2012年7月23日月曜日

書評: 人間の基本

●生活保護の受給者は医療費の自己負担はゼロ。
●少しでも怪我をさせる可能性のある遊具は公園から除去。
●一部の優先席を設けても誰も譲らないから、全席を優先席に変更。

上記は3つは私が勝手に気がつくところを挙げたものだ。正論に聞こえるが、心のどこかにひっかかるものを感じる。”奥歯にささった小骨”のように、気にはなるけど、それが何か、どこにあるのか、良く分からない。そして、取れない。

みなさんにも、そんな経験がないだろうか?

曽野綾子氏の「人間の基本」は、彼女の豊富な知識と経験、そして卓越した文章能力をもって、我々が人間が生きる上で何かひっかかるもの、すなわちこの”見えない小骨”を取り出してくれる本だ。

人間の基本
著者: 曽野綾子
出版社: 新潮新書


曽野綾子氏の次のような一文がある。

『私が考える教育とは、多少なりとも悪い状況をあたえて、それを乗り越えていく能力を付けさせることですが、今は、良い状況を与えるのが教育とされています』

この指摘には自分にも心当たりがある。たとえば私の場合、我が子供達が勉強しやすいように専用の机を買い与えようとか、専用の部屋を与えようとか・・・。できる限りよりよい環境で、との想いから、色々なことを優遇してきた。しかし、きっと子供は、勉強したい・しなければならない・・・という思いさえあれば、勉強する机がなくても、みかん箱をひっくり返してでも、勉強をする、そういうものなのだろう。むしろ、そのようにハードルを超えてたくましくなっていく、ということなのだろうと思う。

このほかにもこの本を読んでいると「人と地面がまるでつながっていないのです」、「自由というものは義務を果たしてこそ自由なのだから」、「私は個性的でしょう、と表面的にアピールするのはただの勘違いであって、単に他人のことを考えられない、自分中心で他者が希薄ということです」など、心に残る指摘が数えきれないほど出てくる。

ただし、それは曽野綾子氏が人から見聞きしただけの単なる理想論話ではなく、彼女自身が、見て聞いて触って感じた・・・彼女の正直な本音なのである。

それが手に取るように伝わってくる一文がある。

『以前、人に進められてある宗教団体の教祖の自伝を読みかけましたが「とにかく自分は哀れな人を救うのが好きで、幼い時から自分は食べなくても人には食べさせた」というような記述が延々と続いて、どうしてもついていけませんでした・・・(中略)・・・良いことは結構だが、良いことだけでもやってはいけない、という気がしてしまいます。周りを見渡してみても、自分を含めて皆いいかげんで、おもいつきで悪いことをしたり、ずるをしたりする。でも、いいこともしたいんです。その両方の情熱が矛盾していない。それが人間性だと思うのです。』

そう、それは酸いも甘いも理解して説教する寺の坊様のようでもある。坊様との大きな違いは彼女は文章表現のプロである・・・ということだ。耳障りではなく、しかし、いちいちグサグサと突き刺さる。

”人生”という名のシャツのボタンのかけちがえに気づかせてくれる貴重な本だ。全ての人が読むべき本だが、特に人に指導をする立場にある人・影響を与える立場にある人・・・そう、教育者や親は必読だろう、と思う。

【類書】
人間の分際(曽野綾子)

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