2015年8月7日金曜日

書評: データの見えざる手

新しい世界観を提供してくれる本だ。

データの見えざる手
~ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則~
著者: 矢野 和男
出版社: 草思社


ビッグデータがもたらした発見、もたらすであろう発見について、著者自身が長年にわたって研究し得た成果をもとに解説している本だ。ビッグデータとは、文字通り膨大な量のデータを扱うことである。これまでは得ることのできなかった、そしてさばききれなかったとてつもないデータを、技術革新のお陰で収集・分析することができるようになった。その結果、今までは見て取れなかった法則性を見いだすことができるようになったのだ。どれくらい膨大かというと、人間が1日の中で、いつ起き、いつトイレにいき、いつ食べ、いつ体を動かし、いつ仕事し、いつ睡眠をとっているか・・・これを24時間、365日、何年・十年にもわたり採取し、それを何百・何千・何万人分を対象者に集めるようなデータ量のことである。

そんなビッグデータを語った本書だが、読むことで何を得ることができるのだろうか? 大きくまとめると次のようなことだ。

●技術進歩の状況
●ビッグデータの意義、意味
●ビッグデータに学んだ人間の活動の法則
●ビッグデータに学んだ仕事の有効性・効率性を向上させるテクニック

こうした点を語るにあたっては、著者本人がビッグデータの技術研究を先鋭的に行ってきた人であることから、抽象論に終始せず具体的な実証実験結果をたくさん紹介している。したがって、単なる“わかりやすい本”ではなく、“面白くて、わかりやすい本”と言えるだろう。

ただし、どうしても統計的な話・・・たとえば、正規分布といった言葉やポアソン分布といった言葉が登場するので、数学アレルギーのある人には一瞬躊躇する場面があるかもしれない。私も決して、数学好きではないので、「ジェネレーターってなんなの(本書に登場する)?あまり面白くないなぁ」といった瞬間があった。私は、さっさと読み飛ばした。だが、本の総量から見れば、それはごく一部だ。

さて、実際に本書を読み終えて、ぱっと私の口をついてでたのは“衝撃的”という言葉だ。今までには思いもよらなかった新しい世界を知ることができたからだ。具体例を1つだけ紹介しておく。

「人間には1日の活動総量のうち、激しく動ける時間、普通に動ける時間、だらだら動ける時間に当てられる配分率(予算)がきまっていることが分かった」という事実には驚いた。著者は、明確な実証データを持ってこれを解説している。分かりやすく言えば、1日の中で「だらだらする(物理的に手を動かさない)」時間にも限界があるというわけだ。しかも、物理的に手を動かさない・・・つまり、デスクワークのような仕事も「だらだら」すると同義だと著者は言う。

これから何が言えるのか? ここからは私なりに導き出した答えの一つだが・・・たとえば一日の大半をデスクワークしてた人ばかりが集まるセミナーをその日の夕方に開催するとしよう。このセミナーを(まったく手を動かさない)座学形式中心に行うとどうなるか。おそらく参加者は集中力も伴わないし、何も頭に入らない可能性が高くなるということだ。なぜなら、すでに一日の中で、だらだらできる時間(言わば“だらだら予算”)を使い切ってしまっているからだ。あるいは、あまり外で活発に遊ばない子供がいたとしよう。その子が、午前中、家でだらだらと遊んだり、テレビを見て時間を過ごしてしまうと、午後、机に向かって勉強することは極めて困難になるに違いない。すでに“だらだら予算”を使い切っているからだ。親は良く「涼しい午前中のうちに勉強しておきなさい」と言うが、結果として間違っていない指示と言える。ただし、午前中に勉強した方がいい理由は「涼しいから」ではなく「“だらだら予算”にかぎりがあるから」というのが正しい。さらに言えば、どうせゲームをさせるなら、任天堂Wiiのような手を動かすゲームをやらせたほうがマシとも言える。そうすることで、だらだら時間(予算)を使わなくて済むからだ。

・・・というように、本書を読むと、著者がビッグデータに学んだという人間の法則を知ることができ、なおかつ、それを踏まえて、自分なりの新たな発見が広がるのだ。それ以外にも紹介したいことがいっぱいあるが、それこそ本書を読むべきであり、ここでの紹介は差し控えておくことにする。

ビッグデータ・・・どうせそんな言葉は一時の流行で、いずれすたれるのでは?ITリテラシーが高い人が理解しておけばいい言葉では?・・・本書を読むと、どうもそうではないらしい・・・ということが本当に良く分かる。


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