2021年3月28日日曜日

書評:ゲンロン戦記

まったく読むつもりがなかったが、東浩紀さんをNewsPicksでみかけて、「あ、この人、面白い人かも」とおもって手を出すことに決めた。ちなみに「なにを面白いと思ったか」というと、効率性や合理性が志向される現代において、非効率性や非合理性の中にこそある本質について鋭い考察をしていたからだ。しかも、彼の発言姿勢にはあまり裏表を感じない。

ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる (中公新書ラクレ)

そんな人が「自分で会社をやってみて、とにかく色々と失敗した。それを赤裸々に書いてある」というのだから、きっと変な脚色なくいろいろな事実をしっかりと地味に書いてくれていそうだ。そう思った。

実際、地味だ。でも、その地味さがいい。彼の心情が素直に入ってくる。中身については、すごく目新しいことが書いてあるのかといえば、厳密にはそうではない。ただ、当たり前の落とし穴について事例を克明に語ってくれている。では、当たり前の落とし穴とはたとえばどんなことか。それは、いくら信頼していても経理を任せっぱなしにすれば、経営がぼろぼろになること、利益の見込みが立たないのにコストをかければ経営が傾くこと、とか、そういったことだ。

でも、事例が地味で鮮明なので、(彼が述べているように)今後、同じように会社経営をする人にとってはす、ごくイメージがしやすく自分ごとになりやすく、同じ失敗の予防本として役立つだろう。

同書は、そうした経営の話もさることながら、著者の論壇者としての思想もちょこちょこ垣間見える。だから、わたしが冒頭に述べた非効率性や非合理性の中にこそある本質についての発言もある。それは次のようなものだ。

「 メッセージが本来は伝わるべきでない人に間違って伝わってしまうこと、本来なら知らないでも良かったことをたまたま知ってしまうこと。そういう「事故」は現代ではリスクやノイズと捉えられがちですが、僕は逆の考え方をします。そのような事項=誤配こそがイノベーションやクリエーションの源だと思うのです。」

「誰でもそうでしょうが長時間の飲み会なんて、何を話したかほとんど覚えていないものです。けれども「すごかった「みたいな感覚が残り続けるし、結局はそういう感覚で人が動くのです。後輩はオフラインのコミニケーションの方が起こりやすいものです」

なぜ、オフラインが大事か。なぜ、非効率が大事か。そうしたことを端的にわかりやすく語ってくれていると思う。みんな効率性を求めて無駄を省けば、予測の範囲内の行動や結果しかうまれない。でも、今の世の中それでは解決できないことがたくさんある。そういえば、RANGE(適用する知識の幅)のデイビッド・エプスタインも似たようなことを言っていた気がする。

ゲンロンという会社は、こうした彼の想いの上で、浮き沈みを繰り返しながら、いまも前進を続けている。ゲンロン戦記・・・言い得て妙だ。


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