2011年7月30日土曜日

書評: 「パプリカ」

「もし透明人間になったら・・・」なんてことを想像したことはないだろうか?

答えを知りたかったら、HFセイント氏の「透明人間の告白」 (新潮文庫)をご覧いただきたい。

では、

「もし人の夢を覗き見ることができたら・・・」
「他人の夢に入り込むことができたら・・・」
「他人と夢を共有することができたら・・・」

そんな”タラレバ”に興味はないだろうか? そんな世界を体験できるのが、筒井康隆氏の「パプリカ」である。

「パプリカ」
価格: 700円

■小説の世界へあっという間にジャックイン

(簡単なあらすじ)
舞台は、近未来?精神医学研究所に勤める千葉敦子は、ノーベル賞級の研究者兼サイコセラピスト。同じくノーベル賞級の超天才研究者、時田浩作が発明した素晴らしい・・・いや・・・恐ろしい機械(DCミニ)・・・を巡って、夢の中で・・・いや現実世界で・・・いや夢の中で・・・事件が巻き起こる。

小説を楽しめるかどうかは、自分がいかに早くその小説の世界とシンクロできるか、そのスピードと深さに依存すると思う。パプリカの世界には、あっという間にシンクロすることができた。小説の中では、夢の中に入り込むことを「ジャック・イン」と表現しているが、まさに、自分が本の世界にあっという間にジャック・インできた、感じだ。

これは、ひとえに著者の創り出した世界観が、(少なくとも出だしのほうは)現実離れし過ぎていなかったためだろう。「人の夢を覗き見る」「夢をビデオに録画して再生する」なぁんてことは、近い将来、発明されてもおかしくなさそうではないか!? 少なくとも私には、透明人間よりも実現性の高い話に聞こえるのだ。

■あの有名な映画の原作?

ところでこの本を読み進める中で、なにかしら分からないが自分の記憶にひっかかるところがあった。「なんだかどこかで見聞きした覚えのあるような話・・・だな」と。「”パプリカ”という小説が、あまりにもありふれた話だということなのか!?」

うーんと悩むことしきり、突然思い出した。そう、すごく世界観が似ているのである・・・あの映画と。映画インセプションと。

映画インセプションは2010年に公開されたクリストファー・ノーラン監督のSFアクション映画で、レオナルド・デュカプリオや渡辺謙が出演している。映画の中では、人の夢に入り込んだり、人を自分の夢に引きずり込んだり、人に夢を植え付けたり・・・とまさにパプリカワールドそのものである。それだけにマトリックスの監督が日本のアニメ「攻殻機動隊」に影響されたように、ノーラン監督も筒井康隆氏の「パプリカ」に影響を受けたのだろうと完全に信じてやまなかったのだが、なんと調べてみると、映画の背景には「パプリカ」の「パ」の字も出てこなかった。

ラストシーンにいたるまで、何かしらの影響をうけているような印象を持ったのに、不思議だ・・・。

いずれにせよ、私はこの映画もすごく好きであるということを考えると、「パプリカ」を楽しめたのはあながち偶然ではないのかもしれない。

「あぁっ!自分の夢が録画できたらなぁ・・・」

おそらく、空想好きな人、SFが好きな人、近未来が好きな人・・・そんな人が楽しめる本ではないか・・・そんな気がした。

「パプリカ」は筒井康隆氏が書いた本の中でも異色作と聞いているので、次回はぜひ彼の他の作品にもトライしてみたい。


関連リンク:

2011年7月28日木曜日

母としての生への執念・パワー

ハーバードビジネスレビュー2011年6月号を、ようやく読んだ。次の7月号が手元に届いてから、もう数週間経っている、というのに・・・。

さて、今回(6月号)のテーマは、イノベーション(革新)。



「大企業病に陥らずに、常に革新的な技術を発明し続けるためにはどうしたらよいのか?」

などといったことについて、数多くの記事が掲載されている。

ただし、今の自分の会社が零細企業のためか、はたまた、似たような特集の連続に飽きてしまったのか・・・あまり読む気がしなかった、というのが正直なところだ(うーん、この雑誌は、1冊3000円強もするというのに・・・なんともったいない号なんだ・・・汗)

もちろん少ないながら良記事もあった。

Kathy Giusti(キャシー・・・うーん、名字はなんて発音するのか分からない・・・)という社会的にも家庭的にも非常に成功していた女性が、ある日突然、多発性骨髄腫という病気に冒され余命数年と宣告される。当時つとめていた製薬会社を退社し治療に専念する。

ここで彼女が通常の人と違うのは、全く研究が進んでいなかったこの病気の治療法に対して、自ら骨髄腫の研究振興財団や研究コンソーシアムを立ち上げた、という点だ。彼女のネットワークをフル活用し、自らの能力を最大限にいかし、研究を促進させることで、(せめて子供が自分を記憶してくれる年齢までは生きたい・・・と考え)自分の余命を延ばそうと考えたのだ。

通常、こうした非営利の組織運営は成果をもたらすどころか、継続的な活動そのものが難しいとされている。しかし、彼女の執念がそうさせたのか、単に「とりあえず、組織を立ち上げてみました。活動を継続させています・・・」以上の成果をもたらすこととなる。驚嘆すべきことに、この活動をきっかけとして、実際に、延命に有効な薬が開発されたようである(※ただし、数年の延命はできても、完治する治療薬はまだ見つかっていないようだが、いい結論が出てほしい、と願ってやまない)

彼女の人としての魅力、経営者としての能力・・・母としての生への執念・・・すべてが賞賛に値する。

翻って自分はどうか・・・。目標、モチベーション、実行する力・・・すべてにおいて未熟である。”全速力”の気合い・度合いが違う。

もっともっと疾走せねば・・・。

関連リンク:
多発性骨髄腫財団法人(実際に彼女が立ち上げCEOを担っている組織)
Time氏2011年100人(今年もっとも影響を与えた人100人の中での特集記事)

2011年7月24日日曜日

満足度が再購入率と比例しないシャープの苦悩

2011年7月25日の日経ビジネスの特集は「非常時に頼れる企業」。そこには、それぞれの業界でアフターケアに対する顧客満足度ランキングが載っていた。

際立っていたのはシャープの満足度。多くの分野においてNo1を堅持している・・・が、驚いたのは、そんな素晴らしい評価を得ているにもかかわらず、再購入率と比例していないという事実だ。

「シャープのアフターケアは素晴らしいから、次もシャープのテレビを買おう」

とはならないようだ。シャープとしては今後、満足度と再購入率を比例させるよう努めたい・・・と語っている。

面白いのは同じ号の別の記事で、マクドナルドの社長、原田泳幸氏が次のように語っている点だ。

「統計や調査をどれだけにらんでいても、そこに「解答」はない。顧客が求めるのは「驚き」。大胆な発想で顧客の心をつかみつつ、その顧客体験を利益にかえる”キャッシュカウ”を育てよう。」

もちろん、業界やビジネスモデルが異なるので原田社長の言葉を、そのまま自社のビジネスにあてはまるわけもない。

ただ一つだけ言えるのは「解答は1つだけではない」・・・ということだろう。

2011年7月22日金曜日

書評: 困ってるひと

本を読み終えた瞬間

「うわっ、これはできる限り多くの人に読んでもらいたい」

・・・そう思った。

著者がゲスト出演していたTBSラジオDigDag(6月16日放送)を聞いて、この本の存在を初めて知った。パーソナリティーの荻上チキ氏は、当時、やはり次のように語っていた。

「できる限り多くの人に読んでもらいたい」・・・と。

「困ってるひと」
発行年: 2011年6月20日 価格: 1,400円

■読む者を「困ってるひと」にさせる「困ってるひと」

24歳までいたって健康だった大野更紗さんが2008年のある日、突然に難病(発症当時は、当然、難病とはつゆしらず)を発症。そこからの約2年間にわたる(現在進行形の)闘い・・・病名を特定するまでの大変な苦労とその後の想像を絶する治療生活について、ユーモアたっぷりに書いた本だ。こういった病気の類を扱った本は、どちらかと言えば敬遠されがちではなかろうか。あまりに”重すぎる”からである。私も、そうだ。

しかし、

「そこ、笑い飛ばすところか・・・う、い、いや、確かに面白い・・・ははっ(笑)」

と思うこと十数回。著者のナイスな表現力・文章力にも圧倒され、気がつけば本から目を離すことができずあっという間に読み終えてしまった。その吸引力たるや恐るべし。お恥ずかしい話だが、著者の執筆センスに思わず、嫉妬すらしてしまった。文章の展開のさせ方、文章の切り方、表現の仕方・・・ユーモアセンス・・・素晴らしい。精神的・肉体的に大きなダメージを受けながらにしての、この達人ぶりには・・・完全に脱帽だ。

目次だけ見ても、何が書いてあるんだろうと気になって読みたくなってしまう。
  1. 絶望はしない
  2. わたし、何の難病?
  3. わたし、ビルマ女子
  4. わたし、入院する
  5. わたし、壊れる
  6. わたし、絶叫する
  7. わたし、瀕死です
  8. わたし、シバかれる
  9. わたし、死にたい
  10. わたし、流出する
  11. わたし、マジ難民
  12. わたし、引っ越す
  13. わたし、書類です
  14. わたし、家出する
  15. わたし、はじまる
とは、言え・・・である。決して忘れてはならないのは著者は極めて重い難病にかかっている、という事実だ。併発もしている。どんな名前の難病なのか、どんな症状なのか、言葉が難しく、また、どんなに大げさに形容しようとも著者のつらさを的確に表現する自信がないので、説明は割愛する。が、わたしは「一年もの間、ずっと38度前後の高熱にうなされていた」という下りを見ただけで「オーマイガー!!!」だった。

著者のユーモア溢れる表現とは裏腹に、それと反比例して次々と彼女を襲いかかるつらい試練に、読んでいるこっちがどうリアクションしていいか「困ってるひと」になってしまう。

■「~くれる」では自分は救えない

それにしても思い知らされたのは、どんなにツラい状況に陥っても、それこそ瀕死の状態になっても、自分を救うのは最後は自分自身しかない、という事実である。身内は当然のこと、友人や医者の先生・・・もちろん、彼らはできる範囲で精一杯の救いの手をさしのべてくれる。しかし、全てを100%委ねていれば全部やってくれる、助けてくれる、自分は救われる、とは、ならないのである。

「身体障害者のための申請も誰かがやってくれる」「医者に任せておけば、世の中でベストな治療薬を持ってきてくれる」「誰かが食べさせてくれる」「社会福祉制度に欠陥があっても、誰かがなおしてくれる」・・・くれる・・・くれる・・・くれる。

人は病気になったとき「~してくれる」・・・を期待する。でも「~してくれる」ではなく「~するんだ」というように意識が変わらなければ、自分は救えないのかもしれない。そう思ったのは、自分の周りの人達も人間である、ということ。神様ではない。みんな家族もいれば、自分の生活もある。感情もあれば限界もある。そして、世の中に完璧な社会制度など存在しない(どちらかと言えば、欠陥だらけである)。つまり、「~くれる」だけでは解決しない・・・のだ。

■お金はこういうものに使うべき

この本は、単に「かわいそうな人の話」ではない。

「世の中の仕組みを知るため」
「今の自分を知るため」
「”まさか”は誰にでも起こるということを知るため」
「”まさか”が起こったときの”光”を知るため」
「・・・」

・・・自分の人生観をおおいに見つめ直すきっかけを与えてくれる本である。

こういうものにお金を使いたい。

関連リンク:
わたし、難病女子(著者のブログ)
荻上チキ氏のラジオ番組TBS Dig(著者がゲスト出演した回の放送)
ポプラビーチ(著者が本の元となる内容をWEB連載していたサイト)


2011年7月19日火曜日

ゴキブリワイン

今朝は、早朝ジョギングをするために4:30に起床した。

おもむろに自分の部屋の電気をつける。ふと、昨日の夜、飲んだ後そのままにしてあったワイングラスを見る。

なにか黒いモノが蠢いている。

「ま、まさか・・・」

そして、絶句。しばらく動けなかった。

そう、ゴキブリである。


引っ越したばかりの家で、早くもゴキブリに遭遇。しかもワイングラスに入っているとは・・・。たたくものがないかと周りをさがすが見つからず、動揺。すると突然部屋が明るくなったため「ま、まずい」とゴキブリが思ったのか(想像)、突然、グラスから這い出そうと、がさごそ暴れ始める。

「たたくもの、たたくもの・・・」

こういうときに限ってたたくものがない。階下に行ってたたくものをとってきたいが、ゴキブリから一瞬でも目を離したくはない・・・。どうしよう・・・。そうこうしているうちに、ワイングラスから這い出したゴキブリは机の上を瞬く間に走り出した。

「うぉーっ」

仕方なしに、仕事で使う重要な書類をまるめてバチンっ!
朝から、ねむけ眼のままゴキブリと格闘することになろうとは・・・。これから、ワイングラスを机の上においておくのを止めようと思ったが、それよりも、空のワイングラスを見ても、ゴキブリが這った後のグラスではないかと常に疑ってかかるようになりそうである。

===(2011年8月9日 追記)===
ネットサーフィンしていたら、なんとスロバキアに”ゴキブリワイン”というワインがあるということを知った。インパクトはあるが、買う気にならない・・・

http://tkyabe.com/blog/2005/09/post_66/

2011年7月18日月曜日

書評: もったいない主義

今週読んだのは、次の本だ。

「もったいない主義」 ~不景気だからアイデアが沸いてくる!
価格:740円

実は2年前に一回読んだことのある本である。先日、本棚の整理をしていたときに久々に見つけて、ウル覚えだったこともあり、改めて読みたくなった。それだけ印象に残っていた本・・・という意味でもあるのかもしれない。

■発想することが大好き

自分は、元来何かモノをつくることが大好きなタチだ。作る、ではなく、創る、の方である。下手の横好きではあるが、絵を描くことも好きだし、ゼロからプログラムをかくことも大好きだ。答えの全く見えない課題に取り組むことも大好きだ。今、従事しているコンサルタントという職業(堀紘一氏によれば、戦略コンサルタント以外は、コンサルタントではない・・・ということなので、本当はコンサルタントと呼んではいけないのかもしれないが・・・)も、作るよりも創ることを、要求されることが多い。プレッシャーも大きいが、達成したときの喜びの大きい。

そんな発想力を後押しするべく、小山氏のこの本を買ったわけである。

■心地いい、しかしピリっと辛みが効いている

この本は、”もったいない”と思う気持ちを、新しいアイデアを生み出すパワーに変換し、それを具体化させる方法について、著者の豊富な実例を交えて解説している本である。

ページ数は200ページ弱。そんなにビシっと論理的かつ緻密な分析に基づいて書かれた本ではないのだが、従来にはない企画を、次から次へと生み出す著者の柔らかい頭の中を、そのまま文章に起こしたかのような自然なタッチに、心地よさすら覚えた。

ただ心地よいだけではない。数々の事例に対して、発想のトリガーから具現化するまでを、丁寧に追って語ってくれている。

加えて、著者の輝かしいプロフィールを見ると、主張に大きな説得力を感じる。私はこの本を読むまで知らなかったのだが、小山薫堂氏は、あの超有名番組「カノッサの屈辱」「料理の鉄人」といったテレビ番組をてがけた人だ。また、米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した「おくりびと」の映画脚本家でもある。ただ者ではない・・・。

■発想の源泉は、摩擦をつくることにあり!?

”もったいない”という言葉は、単に資源の無駄遣いという意味にとどまらない。「誰も部屋にいないのにクーラーをつけっぱなしにしてもったいない」という意味での”もったいない”もあれば、「嫌なことがあってそれにイライラしている時間がもったいない」という意味での”もったいない”もある。過去に一度失敗して、その経験を活かさず二度目の勝負をしないのはもったいない」という意味での”もったいない”もある。

こうした”もったいない”と思える色々な瞬間をとらえ、発想というエネルギーに変えてしまおうというのが著者が主張する柱の一つである。

ところで、”もったいない主義”とは小山氏らしい発想のヒントをわかりやすくキャッチーに表現したかったためのタイトルなのではないかと思う。(本のタイトルとしては相応しくないだろうが)実際のところは「もったいない主義」というより「摩擦をつくる工夫」という表現の方が、氏の発想の源泉を的確に表わしているように感じる。

事実、小山氏の発想が生まれる瞬間は”もったいない”と思った瞬間に限らない。本の中で「神様にフェイントを掛ける」という表現がある。氏曰く「神様にフェイントをかける」とは、つまり、普段やってないことを、突然やってみる」という意味だ。普段であれば、毎朝同じ時間に同じ電車に乗って、会社に出勤しているところを、突然、朝一の電車に乗ってみたり、あるいは逆方向の電車に乗って旅に出てみたり、突然空き時間ができたら、いつもどおり喫茶店で時間をつぶすのではなく、普段歩かない裏通りを散策してみるとか・・・、そんなことだ。

■自分も大いに影響された

私自身、実は普段から著者が言うことのいくつかを実践している。

例えば、”ネガティブスイッチを切り替える”という行為・・・。腹が立ったり、面倒くさくてやる気がでない場面に遭遇しても、どうやったら「あ、自分は実は得をしているのでは!?」と思えるようにできるか、普段から努めて考えるようにしている。洗濯物を干さなきゃいけない、掃除機を掛けなきゃいけない・・・面倒くさくて嫌だな・・・と思ったとしても、「あぁ、音楽を聴くにはもってこいの時間だ」と思ってみたり、仕事でお客様に叱られることがあっても、「ただで勉強させてもらっている」と思ってみたり・・・。そうすることで、好奇心が強くなり、新しい発見がある。

まぁ、それが具体的に何の発想の役に立ったのか!?と聞かれても、ぱっと答えられないが、おかげで、答えのない袋小路にぶつかっても困らないだけの発想の源泉は持てていると思う。

記憶は定かでないのだがおそらく、数年前にこの本を読んだときの影響で、こういった実践ができているのかもしれない。

というわけで、企画に従事する人はもちろん、発想力を豊かにするヒントを少しでも得たい人・・・そんなに高くない本なので、目を通してみてはいかがだろうか。



【類書】
企画は、ひと言(石田章洋著)

2011年7月8日金曜日

書評: 生き残る判断生き残れない行動

(※あまりに多忙で、読むべき雑誌や書籍に目を通せていない事態が続いていたため久しぶりの更新)

2011年3月11日東日本大震災当日・・・

・三陸沖は大津波に飲み込まれ信じられないほどの犠牲者を出した。
・東京電力福島第一原発も津波に飲み込まれ電力供給が停止した。
・帰宅難民が道に溢れ一歩間違えれば二次災害を起こしかねなかった。

被災から4ヶ月が経過する今に至っても、”想定外”という言葉が頻繁に耳に入ってくるが、果たして、これらはみんな想定外だったのか。いや、いずれもある程度、過去に予測されていた事態である。

実は、私たちの周りには、将来の悲劇を避けるためのチャンスがいくつも転がっているにも関わらず、多くの人がそれを見逃してしまっているのではないだろうか・・・と、つと思う。

そんなことを胸中に抱きつつ、読んだのが次の本だ。

タイトル: 生き残る判断、生き残れない行動
価格: 2,200円

この本は、アマンダ・リプリー氏が、大事故・大災害における人の意識や行動について、生き残る法則性を導き出すことを目的として、多くの事例データや実際の被災者インタビュー、著者自身の体験を通じて学んだことをまとめたものである。

■被災時に誰もが通る「否認」→「思考」→「行動」というステップ

簡単に中身について触れておくと、著者によれば、事故・災害に直面した人間は必ず一定のプロセス、「否認」→「思考」→「行動」を踏むという。最後の「行動」という段階まで昇りきれなかった人や、あるいは、このいずれかのステップで誤った判断・行動をとった人の多くが命を落としているというわけだ。

なお「否認」という段階とは、「危機に直面した直後に、現実を認めようとせず不審の念を抱く」という意味だ。たとえば「被災直後はあまりの事態の大きさに、信じたくない」というケースや、「過去の体験を過信するあまり、事態の大きさを、深刻なものとして受け止められない」というケースがこれに当てはまる。

この著者の主張を聞くにつけ、先日、仙台で被災された企業の常務にインタビューしたときのことが思い返される。この企業では工場の8割が被災したが、幸いにも死傷者は出なかった。しかし、津波が襲ってきた当初、再三の避難勧告を出したにもかかわらず、逃げなかった社員が4人ほどいたそうである。常務曰く「そんなにひどい津波になるわけがない、と高をくくっていたのではないか」とのことだった。

つぎに「思考」とは、否認から目覚めた(目の前で起きている事態を、ただならぬ事態であると気がついた)とき、人が次に踏むプロセスだ。この際、人は自分自身で結論を出さず、身近な誰かに相談することが多いそうだ。この相談にやたらと時間を費やし、一分一秒が大事な災害で命を落とした人も数多くいる、と著者は語る。

『911では生存者の少なくとも70パーセントが退去しようとする前に、他の人と言葉を交わしていたことが連邦政府の調査で分かった。生存者は何千本もの電話をかけ、テレビやインターネットのニュースサイトを確かめ、友人や家族にメールを送った。』

そして最後に「行動」という段階に移るわけだが、この段階でパニックに陥る人、麻痺したかのように全く身動きのとれなくなる人、ストレスにより視野が狭くなり(本では教唆視野と言っている)正しい行動をとれなくなる人が少なくないそうだ。

「では、どうすればいいの?」と疑問に思うところだが、色々な成功体験が載っているので、それは本を買ってぜひ読んでいただきたい。1つだけ触れておくと、”(体にたたきこむ)訓練”が大事である、ということらしい。911で死者を出さなかったモルガン・スタンレー社では、その8年前に起きた爆破事故を教訓として、毎年徹底的に訓練をやってきていたという。

そういえば今回の東日本大震災でも、高い評価を得られた組織(例:オリエンタルランドなど)の多くで、実は数多くの”訓練”を行ってきていた、というのは有名なところである。

■豊富な事例が魅力

正直、この本は全体的に”まとまり感”に欠けた感じが否めない。しかし、それも取り扱っている事例件数が膨大であるということを考えれば仕方のないことなのかもしれない。

1917年カナダのハリファックス港での貨物船モンブラン号の大爆発事故、1958年マンチェスター航空機事故、1979年のスリーマイル島原子力発電所事故、1993年の世界貿易センター爆破事件、2000年のヴァージニア工科大学銃乱射事件、同年ロシア原潜クルスクの沈没事故、2001年のアメリカ同時多発テロ事件、2005年のハリケーン・カトリーナ大災害・・・などなど、

ここには書ききれないほど多くの事件が取り扱われており、こうした事件を追うだけでも価値がある。

■自分を生かすも殺すも、結局は自分次第

さて、私自身はリスクマネジメントコンサルタントという肩書きの後押しもあってこの本を読んだことを否定しないが、正直、この本は誰が読んでも為になる本であると思う。私自身、この本で語られる様々な事例を自らに、また、家庭に当てはめてみて、改めて考え直さなければいけないなと思う点がいくつもあった。

今回の東日本大震災で災害に対する備えが必要だな、と少しでも感じた人は、読んで損のない本だ。

自らを救うチャンスは目の前にたくさん転がっている。それを活かすも殺すもみんな自分次第だ。


【リスクという観点での類書】
リスク、不確実性、そして想定外(植村修一著)
ケースで学ぶERMの実践(中央経済社)
地域防災力を高める(山崎登著)
巨大災害のリスク・コミュニケーション(矢守克也著)

===2011年11月5日(追記)===
2011年10月3日にNHKスペシャルで放送された”巨大津波「その時ひとはどう動いたか」”で、東日本大震災における名取市の動きを観察・分析した結果が印象深かった。正常性バイアス、愛他行動、同調バイアスといった行為が観察されたと言っていたが、まさにリプリー氏がこれまで過去の災害で見てきた行動と同じものが観察された、というのだ。我々はこれをどう活かせるだろうか、いや、活かさねばならない。

書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...