2018年8月12日日曜日

書評:V字回復の経営 〜2年で会社を変えられますか?〜

本書の帯にはシリーズ累計60万部、いや80万部とある。もっと売れていてもいいのでは? それが私の率直な感想だ。

V字回復の経営 〜2年で会社を変えられますか〜



●企業再生のケーススタディ
東証一部上場で売上高3200億円。太陽産業である。その太陽産業が抱えるアスター事業は赤字を拡大させていた。これまで幾人かに事業の立て直しを命じてきた。コンサルを入れて改革を行おうとしたこともあった。いずれも失敗に終わってきた。どうするのか。香川社長は、最後の切り札を使うことを決心する。東亜テックの立て直しを成功させた東亜テック社長、黒岩莞太を送り込むことだ。黒岩莞太は快諾。2年で立て直せなければ、責任を取るという背水の陣で臨む。果たしてV字回復できるのか、どう立て直すのか、どんな壁が立ちはだかるのか、その難局をどう乗り越えるのか…。

●なぜ誰しもが読むべきか
本書が最高の本の1冊である理由として、4つ挙げることができると思う。

1つは、会社経営の本質に迫る題材であることだ。私自身、コンサルタントとしていろいろな企業に入り込む機会が多いが、ぶつかる壁やその組織に感じる課題について、本書が指し示す内容とほぼ一致している。文中に登場するフレーズの中でいくつかの例を以下に挙げておこう。
  • 企業戦略の最大の敵は、組織内部の政治性である
  • 激しい議論は、成長企業の社内ではよく見られが、沈滞企業では大人げないと思われている
  • 計画を組む者と、それを実行する者は同じでなければならない
  • 本来なら社長を首にすることもできるはずの権威ある取締役という職位を、ここまで堕落させたのは日本だけだ
2つには、話がリアルな題材に基づいているものであることだ。本書のプロローグでも著者が言及している。「本書のストーリーは、私が過去に関わった日本企業五社で実際に行われた事業改革を題材にしている。この五社は、いずれも東証一部上場企業ないし、同等規模の会社である。」と。機密情報保護の観点から、手を加えて架空の会社に仕立ててはあるが、骨組みはリアルに起きた事例に基づいている。

3つには、そうしたリアルな成功・失敗体験を追体験できることだ。同著者の著書「戦略プロフェッショナル」もそうだったが、小説仕立てになっており、読んでいくだけでV字回復を目指すタスクフォースメンバーの視点に立つことができ、あたかも自身がその場にいるかのような感覚になれる。リアルな現場にいなくても、それが経験できる・・・得した気分になれる。

4つには、純粋に小説として面白いこと。おそらくリアルだから余計にそうなのだろうが、読み物として普通に面白い。経営、赤字、V字回復・・・といったワードが踊る本は何かと重たそうで読む気が起きないが、著者の文章への落とし方が上手なのか、楽しく読める。

●なるほどと思う瞬間
おそらく読む人のバックグラウンド、つまり役職や経験などによって「なるほど」と思う瞬間は様々だろう。

たとえば、私が、最も「なるほど!」と思った瞬間の1つは、「攻めの成長会社では、ラインの責任者が自ら議事を組み立て、自ら進行を取り仕切り、自ら問題点を指摘し、自ら叱り、自ら褒めることをしている」というフレーズだ。偉くなってくると、ついついOJTという名の下、他の人に議事進行を任せてしまうことがある。それでいて進め方にイライラする・・・なんてこともよくある。

また、「一、二年で変わることのできない組織は、五年経っても、十年経っても、変わりっこない」というフレーズにも心を打たれた。組織文化を変えるのは時間がかかる作業であり、「3年、5年、10年スパンで考えるべきだ」とはよく言われることだ。でも、そうしたフレーズが、頑張らない言い訳に使われてしまっているということも確かにあるだろう。

さらに、「戦略内容の善し悪しよりも、トップが組織末端での実行をしつこくフォローするかどうかのほうが結果に大きな影響がある」というフレーズも強く印象に残った。部下は数字につながることばかりを優先しがちだが、そもそも戦略は「明日」というよりも「来週」「来月」「来年」を意識したものが多く、どうしても推進力が弱くなりがちだ。かと言って、子を叱る親のようにしつこく「やったのか?」「やれてないのか?」「何がハードルなんだ?」など聞いていると、相手をうんざりさせてしまうし、果たしてトップがそこまで突っ込むべきかという疑問もある。「突っ込むべきなのだ」というのが著者の解だ。

最後に、これは普段から自分が持っていた疑問に対するヒントをもらえたなということなのだが、著者による次のような指摘だ。「日本企業で経営者が育たないのは、優秀な人財を機能別効率化の世界に放り込んだまま、晩年になるまで「創って、作って、売る」の全体経営責任を経験させないからである」。私もいろいろな組織に入り込んで「次世代の経営者が育ってないんだ」という悩みを耳にしてきた。これが商社や銀行の場合だと子会社をたくさん持っているので、そこに送り込んで経営を経験させるということもできる。だが、子会社を持っていない組織はどうすればいいのか・・・そう思う人達も多いはずだ。子会社を持たずとも、組織のあり方一つで、経営責任をもたせる・学ばせるということはできるのだ・・・本書を読んだおかげで、それを改めて実感することがでけいた

●執行役員クラスはぜひ読んでおきたい

会社の一人ひとりが、会社の命運を握っていることに鑑みれば、自分の職位がどうであるに関係なく、会社で上に上がることを目指した社員全てが対象読者と言えるだろう。ただ、組織でそれなりに権限や責任を持っており、影響力がある立場の人、すなわち、事業部長や執行役員以上は絶対に読んでおくべき本だろう。特をすることはあっても、読んで損をするなんてことはないはずだ。


【類書】
戦略プロフェッショナル(三枝匡)

0 件のコメント:

書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...