2013年5月6日月曜日

書評: あんぽん ~孫正義伝~

この本・・・なんだか分厚いし、装丁は古めかしいし、タイトルは間の抜けた感じがするし、著者の佐野眞一氏は最近、橋本市長に「血脈主義者め!」とたたかれてたし・・・。孫正義(そんまさよし)に興味があって数ヶ月前に買ったものの、ずっと本棚に放りっぱなしになっていた。だが、昨日、ようやく重い腰をあげて読んだ。結論から言おう。素晴らしい本に出会えたことに感謝したい。

あんぽん ~孫正義伝~
著者: 佐野 眞一
出版社: 小学館


■ソフトバンク社長のルーツを三代にまで遡る本

『今から一世紀前。韓国・大邱で食い詰め、命からがら難破船で対馬海峡を渡った一族は、筑豊炭田の”地の底”から始まる日本のエネルギー産業盛衰の激流に飲み込まれ、豚の糞尿と密造酒のにおいが充満する差が・鳥栖駅前の朝鮮部落に、1人の異端児を産み落とした。孫家三代海峡物語、ここに完結!』(本書の帯より)

本を開く前から、鮮烈なメッセージが目に飛び込んでくる。いったい何が孫正義(そんまさよし)というカリスマを生んだのか。本書は、著者佐野眞一氏が、孫正義の生まれ育ったルーツにこそ、そのヒントがあると確信し、自身の足で徹底的・客観的に事実を調査し、そこに著者なりの考察を加え、答えを導き出そうとしたものである。そのようなわけで、この本には孫正義本人が誕生してからこれ(2011年)までの年表はもちろんのこと、西暦500年頃にいたという韓国の筍(スン)将軍にまで遡る家系図までついている。体裁だけを見れば、さながら、既に亡くなった偉人を語る伝記物語のような印象だ。

■孫正義、血脈、佐野眞一・・・この本がもたらす4つの驚き

気がつけば口をアングリ開けながら一気に読み進めていた。本書の魅力は実は次の4つの驚きに集約されるといっても過言ではない。

1つめは、孫正義の異才ぶり。たとえば、小学校三、四年生のときに「コーヒー何倍飲んでも無料」というアイデアを出して、父親のお店を繁盛させたという話。中学校三年生のときに、学習塾のビジネスプランを書き、自分がオーナーになる前提で、当時の担任を雇われ社長としてスカウトしようとしたという話。彼にまつわる話のほんの一部にしか過ぎないが、これだけでも彼のバイタリティと強烈な才能をうかがい知ることができる。情けない話だが、わたしは驚愕の連続だった。

2つめは、血脈がもたらす影響の大きさ。”血脈”というと(橋本市長の件もあるので)誤解のないように言い換えると、血脈をきっかけとした”育ちの環境こそ”が孫正義というカリスマを作り上げたという事実だ。豚小屋同然の超極貧生活。在日という事実がもたらすイジメや就職上の制約。度量の大きい商魂たくましい父親(三憲)の存在。どんなに差別されようとも正しいことを貫く姿勢を見せる祖母の存在。ヤクザのような身内・・・。人によっては覆い隠したい過去かもしれないが、一方で、これら全てが、今日の孫正義を生む要素であったことは紛れもない事実なのだ。

3つめは、孫正義の潔さ・・・というより肝っ玉の大きさ、といったほうがいいだろう。本書は、現代のプライバシー保護主義を真っ向から否定するような本でもある。自分の家に出入りしていたカタギではない人達の話。部落出身であり、在日であるという話。たとえ成功者であっても、当事者であれば、誰もが隠したいであろう事実・・・いや場合によってはタブー視されてきたことさえもあけっぴろげに書かれている。小学校時代、孫正義氏は在日ということで差別を受け、石を投げられたとある。今ですら、ツイッターなどで「在日のくせに日本のことに口出すな!」などという暴言を受けることが少なくないという。

4つめは、著者、佐野眞一氏の取材力だ。わたしが過去に読んだ本の数などたかがしれているが、たとえば、西郷隆盛を追った「南海物語(加藤和子著)」、陸軍中将根本博を追った「この命、義に捧ぐ(門田隆将著)」。取材力・・・という一点のみで語れば、それらを遙かに凌いでいると感じた(ただし公平をきすために言えば、孫氏もその近親者もまだその多くが現役で情報を得やすいということも大きな要因と言えるだろう)。帯にあった”孫家三代海峡物語”とは、決して大げさな話ではなく、著者は日本と韓国をまたにかけ、孫正義張本人とその両親、祖父・祖母・・・あるいは彼らを知る近親者に直接インタビューを敢行している。

■様々なエッセンスが凝縮されている素晴らしい本

このように佐野氏の取材力と洞察力のお陰で、本書を読むと、孫正義のすごさ(あるいは、世間でいうところの”うさんくささ”)と、その理由の全てが分かるのだ。

加えて、八面六臂に活躍している(だが一方で頻繁に叩かれている)孫正義という人間を心から信じていいものなのかどうなのか、それを知るための足がかりにもなる。正しいことを貫く難しさと大切さ、コンプレックスを持つ者や、早くからやりたいことを見つけた者の生命力、海外に出ることの意議など、資本主義社会で成功するためのヒントも得られる。そして何よりも「自分のしてきた苦労なんぞ、本当にたかがしれている。まだまだ頑張らねば。」という励みにもなる。

嘘偽りのない人間くささがいっぱいつまっている。わたしがこれまでに読んだ中でも、驚かされることがとにかく多い、イチオシの一冊だ。



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