著者: 三浦しをん
出版社: 徳間書店
■都会人 vs 田舎者 with 林業
神去村(かむさりむら)では、「なあなあ」という言葉が、最も便利な文句の1つらしい。「なあなあ」とは、ゆっくり行こう、まあ落ち着け・・・という意味だ。
主人公は、横浜出身の平野勇気(ひらのゆうき)。特にこれといった特技も、やりたいことも持たない、高校を卒業したばかりの19歳。「さて、のんびりとフリーターでもしようか」と思っていたところ、彼の先生が勝手に、林業への就職を前提とした1年間の研修制度へ応募した。親は反対するどころか、その制度への参加に大賛成。主人公は、わけが分からぬまま、神去村へ送られる・・・。本書は、都会人丸出しの主人公と、林業で生活する”なあなあ感”いっぱいの神去村の住人達の化学反応を描いた物語だ。
■読者を魅了する4つの要素
この本は単なる小説ではない。ある意味、主人公の平野勇気は読者自身だ。”勇気”が林業を修業する=読者も林業に詳しくなる・・・という仕組みの小説になっている。つまり、この本を読むと物語を愉しみつつ苦痛なく、林業に詳しくなれるのだ。
この本には読者を魅了させる、三浦しをん氏独特のスタイルが反映されている。それは、話がどう展開するかわからないドキドキ感と、知らない世界(マイナー職種)をもっと知りたいと思わせるワクワク感を、読者から引き出す著者のワザのことだ。三谷幸喜氏を彷彿とさせる要所要所のコミカルな演出も印象的だ。
『力づよくメドのほうへ、ヨキや清一さんたちが立つ方へ、死から生へ、引き寄せられる。「ファイトォォォ!」こめかみに筋を立て、ヨキが吼える。ふざけてる場合か、と思ったけど、オレも右腕に渾身の力をこめて吠えかえした。「いっぱぁあつ!」。』(本書より)
ところで、三浦しをん氏と言えば、2012年の本屋大賞に輝いた「舟を編む」が有名だが、本書もそれと同じスタイルで描かれていると言えば、わかりやすいだろう。「舟を編む」が辞書作成業にスポットライトを当てた物語であるのに対し、「神去なあなあ日常」は、林業にスポットライトを当てた物語といえる。
本書には、こうした特徴に加え、もう1つの要素が加わる。田舎独特の空気感というか・・・都会人が失ってしまったもの・・・つまり、のんびりとした雰囲気と強い仲間意識(≒よそ者排他感)を持つ社会が描かれており、都会に住み慣れた読者の憧れを誘う。ただし、単なる憧れ者を否定する生きる厳しさ・・・みたいなものも上手に描かれている。
■”なあなあ感”を求める人へ
わたしは常に「何かを習得したい!」という想いがあるため、読書においても、どちらかと言えば、自己啓発本や専門書、ビジネス書の類を好んで読む。ただ、こういった本ばかりを読んでいると、常に似たようなテーマ、似たような文体、難しい専門用語にさらされることになるし、内容を自分の人生に照らし合わせてみたり・・・など、疲労感を伴うことが多い。
だからだろう。そんなとき、こんな「なあなあ感」丸出しの小説を読むと、とてもリラックスできる。
「本からリラックスしながら(知識など)何かを得たい」と求める人、「ちょっと変わった本を読みたい」と思う人、「舟を編むにハマった」という人・・・そんな人たちに間違いなくオススメできる一冊だ。
【類書】
・書評: 舟を編む
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