現実世界を描きながら、現実っぽくない・・・その中途半端さが好きになれない。たいていの場合、複数の殺人が起こる。そしてたいていの場合、主人公はその(またはそれに近い)場面に出くわす。一人の人間が殺人に出くわすことって、人生に一度あるかないかだろうに・・・。
そんな自分の気持ちに背き、次の本に手を出した。素直に面白いっ!と思った。
背の眼
著者: 道尾秀介
発行元: 幻冬舎文庫
手を出したきっかけは、雑誌「男の隠れ家(2012年12月号)」での彼の記事を読んだことだ。そこには道尾秀介氏自らが設計を手がけた書斎が紹介されていた。一日きっちり10ページ・・・無理のないノルマを自分に課し、リラックスと集中・・・朝7時から夜6時まで小説を仕上げる。若手ながら次から次と賞を受賞・・・確か、そのような話だったと思うが、そんな素敵な空間&彼の才能
から描き出される世界観は、きっと読者にも何か素敵な気分を分け与えてくれるに違いない・・・そう思ったのかもしれない。
■白峠村を舞台にしたミステリー小説
作家業を営む道尾(みちお)は、久しぶりの旅行にでかける。行き先に選んだのは白峠村。この村を訪れた際、偶然、児童失踪事件の話を耳にする。その矢先、宿泊先近くの河原で、不気味な謎の声を聞き、慌ててその村を逃げ出してしまう。恐怖体験が頭から離れなず困った道尾は藁をもすがる思いで、霊現象探求所を運営する旧友、真備庄介(まきびしょうすけ)のもとを訪れる。そこで目にしたのは、被写体の背中に人間の眼が映り込む四枚の心霊写真。彼ら全員が撮影数日以内に自殺したという。そしてなんとその、白峠村周辺で撮影されたものだという。失踪、謎の声、心霊写真、自殺、白峠村・・・これは単なる偶然か・・・それとも・・・。
■ヒーローの存在と読めない展開
さて、なぜおもしろいと思ったのか・・・。
1つは、”強いヒーローを見たい”という欲求を満たしてくれるからだ。コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ、東野圭吾のガリレオ・・・彼らのような聡明さを持つ存在が、この作品では真備庄介にあたる。小説の最初の方で、道尾を”ワトスン”にみたて、真備があたかもシャーロック・ホームズになったかのように推理を披露するシーンがある。実は、デタラメの推理で冗談として挿入されている場面だが、作品内での二人の立場を描写するのに、これほど的確な喩えはないだろう。
もう1つは、ストーリー性だ。とても処女作とは思えない良く練られた作品だ。いくつものパズルのピースが、最後に、カチリとはまっていく・・・その流れに心地よさすら覚えた。加えて、(これがミステリー小説において最も重要なことなのだと思うが)最後の最後までストーリーが読めない。この小説の中に出てくる”霊”という存在をどのように捉えるべきか・・・どう捉えるかで、読者の推理のあり方も全て変わってしまう。すなわち、最後まで迷う。
■憎らしいほどの才能
ところで、”ワトスンくん的立場”で小説に登場する道尾は、作者の道尾秀介氏自身のこと・・・は自明だが、現実世界での作家としての能力は”ワトスンくん”・・・というよりも、”シャーロック・ホームズ”・・・と思わずにはいられない。
実は、この本の「あとがき」に裏話が載っているのだが、ホラーサスペンス大賞特別賞をとるためにとった戦略の話からはじまって、道尾秀介氏が短期間でいとも簡単に小説を仕上げてしまう話、そして今作品で打ち出した狙い・・・など・・・読者のみならず、小説の審査員の心理を的確に読み当てる彼の洞察力には、驚嘆するばかりだ。小説を読んだあと、ぜひとも、この「あとがき」を読んでほしい。
今でもミステリー小説は、相変わらずあまり好きではない。しかし、道尾秀介氏の作品なら、残りの作品もぜひ読んでみたい。「男の隠れ家」の記事に働いた私の直感は間違っていなかった。
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