業について学びたければ、さっさと起業して自らが失敗経験をするのが一番いいわけだが、人生には終わりがあり、失敗を重ねられる回数にも限りがある。だからこそ、こうした先人たちの体験をフル活用すべきだと思うのだ。だから、読むことをお勧めする。
なお、時間に余裕があるのなら、他の起業家たちの本との読み比べをしてみてはいかがだろうか。そのほうが、起業家たちの特徴が際立つし、そこに新たな”気づき”が生まれることも少なくないからだ。たとえば、ファーストリテイリングの柳井さんの本を読んでいたときは、良くワンマン経営と揶揄されるように、柳井さんばかりが読者の視野に入る印象だった。が、南場さんの本では、南場さん本人だけでなく、固有名詞で語られる強く頼もしい仲間が頻繁に登場する。両起業人の信条の違い、アプローチの違いの現れなのだと感じる。かと思えば、起業時の金銭面での苦労や、人の採用における苦労なんかは、両者ともに非常に似ていたりする・・・。このように色々な気づきを得ることができる。
とにもかくにも、まずは失敗の追体験本として、南場智子氏のディー・エヌ・エー起業物語を対象に選んでみてはいかがだろうか。わたしのイチオシ本だ。
【著名な経営者の体験を描いた本という観点での類書】