だが、当時のことを知ろうにも、今のように便利なビデオがない。かろうじて写真があるが、シロクロだし、数も多くはない。当時の風景を描いた絵画からでも当時の雰囲気を読み取ろうか?
いや、待てよ。当時の日本がどうだったかを克明に描いた情景描写...これがあればそこから読み取れるものも多いのではなかろうか。でも、そんな本あるのか? いや、それがあったのだ。
⚫️昔の日本を語るのにこれ以上ないふさわしい人物とは
その本を知ったキッカケはNHK番組「100分 de 名著」だった。当時の日本を愛し、当時の日本の特徴や文化を知り尽くし、当時の情景を克明に描いた人がいる。知る人ぞ知る、小泉八雲こと、ラフカディオ・ハーンだ。ラフカディオ・ハーン(1850-1904)は、ギリシャ生まれのアイルランド育ち、アメリカで作家として活躍した後、来日。そのまま日本に帰化した人物だ。
当時の日本について... 彼のような文章を書くことに長けた人物が...彼のように外の世界を知っている人物が、日本を愛してやまなかった人物が、日本を描く...。当時の日本を描くのに、これ以上ふさわしい人物はいないのではないか。
⚫️1890年の日本を美しく詳しく描いた本
小泉八雲ことラフカディオ・ハーンは、アメリカの新聞記者として1890年に来日。来日後に新聞記者としての契約を破棄し、日本で英語教師として教鞭をとるようになった。翌年結婚。松江・熊本・神戸・東京と居を移したが、本書はその初めの頃である1890年・・・島根県松江市に住み始めた頃からその地を去ることになる時期までの日本を描いている。
そこには期待どおり、私の全く知らない世界が描かれていた。100年以上前のこととは言え、見聞きして知っているはずの日本。だが、今の日本とまるで違うと心の底から思った。
中でも、びっくりしたのは、いわゆる「日本人の微笑」。「日本人は何かあると曖昧な微笑を返すことが多い」とは良く聞く話。確かに日本人はなんとなく曖昧な笑顔で反応することが多いよなと思っていたが、私にしてみれば「言葉の分からない外国人に話しかけられて、反応の返しようがないときに、とりあえず笑ってみる・・・」そんな感じ・・・そう思っていた。だが、本当の「日本人の微笑」とはそういう次元の物ではないらしい。その場でどんなに理不尽な扱いを受けようとも微笑を返す...ハーンが描く、幾つかの実例を読んで、「まじか!?」と唸らざるを得なかった。
『ある日のこと、私が馬を駆って横浜の山の手から降りてくると、空の人力車が一台、曲がり角の左右間違った側を登ってくるのに気がついた。手綱を引いたところで間に合わなかったし、手綱を引こうともしなかった。特に危険だとも思わなかったからね。ただ私は、日本語で、“道の反対側に寄れ!”と怒鳴ったんです。・・・(中略)・・・あのときの馬の速度では、衝突をさける余裕などなかったからね。そして次の瞬間には、車の一方の梶棒が私の馬の方にぶつかった。・・・(中略)・・・馬の方から血が流れているのを見て、私はかっとなってしまい、手にしていた鞭の柄で、車夫の頭をごつんと殴ってしまった。すると彼は私をじっと見つめ、微笑を浮かべ、そしてお辞儀をしたんです。今でも、あの“微笑“を思い浮かべることができますよ。』(引用:日本の面影 「日本人の微笑」より)
⚫️驚きと悲しさと切なさと...
『日本国中から、昔ながらの安らぎと趣が消えてゆく運命のような気がする。』
ハーンは本書の中でこう語った。事実、ハーンが描く1890年の世界は、とても今の日本とは思えなかった。
たった100年ちょっとの間に起きた変化の大きさに対する驚きと... そしてそれをはっきりと直感したハーンの先見の明に対する畏怖の念と... 日本が豊かさを得た代わりに何かとてつもなく大切なものを失ってしまったのではないかという焦燥感・・・いや、刹那さと、複雑な感情が交錯した。
『外国人たちはどうして、ニコリともしないのでしょう。あなた(ラフカディオ・ハーン)はお話なさりながらも、(日本人のように)微笑を以って接し、挨拶のお辞儀もなさるというのに、(ほかの)外国人の方が決して笑顔を見せないのは、どういうわけなのでしょう』(引用:日本の面影 「日本人の微笑」より)
本書のこのような語りを読んで、ニコニコ動画で有名な川上量生氏が、先日、次のように話していたことを思い出さずにはいられなかった。
『最近の子って、会話の中で冗談を投げかけても反応が薄いので、喜んでいるかどうかわからないんですよ。ところが、よく見ると手はしきりに動いていて、携帯に“www(笑)“と打ち込んでいる。感情表現の仕方が変わってきてるんです。顔に一切表情を出さないが、ネット空間の中で、文字を使って感情表現している。これからますますそうなっていく(顔からは一切の感情が消えていく)かもしれませんね。』(川上 量生氏)
時代は変わる。変わっていく。でも変わらない・・・いや、変えてはいけない本質も絶対にあるはず。それは何なのか。100年以上も前に書かれた本書の中に、そのヒントがきっとあるはずだ。
【日本人の特徴を描くという観点での類書】
・なぜ「日本人がブランド価値」なのか ~世界の人々が日本に憧れる本当の理由~(著者:呉 善華)
0 件のコメント:
コメントを投稿