2015年6月8日月曜日

書評: プリズム

プリズム
著者: 百田 尚樹
出版社: 幻冬舎文庫



百田尚樹氏の小説だ。主人公は、既婚で32歳の梅田聡子(うめださとこ)。子供に恵まれず、外に出て働くことを決意。物語は、彼女が、とある裕福な家庭・・・岩本家での家庭教師面接を受ける場面から始まる。家庭教師の対象は、小学五年生の修一。その父は、洋一郎。そして、母は雅子。ごく普通の家族構成だが、実は岩本家にはさらにもう一人、男がいた。なぜか、会うたびに異なる人物に見える。まるでそんな男などいないかのような家族の振るまい。何気なく出会ったこの不思議な男をきっかけに聡子の生活は、大きく変わり始めていく・・・。


本書は、解離性障害・・・いわゆる“多重人格者”をテーマにした恋愛小説だ。多重人格者の話はこれまでにも色々な形で耳にしてきたが、私個人的には、本書を読んだ後でも、まだどうも信じられない。これは仕方のないことだ。まさに“百聞は一見にしかず”で、人格が変わる本人を実際にこの目で見てみないと、他人が書いた描写からでは判断しようのないことだ。

だが本書は、小説という形を通じて、多重人格者がどのような症状を持っているのか、どのような悩みを持っているのか、まわりにどのような影響を与えるのか、そして、どのような治療を受けるのか・・・など、全てを克明に描いている。まさに、解離性障害とはなんたるか・・・についての啓発・啓蒙小説とも言えるだろう。百田尚樹氏のことだから、おそらく、徹底的にこの症状について研究し、ニュートラルな立場から、描こうと努めたのだと察する。その意味では、架空の話でありながら、リアリティ感があり、読み手をひきつけることには十分成功している。

健常者であったとしても、酒が入れば人格が変わる人はたくさんいるし、ストレスのたまり具合で躁鬱が激しく変化する人もいる・・・解離性障害という者の真偽は別にしても、「人間誰しもプリズムのような精神状態を持っているではないか。似たようなものではないか」・・・という登場人物の言葉は、私のような疑い深い人間に対する百田尚樹氏の皮肉にも聞こえるが、それがまた百田尚樹氏の独特なテクニックであり、この作品の魅力につながっているのだろう。


【百田尚樹氏の別の小説】

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