2013年12月30日月曜日

書評: 「空気」を変えて思いどおりに人を動かす方法

「空気」を変えて思いどおりに人を動かす方法
著者: 鈴木 博毅
発行元: マガジンハウス

レビュープラス様から献本いただきました


■KYにならないためのすすめ

誰しも「KYな人(=空気が読めない人)」とは言われたくない。少なくとも「空気が読める人」くらいにはなりたいもの。本書は「空気を読める人」になりたいという人はもちろん、「空気を変える人」になりたいという人の望みをかなえる指南書である。ところで、そもそも「空気」とは何だろうか。

・空気が読めない
・空気に飲み込まれる
・空気を変える
・空気を支配する

本書では、こうした表現にも使われる「空気」を「ここで”それは検討しません”という暗黙の了解(ルール)のこと」と定義している。つまり、「空気が読めない」とは、「暗黙のルールが何かがわからない」、「空気を変える」とは「暗黙のルールを変更する」となる。本書を読んで「暗黙のルール」を理解し、ひいてはそれを自由自在にコントロールできるようになる術を学ぼう・・・というわけだ。

■空気を支配できれば、全てを支配できる

本書を読みはじめると、とにかく本書・・・いや「空気の動かし方」一つで世の重要なこと全てをカバーできてしまうという気にさせられる。事実、本の帯には「人間関係を新しい視点で捉えられるようになる」、「スポーツや試験で勝負強くなれる」、「会議やプレゼンを段取りよく進められるようになる」、「婚活や合コン、結婚生活がうまくいくようになる」、「リコール対策が迅速にできる組織になれる」・・・などと書かれている。私たちが日々直面する様々なシーンに活用できると本は唄っているのだ。

で、そんな素敵なワザを、どのように指南してくれているのか? 著者は、いわゆる「空気」を4パターンに分けることができるとし、それぞれのパターンについて攻略方法を解説している。なお、そのパターンとは次の4つである。

・問題への「問い」を設定することで生まれる「空気」
・体験的な思い込みに固くこだわることで生まれる「空気」
・検証、測定による偏った理解に固執して生まれる「空気」
・選択肢を限定してしまうために生まれる「空気」

パッと見ると難しく思えるが、この4パターン・・・何か共通点があることに気がつかないだろうか。そう、良く観察してみると・・・「思い込み」・・・という共通キーワードが浮かび上がってくる。つまり私なりに分かりやすくまとめさせていただくと、「空気」は「思い込み」の産物であり、そしてこの「思い込み」は、上記4つのいずれか(たとえば過去体験など)がきっかけで生まれるものであり、そこを特定した上で攻略できれば怖いものなんてない・・・そう著者は言っているのだ。このような論理で攻められると、確かになんとなく「空気を支配できれば、全てを支配できる」という気になってくる。

■好き嫌いが分かれる本

さて、本書に対する率直な感想だが、正直、評価は難しい。どちらかと言えば、私にはあまり感動がなかった。ただ、Amazonをはじめ、結構な数の書評家たちから高評価を得ているような感じなので、きっと好き嫌いが分かれる本なのだろうと思う。

ちなみに、私になぜ感動が少なかったのか。1つには、本を手に取った直後こそ、「空気」という切り口を斬新に感じたものの、読み進めるにつれ、「あれ!?なんか似た切り口の本があったな」と気がついたからだ。そう、書きっぷりこそ異なるが、「間(ま)」をテーマにしたビートたけしの著書「間抜けの構造」と、イメージが重なる部分が少なからずあるように思ったのだ。

また、もう1つには「空気を動かす術を学ぶことで世の中の多くの問題を解決できますよ」という著者のアピールは確かに魅力的だと思ったが、無理に「空気を動かす術」で全てを語ろうとし過ぎた感があり、かえってわかりづらく感じる部分があったからだ。著者が「思い込み」を生じさせる4パターンのうちの1つとして挙げている”問題への「問い」を設定することで生まれる「空気」”が良い例だ。これは「モノゴトの上辺だけを見て課題設定をするのではなく・・・その裏に隠れた真の課題を見つけだそう」・・・と、こういう意図なのだが、この考え方は、いわゆるイシューベースアプローチと呼ばれる有名なものだ。大前研一氏の「質問する力」でも出てくるし、先日読んだ「イシューから始めよ(安宅和人著)」でも言及されている。こうしたテーマをなにも、無理に「空気を動かす術」というテーマのもとに書かなくても・・・という気がしたのだ。

散々な辛口を書かせていただいたが、先述したようにおそらく好き嫌いが分かれる本なのだと思う。つまり、私のようにこういった類の本を何冊も読んでいる人には、向いていないのだろう。逆に、普段からあまりこういった啓発本を手に取ったことがない人であれば、私のようにひねくれた見方をすることもなく素直に楽しめて読めるのだと思う。


2013年12月21日土曜日

書評: 消費税が日本を救う

賛否両論ある話題は、片方の意見だけを聞くと、正しい判断ができない。やはり、両方の意見を聞かないと・・・。そして、賛否両論ある話題の1つと言えば「消費税」だ。先日は「消費税のカラクリ」という反対派の人の本を読んだ。そんなわけで今回は、賛成派の人の本をば・・・。

消費税が日本を救う
著者: 熊谷 亮丸
発行元: 日経プレミアシリーズ


■消費税賛成の理由をとことん語る


内容は、ご推察のとおり。消費税賛成を唄う本だ。著者の熊谷亮丸(くまがいみつまる)氏は、大和総研のチーフエコノミスト。為替アナリストとしてあの有名な「ワールドビジネスラテライト」レギュラーコメンテーターを務めているとのこと。要するに、有名かつ人気あるその道の専門家が書いた本というわけだ。

無謀と知りつつ、著者の主張をあえて一言にまとめさせていただくと「日本の借金は限界に来ているから、税収を増やすのに効率的・効果的な消費税を導入するべき」となる。

日本の借金が限界に来ている理由について、たとえば著者がどんな発言をしているかというと、「日本の借金を背負ってくれている日本国民自体の財布が危険水域に到達しつつあること」、「実際に破綻したギリシャや破綻しそうになったスペイン、ポルトガルに共通する双子の赤字が、日本にも差し迫っているということ」などを述べている。また、消費税を効果的・効率的な手段と考える点については、「実際は比較的、景気変動に左右されにくい税制であるということ」、「若者より裕福といわれながら税を納める機会の少ない高齢者からもお金を徴収できるという点で公平性が強いこと」などを理由に挙げている。これらは一例だが、著者は、こうした発言に対して様々な角度からデータを集め、論拠を用意している。

もちろん、本書の中では、消費税反対派が一般的に取り上げる理由(「益税・損税」や「景気への影響」問題など)に対しても、しっかりと反論を行っている。

■本書の魅力はどこにある?

本書の魅力は3点ある。1つ目は、消費税賛成派の意図のほぼ全てを、おそらくはこれ一冊読めばカバーできるという点だ。本書が、消費税に賛成の理由、また、消費税反対派に与しない理由・・・について幅広く触れていることは既に述べたとおりだ。

2つ目は、この本が2012年6月に出版された本であるという点だ。そう、自民党への政権交代が行われたのは2012年12月なので、6月と言えばまだ民主党政権下の時期。暗いニュースばかりが広がり、野田前首相は消費税アップに躍起になり・・・そんな時期だ。安倍首相になり、円安が進み、株価が15000円を超え、東京オリンピック開催が決まり・・・さて、政権交代前に書かれた予想が、この状況下にいたってどこまで当たっているのか・・・そう考えると、おもしろく読める。ちなみに、わたしは、結構当たっているように思うのだが。

3つ目は、消費税の本にしては、そこそこ分かりやすいという点だ。私にはちょうどいいレベル感だ。大事な箇所は太字+下線が引かれており目立つような配慮がなされている。各章のおわりには、必ず「その章で訴えたかったこと・重要なこと」を約1ページの中にまとめてくれている。ただし、わかりやすいと言っても、池上彰さんほどのレベルではないので、そこはご注意いただきたい。

■本書を持ってして読者なりの答えが導き出せるか?

本書の意義はなんだろうか。至極一般的な結論で恐縮だが、いろいろな物事をより深く考えられるようになった・・・という点だろう。ただし、「消費税増税の是非」に関しては、自分なりの答えを導き出す・・・というところまでにはいたらなかった。

いろいろな物事を深く考えられるようになった・・・一例を挙げよう。たとえば本書読了後に、たまたま読売新聞に掲載されていた消費税増税に関する論説を目にしたときのことだ。そこでは確か、経済学者(飯田泰之氏)が「消費税を上げると景気に影響がでるから、このタイミングでの消費税増税は望ましくない」という発言をされていた。ところが前出のとおり、本書では「消費税アップは景気に影響が出るという証拠はない(=景気への影響はほぼない)」と唄っている。というわけで消費税増税賛成派と反対派の意見のすれ違いの1つはここにあるのだな・・・と改めて気づいたわけだ。どっちが正しい・正しくない云々は別にしても、まず、こうした専門家の発言に、少なからず、自分の脳みそが反応できるようになれた・・・というのはまことに本書のお陰である。

では、本書を読むことで「消費税増税の是非」に関して自分なりの答えが出たか?・・・というと、正直、そうは言えない。前の段落で取り上げた一例「景気への影響のあるなし問題」に代表されるように、賛成派・反対派・・・どっちの主張にもまだ疑問がいっぱいあるからだ。ちなみに、「消費税増税の是非」についての答えはまだ出せないが、「消費税の是非」については是だと改めて思った次第だ。「消費税のカラクリ」の主張はもっともだが、やっぱり得られるメリットのほうが大きいように思う。

さて、このように本書を読めば、自分の納得できる答えが必ずしも見つかるわけではないが、少なくとも、その答えを見つけるための最初の一歩として一役買ってくれる本であることに間違いないだろう。


【消費税という観点での類書】

2013年12月13日金曜日

書評: 消費税のカラクリ

2014年4月から消費税が8%になる。その後、順当にいけば、すぐに10%になる。無関心ではいられないハズだ。

消費税のカラクリ
著者: 斎藤 貴男
発行元: 講談社現代新書



■消費税アップ、いや、消費税そのものに反旗を翻す本

「(消費税について)訳知り顔の講釈が、街のあちこちから聞こえてくる。問題は、そう語りたがる人々が、消費税という税制の本質を少しでも理解できているのかどうか、という点だ。一人一人に問いただすことはできないが、一般の主要な情報源であるマスコミが、いつの間にか消費税増税派ばかりになっていた事実だけは明白である。」

そんな書き出しからも容易に推察されるように、本書は消費税アップに強く異を唱える本だ。消費税のアップ・・・いや、アップどころか消費税そのものの悪い部分・・・それも世間一般にはあまり広く知られていない負の側面に対して、スポットライトを当てている。

■税収アップの手段としての有効性に疑問を投げかける


「視界が開けた感じがする」・・・それが本書を読み終えたときのわたしの素直な感想だ。それは本書の論点が、今まで目にしてきたメディアのそれとは大きく異なるからだ。

メディアのそれと、どう異なるのか。一般的な消費税の論点は、税率や税率アップのタイミングに終始する。とりわけ、ここ最近は「消費税アップは必要不可欠だ。問題はそのタイミングだ」というように時期を問題にした論戦が多い。2014年度からの消費税アップに賛成する人たちの多くは「このままでは現在の福祉水準を維持することができなくなるから」とか「日本の世界に対する信用問題につながるから」とかといったものだ。逆に消費税アップに賛成しない人たちの多くは「長いデフレからようやく脱却する足がかりをつかみ始めたのに、その芽を摘み取るなんてありえない」というものだろう。しかし、本書の論点はそこではない。本書は、税収アップの手段としての消費税の有効性に疑問を投じているのである。消費税の有効性・・・これこそが著者が本書の中で首尾一貫して掲げている論点であり、本書最大の特徴でもある。

なお、著者が消費税を「ダウト!」と叫ぶ理由にはおもに2つある。1つには、そもそも消費税は、税率アップ=税収アップとは言いづらい、極めて非効率な手段であることを挙げている。「消費税は、国税のあらゆる税目の中で、最も滞納が多い税金なのである」というクダリを読んだときに、私自身少なからずびっくりしてしまった。そして2つ目には、消費税は、大企業を保護し中小企業をイジメる不公平な環境を生み出すものであることを理由に挙げている。なるほど、中小企業は日本の強さの源だ。日本国全体の企業数の99.7%、従業者数の7割、付加価値額(製造業)の5割強を占めており「日本経済の基盤そのものを形成している存在」といっても過言ではない。消費税が、そんな中小企業イジメにつながっているという点は決して見過ごせるものではない。

■消費税に少しでももの申したいなら・・・

ユニークさが際立つ本書だが、決して奇をてらった的外れな本ではない。論拠がしっかりしており説得力がある。そんなわけで、社会問題に興味がある人は言わずもがな、消費税アップの是非に何らかの意見を持つ人であれば、その意見の誤りをただすためにも、意見の質を上げるためにも、ぜひ、読んでおきたいところだ。

なお、誤解のないように言っておくが、別にわたしは本書の宣伝を通じて世の皆さんに消費税に反対してほしいという考えを持っているわけではない。実際のところ、わたし個人的には、本書を読み終えた今でも「消費税アップはやむなしかな」という考えを持っているくらいなのだから。

ただ、本質を知らずして意見するのはあまり健全でないように感じてしまうわけで・・・本質を理解し、それに基づいて自分の意見を持つ人が増えれば、それだけで社会は少しずつ良くなっていくような気がするのだ。いかがだろうか。


2013年12月4日水曜日

書評: イシューからはじめよ

「マッキンゼー流 入社1年目 問題解決の教科書」「ハーバード、マッキンゼーで知った一流にみせる仕事術」「マッキンゼー式 世界最強の仕事術」「マッキンゼー流プレゼンテーションの技術」等々、最近、マッキンゼーを冠にした出版が急激に増えてきた。マッキンゼーブランドここに極まれり・・・といった感がある。正直言うと、同じような性質の本をやや見せ方を変えて発売しお金をとるやり方に反抗心を覚える一方で、商売が上手だなとも思う。こんなこといいながら私も結局、複数の本を買っちゃってきたわけだし・・・。 

イシューからはじめよ
著者: 安宅和人(あたかかずと)
発行元:英治出版 



■コンサルタントの王道ワザ、イシューベースアプローチの伝授本

本書は、超一流コンサルティング会社、マッキンゼー・アンド・カンパニーにプロのコンサルティング流儀を学んだ著者が、そのノウハウを懇切丁寧に解説している本だ。ここで言う「プロのコンサルティング流儀」とは、イシューベースアプローチとも呼ばれるものだ。今までに経験がない、情報がない、そんな未知の問題に直面したときでも、効果的効率的に最善のアウトプットを出すためのワザだ。

このアプローチを使えば「日本にマンホールはいくつあるか?」「日本に走っている電車の数は?」など!!!???と思える質問でも、論理的に・・・しかも高速に、制約条件下での最適解を求めることができる。これらはもちろん極端な例だが、「シカゴで売っているピザの枚数は?」などといった突拍子もない質問に答えられるようにしよう!ということではなく、イシューベースアプローチをビジネスシーンに適用して仕事の生産性を上げようじゃないか・・・というのが、このワザの・・・いや、本書の狙いである。

■イシューベースアプローチ講座があればテキストになり得る!

講義を受けているような感じで読み進めることができる・・・というのが本書最大の特徴と言えるだろう。もしイシューベースアプローチという名の講座が大学にあるならば、この本を教科書にしてもいいかもしれない。プロのコンサルタントが書いた本ということもあり、章構成はきわめて合理的な建て付けになっているから、章1つ1つがちょうど講座一回分になるイメージだ。

序章: この本の考え方 ~脱「犬の道」
1章: イシュードリブン ~「解く」前に「見極める」~
2章: 仮説ドリブン① ~イシューを分解し、ストーリーラインを立てる~
3章: 仮説ドリブン② ~ストーリーを絵コンテにする~
4章: アウトプットドリブン ~実際の分析を進める
5章: メッセージドリブン ~「伝えるもの」をまとめる~

加えて、本書が講座教科書に適しているように見えるのは、著者がイェール大学の脳神経科学で博士号(PhD)をとった背景が寄与している面もあるだろう。ほぼ全ての講義ポイントにおいて、著者の主張を裏付けするため、何らかの事例が引き合いに出されているが、マッキンゼー時代や、大学院時代に学んだ脳科学の知識・経験に基づくものが少なくない。ややもすると、多少アカデミック色が色濃く出る場面があり、抵抗感を生じさせる場面があるかもしれないが、多くの場面において、そうした事例が極めて明快かつ論理的であり、説得力がある。

『インパクトがあるイシューは、何らかの本質的な選択肢に関わっている。「右なのか左なのかというその結論によって大きく意味合いが変わるものでなければイシューとは言えない。すなわち、「本質的な選択肢=カギとなる質問」なのだ。 科学分野の場合、大きなイシューはある程度明確になっていることが多い。僕の専門である脳神経科学の場合、19世紀末における大きなイシューのひとつは「脳神経とはネットワークのようにつながった巨大な構造なのか、それともある長さをもつ単位の集合体なのか」というものだった。』(本書 イシュードリブンより)

■多くの類書・・・さてどれを選ぶ?

さて、こんな特徴を持つ本だが、どういった人向きだろうかとハタと考えてしまう。というのも、冒頭で触れたように、イシューベースアプローチを解いた本は、タイトルこそ違えど、たくさんあるからだ。

結論を言えば、もし、イシューベースアプローチを解いた類いの本をこれまでに読んだことがなくて、「上記特徴を持った本が自分は好きだ」という人なら、買い!だろう。言い換えると、イシューベースアプローチを解いた本は、本書を含め、コンサルティングのプロが書いた本ならどれか一冊を読めばそれで十分なのではないかと思う。なぜなら、技術の習得において、文字から得られるレベルには限界があるからだ。本書評の最後は著者自身の次の言葉で締めくくりたい。

『結局のところ、食べたこともないものの味はいくら本を読み、映像を見てもわからない。自転車に乗ったことのない人に乗ったときの感覚はわからない。恋をしたことのない人に恋する気持ちはわからない。イシューの探究もこれらと同じだ。「何らかの問題を本当に解決しなければならない」という局面で、論理だけでなく、それまでの背景や状況も踏まえ、「見極めるべきは何か」「けりをつけるべきは何か」を自分の目と耳と頭を頼りにして、自力で、あるいはチームで見つけていく。この経験を1つひとつ繰り返し、身につけていく以外の方法はないのだ』(本書 おわりに より)



【一流のコンサルタントが使うワザを学べるという観点での類書】
マッキンゼー流入社1年目 問題解決の教科書(大嶋祥誉著)
質問する力(大前研一著)
マッキンゼー流 図解の技術ワークブック


2013年12月1日日曜日

書評: 爆速経営 新生ヤフーの500日

最近の話だが、本当に偶然、ヤフージャパンの本社を訪れる機会があった。受付を通り抜けると、眼前に現れるる会議室のガラス窓には大きく”爆速”と書かれていた。それがとても印象的だった。ヤフージャパンは老舗とはいえない会社だが、創業は1996年。昨日今日に、立ち上がった企業ではない。にもかかわらず一歩足を踏み入れると、とてつもない活力を感じる。最近、 ヤフオクの出店無料化をブチあげるなど、メディアをもにぎわせている。この会社に、一体何が起こっていると言うのだろうか?

そんな疑問を持った矢先に、これまた偶然、手元に届いた一冊の本・・・。

爆速経営 新生ヤフーの500日
著者: 蛯谷 敏
出版社: 日経BP社
レビュープラスさまからいただきました

■ヤフー生まれ変わりの謎に迫った本

本書は、宮坂社長率いる若手経営陣達が、決して悪くはない・・・いや、むしろ立派な経営状態だった組織に、何を理由にどんな大胆なメスを入れ、どうやって大きな変革を起こし、そして、結果を出したかを、描いたものだ。著者の蛯谷氏が、2012年4月の宮坂氏のCEO就任から2013年末頃までの約1年半にわたって続けた取材に基づいている。

ところで、このようないわゆる”経営者物語”には、 2種類ある。1つは、経営者本人が書くもの。柳井正ファーストリテイリング会長兼社長が書いた「一勝九敗」DeNAの元社長、南場智子氏の「不恰好経営」などはこれにあたる。もう一つは、本人以外の者が第三者目線で描いたもの。先日読んだソフトバンク孫正義社長の「あんぽん」ローソン社長の新浪剛史氏を描いた「個を動かす」がそうだ。本書は後者だ。

■スーパーマンではないがスーパーな結果を残す宮坂社長が読者にもたらすもの


DeNAの南場智子氏の本は素晴らしかったが、本書も負けず劣らず秀逸だ。第三者目線で書かれているにもかかわらず、経営陣たちの熱気がムンムンと伝わってくる。紙の上に書かれた文字を追っているだけなのに、情熱を感じた。学びもたくさんあった。

私にとって最も興味深かったことは、印象に残った言葉の多くが、実は主人公の宮坂社長自身が発したものではなく、宮坂社長が他の経営者からもらい、感銘を受けたものばかりであるという事実だ。思うに、これは宮坂社長の立場が、私のような凡人とシンクロしやすかったからではなかろうか。本書を読むに、宮坂社長の前任者である井上前社長は、一言で言えば天才でありスーパーマン的存在であったようだ。これに対して著者は、宮坂社長を「実直さ」と「親しみやすさ」、そして「執着心」の3つの言葉で表現している。宮坂社長の存在を私たち読者の立場に近い、と公言するのはおこがましいとは思うが、少なくとも柳井ファーストリテイリング会長や、南場DeNA元社長、あるいはヤフー井上前社長に比べると、むしろ我々読者に近い親しみのおける存在と言えるのだ。

だからなのか、本書を読んでいると、いつも以上に、自分にもできそうだ。自分でもやってみるべきだ、やってやろう!という気にさせられる。幾つか例をあげておきたい。

新生ヤフーの経営陣をどうするかで宮坂社長が悩んでいた時に、仲間が名著「ビジョナリーカンパニー」から引っ張ってきた言葉・・・「大事なのは、誰をバスに乗せるかである」そして、宮坂社長が現場にできるだけ権限を与えるようになったきっかけとして挙げた言葉・・・「永守さんは、経営者には2つの要素しかないと言うのです。 1つは、いかに多くの意思決定をするかということ。もう一つは、いかに早く挫折を経験するかと言うことです」いずれも単純だが含蓄のある言葉だと思った。言い換えれば、当たり前に聞こえるほどシンプルだが、実は私も含め、実践できていない人が多いというふうに感じたのだ。

さらに、ヤフージャパンの新しい”信条”を組織に定着化させることを考える場面で登場した言葉・・・「Facebookから良いアドバイスをもらったのは、会社の価値観を作るんだったら、人事評価にそれを持ってこないと定着しないということでしたちょうど自分も会社で信条を作り上げ定着化させようとしていたところでだったので、本当にハっとさせられた。単純と思われるかもしれないが、早速自分の会社でもこれを実践しようと試みているところだ。

■経営に携わる人たち、経営の立場を目指す人たちに

さて、最後に、冷静に本書の評価をまとめたおきたい。他の類書にも言えることだが、本書は決して奇抜なことを紹介してあるわけではない。新生ヤフーの経営陣達に、何かとてつもないユニークさを期待して読むとがっかりするだろう。

ただ、先に挙げた私自身の例からおわかりいただけるように、ヤフー経営陣たちと、立場がぴったりと当てはまる読者であれば、間違いなく、とても面白く読める本だ。すなわち、会社の経営、もしくは経営になる幹部の立場にある人、また、これから起業しようとしている人・・・には、強くおすすめしたい本である。

「巨漢だったヤフーがたった500日で、ここまで変われたんだ、だから僕らも変われるはずだ。」

きっとこう思わせてくれるハズだ。それが本書最大の価値である。


【一定の成功を収めた経営者を・が描いた本という観点での類書】
セブン-イレブン終わりなき革新(田中陽著)
個を動かす ~新浪剛史、ローソン作り直しの10年~(池田信太朗著)
不格好経営 ~チームDeNAの挑戦~(南場智子著)
ユニクロ帝国の光と影(横田増夫著)
一勝九敗(柳井正著)
あんぽん ~孫正義伝~(佐野眞一著)


書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...