2020年1月8日水曜日

書評: 世界一のプロゲーマーがやっている努力2.0 ときど

本書は、プロゲーマー「ときど」の挫折と栄光・・・その裏では何が起きていたのかを詳かにしてくれている本だ。挫折とはなにか? 当初、(東大合格にも役立った)「正解に最短で辿り着ける能力」のお陰で常勝だったはずが、スランプに陥ったのだ。しかし、彼は自分に何が足りないのかを見つめ直し、そこから立ち直って再びトップに立った。

本書を読むことで、「プロのゲーマーってどんなものかな」といった一般的な問いに加え、「eSportsってどんな世界なんだろう」「別のプロの職業と何が違うんだろう」「一般人が何かそこから得られる人生経験はないだろうか」といった問いに対するヒントを提示してくれている。わたし自身、ゲーマーでもなんでもないが、こうした問いの答えを知りたいと思い、本書を手に取った。

著者ならではの「東大受験」との絡めた話が特徴的ではあるが、ゲーム「ストリートファイター」の「豪鬼」というキャラクターをどう操作してどう失敗したか、誰と対戦したときにどう感じたか・・・など、とことんゲーム世界を事例話が全体の中心を占める。だからといってゲームをやったことがない人や興味のない人が理解できないものかというとそういったことでもない。内容を抽象化するなどして対象読者を広げようという意図は見られず、良い意味で、そのブレのなさに清々しさすら感じる。

文中、「僕が感じているゲームの面白さやポテンシャルを、一人でも多くの人に知ってほしい。それがいまの、僕のポリシーです」と語っているが、まさにそういうことだろう。

一番、印象に残ったのは次の一文。

「心のエネルギーは無限ではない。時間や労働力と同じで『有限のリソース』なのです」

どんなに好きなものであっても、それがたとえ子供がかじりついてでもやるようなゲームであっても・・・リソースは無限大ではないということ、だ。

だからだろうが、著者は「努力2.0のモットーは無理をしないこと」と文中、言い続けている。加えて「自らがどうなりたいか」というポリシーをもってないとダメだとも。ポリシーがないと、心のリソースが枯渇したときに疲れ果てて迷走してしまうし、そこから戻って来れなくなる、そう言いたいのだろうと思う。ちなみに私にも心当たりがある。社会人になったばかりのとき、ITセキュリティエンジニアの道を選び、実際にその道を極めつつあった。しかし、ゲーマーの世界ほどではないが環境変化の激しい世界だ。メーカーから新しいプロダクトや技術が次から次に出てくる。しかもメーカー主導の知識・技術は、せっかく覚えたものでも、どんどん陳腐化していく。あるとき、それに疲れきってしまった。心のリソースの枯渇である。

おそらく昔はそんなときでも「根性で乗り切れ」だっただろうが、それだけではなんともならないということを著者自身は身をもって体験したわけだ。

このほか、著者の次のような発言も印象に残った。

「日々の仕事、生活の中では『好きではないが、やらないといけないこと』が、誰にでもあるはずです。僕はこれらの『グレーなこと』=『義務』に対してもしっかり受け入れることが大事だと思っています。言い方を変えると、やるかやらないかを「自分で決める」のです。実際には拒否できない義務だったとしても『やると、自分で決める』。すると、嫌々対応していたときには出てこなかった工夫や楽しみを見つけることができるのです」

これにも強く共感を覚えた。「義務」なので「やらされている」には違いないが、そこで気持ちを留めず、「義務に従うことを自分は決めた」という解釈をすれば「その道を選んだのは自分」(実際に「義務に従わない」という選択肢がないわけではないし)という意識になる。そのような能動的な思考は、そのあとの活動を支えてくれる。

最後に、もう1つだけ本書を読んで感じたことを述べておきたい。たまに「eSportsはスポーツでもなんでもない」なんていう発言を耳目にするが、「人が簡単にできないことをやってみせて多くの人を魅了する」という点で、eSportsは他のプロスポーツと一緒だなと本書を読んで思った。市民権を得るまでにどれくらいの時間を要するかわからないが、間違いなくそうなっていくだろう。本書を読んでそう思った。


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