2013年5月19日日曜日

多くの日本企業が「似たような事業」に取り組んでいる

月刊VOICE2013年6月号
今回、月刊VOICE2013年6月号で最も印象に残ったのはローランド・ベルガー氏の次の話だ。

『私が見過ごせないと思うのは、多くの日本企業がじつは「似たような事業」に取り組んでいる事実である。ソニー、日立、東芝、パナソニックといった日本企業は、同業他社をベンチマークにしすぎるあまり、いずれも同じようなビジネス、市場にフォーカスしている。』
(ユーロが強い通貨であり続ける理由 ローランド・ベルガー)

要するに、「日本企業はグローバルで戦うには非常に非効率だ。似た事業をするならくっつくべきだし、そうでないならもっと差別化を図るべきだ」・・・そんな指摘なのだと思うが、”同業他社をベンチマークしすぎるあまり”という言葉に激しく同意したい。そして、この指摘は何も事業戦略に限った話ではない、ということを付け加えておきたい。私は、企業に対してリスクマネジメントのあり方をコンサルティングさせていただく立場だが、プロジェクト期間中に十中八九聞かれる言葉が

「他社はどうしている?」

という質問だ。自分たちがどうしたいか?どこまでリスクをとりたいか?を決めるのに、その判断基準の多くを他社に求めてしまうのである。市場の攻め方も一緒なら、守り方も一緒・・・。これまでは需要があったのでそれでも通用したが、グローバル化が進み、供給者の競争が激化する今日・・・これでは生き残れないのではないか・・・と、生意気ながら、危惧してしまうのである。


以下は、その他月刊VOICE2013年6月号で私の目にとまったもの。

『最近、自らの意見は述べず、その傍らで誰か著名人が発した刺激的な言葉を世の中に流布させようとするメディアが目立つ』
(高校野球で見えた「狡い」メディアの姿 杉山茂樹)

『まずアメリカだが、これは完全に復活したのではないか、と思うほどの状態だ。』
(世界のマネーは米国をめざす 大前研一)

『たとえば過去五~六年のあいだ、円はドルに対して約四割上昇した。そして韓国ウォンに対しては約五割上昇したのだ。』
(「東京特区」が日本経済の景色を変える 竹中平蔵)

『「ロシアはエネルギーを政治の武器に使用する」という間違ったイメージが日本国内にも広がってしまったからだ。そもそもウクライナへの(ロシアによる)天然ガス供給停止は、ウクライナが天然ガス料金をロシアに払わないばかりか、ウクライナ領を通過するパイプラインからの天然ガスを違法に抜き取る行為を、恒常的に行っていたことに対するロシア側の懲罰的な措置であったのである。』
(いまこそ「エネルギー日ロ同盟」を結べ 藤和彦)

『日本式の(意志決定)モデルは、”正しい”選択をするために十分な情報をもつべきだ、というものでしょう。いい替えれば、何かを選択する際には、経験を十分に積んでおかなければならない、ということです。一方、アメリカ式のモデルは、とにかく選択しなさいというものです。”正しい”選択というのは、まさに選択することからしか学べないというわけです。』
(安倍総理の「過去の失敗」は名誉の勲章だ シーナ・アイエンガー)

『部長職で定年退職した人の平均余命がいちばん短く、役員になった人や、部長に昇進できずに定年退職した人の平均余命は長い傾向が見られました。上場企業を足し良くした人に話を聞くと、「役員になる人には、いい加減な人がいるけど、部長で定年になる人は、非常にまじめな人が多い」と教えてくれました。』
(免疫力を高める中高年の秘密兵器 奥村康)

2013年5月18日土曜日

書評: 中学受験という選択

中学受験という選択
著者: おおたとしまさ
出版社: 日経プレミアシリーズ


■育児・教育ジャーナリスト・・・中学受験を語る

「中学受験したほうがいいよ」
「中学受験するなら小学校中学年からはじめないと」

小学三年生の息子を持つわたしは、最近、似た家族構成の親御さんたちから、このような言葉を頻繁に聞くようになった。わたしは現在40歳だが、学生時代にはこのような選択肢はほとんどなかったように記憶している。子供たちに選択肢が増えることはいいことだ。ただ、中学受験がなぜ注目されるようになったのか、なぜ人気を博しているのか・・・実のところ、わたしは中学受験のメリットがよく分かっていなかった。もっと言うと「勉強漬けになって子供がかわいそう」「結局は親のエゴに過ぎない」など・・・良く聞こえてくる主張は本当なのか、あるいは、ただの偏見に過ぎないのかさえも、理解できていなかった。そして、これはわたしだけではないハズだ。本書は、わたしを含めこのような疑問・悩みを持つ人たちのために書かれた本である。

ちなみに、著者のおおたまさとし氏は育児・教育ジャーナリストだ。どれだけの著名人なのか、実績を残している人なのかは知らないが、以前、水道橋博士のラジオ番組にゲスト出演した際に、氏の話す内容が至極まっとうに聞こえたので「では、本を読んでみようではないか」という気になり、本書に手を出すことになった次第だ。

■中学受験の良さを理解した上で、上手にトライするための虎の巻

こういった類の本を読むときには著者のスタンスを知っておくことが大事になる。人の意見に流されやすい人ならなおさらだ。著者が中学受験推進派なら、読み手も自然にそっちのほうに流されていくことになる。逆もまたしかりである。おおたまさとし氏はどうなのか。結論から言うと、”食わず嫌い否定派”である。つまり、「中学受験は駄目だ、駄目だ・・・とか色々言われているけれども、ちゃんと目を見開いて事実を確認して欲しい。その上で、そのメリットに納得ができたのであれば、積極的にトライすべきだ。」というスタンスである。

『中学受験といえば塾である。特殊な場合を除いて、まったく塾に通わないでの中学受験は無謀だ。しかし、塾に対する世の中のイメージがこれまた悪い。”お弁当をもたされて、夜遅くまで塾に通わされて、今の子供は本当にかわいそう”という声をよく聞く。多くの場合、思い込みではないかと私(著者)は思う。ベネッセ教育研究開発センターが・・・』(本書第二章 塾通いは本当に「かわいそう」なのか、より)

この著者のスタンスを本の構成で捉えると、全8章のうち、最初の1~3章(約4割)を中学受験に対する偏見払拭のために割いている。残りの4~8章(約6割)を中学受験をする上で知っておくべきことに割いている。特に後半では、中学受験に失敗した人、成功した人・・・の具体的事例を紹介することを通じて、読者に対する心構えを説いている。

■正しい決断を下すためのインプットの1つとして

この本から得られるアウトプットは人それぞれだ。たとえば私は(今後、どう気持ちが変化するかは分からないが、少なくともこの本を読んだ直後は)「あぁ、うちは中学受験はいらないかな」という結論を得た。これは本書のお陰で「中高一貫学校に進学した人のほうが、大学受験で有利になるのかも」という考えが必ずしも正しくなかったことがわかったからである。何よりも、やはり親子共々大変そう・・・という印象が強かった(笑)。もちろん、わたしとは逆に中学受験の合格発表のときにある家族が全員で涙を流した事例を目にして、「あぁ、やっぱり中学受験させてみようかな」と思う人がいてもおかしくはないだろう。

重要なことは、この本を読んだからと言って、過った決断を下してしまう・・・という可能性は低そうだ、ということである。むしろ、正しい決断をだすための有益な情報源の1つになるもの、と言えるだろう。自分の決断を担保するために、できれば別の著者の本も読んでおきたいところだが。

少なくとも・・・

・中学受験の功罪を知りたい人
・中学受験に疑念を持っている人
・中学受験をすると決めたけど、どんな心構えをしておくべきか知っておきたい人

そんな人にオススメの本である。

2013年5月11日土曜日

書評: 実践 日本人の英語

実践 日本人の英語
著者: マーク・ピーターセン
出版社: 岩波新書
■あのマーク・ピーターセン教授が書いた英語のライティング実践編

昔、スペイン人の友達が「僕は30歳です」というのを英語で I have 30 years old と言ってきたことがある。もちろん、これは正しくない。正しくは、I am 30 years old だ。でも、なぜスペインの友人は am ではなく have を使ったのか。それは、スペイン語ではそのように(”年齢を持つ”と)表現するからだ。これは言ってみればスペイン人ならではの間違いだ。同じように日本人ならではの間違いというのも多々存在する。そんな日本語表現にスポットライトを当て、正しくは英語でどう表現すべきかについて、実例を踏まえながら理路整然とわかりやすく解説しているのが本書である。

この本の執筆者、マーク・ピーターセン教授は知る人ぞ知る、日本人向け英語解説本の大家だ。アメリカ出身者だから英語に精通しているのはもちろんだが、(氏の書いた本を読むと分かるが)日本語への精通度も半端ではない。過去に「日本人の英語」「日本人が誤解する英語」などを出版している。

■なにが実践的なのか?

「日本人が誤解する英語」も、今作「実践編 日本人の英語」も、何となくだが似ている。どちらも日本人だからこそ間違えやすい英語に言及しているという点では一緒だ。また、部分的に同じような解説も見られる。では、いったいどこが異なるのか? いったい何が実践的なのか!?

前者が文法視点でテーマを分け、解説しているのに対し、後者は日本人が良く使う日本語視点で章立てをし、解説をしてくれている。したがって、たとえば「日本人が誤解する英語」では、前置詞、冠詞、仮定法、使役動詞、受動態などといった言葉がずらっと目次に並んでいるが、「実践編 日本人の英語」では、「~の~」「もし~なら」「~だけ」「ほとんど」「結果として」「~など」といったような、日本人なら誰もが良く使うフレーズが目次に並んでいる。

つまり、同じ誤解を生じやすい英語の中でも、よく使う日本語に焦点を当てている・・・という点が、本書を実践編と呼ぶ所以と言えるだろう。

■この問題を間違えるなら買う価値あり

せっかくなので、ちょっと考えてみて欲しい。以下に3つの問題を出す。

第一問)
みなさんは、「体重が減りました」を英語でどう表現するだろうか。なお、体重は "weight"、減るは "lose"(過去形は "lost") を使う。

第二問)
「東京で友達に会えた」を英語でどう表現するだろうか。なお、友達は"friend"、会うは"meet"を使う。

第三問)
街の情報を英語で「the information of the city」と書いた。どこが間違っているだろうか。

回答はこの書評の一番最後に書いておくが、もし、間違った人は本書から得られる学びは、それ相応のものがあると言えるだろう。本書には、このように「えっ!? それ、間違いだったの!?」「えっ!? 何が問題なの!?」と思えるような英語に対する解説が、たくさん登場する。ちなみに、私に関して言うと、カンマやイタリック体を使った場合の文意の違いについて学ぶことができたので大きな収穫だった。

■英語のライティングを極めたい人なら2冊とも読んでおきたい

さて、学び多き本ではあるが、対象読者層は、本当にライティングを極めたいという人に限定されるかもしれない。具体的にはたとえば、研究者や院生など英語の論文を書く機会の多い人や、私のように仕事で英語を使う機会が多い人、あるいは、英語の先生なんかも知っておいて損はない。いや、先生なら、こうしたことを知っておいて欲しい。断言できるが、わたしが学生時代の英語の先生は、こんなことをとてもとても理解して英語を押してくれていなかったように思う。

なお、先述したように「日本人が誤解する英語」「実践 日本人の英語」も似た内容をカバーしてはいるが、それぞれ特徴がある。両者は、補完関係にあると言えるので、ライティング力を真剣に伸ばしたいという人なら両方の本を読むことをオススメする。そうではなく、ちょっと気軽に知ってみたい、学んでみたい・・・という人・・・そういう人には、良く使う日本語視点で解説してくれている、この「実践 日本人の英語」がちょうどよいかもしれない。

★問題の解答)
第一問) I lost weight が正解。もし、I lost my weight と書いたのなら間違い。
第二問) I was able to meet him が正解。もし、I could meet him と書いたのなら間違い。
第三問) of ではなく、 about もしくは on が正解。
※理由を知りたい方は、ぜひとも本書を読んみてください。



【類書】
 ・日本人が誤解する英語(マーク・ピーターセン著)

2013年5月9日木曜日

書評: 「はじめての積立て投資1年生」ほか1冊

今回は、比較的狭い分野に限定された本であるだけに、読んだ2冊をまとめて紹介させていただく

忙しいビジネスマンでも続けられる毎月5万円で7000万円つくる積立て投資術
著者: カン・チュンド
出版社: 明日香出版社


はじめての積立て投資1年生 ~1万円からコツコツはじめて増やせるしくみがわかる本~
著者: 竹内弘樹 (監修:尾上堅視)
出版社: 明日香出版社



■リターンが低いのもリスクが高いのも嫌!というわがままな人向け投資術解説本

初心者向け積立て投資術の本である。なお、積立て投資術とは、”投資信託”と呼ばれる金融商品を使って、コツコツ上手に貯めて子金持ちになりましょう・・・というテクニックのこと。また、投資信託とは、(誤解を恐れず、私流にわかりやすく表現すると)FXほどハイリスクハイリターンでもなく、株式ほどミドルリスクミドルリターンでもなく、普通用金や定期預金ほどローリスクローリターン※でもない・・・言わばちょいミドルリスクちょいミドルリターンのような金融商品のことである。株式やら債権やら・・・個々にそれぞれを見ればリスクが高いものも、色々と組み合わせて福袋化することで、適度なリスクで適度なリターンを見込めようになる・・・そんな発想から作り上げられた商品のことだ。

ちなみに私はFXに手を出したことがあるが、20万円を専用口座に振り込んで最初の1ヶ月で10万円儲けた。ただし、翌月には13万円を失い、トータルで3万円のロスになった。こちらは投資信託に比べて、まさにハイリスクハイリターンの商品と言える。

※普通預金は元本割れを起こさないという点でノーリスクだが、貨幣価値そのものを減少させてしまうインフレに対してはノーリスクですまないので、あえてローリスクという言い方をさせていただいた

■わかりやすさの中にも、違いあり

各本の特徴について述べたい。「積立て投資術」は、”超”がつくほどシンプルさが際立つ本だ。理由は、読者が明日から何をすればいいか・・・明確な道筋を示しているからだ。無数にある積立て信託を行うための窓口会社の中から、具体的に4つの会社の名前を挙げている。それだけでない。買うべき投資信託の種類までほぼ特定している。さらに、著者はあくまでも”一例”とエクスキューズしているものの「毎月5万円で7000万円つくる」というゴール設定まで、読者の代わりにしてくれている。見出しの一部になっていることからもご理解いただけるハズだ。「選択肢を提示されてもよく分からない!」というとことん甘えん坊の読者は、とりあえずこの本の著者が言うままに、推奨する窓口会社で、推奨された商品を買う・・・そんな感じになるだろう。

「はじめての積立て投資1年生」は、同じく、わかりやすさという点と、このあたりを買えばいい・・・というおおよその方向性を示してくれているのが特徴的だが、「積立て投資術」に比して、幾ばかりかの選択肢を読者側に残している。だからだろう。もう1つの特徴には、実際に投資信託の種類を選択する場合の判断材料になる投資信託説明書の読み取り方や、インターネットで投資信託を購入するための操作方法を、実際のマネックス証券の画面を例にとりながら、解説してくれている点が挙げられる。

ちなみに、私自身、なぜこの2冊を買ったのかと言えば、やはりAmazonでの評価が高かったからだ。で、読んでみてどうだったかと言えば、その評価は妥当だったように思う。特徴を述べる際に触れたように、これらの本を読めば、投資信託を理解できるだけでなく、明日から具体的にどうすればいいか・・・その答えを得ることができる。

■投資信託に既に何らかの興味を持っている初心者にこそオススメ

では、最後にこの本の対象読者は誰か? 以下のいずれかに合致する人は読むべきだろう。言い換えると、”積立て投資術”に興味のない人は読むべき本じゃないし、興味がある人は読むべき本だと思う。

・投資信託が、何なのかを知りたい
・とりあえず投資信託を、気軽に始めてみたい
・何も考えずに投資信託を始めたが、きちっと理解しておきたい

わたしの場合は、3つめが当てはまるが、この本を読むことで不景気のときにこそ投資信託をやるべきという意味をようやく理解することができたし、投資信託の窓口会社の良し悪しの判断の仕方も理解できた。その意味では、これらの本を買ったのは正解だった。

  

2013年5月6日月曜日

書評: あんぽん ~孫正義伝~

この本・・・なんだか分厚いし、装丁は古めかしいし、タイトルは間の抜けた感じがするし、著者の佐野眞一氏は最近、橋本市長に「血脈主義者め!」とたたかれてたし・・・。孫正義(そんまさよし)に興味があって数ヶ月前に買ったものの、ずっと本棚に放りっぱなしになっていた。だが、昨日、ようやく重い腰をあげて読んだ。結論から言おう。素晴らしい本に出会えたことに感謝したい。

あんぽん ~孫正義伝~
著者: 佐野 眞一
出版社: 小学館


■ソフトバンク社長のルーツを三代にまで遡る本

『今から一世紀前。韓国・大邱で食い詰め、命からがら難破船で対馬海峡を渡った一族は、筑豊炭田の”地の底”から始まる日本のエネルギー産業盛衰の激流に飲み込まれ、豚の糞尿と密造酒のにおいが充満する差が・鳥栖駅前の朝鮮部落に、1人の異端児を産み落とした。孫家三代海峡物語、ここに完結!』(本書の帯より)

本を開く前から、鮮烈なメッセージが目に飛び込んでくる。いったい何が孫正義(そんまさよし)というカリスマを生んだのか。本書は、著者佐野眞一氏が、孫正義の生まれ育ったルーツにこそ、そのヒントがあると確信し、自身の足で徹底的・客観的に事実を調査し、そこに著者なりの考察を加え、答えを導き出そうとしたものである。そのようなわけで、この本には孫正義本人が誕生してからこれ(2011年)までの年表はもちろんのこと、西暦500年頃にいたという韓国の筍(スン)将軍にまで遡る家系図までついている。体裁だけを見れば、さながら、既に亡くなった偉人を語る伝記物語のような印象だ。

■孫正義、血脈、佐野眞一・・・この本がもたらす4つの驚き

気がつけば口をアングリ開けながら一気に読み進めていた。本書の魅力は実は次の4つの驚きに集約されるといっても過言ではない。

1つめは、孫正義の異才ぶり。たとえば、小学校三、四年生のときに「コーヒー何倍飲んでも無料」というアイデアを出して、父親のお店を繁盛させたという話。中学校三年生のときに、学習塾のビジネスプランを書き、自分がオーナーになる前提で、当時の担任を雇われ社長としてスカウトしようとしたという話。彼にまつわる話のほんの一部にしか過ぎないが、これだけでも彼のバイタリティと強烈な才能をうかがい知ることができる。情けない話だが、わたしは驚愕の連続だった。

2つめは、血脈がもたらす影響の大きさ。”血脈”というと(橋本市長の件もあるので)誤解のないように言い換えると、血脈をきっかけとした”育ちの環境こそ”が孫正義というカリスマを作り上げたという事実だ。豚小屋同然の超極貧生活。在日という事実がもたらすイジメや就職上の制約。度量の大きい商魂たくましい父親(三憲)の存在。どんなに差別されようとも正しいことを貫く姿勢を見せる祖母の存在。ヤクザのような身内・・・。人によっては覆い隠したい過去かもしれないが、一方で、これら全てが、今日の孫正義を生む要素であったことは紛れもない事実なのだ。

3つめは、孫正義の潔さ・・・というより肝っ玉の大きさ、といったほうがいいだろう。本書は、現代のプライバシー保護主義を真っ向から否定するような本でもある。自分の家に出入りしていたカタギではない人達の話。部落出身であり、在日であるという話。たとえ成功者であっても、当事者であれば、誰もが隠したいであろう事実・・・いや場合によってはタブー視されてきたことさえもあけっぴろげに書かれている。小学校時代、孫正義氏は在日ということで差別を受け、石を投げられたとある。今ですら、ツイッターなどで「在日のくせに日本のことに口出すな!」などという暴言を受けることが少なくないという。

4つめは、著者、佐野眞一氏の取材力だ。わたしが過去に読んだ本の数などたかがしれているが、たとえば、西郷隆盛を追った「南海物語(加藤和子著)」、陸軍中将根本博を追った「この命、義に捧ぐ(門田隆将著)」。取材力・・・という一点のみで語れば、それらを遙かに凌いでいると感じた(ただし公平をきすために言えば、孫氏もその近親者もまだその多くが現役で情報を得やすいということも大きな要因と言えるだろう)。帯にあった”孫家三代海峡物語”とは、決して大げさな話ではなく、著者は日本と韓国をまたにかけ、孫正義張本人とその両親、祖父・祖母・・・あるいは彼らを知る近親者に直接インタビューを敢行している。

■様々なエッセンスが凝縮されている素晴らしい本

このように佐野氏の取材力と洞察力のお陰で、本書を読むと、孫正義のすごさ(あるいは、世間でいうところの”うさんくささ”)と、その理由の全てが分かるのだ。

加えて、八面六臂に活躍している(だが一方で頻繁に叩かれている)孫正義という人間を心から信じていいものなのかどうなのか、それを知るための足がかりにもなる。正しいことを貫く難しさと大切さ、コンプレックスを持つ者や、早くからやりたいことを見つけた者の生命力、海外に出ることの意議など、資本主義社会で成功するためのヒントも得られる。そして何よりも「自分のしてきた苦労なんぞ、本当にたかがしれている。まだまだ頑張らねば。」という励みにもなる。

嘘偽りのない人間くささがいっぱいつまっている。わたしがこれまでに読んだ中でも、驚かされることがとにかく多い、イチオシの一冊だ。



【孫正義氏に関連する類書】

2013年5月4日土曜日

書評: 感じる科学

駅から自宅までの道のりで、普段とは違う角をまがって歩いて帰ってみる。すると・・・「ええっ! こんなところに、こんなにいい店があったのか!?」なぁんていう発見があったりする。いつもとちょっと違う行動をしてみただけなのに、とてもすてきな発見ができた・・・みなさんは、そんな体験ないだろうか!? そのときの得した感・・・といったら、もうなんともたまらない。

実はつい最近、そんな体験があった。この本を読み終えたときだ。

感じる科学
著者: さくら剛
出版社: サンクチュアリ出版



本はたいていアマゾンで買う。そしてたまに市営図書館で借りる。しかし、このときは地区センターという地元にあるとても小さな図書室に足を運んで本を借りた。蔵書も少ない。雰囲気も暗い。普通であれば、借りるモチベーションがわきおこらないところだが、「意外にこんなところでしか出会えない本があるかも」などといういい加減な期待をもって、借りたのだ。

■相対性理論から進化論まで

本書は、習ったはずだけど覚えていない、ニュースでよくみるけど理解できない、重要なハズなんだけど好きになれない・・・そんな”科学”のテーマを、かき氷の氷のようにかみ砕いてかみ砕いて・・・易しく解説した本である。光の話にはじまり、相対性理論や量子論・・・そこから発展してテレポーテーションやタイムマシンの実現可能性、宇宙の創世から終焉・・・果ては進化論にいたるまで、順を追って、幅広いテーマをカバーしてくれている。

たとえば、最近よく聞く暗黒物質(ダークマター)という言葉も登場する。ダークマターとは、宇宙を構成する要素の1つだ。人間が知っている要素(星やガスなどといった物質)だけでは宇宙全体の5%程度しか説明できないらしいが、宇宙の残りを構成する多くはダークマター(とダークエネルギー)だと言われている。だが、ダークマターは目で見ることも触ることも難しく、いままでずっと「そこにあるだろう」と言われ続けながら、まだその存在が証明されていないものだ。「空気のように風を切るように走ってみると肌で感じることのできるものならいざ知らず、なぜ、見ることも触ることもできないものを”あるはずだ!”なんて言えるのか!?」 わたしはこのことずっと疑問だった。この疑問について新聞の解説欄を読んでも、理解できなかった。が、本書はそんな疑問もあっという間に解決してくれた。

※ちなみに、この答えは逆説的に導かれたもので、ダークマターなるものが存在しないと、万有引力の理論だけでは、今のように地球が太陽のまわりをくるくるまわったり、月がいつまでも地球のそばから離れなかったり・・・ということを説明できないからだそうだ。

さらに、ここ数年で話題になった”神の粒子(ヒッグス粒子)”のニュース・・・覚えているだろうか。この本が発刊されたのは2011年12月なので、さすがにこの話題自体には直接、触れていないが、本書のお陰で、このニュースの持つ意味もある程度、理解できるようになった・・・かな。

欧州原子核研究機構(CERN)が、2012年に発見した「ヒッグスらしき」粒子は、本当に長らく見つかっていなかったヒッグス粒子であるとの確信をこれまで以上に深めたと発表した。ヒッグス粒子は、宇宙の物質が質量を持つ理由を解明するカギとなる粒子だ。(2013/3/18 ナショナルジオグラフィック ニュースより)

■数式の出てこない物理の教科書

前段で「かみ砕いてかみ砕いて・・・易しく解説した本」と書いた。そうなのだ。本書のすごいところは、物理バリバリの本なのに、数式がほぼ全くといっていいほど登場しないところにある。唯一登場するのはE=MC^2だが、これもまじめに理解する必要はない。自慢じゃないが、わたしは高校のときに数式の意味が全く分からず意義も見いだせず物理から脱落したクチだ。だが、そんなわたしが楽しんで読めてしまう本なのだ。

そして何よりも、この本を読んでいると、常になにかを頭に思い浮かべながら読んでいることが多いことに気がつく。いわゆる”ビジュアル化”しながら読めるというやつで、記憶に残りやすいのだが、著者の文才によるところが大きい。

『彼ら(ゴースト)が物体を通過する体を持ちなおかつ地球の重力をうけているのなら、ゴーストは床をすり抜けて地球の中心に向かって落ちていかなければおかしいのです。・・・(中略)・・・よってパトリック・スウエイジや松嶋菜々子さん演じるゴーストは、物理法則にのっとるならば恋人からはるか遠い地球の中心部で、身動きがとれないままクリンクリンと永久に回転を続けることになるのです。』(本書 万有引力の章より引用)

このように、数行に1回は、かならず”たとえ話”・・・というのか”横道”・・・というのか・・・映画やドラマの話、ドラえもん、北斗の拳、こち亀、ミニモニ、佐々木希、クレオパトラ・・・メジャーな話からサブカル的な話題に逸れる。もしかしたら、それがウザいという人も少しはいるのかもしれないが、わたしにはそれが、愉しくてたまらなかった。難しいテーマのハズの本なのにがっついて読んでしまった。

■普段と異なる世界へ足を踏み入れてみるのも一興

「聴いていて絵が自然に思い浮かび、なおかつ論理が通っていると、ストンと腹に落ちる、それが本当の意味で伝える力なのだ」

とは、池上彰氏が人にモノゴトを伝える上で大事にしている信条だそうだ(「学び続ける力」より)。そして、このビジュアル化を”科学”という世界で見事に体現したものが本書と言っても過言ではないと思う。難解であるはずのテーマをここまでわかりやすく、しかも、おもしろおかしく伝えてくれる本は、そうそうないハズだ。私もモノを書く立場でもあるので、著者の才能に嫉妬すら覚えるほどである。

「科学を理解したいけど、意味わかんねー」と嘆いている人達
「たまには変わった本、読んでみてー」と望んでいる人達

この書評を読んだのも、何かの縁だ。だまされたと思って、一度手に取ってみてはいかがだろうか。「ええっ!こんなところにこんな本あったの!?」・・・と、そんなお得感を味わえるかも。


【”楽しんで学べる”という観点での類書】

書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...