2014年1月2日木曜日

書評: 住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち

妻がイギリスの市民病院で妊娠・出産したときのこと。日本では妊娠8週目から出産間際まで頻繁にエコー写真を撮るが、イギリスでは出産までに3回程度しか撮らない。日本では出産後1週間近く入院しているが、イギリスでは翌日に退院するというのは珍しくない。イギリスの医療はなんてひどいサービスなんだ、と思ったものである。その後、現地在住の日本人医師とこの件について意見を交わしたとき、彼はこういった。「イギリスの方が合理性という点では理にかなっている(つまりそんな頻繁に写真撮っても出産の成否には影響しない、という意味だ)。それに出産は”病気”じゃないんだから、1週間も滞在している必要はないのさ」と。どちらの国が良い・悪いは別にして、なるほど「外国に住むと見識が広がる」ってこういうことなのか・・・と実感した瞬間だった。こんな感じで日本にいながらにして、そんな見識の広がりを持つことのできる本がある。

住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち
著者: 川口マーン恵美
発行元: 講談社プラスアルファ新書



■ドイツと日本の良い面・悪い面を比較紹介した本

本書は、ドイツ在住30年の日本人が、ドイツと日本の良い面・悪い面を比較紹介した本だ。著者は川口マーン恵美氏。彼女は大阪で生まれたれっきとした日本人女性であり、これまでにドイツに関わる書籍を何冊も書いている作家さんだ。彼女のことを知らない人は「いったい何者?」「徒然なるままに書いた生活エッセイ?」「そんな人が書いた本がおもしろいの?」と思うかもしれない。事実、私もそのような懐疑心を持ちながら本書を手に取った一人だ。が、これがなかなか・・・いや、かなり読み応えがある。

日本の学校にはクラブ活動があるが、ドイツには教師のやる気の問題もあって存在しない、という話。日本では何事も選択肢試験が多いが、ドイツでは筆記試験など丸暗記では太刀打ちできない試験が圧倒的に多い、という話。日本では、年配者がスーパーの駐車場の前で車の誘導をしている姿を良く見かけるが、ドイツではそのようなことをするドイツ人を絶対に見かけない、という話、等々・・・その違いを読んでいるだけでも、驚きの連続である。

■幅広い分野における比較と鋭い考察が本書の魅力

比較は特定分野にとどまらない。教育分野を皮切りに、政治、社会、ビジネス、経済、生活へと話は広がる。たとえば、政治では領土問題の話が登場する。日本の「尖閣諸島」のような話がドイツにもあるのだ。また、社会では原発問題が取り上げられている。ドイツは日本のフクシマ事故にいち早く反応した国の一つである。距離は10,000キロ近く離れているが、原発問題への認識の高さは日本のそれに近い。さらに、ビジネスにおいては勤務時間に対する意識の違いについて言及されている。「日本の常識がドイツの非常識」と言える典型がそこには存在する。そのほか、経済では関税の話、生活では公共交通機関の話など、テーマは多方面にわたる。

比較に加え、著者の鋭い考察も本書を魅力的なものにしている要因の一つと言えるだろう。たとえば、ビジネスマンがとる有給休暇について次のような話が登場する。「日本人は1回あたりせいぜい数日間の休みをとる程度だが、ドイツでは3週間まとめてとる人が多い。しかも病欠=有給消化にはならない。」

単純に比較すればどう考えてもドイツの圧勝だが、コトはそう単純ではないらしい。ドイツ人のきまじめ気質がアダとなって休暇と言えど、みっちり休暇プログラムを組むため、休暇はリラックスにもリフレッシュにもなっていない。昨今、ドイツ人の間に燃え尽き症候群が広まっているらしいが、実はこの休暇が原因になっているのではないか、とは著者独自の見解。納得感のある鋭い指摘だと思う。

■グローバル力を身につけるための良書

ドイツと日本の違いを理解することで、”いいとこどり”をできるのが、本書が我々にもたらす意義の1つだと思う。著者曰く、ドイツでは小学校のときからペンで書かせるのだそうだが、これは文章を書く良い訓練になる、と言う。消しゴムを使えないということは、頭の中であらかじめ文章がまとまっていなくては書き始めることさえできないからだ。ならば、我が子にそういった機会を与えることを考えてみても良いかもしれない。

本書のもう1つの意義は、グローバル力を身につけるためのインプットになりえるという点だろう。わたしは真のグローバル力とは、世界の人とコミュニケーションができる力だと思う。そしてコミュニケーション力の中には、自分の国の良さを海外の人に伝えられる力も多分に含まれていると考える。本書を読めば、まさに日本にいながらにして日本の良さを理解できるのだ。本書のタイトルにもあるように、ドイツと日本を同じように深く知る著者が冷静・客観的に比較して出した答えが「8勝2敗で日本の勝ち」というのだから、日本の良さを知るのにこれほどうってつけの本はないのではなかろうか。


【海外から見た日本という観点での類書】
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