2011年12月12日月曜日

書評: まじめの罠

「与えられたルールに疑いを持たず、その中で懸命に成果を出そうとする人」・・・この人たちが陥りやすい罠を勝間和代氏は”まじめの罠”と呼ぶ。

そして「そうした”まじめの罠”に陥る人達は、ルールを破って効率的・効果的に成果を出した人を許さない」傾向がある、とも述べる。

「まじめの罠」
著者: 勝間和代氏
発行元: 光文社新書 (2011年10月20日 740円)

著者のツイッターでのつぶやきで偶然、この本が出版されたことを知ったのだが、タイトルの”まじめ”という言葉が妙にひっかかり(日本人なら誰もが反応しそうなキーワードではある)Amazonで衝動買いしてしまった。

■日本人の多くがハマる大きな落とし穴

日本人の多くがハマっている大きな落とし穴・・・国、社会、会社、上司、先生、隣人が作ったルールを、”当然正しいもの”であるかのように馬鹿正直に受け入れた結果、実はみんな大きく損をしているんだよ、早くその負のループから抜けだそうよ、ということを訴えている本だ。

ルールに従うのは大事な事だが、ルールは所詮人が作ったものであり、そのルール自体が間違っていることが多いにもかかわらず、それに盲目的に従うのは危険だ、というのが勝間氏の主張である。

たとえば、ルールが間違っている例として農林水産省が作った「カロリーベースの自給率計算」を挙げている。これは文字通り、カロリーで日本はどれくらい自給自足できているのかを計るものだ。頭の回転の早い人なら、ここですぐに疑問がわく。「ん!? なぜ、自給自足をカロリーで計算するのか?」と。当然、この基準で計算すると、商品価値が高く競争力のある野菜や果物を作ると自給率が下がることになる。逆に米やジャガイモのようなカロリーの高いものを作ると自給率が上がることになる。

■”まじめ教”の洗脳を解こうとする著者の意気込み

勝間氏はこの本で”まじめ”という言葉を使っているが、氏が本質的に言わんとしている「正しい課題設定をせよ」という観点では、類似した本はたくさんあるように思う。わたしがパッと思いつくところでは大前研一氏の「質問する力」だ。

しかし、この本が特徴的なのは「”まじめの罠”からの脱出ノウハウ」という点よりも「”まじめの罠”がいかに危険なものか?」「”まじめの罠”にいかにして人は陥るのか」といった点にフォーカスを当てているところだろう。逆に言えば”まじめの罠”は、それだけ小手先のテクニックだけで脱出できるような簡単な罠ではない、その罠に陥る過程をしっかりと理解するところから始めねば、ということなのだろう。

ちなみに、昨日偶然知ったのだが近々、勝間和代氏が「ズルい仕事術」という本をディスカヴァー・トゥエンティワン社から出すらしい。段取りがいいなー。タイトルからも容易に察しがつくが、実質的には、今作「まじめの罠」の続編・・・実践編といったところか。

【”まじめの罠”の目次】
第一章: 「まじめの罠」とは何か、そして、なぜ「まじめの罠」はあなたにとって危険なのか
第二章: あなたが「まじめの罠」にハマってしまうメカニズムを理解しよう
第三章: 「まじめの罠」の害毒
第四章: 「まじめの罠」に対する処方箋

■長いものにすぐに巻かれてしまう人向けの本

”まじめ”な人だけが本の対象者・・・と著者自身言うとおり、上で述べた趣旨について理解している人はあえて読む必要のない本だ。

世の中のマジョリティにすぐに飛びつく傾向のある人、マスメディアや政府が発表する内容を盲目的に信じてしまう傾向にある人・・・そういった人は、この本を読んでみると、自分の成長の糧を得られるかもしれない。



【関連リンク】
・失敗を許容しない文化(ブログ記事)

失敗を許容しない文化


2011年12月11日付の日経新聞朝刊に興味深い記事があった。

「真珠湾の埋もれた教訓」というものだ。趣旨は”失敗”から学べる、いや、学ぶべきことがたくさんあるにも関わらず、(個々の学者による検証はあるにせよ)日本政府自体は、先の大戦についてそうした取組みをほとんど行なってきていない、というものだ。

なるほど、それは意外であり残念なことだ。

記事は、”失敗からの学び”が行われてこなかった理由について、更に元外務省幹部の次のコメントを載せている。

『過去の失敗を総括するにはだれがいけなかったのかを特定し、事実上、名指しで糾弾しなければならない。日本にはそういうことを嫌う集団意識がある』

この意見については半同意・半反対だ。

なるほど「失敗を嫌う」「失敗を許容しない」というのは、リスクマネジメントコンサルタントという職業をやっていて私もそう感じる場面が多々ある。日本人は事故や災害が起きないように細心の注意を払う。市場に対しても時間を犠牲にしてでも十分に検証された新製品を出す傾向が強い。しかし、その反面「万が一、事故が起きてしまったとき」に対する備えが弱い。「失敗を嫌う」「失敗を許容しない」文化の中では、無意識のうちに「失敗はあってはならない」「失敗したときのことを考えたくない」という思考プロセスが働くからではないだろうか。

ちなみに、この「失敗を許容しない文化」という点については、勝間和代氏の書籍「真面目の罠」でも色々な観点で言及されている。

ただし、海外で仕事をした者として感じるのは「”名指しでの糾弾を嫌う”のは海外こそ、そうだ」という点だ。海外では「人のせい」にしたがらない。ではどうするのか? 「仕組みのせい」にすることが多い。「仕組みが悪かったから、私は不正をしてしまったのだ」「仕組みが悪かったから、あの人は間違えたんだ」・・・こんな感じだ。こうした考え方は、責任の所在が曖昧になりやすいという反面、「失敗」を表沙汰にすることをあまり厭わない、というメリットがある。

私の考えでは、日本は”人のせい”にする傾向がものすごく強い。”仕組みのせい”にするなんて言語道断、必ず責任は人に帰属すべきだろう・・・と。責任の所在がはっきりするが、罰を恐れて失敗を公にしたがらないし、安易なトカゲのしっぽ切りにも使われやすい。(別に、”人のせい”にすることが悪いと言っているのではないが、何でもかんでも”人のせい”にすることは大きな弊害もあるのでは、と思っている)

むしろ、こうした風土こそが「日本人が失敗を反省したがらない理由」ではないだろうか。なんて、ちょっと偉そうなことを言ってみたり・・・。

【関連リンク】
・書評: 失敗の本質
・書評: まじめの罠

2011年12月8日木曜日

POSからPOCへ

今週号の日経ビジネスで2つ印象に残った記事がある。

■「POS」より「POC」が重要に

シニア層マーケットには、従来のPOSシステムではなく、POCに基づいた分析・アプローチをしないとリーチできない、というお話だ。POSがPoint of Salesであるのに対し、POCはPoint of Contact・・・すなわち、金銭的なやりとりが発生する(セールス)場面はもちろんのこと、それ以外の場面でのシニア層との接点をStudyすることが重要になるという意味だ。

ところで、これはわたし個人の経験だが以前、シニア層への娯楽サービス提供を生業にしている会社の方が「”シニア=お金を持っている”と聞いて、市場に攻めたけど、払ってくれないんだよね・・・。実際はシニアはお金なんて持ってないんですよ、きっと。」とボヤいていた。販売時点(POS)ばかりを観察していると、確かにマーケットがそのように見えてしまうのかもしれない。

しかし、実際はどうだろうか。記事はシニア層の購買行動をよく観察してみると一定の法則が見えてくる」と述べている。

具体的には、シニア層は「まだ使えるものを捨てるのはもったいない、と考える世代であり、一般的には、もはや衣料品やファッションにお金を掛けたくないという気持ちが強い・・・その一方で自分が強い興味を持つ活動や体験のためにお金をかけることには躊躇しない」とある。

これが正しいとすれば、先にわたしが挙げた娯楽サービスを提供されている会社の事例では「”シニア=お金を持っていない”から売れない」ではなく「”シニアのニーズ”=”売っている商品がマッチしていない”から売れない」といった論理が見えてくる。

「人や組織は失敗に多くのことを学ぶ」とは言うが、ただし、それは正しい学び方があって初めて達成されることなんだ、ということを示す良い例だ。

■アメリカでは法人による球団所有を良しとしない

NFL(アメフトのプロリーグ)では、なんと法人による球団保有を禁止しているのだそうだ。知らなかった・・・。メジャーリーグ(MLB)ではそのような正式な縛りはないらしいが、やはり個人所有が推奨されているとのこと。

理由は、アメリカでは、球団を保有する人・組織は、球団経営を第一義とし、ことに全力で集中すべきだと考える風土があるかららしい。日本ではどちらかといえば、コマーシャルの延長線上でありコストセンターに近い扱いだが、アメリカではプロフィットセンターとしてとらえている・・・ということもできるのだろうか。日経ビジネスの記事では、異論反論あるかもしれないが、それで良い結果をもたらしているのは日本よりもアメリカのほうだ・・・と言っている。

なるほどねー。アメリカと日本の球団経営って似ているようで全然似ていなんだねー。しかし、球団を保有できるほど裕福な人ってなかなかいないような・・・。しかも、横並びを良しとする日本において、そういった突出した裕福さを他人に見せるような行為は日本ではなかなか受け入れられなさそう。

日経ビジネス 2011年12月5日号

2011年12月7日水曜日

イカに生きる意味を学んだ日

現在、博多出張中でホテルからこれを投稿している。昨晩は取引先の方のご好意で新鮮な刺し身や素敵なお酒のあるお店に連れていっていただいた。


名物の1つはイカだ。普段、食べるイカは調理され、完全に死んでしまった後のものだが、昨晩のモノは違う。まだ生きているイカだった。

うまく表現できないが、新鮮な体験でもあり、喉の奥にささった小骨のように妙にひっかかる感じでもあり・・・。

それはそう・・・なんというか、肋骨が開かれた状態の手術中の人間を、みんなでニヤニヤしながら観察しているような感覚だ。しかし、申し訳ないと思いつつも、切られた彼の体のパーツを一枚一枚ひっぺがして口に運んでいく・・・おいしいと思う・・・このパラドックス。

必死で逃げようと手足を伸ばすイカ。恨めしそうな大きな目が、突き刺さる。

残酷・・・矛盾・・・。

生きるって、こういうことの連続なのだ、きっと・・・。変なところで、先日読んだ本「ヘルプ」とつながる(笑)。




【関連リンク】
・ヘルプ(書評)

2011年12月5日月曜日

僕が39歳になった意味

つい先日、39歳になった。思えば遠くへ来たもんだ・・・へへ。

39歳という年齢がどういう意味か・・・考えてみた。「40歳の一歩手前」「もう初老」「もうすぐ厄年」なんて・・・どうもネガティブなキーワードしか出てこない。

そんなくだらないことを考えながら、ふと思いだした。

そうだ、自分の母親が亡くなったのは49歳だった。

彼女が亡くなったのは私が大学生の時。それは突然やってきた。まだ受け入れられない自分がいるせいなのかもしれないが、そんな昔のことにも思えない。

そんな昔の話ではないはずなのに、今からもう間もない10年後に自分にもその年令がやってくる・・・そう考えると39歳という年齢がとたんに重たく聞こえる。

なぜ重たく聞こえるのか・・・その理由は何だろうか。

すぐに答えが見つからないが、なにか不思議と胸がしめつけられる。

また今日から一日一日を精一杯生きよう。ただ、そう思う。

2011年12月4日日曜日

書評: 世界一のトイレ ウォシュレット開発物語

今週はこの本を読んだ。

タイトル: 世界一のトイレ ウォシュレット開発物語
著者: 林 良祐(はやし りょうすけ)
発行元: 朝日新書
発行年月日: 2011年9月30日 (720円)

■開発者の生々しい苦労話が満載

”ウォシュレット”というのはTOTOの登録商標だそうだ。その誕生は、1980年にまで遡る。

『ウォシュレット開発がスタートして、まず立ちはだかった壁があった。どこにお湯を当てれば良いのか、すなわち、肛門の位置はどこか?」ということだ。そんな数値データなんてあるわけがない。開発チームは社内に協力者を求めた。・・・』

世界中に知られるようになったウォシュレットだが、開発に携わった張本人が、その歴史全てを”生々しく”語ってくれている。

「電気と水の共存をどうやって可能にさせたのか?」「1回20リットルも必要だったものが水洗をどうやって4.8リットルまで減らせたのか?」「全く文化の違うアメリカにどうやって入り込めたのか?」など、様々な疑問に答えてくれる。

■思わず仕事に役立つ知識も

かなり興味本位で買った本ではあるが、実は私の仕事に思いがけず役に立った部分もある。私は、リスクマネジメントコンサルタントであり、企業のリスク軽減またはリスクが顕在化した際の効果的な対応方法について、その仕組の導入をお手伝いしている身だ。当然、そんなリスクの1つに地震があるが、企業のビルで地震などにより断水が発生したときに、貯水槽にどれくらいの水が残っているのか、どうやってトイレまで水g運ばれているのか、一人あたりどの程度の水量を使うものなのか、などを考えなければならない場合がある。

この本はそんな疑問にも答えてくれる。著者によれば、それこそ節水よりも綺麗に流すことが至上命題であった昔のトイレでは高価なもので1回に20リットル近くの水を必要としたそうである。それが現代では、技術力を駆使して1回あたり4.8リットルですむところまできたそうだ。

ちなみに、偶然だがちょうど2日前の新聞(2011年12月2日付けの日経新聞朝刊)に「TOTO、トイレの水1リットル節約 1回3.8リットル、国内最小に」の文字が踊っていた。

■TOTOのチャレンジ精神に乾杯

ところでTOTOの技術力は世界に誇るべきものだ。今更、語るまでもない。ただ、私がこの本を読んで改めてTOTOがすごいと思ったことがある。それは、創業早くから世界に目を向けていた経営陣の意識の高さだ。日本企業は1億2千万人という、ある意味中途半端に心地よいマーケットで安穏としてしまう内弁慶な傾向がある。そんな中にあって、TOTOの目は常に世界に向いていたことが分かる。

1917年に大倉和親氏が初代社長となったとき、小倉工場の定礎の辞で「欧州の製品を凌駕し、世界の需要に答えていく」と述べたそうである。

また、今でこそロゴマークは"TOTO"と文字をかたどったものになっているが、最近まで”世界にはばたけ”という思いを込めて地球や大鷲をモチーフにしたロゴを使っていたようだ。


■日常に”笑み”をもたらす機会を

日常生活に完全に溶けこんでしまっているので、正直、この本を手に取るまで”トイレ”を意識したことなんてなかった。食事中に積極的に話すような話題でもないので、人と会話のテーマにもなりにくいといったせいもあるだろう。

しかし、日常生活において、これほどなくてはならないものはない。技術が注がれる意義も大きい。著者に言わせると、世界の6リットル便器が4.8リットルに替わると、年間2億立方メートル(ダム1つ分の大きさ)の節水と12万トンのCO2削減が見込めるそうだ。

トイレには、開発者の並々ならぬ情熱と努力が注がれている。

そして、この本を読んでからというもの、トイレに入るたびに思わず笑みをこぼしながら便器を眺める自分がいることに気がつく。


【関連リンク】
・TOTO(企業の公式HP)

========ウォシュレットが機械遺産に========
日本機械学会は、生活の発展や社会に貢献し、歴史的に意義のある「機械遺産」に、温水洗浄便座「ウォシュレットG」など5件を新たに選んだと発表した。(2012年7月23日 日経新聞朝刊より)

2011年11月26日土曜日

書評: 「14歳からの世界金融恐慌」と「14歳からの世界恐慌入門」

「過去の反省を忘れ、同じ過ちを繰り返す」というのはいつの世も同じなのかもしれない

タイトル①: 45分で分かる!14歳からの世界金融恐慌
著者: 池上 彰
発行元: マガジンハウス(2009年2月26日)

タイトル②: 45分で分かる!14歳からの世界恐慌入門
著者: 池上 彰
発行元: マガジンハウス(2009年5月28日)

タイトルが「14歳から~」とあるので「そんな子供向けっぽい本、なんで手に取ったの?」と言われるかもしれない。実は、買うきっかけは著書ハゲタカで有名な真山仁氏の「レッドゾーン」のあとがきだ。真山仁氏と池上彰氏が対談を行なっているのだが、そこで池上氏が引き合いに出していたのがこれらの本だった。

■時の経過は人の痛みすらも風化させてしまう

「14歳からの世界金融恐慌」は、2008年リーマンショックが起きた背景を経済を、ほんの少しだけしかかじったことのない者でもわかるように丁寧に解説した本である。そして2冊目の「14歳からの世界恐慌入門」は、1929年世界恐慌が起きた背景と、そこから読み取れる我々のこらからの世の中の動きについて丁寧に解説した本である。

この本の著者、池上彰氏の考えの根底にあるのは「歴史は繰り返す」というものだ。1929年の世界恐慌と2008年のリーマン・ショック・・・驚くほど、数々の点で酷似している。
  • 米国の投資銀行の存在が恐慌の影響を大きくしたこと
  • 株価暴落の直後に米国の共和党政権が、なんの景気刺激策も打たなかったこと
  • 日本は世界恐慌/リーマンショックの前に既に危機を乗り越えていたこと
  • 米国が保護主義政策に走って手痛いしっぺ返しをくらったこと、などなど
もちろん、その規模も事の複雑さも過去の比ではないが、なるほど読んでみると類似している部分が多い。たとえば、世界恐慌の反省から1933年に米国ではグラス・スティーガル法を制定。一般の商業銀行が、比較的リスクの高い証券業を行うことを禁止したそうだ。にも関わらず、1980年代以降にとられた規制緩和の中で骨抜きにされていたとのこと。結局、ゴールドマンサックスやモルガンスタンレーなど投資銀行が2008年に起きたサブプライムローン問題に一役も二役も買ったというのは有名な話しである。

過去の反省を真摯に生かせば防げた問題も少なくなかったように見てとれる。安易に3・11東日本大震災を引き合いにだすのは不謹慎だと言われるかもしれないが、一世紀近い時間が経過する中で、過去の学びが風化してしまうというのは、人間の本質なのかもしれない。

■文字通り14歳以上の人全てが対象

「14歳からの・・・」とあるので、中高生が対象の本か?と勘違いしてしまう。わたし自身買ったはいいが、通勤電車の中で、このようなタイトルの本をカバーも付けずに読むのを少々恥ずかしいと思ったくらいだ。しかし、読んでみるとわかるが、特段中高生のみを対象にしているわけではなく、文字通り、14歳以上の人全て・・・つまり、20歳であっても30歳であっても50歳であっても、全ての人に向けた本だということがすぐにわかる。

実際、あとがきにおいて「出版社であるマガジンハウス社の社員に対して講演を行った内容を基本にまとめたもの」だと語っている。

■コストパフォーマンスはピカイチ

ボキャブラリーが少ないのでただ単に”わかりやすい本”としか表現できないのがもどかしい。どれだけわかりやすいのかというと、この本を読んだあとに、(本を見ずに)覚えていることを紙に書きだしてみたところ、8~9割のことをほぼ正確に書き出すことができたくらい・・・つまり鮮明に記憶に残るくらい、わかりやすいのだ。

いずれの本も100ページに満たない薄さ。しかし、読めばその全てが45分で頭に残る。凄くコストパフォーマンスの高い本。それがこの本に対するわたしの評価である。



【関連書籍】
・『日銀を知れば経済がわかる』(池上彰)
・『レッドゾーン』(真山仁)

2011年11月25日金曜日

従業員に対する気遣い

日経ビジネスをいつものようにペラペラとめくっていると、いつもと違う感覚。

「なんだろう・・・。」

ビジネス誌に、いつも見ないスポーツ紙ばりのプロ野球の写真が載っていたせいだ。

「いったいどんな趣旨で?」

見るとテーマは「マネジメントの研究 ~小川マジックの極意(ヤクルトスワローズの現監督)~」とあった。つまり、野球で大きな成果を出した監督の活動を企業経営に照らし合わせると何が見えてくるだろう、というわけだ。

わたしは”もしドラ”も読んでいないし、プロ野球の監督という職業が果たして企業経営にどこまで役立つか、には正直疑問を持つ口だ。

しかし、小川監督の次の言葉が素直に自分の心に響いた。

『こんな立場にいながらも「マネジメント」を意識したことはありません。みんなを「優勝したい」と思わせることだけに集中しています。そもそも、プロ野球選手は多様な価値観を持っていますから、彼らをまとめるのは不可能なんですね』

各選手モチベーションが異なる。お金のため、名声のため、ただ好きな野球で飯を食い続けたいため・・・。そうした価値観の違いを上手く吸収し、同じ方向へベクトルをあわせる。単純明快、経営と同じだ。

本当に今さらなにを!?と自分でも思ってしまうのだが、ふと考えると、自分は常に「顧客、顧客・・・」と顧客のことばかりを考えて仕事をしてきた。どうしたら喜ばれるかな・・・。何が彼らが望んでいる本当の付加価値なんだろうか・・・と。お陰でお客様にはそれなりの評価をしてもらってきた。

しかし、顧客のことばかりを考えるあまり、マネジメントとして重要なことが1つ完全に欠落していた。従業員の思いを考えることだ。「彼らは何を望んでいるのかな?・・・」「彼らはどうしたら幸せに感じるのかな?・・・」と。

ところでそういえば、最近「従業員第一」を掲げる企業について耳にすることが多くなったように思う。EC-Studioの山本氏の経営方針は「従業員第一」だ。従業員が満足できる環境を作れば、自然にお客様へのサービスも向上するというのがその論理だ。先日読んだハーバードビジネスレビューの記事にも、やはり、似たような企業の事例が紹介されていた。

こうした記事を読んでいるときは、わかっているつもりでいたが、それは間違いだったようだ。会社を起業してもう5年経過。今更何をを言っているのか!?と、周りからは白い目で見らる発言だとは思う。

更に一段高みに登るために、この課題を克服したいと思う・・・そんなことを思わせてくれた日経ビジネス(2011年11月21日号)でした。

2011年11月21日月曜日

書評: 人生がときめく片づけの魔法

「君の頭の中はすごく整理されているね」、と超一流のコンサルタントにおっしゃっていただいた」

そのように語った信頼のおける友人が真顔で「近藤麻理恵さんの”片づけ術”のお陰だと思う」と言うものだから、気にならないわけがない。

タイトル: 人生がときめく片づけの魔法
著者: 近藤麻理恵
発行元: サンマーク出版
発行年月日: 2011年1月15日

本を買うべく本屋に足を運ぶと、なるほど店頭の目立つところにこの本が置かれている。帯には「おはよう日本」「王様のブランチ」に著者が出演、大反響!50万部突破!の文字が踊る。

「そう言えば先週読んだ、佐藤可士和の超整理術の帯には18万部を突破!と書いてあったなぁ。こっちは50万部か・・・。そ、そそられる・・・。」

しかし、しかし・・・。タイトルがいかんともしがたい。”ときめき”というキーワードにどうも抵抗がでる。自分はターゲット読者層に入っていないのではないか? 帯に書かれている一般読者からの絶賛の声は、4人中3人が女性のものだった。売り場で30分ほど悩んだ挙句「いやいや、食わず嫌いはいけない」と自分に言い聞かせ、しぶしぶ買ったというのが正直な話しである。

■リピーターゼロの片づけコンサルタントが書いた本

この本は、(そんな職業が存在していたことすら知らなかったが)プロの片づけコンサルタントが執筆した”モノの整理術本”である。服の整理から、小物の整理、果ては書類や思い出の品の整理まで、ありとあらゆるモノの整理方法を解説してくれている。

それこそ整理術を語った本は世の中にゴマンとある。その中で、なぜこの本がそんなに注目されているのか!?

理由の1つは「決してリバウンドが起こらない整理術」をうたっているからだ。本の中で著者は片づけコンサルタントという自身の職業について次のように述べている。

『・・・そんな私ですが、じつをいうと、お客様のリピーター率はゼロです。・・・(中略)・・・自分でスッキリ片づいた状態の部屋を維持できるようになってしまうため、リピートしてレッスンを受ける必要がない、ということです』

■究極に合理的な整理術

さて、肝心の片づけ術だが「片づけ残しが起こらないように部屋単位ではなく、モノ単位で片付ける」「思い出の品物は後回し、最初に片付けやすいモノから順に手をつける。衣類、本類、書類・・・。」「生活しているときにしまう場所に迷わないように、すべてのモノに明確な所在地を作る」などなどもりだくさんだ。

中には結構、痛いところをつかれるような指摘も多々ある。

本「勉強関係の本やセミナー資料は、使わないのにいつまでもズルズルととってある典型です・・・」
わたし「うっ!・・・」
本「コード類も、なんか役立ちそうってとりあえずとってある典型です・・・」
わたし「うぅっ!!・・・」

さて、一方で「あれ!?”人生がときめく片づけの魔法”というタイトルとどうつながってるの?」という疑問がわく。驚くなかれ、実は片づけのアドバイスの1つとして「整理対象に直に触った瞬間の”ときめき”を整理の判断基準に使いなさい」ということを主張しているのである。この説明を聞いて「マジですか!?」と、思わず声に出してしまった。

しかし「50万部超の本が売れている」「信頼にたる優秀な友人がプロのコンサルをも驚かせた」というのは疑いようもない事実である。それを考えると、著者のこの言を、一笑に付すことはできない。

思うに、”ときめき”というモノサシを使う行為は、一見、非合理的に見えて極めて合理的な行為ではなかろうか。要するに「整理する際に、テクニックも大事だが、最後は自分のモノに対する直感(それも、ああ、これは遠い将来に使うかもしれない、といった思いではなく、触った瞬間に感じるその瞬間の自分の素直な思い)を大切にしなさいよ」という著者からの明快なメッセージではないか。言い換えると「これは将来使うかもしれないから・・・」とか「これはせっかくもらったものだから・・・」という別の思惑を整理の判断基準に入れてしまうことが、片づけのできない原因の一つである、と近藤麻理恵さんは言っているのかもしれない。

■信じるか信じないかは自分次第

いずれにしても著者の言っていることが正しいか、正しくないかは、自身で体験してみるしかない。実際に、わたしも自宅にある書類に対して、直に触り「ときめくかどうか」を心に問いかけて整理をしてみた。

果たして”ときめき”という表現が男児の気持ちを表すのに適切とは思えないが、少なくとも「あぁ、これがあると気分がアップする、これがないと気分がダウンする」といった基準で整理していった。あれよあれよという間に、今まで捨てるに捨てられなかったモノがゴミ箱に入っていったのである。

もしかしたら、一年後に「あぁ!なぜ捨ててしまったのか!?」と後悔するかもしれないが、そんなことがあれば、その時にはぜひこのブログに報告させていただきたいと思う。

■片づけで苦労をしてる人、思考力を高めたい人、精神的に豊かになりたい人に

ところで整理という行為そのものについて、著者は次のように語っている。

『モノが捨てられないときというのは「今、自分にとって何が必要か。何があれば満たされるのか。何を求めているのか」が見えていない状態です。自分にとって必要なモノや求めているものが見えていないから、ますます不必要なモノを増やしてしまい物理的にも精神的にもどんどんいらないモノに埋もれていってしまいます』

これはすなわち「”整理ができるようになる”ということは自分にとって必要なモノや求めているものが見えてくるようになる」ということの裏返しでもある。そう、私の友人のように。

ちなみに「整理という行為を”単に無駄なものを捨てる活動”となめてはいけない」という点では、先週読んだ佐藤可士和氏の超整理術の主張も一致している。整理・・・恐るべし。

この本は、単に整理ができるようになるだけではなく、思考力を高め、ひいては精神的に豊かになれる可能性をくれるもの、といっても過言ではない。

なるほど「人生がときめく片づけの魔法」とはまさにぴったりのタイトルだ。


【関連リンク】
・佐藤可士和の超整理術
・小島慶子のキラキラ(ラジオ番組にて水道橋博士がこの本を紹介する回)

===(2011年12月11日 追記)===
上の関連リンクにも反映したが、小島慶子のキラキラ(TBSラジオ:2011年12月9日の回)を聞いていたら水道橋博士の回で、近藤麻理恵さんのこの本が紹介されていた。まさにティッピング・ポイントの域に到達したのかもしれない。

2011年11月15日火曜日

書評: 佐藤可士和の超整理術

「仕事ができるかどうかは、机の上を見れば分かる」

ある意味、この言葉の正しさを証明してくれる本だ。

タイトル『佐藤可士和の超整理術』
著者:佐藤可士和
発行元:日経ビジネス文庫 価格:750円


この本を買ったきっかけは数年前に見たNHK番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」だ。佐藤可士和氏がSMAPやキリンレモンなどのプロモーションでの大活躍ぶりが紹介されていたことは、今でも鮮明に私の記憶に残っている。

■空間の整理=情報の整理=思考の整理

さて、そんな佐藤氏が書いた本のタイトルは『佐藤可士和の超整理術』。”整理”と聞くと、モノの整理整頓!をすぐに思い浮かべる(実のところ、私もそのつもりでこの本を買ったのだが (^_^;))。ところが、ここで氏が言う”整理”とは、大きく次の3つのことを指している。
  • 「空間」の整理(※これが一般的に我々が連想する物理的な整理のことだ)
  • 「情報」の整理
  • 「思考」の整理
本の帯にも書かれているのだが、つまり一言で言えば「整理力をつけて問題解決力を養おう」・・・それがこの本の趣旨だ。著者に言わせれば「空間の整理」も「情報の整理」も「思考の整理」も、実は全て同じ活動の延長線上にあるのではないか、そして「思考の整理」の前段階に、「情報の整理」があり、「情報の整理」の前段階に「空間の整理」があるのではないか、というわけだ。さしずめ整理の初歩段階的活動とも言える「空間の整理」ができずして「思考の整理ができるのか」といったところだろうか。

整理とは”不要なモノを捨てること”と国語辞典にはあるが、なるほど著者の言うとおり、それは裏を返せば「自分にとって大事なものは何か」を選ぶことに他ならない。つまり、整理をする際には本来、その対象が何であっても、

「何を捨てるのか」 → 「何を残すのか」 → 「何で重要なのか(何に使うのか)」

といった思考プロセスを踏むことになる。

■著者の整理プロセスを疑似体験できる

”問題解決力”などという言葉を使い出すと「尤もらしく聞こえるが、抽象的な言葉ばかりが羅列されたぼんやりとした解説本なんじゃないの?」という疑念がわく。

そこはさすが経験豊富な佐藤可士和氏。それぞれの整理のあり方について、彼が実際に実践して結果が出たもののみを採用し、理由から実践の方法まで事細かに解説してくれている。ちなみに「空間の整理」で鞄の整理について触れているのだが、私は早くも私生活に取り入れて効果を得ている。

「情報や思考の整理」については、私自身がコンサルタントであることから、整理術そのものにそこまでの目新しさがあったわけではないが、それでもやはり業界の最前線で活躍するプロ中のプロの整理プロセスを共有できることは大きな財産である。どうやってクライアントから情報を引き出し、整理し、具現化させたのか、あたかも私自身が佐藤氏の現場にいると錯覚してしまうかのように、彼の頭の中をさらけだしてくれている。しかも、ありがたいことに彼がその結果として実際に作り上げた作品(写真)も掲載されているので、頭の中だけでなく視覚にも訴えかけきて、読んでいて何か頭がすっきりする。

■アート/クリエイティブディレクターが整理の達人たる所以

ところで「アート/クリエイティブディレクターなんぞが、なぜ整理の達人たるのか?」という疑問を持つ人もいるかもしれない。本の1章でその理由について触れられているので、あえてここで細かくは言及しないが、要するにコンサルタント・・・すなわち思考のプロだからである。「こんな製品を作ってこんな消費者に売りたい」と思うクライアントがいたとしても、具体的に何を誰にどうやって訴えればいいか分からない人が多い。それはクライアントの頭が整理されていないからだ。コンサルタントは、クライアントに的確な質問を投げ、奥底に眠った情報を引き出させ、整理させ、目に見える形に落とし込む。そういった行為をほぼ毎日、大企業の最前線で実践してきている佐藤氏は、整理について達人の域に達しているといっても過言ではないだろう。

■自らの身の回りを今一度、確認

影響を受けやすい私は、この本を読み終えた直後、自分の机の上を見てみた。汚かった。いつも「時間がない、ない」と時間のせいにしてしまっているのだが、それは単なる言い訳で、要するに、何が必要で必要じゃないかの判断と決断力・・・総じて整理力が弱いということの証明だ。

と、いうわけで慌てて仕事机を整理整頓してみた。何となく気持ちの良く整理された机の上でこの記事を書いたわけだが、その効果はいかに・・・。



【関連リンク】
 ・人生がときめく片づけの魔法

2011年11月6日日曜日

書評: The Help (ザ・ヘルプ)

「人間がいかに残酷になれるか」「人間がいかに矛盾だらけか」「人間がいかに強くなれるか」

その全てが、この小説に詰まっている。

The Help(ザ・ヘルプ) - Change Begins with a whisper -
著者: キャサリン・ストケット
出版社: Bakley (英語版)
※日本のAmazonでも1,000円を切る値段で入手できるみたいです


正直に言っておくと2011年11月現在、残念ながらまだ日本語訳は出版されていない。私が読んだのは英語版のペーパーバックだ。では、なぜ、わざわざ英語版なんぞを取り寄せて読んだのか?

映画評論家、町山智浩氏のラジオ番組(小島慶子のキラキラ)での同作品の映画紹介がきっかけだ。彼の解説が面白く、これはぜひ観てみたいと思ったのだ。ただし、映画も日本では未公開であるため、せめて原作の小説だけでも・・・その思いから手を出したというのが事の次第である。

■黒人メイドに育てられる白人家庭の子供がやがて黒人差別をする世界

舞台は1962年、アメリカはミシシッピー州、ジャクソン市。激しい人種差別が存在していた時代だ(※ちなみにマーティン・ルーサー・キング牧師は1968年に暗殺された)。黒人は白人の病院で治療を受けられない。黒人は白人と同じバスに乗ってはいけない。同じテーブルに座って食事してはいけない。黒人は得体の知れない病原菌を持っているから(完全にでっちあげである)トイレも別にしなければいけない。万が一、黒人メイドが雇い主と同じトイレを使えば即刻クビ。雇い主が黒人メイドを気に入らなければ嘘をでっち上げて盗人扱いし牢獄にぶちこむ、といったことも日常茶飯事。白人と仲良く話しているところを見られたら、誰かに刺されてもおかしくはない世界。

白人家庭のメイドとして働いていた黒人アイビリーン(Aibileen)は、つぶやく

『時間をもてあましているはずの白人女性がほったらかしにする子供達の世話を、メイドである自分が(私の子供達は私の世話を受けたくても受けられないのに)、一生懸命に見る。しかし、育ったその白人の子供はやがて親と同じように自分(黒人)を差別する者として育っていく』

「何かがおかしい・・・」

そう思っても、行動を起こすどころか、誰も怖くて口にすることすらできない。

編集者志望の白人女性スキーター(Skeeter)は自分が、子供の頃、黒人メイドコンスタンティンに愛情一杯に接してもらえていたことを良くわかっていた。しかし、ある日、家に戻ってみると彼女がいなくなっていた。絶対、何かがあったはずだ。しかし、母親に問い詰めても本当の理由を語ろうとはしなかった。

「何かがおかしい・・・」

スキーターをはじめ白人女性の中にも、そう思う人達は少なからずいた。しかし、そんな疑問を口にすることすら許されないのは黒人と一緒である。

『編集の仕事につきたいのなら、日常生活の中で”おかしい”と思うものにアンテナをはって、それについてとにかく書いてみることだ』

そんなプロのアドバイスを受けて、彼女は決心する。黒人にとって白人家庭でメイドとして働くことはどんなことなのか、それについて書こう・・・と。

■遠い時代、遠い世界の話に聞こえるが、ものすごく身近に感じる小説

英語でしかも500ページ強もあったために読み終えるのに2週間かかってしまったが、一度読み始めると目を離せなかった。来年日本では映画も公開されるという。原作を読み終えた今、ぜひ観たいと思う。なぜ、ここまで惹きつけられるのか?

一番の理由は、この本が、遠い時代・遠い世界の話のようで、いつの時代・場所でも変わらない人間の本質について語っているからだと思う。私がここで述べる本質とは「人間はかくも簡単に残酷になれるのか」ということ、「人間はいかに矛盾だらけか」ということ、「人間はいかに強くなれるか」ということ、だ。

「人間はかくも簡単に残酷になれるのか」・・・それは先に例を挙げたとおりだ。「人間はいかに矛盾だらけか」・・・同じ町にいる黒人にひどい差別をしている傍らで、よかれと思って白人の奥さん連中が疑念も抱かずに”アフリカ難民のためにチャリティで募金を募っている”。こんな皮肉はない。矛盾はもっとある。自分は差別する側の人間と思い込んでいる白人女性は実は男性に・・・、そして差別されていると思っている黒人達は、実は知らず知らずのうちに自分達も白人を差別、つまり差別する側にも立っている。「人間はいかに強くなれるか」・・・このような想像を絶する状況下においても黒人達は毎日を精一杯に生きている。そして何かを変えようと行動する。ちなみに町山智浩氏によれば映画版はコメディとして描かれているそうである。この本も決して悲しくてどうしようもない話ではない。

これらは、今の世界、今の日本にも、当てはまる部分があるのではなかろうか。

補足だが、もう1つ読者を惹きつける理由として挙げておきたいのが、本の構成だ。おおよそ2章ごとに主人公が入れ替わる。黒人メイドのアイビリーン、黒人メイドにミニー、そして白人女性のスキーター。3人の視点で世界を眺めるので、この三者が交わるイベントが発生した際には三者の気持ちが良く分かり、話全体にものすごくシンクロできるようになっているのだ。

これが著者キャサリン・ストケット氏の処女作というのだから、末恐ろしい話である。

■来年には日本語版が出ると思われるので、その際にはぜひ!

英語が分かる人は、原作を是非読んでいただきたい。そうでない人も、来年は日本で映画公開(3月頃らしい)されると言うのでぜひ観て欲しい。さらにその際には(推測だが)小説でも日本語版が出ると思われるので、ぜひ読んで欲しい。心からそう思う。他の人に強く勧められる数少ない本の一つだ。



【関連リンク】
・The Help (映画公式サイト;英語)
・The Helpの映画評価(IMDb)
・イカに生きる意味を学んだ日(わたしのブログ)

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