2013年10月12日土曜日

書評: 選択の科学

選択の科学 ~コロンビア大学ビジネススクール特別講義~
著者:シーナ・アイエンガー(櫻井祐子訳)
出版社: 文藝春秋


■「選択」という行為の研究の集大成本


「ぎりぎりまで寝てようか。いや、今起きるか。」「今日のランチはカレーにしようか。ラーメンにしようか。」「顔を洗ってから歯を磨こうか、歯を磨いてから顔を洗おうか」「ここで部下に助け船を出そうか、もう少し我慢しようか」・・・このように、我々が意識・無意識のうちに行う「選択」という行為には、実は何かしら見えない法則があるんじゃないか。いやあるはずだ。そして、それが(選択の自由を持つことを大事にする傾向が強い)アメリカの強さの源になっているんじゃなかろうか。そう信じ、幅広い分野にわたり20年以上もの研究を続けてきた著者が、その成果をまとめた本だ。

とは言え、ただの小難しい研究本ではない。副題に「コロンビア大学ビジネススクール特別講義」とあるように、著者の研究内容と成果を、誰もが興味を持って読み、そして良く理解できるように、我々が大学時代に見た教授のテキストとは比べものにならないくらいわかりやすく、上手に、まとめられている。

■「選択」という行為に、かくも多くの発見があるのかという驚き


本書を読んでみて感じるのは、とにかく新鮮な発見が多い、ということだ。「選択」という身近な行為に、かくも奥深い発見があるのかとただただ舌を巻く。

1つ例を挙げよう。わたしは「運命は自分で切り開くもの。だから人に選んでもらった人生より、自分で選んだ人生の方がきっと幸せになれる」・・・そう単純に信じていた。著者は、この点についてある実験を行った。恋愛結婚と親同士が決めた者同士の結婚とで幸福度調査をしたのだ。新婚のケースでは、恋愛結婚をしたカップルのほうが幸福度数が高かったが、結婚から10年以上経ったカップルでは、これが逆転した、という。この結果を聞いたからといって「恋愛結婚より許嫁同士の結婚のほうがいい」とは思わないが、「許嫁同士の結婚は、ナンセンス」と考えることが、ナンセンスだ、と気づかされた。

もう1つだけ例を挙げよう。わたしは「何かを選ぶとき、その選択肢が多ければ、それにこしたことはない」と単純にそう思っていた。たとえば車を買いたいと思ったとき、選べる車種が多ければ多いほど、自分の用途に見合ったモノを発見できる可能性が高くなるハズ・・・とそう思うからだ。著者は、この点に対して、あるスーパーで実験を行った。店頭に数種類のジャムを並べた場合と、数十のジャムを並べた場合とで、顧客の対応にどのような違いがでるのかを観察したのだ。その結果はどうだったのか。非常に興味深いものだった。ぜひ、本書を読んで欲しい。

数々の偏見をとっぱらってくれること請け合いである。

■著者が引き合いに出す例示の数々


驚きの多さもさることながら、本書の魅力をさらに引き立てているのが、著者の紹介する実験話や例示の多さだ。動物や人間に行った実験の話はもちろんのこと、政治、社会、文学、歴史、数学、人間科学など・・・実験やたとえ話は、ありとあらゆる分野に及ぶ。お陰で、400ページ近い本だが、飽きることなく読むことができた。

動物忍耐力実験の話、幼稚園児の反応実験の話、マシュマロお預け実験の話、今の100ドルと将来の120ドルの実験の話、延命治療の選択・決定の話、ミネラルウォーターと水道水の話、コーラとペプシの話、アルゴアとブッシュ元大統領の選挙戦の話、宗教がもたらす影響の話、動物園の動物の寿命の話、京都でお茶に砂糖を入れてくれと頼んだときの店員との押し合いへし合い事件の話、大和銀行の11億ドル損失事件の話、シンデレラやタージマハル、ロミオとジュリエットの話。ギリシャの叙事詩「オデュッセイア」の話。ピクサー映画「ウォーリー」の話、ポーカーゲームの話・・・などなど、これだけ列挙しても、著者が本書の中で引き合いに出す例示のごくごく一部だ。

著者が、とんでもない量の文献を読み、実験し、研究を続けてきたことが良く分かる。しかも、これを全盲の著者が成し遂げたというのだから、畏敬の念を禁じ得ない。

■人間心理を愉快に学びたい人たちへ


というわけで、本書を読むと「選択」という1つの行為の裏に隠されたアメリカの強さ・・・いや、人間心理というものを、愉快に、学ぶことができる。

人間心理に触れることができるという点に鑑みれば、会社でマーケティング活動をしている方々、教育者の立場にある人たち、つまり、先生やコンサルタント、あるいは部下を持つマネジメントの方々、そして日々多くの判断を求められる子を持つ親たち・・・そういった人たちであれば、単に面白い本・・・というだけでなく、視野を広げ、何かを得る一冊になるだろう。


【講義という観点での類書】

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