2012年12月30日日曜日

書評: 奇跡の教室

「すぐに役立つことは、すぐに役立たなくなります」

奇跡の教室 ~エチ先生と奇跡の子どもたち~
著者: 伊藤氏貴
出版社: 小学館


今でこそ超名門校だが、当時まだ公立校の滑り止めでしかなかった灘(なだ)。冒頭の言を発した教師は、この学校で薄っぺらい文庫本「銀の匙(ぎんのさじ)」一冊だけを3年間かけて読むという型破りな国語授業を行った。教え子たちは、灘に私立初の東大合格者数日本一の栄冠をもたらす。そして今、東大総長・副総長、最高裁事務総長、神奈川県知事、弁護士連合会事務総長・・・要職につき各界で活躍している。伝説とまでうたわれるようになったその教師の名は、橋本武 (2012年で満100歳)。

  • 橋下武先生は、本当にそんな授業を行ったのか?
  • 具体的に、どんな授業内容だったのか?
  • なぜ、そのような授業を行ったのか? 
  • そして、なぜ、結果を出せたのか? 
  • 教え子たちは、今、何を思うのか?
本書には、こうした疑問全てに対する答えがつまっている。

冒頭の言をはじめ、本書には生徒を教える教育者として、あるいは子を育てる親として、ハッとさせられるメッセージが数多く登場する。それが本書の魅力の1つでもある。

『"自分が中学生の時に国語で何を読んだか覚えていますか?私は教師になった時に自問自答して愕然としたんですよ。何も覚えてないって。』

『国語はすべての教科の基本です。”学ぶ力の背骨”なんです-』

『私は”教え子”ということばで卒業生を呼んだことはない。教師と生徒との関係の限界を知っているつもりだからである。』

しかし、何と言っても本書最大の魅力は、教育の本質をとらえた橋本武先生の教育手法の紹介だろう。一冊の本をとことん味わい尽くす・・・本書は、そんな橋下武先生の教育スタイルをスローフードならぬスローリーディングと呼ぶ。スローリーディングと言っても、単にゆっくり読むのではなく、そこに登場する言葉、情景、心情・・・文字の一言一句を大切にし、丁寧に観察し、”追体験”することを指すのだ。たとえば、主人公が金太郎飴を食べている描写があれば、実際に生徒にも金太郎飴を食べさせ・・・同じ状況を味わいながら読み進める、といった具合である。

ところで、スローリーディングを知るにつけ、ふと、思う。成果を伴った教育というか学問というか・・・そういったものには、一つの共通点があるなと・・・。

「ハーバード白熱日本史教室」の北川智子先生は、日本史の授業で、単に文字を追わせるだけでなく、当時の音楽を聴かせたり、地図を自ら作らせてみたり・・・アクティブティーチングと呼ぶそうだが・・・そういった手法を使って、五感をフル活用し歴史の追体験をさせる。

NHK番組プロフェッショナル仕事の流儀でも採りあげられ、日本中の教師から注目されている菊池省三先生は、小学生に1つのテーマを与え、自ら調べさせ考えさせ、ディベートをさせている。また、普通であればやらされ感いっぱいの運動会において、生徒自身に運動会での踊りの振り付けを創作させるなど、生徒に考えさせる機会をとにかくたくさん演出している。

お金がなく学校に通うこともままならなかったが、教育者の助けなく、自ら似たようなことを実践し、結果を出した若者もいた。「風をつかまえた少年」で有名になったウィリアム・カムクワンバ少年だ。彼は、自転車のライトをつけるモーターに興味をかきたてられ、廃材を利用して自分で実験し、図書館に足を運び独学で発電の仕組みを調べ、ついには風力発電を作り上げてしまった。

そう、これら全てのケースに共通するのは興味を持ち、自ら調べ、自ら体験し、自分の考えを見つけるというプロセスが発生している点である。橋本先生のスローリーディングは、まさに生徒にこのプロセスを踏ませる最も有効な手段の1つであるに違いない。しかも、今からはるか70年以上も前にその重要性に気がついて実践していたというのである。ゆうに還暦を迎える生徒達は、今も立派に生きている。

”奇跡の教室”・・・本書を読めばこの言葉が嘘ではないことがわかるはずだ。


【”教育”の本質に迫るという観点での類書】

0 件のコメント:

書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...