2011年10月2日日曜日

書評: 「レッドゾーン」

クラウンジュエルって・・・

『クラウンジュエルとは、敵対的な買収において、買収者が欲しがっているターゲット企業のコア資産やコア事業のことを指し、それをターゲット企業が故意に手放してしまうことにより、買収意欲を減じさせる方法を言う。』

私自身もMBAなどで習った言葉の1つ。他にも買収と言えば、MBO(経営陣自身が会社の株を買い実質的なオーナーになること)、EBO(従業員自身が会社の株を買い実質的なオーナーになるということ)、ホワイトナイトなど様々なキーワードが存在する。たとえば、日本では”すかいらーく”がMBOしたことで有名だが、実際は、我々素人がこうした言葉を耳にする機会はそれほど多くない。

ところが、こうした言葉が、生き物として頭に入ってくる小説がある。それがこれだ。

タイトル: レッドゾーン
著者: 真山 仁
発行元: 講談社文庫 (発行年:2011年6月1日)※レッドゾーンは「上」「下」巻2冊に分かれています

■中国国家の影がちらつく買収劇

この本はファンドの買収劇をテーマにした小説だ。主人公は、鷲津政彦(わしづまさひこ)という日本人。1986年にアメリカ最強のファンドKKLの日本法人ホライズン・キャピタルのトップとして日本に帰国。日本で買収合戦を繰り広げ、大旋風を巻き起こした人物・・・。ちなみにこの時の話は、シリーズ初回作「ハゲタカ」、二番目の作品「ハゲタカⅡ」で描かれている。

そして今回・・・舞台はマカオから始まる。そこにいた鷲津政彦に突然語りかけてきた謎の中国人。それが日本最大の自動車メーカーアカマ自動車を標的にした買収劇の始まりだった。今回の買収の裏には、圧倒的な資金力にものをいわせた中国という国家がそのものの影がちらつく。そのとき、日本は、アカマ自動車は、鷲津政彦は、いや、世界は・・・どうするのか。

■主人公が日本人であることの痛快さ

正直、前作「ハゲタカ」「ハゲタカⅡ」はあまりにも面白くて何度も読み返してしまったものだが、今回の作品も負けず劣らず面白い。この本・・・いや、シリーズ通じて読者を惹きつける特徴が色褪せていないからだろう。

1つは、フィクションでありながら、そう感じさせない真実みを持たせたストーリー展開にあるだろう。非常に良く調べてある。

もう1つは、ストーリーの奥深さ。人間的側面に対する描写が上手い。ファンド、買収・・・と聞くと、なんとなく派手な金銭のやりとりが全面に出てくるものと思ってしまいがちだが、単なる契約や金銭上のやりとりにとどまらない、その裏にある人間的な泥臭さを色濃く描いている。人の欲、心の葛藤、絶望。登場人物の個性もはっきりと伝わってくるので感情移入しやすい。

そしてもう1つは、主人公が日本人であることの痛快さ。金融工学の先進国と言えば、アメリカ、イギリスというイメージが強い。常に彼らが彼らに有利なルールを作り、そのルールに踊らされてきたのが日本・・・私にはそんな印象がある。そんな中にあって、1人の日本人が旋風を巻き起こす。そこに気持ちよさを感じるのは私だけではないはずだ。

■1粒で4度おいしい

さて、そんな「レッドゾーン」。専門用語でも非常にわかりやすく描いてくれているので、私のように「大学で勉強したけれど実際を経験したことがないのでもっと知りたい」という人はもちろんのこと、少しでも買収という世界に興味ある人・・・にはお薦めの作品だ。

さらに「映画版は観たことがある」という人(この作品には映画版もある)。「もう観てしまったから、内容はある程度一緒だろうし、今更原作を読む気はしない」。もしそう思っているとしたらそれは間違いだ。実は、私自身がその口だったから、そう断言できる。モチベーションがやや低い状態でありながら原作を読み始めたのだが、読んでみたら、「次はどうなる、次は? その次は?」と小説の世界にあっという間に引き込まれてしまった。というのも、”あとがき”で著者自身も述べているのだが、映画と原作は全く違う仕上げになっているのだ。

1粒で2度おいしい。いや、3度も4度も愉しめる・・・。そんな作品である。

【関連リンク】
「ハゲタカ」(小説)
「ハゲタカⅡ」(小説)
「ハゲタカ」(映画版予告)





====2011年10月5日追記====
2011年11月5日の記事に、MBOについてこんなことが書かれていた。
 MBO(経営陣が参加する買収)による上場廃止に動く企業が増えている。今年1〜9月のMBOは15社で、昨年の実績を上回った。2011年暦年では3年ぶりに過去最高を更新する公算が大きい。業績が悪化した企業が金融機関の後押しを受けて、経営改革を機動的に進めるのが狙いだ。上場の負担が重いためにMBOが増えている面もあり、投資家の株離れを招くとの声も出ている。
 M&A(合併・買収)助言のレコフによると、MBOによる上場廃止を今年1〜9月に発表した企業は、昨年の実績(13社)を超えた。このうち8社が7〜9月の発表で、四半期ベースでは08年7〜9月(9社)以来の高水準となった。11年は最高だった08年(17社)を上回るとみられる。
 上場廃止を決断するのは中堅企業が多い。DVDレンタルの「TSUTAYA」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブや、雑貨専門店「フランフラン」を運営するバルスなど、知名度の高い企業も目立つ。短期的な業績の変動や株価の動向に左右されず、抜本的な事業改革に取り組む狙いがある。(日経新聞より抜粋)

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