2016年7月28日木曜日

書評: 総理

さぁ、旅行先に何を持って行こうかな・・・そんな時、ふと目に止まった。長期政権を担う安倍首相に興味があった。一般メディアが教えてくれる情報(我々が知っている事実)と真実との間にどれだけ情報格差があるか、知りたかった。





■宰相の仕事、安倍総理、安倍政権の裏側を語った本
安倍首相の第一次内閣発足の時から、第二次内閣を発足し、2015年9月に総裁選に勝利した直後くらいまでに起きた政治の裏側を語った本である。当時TBS記者であった山口氏自身が安倍総理に張り付く中で見聞きし、感じたことを語ってくれている。「見聞きしたこと」とは、主に、山口氏が安倍総理自身や安倍政権の政治家から直接何度も相談を受けたり、他の政治家同士の伝令役になったり、個人的な心の支えになったり...そういったやりとりの中での出来事を指す。

記者も政治家も、ぶつかり合うことはしょっちゅうだが、結局はお互いがお互いを必要とする関係なので、互いにある程度親密な人間関係を築く必要があるし、実際そういう記者がいるのは知っていた。だが、どうやら著者である山口氏は、私たちの想像を超えるほどの深い関係を築いていたようだ。「記者と政治家もそこまでの関係を築くことがあるのか!?」と読みながら思ったほどだ。

■本書はプロパガンダ本か、それとも・・・
だからこそ本書に価値があるのだが、同時に誰もが思うのは「安倍総理の傀儡になりさがった記者によるプロパガンダ本なんじゃないの?」ということだろう。この点については著者のいう言葉を信じるしかないが、著者はこういう疑問が読者から湧くことも想定していたようで、「本書を通じてジャーナリズムとはどうあるべきかを考える材料を提供したい」とも語っている。なお、著者の抗弁は次のようなものだ。

「スイカがどんな食べ物かは、外の皮だけ見ても分からない。開けてみて中身を見ただけでもダメ。中身をとって口に入れて初めて分かる。中身を食べたら腹を壊すこともあるかもしれない。その顛末を伝えて初めてその一連の作業がジャーナリズムに属するのだ」と。つまり、独立性・公平性を決して脅かしてはいけないが、ズブズブと言われるほどの関係にならずして真実を伝えられるのか、と。本書はその結果得られたものであり、ここで提供されたものこそ皆が知りたいことではないのか、というわけだ。

■NHKの大河ドラマを見ているようだった
読んでみて私自身はどう感じたか? 2つの点で期待を超える内容だったと思った。

1つは、間違いなく山口氏本人しか知りえない安倍総理、安倍政権の話を知ることができたということ。一般のメディアの報道を見聞きして一喜一憂している自分は浅はかだったなと思うと同時に、外見だけ見てわかるほど人間はそんなに簡単じゃないな、と思った。もし、ジャーナリストが本当に独立性・公平性を担保できるなら、こうした内容を伝えることはとても大事だとも思った。本書には全く関係ないが、ジブリの鈴木敏夫さんと社会学者の上野千鶴子氏の対談を聞いていた時に、上野千鶴子氏が「研究でも何でも、何かを論ずる場合は、自分がその中につかって愛憎をともにそこをくぐり抜けないと(ダメなんです)・・・外見だけを見て論ずることはできても、その内容は面白く無いです」とおっしゃっていたのを聞いて、「あぁ、山口氏の主張していたことと同じだ」と思ったし、実際、本書を読んでそうだと感じた。ただし、政治家に目を光らせるのがメディアの役目なら、メディアに目を光らせるのは誰か?・・・そこが課題だろう。

2つは、NHKの大河ドラマを見ているような体験ができたことだ。政治家の駆け引きは、戦国時代の武将の駆け引きのそれにも似ていると心底思った。総裁の椅子をめぐる動き、消費税増税をめぐる動き、派閥をめぐる動き・・・人間模様が面白い。麻生さんのとことん筋を通す性格、菅さんの優秀さ、安倍さんの日本の将来を見据えた覚悟・・そのためにアメリカにNOという姿勢、財務省の日本の昔の軍隊のような恐ろしさ・・・などなど。いやぁ、ノンフィクションって面白い。

■投票権を持つ全ての人が対象読者
著者は「総理の仕事、安倍総理、安倍政権について読者に伝えること」を狙いの1つに挙げている。概ねこれらは達成できていると言えるだろう。こうしたことへの理解を経て、少なくとも今以上に、政治に関心を持てるようになるはずだ。その意味で、投票権を持つ18歳以上全ての人が対象読者だ。


【政治という観点での類書】
私を通り過ぎた政治家たち(佐々淳行)
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