火花
著者: 又吉 直樹
出版社: 文藝春秋
私ごとだが、3ヶ月ほど前から偶然、月刊文藝春秋を読むようになった。iPad版デジタル媒体として購入したのだが、これがなんとも読みやすい。なぜだか分からないが、とにかく私にとっては読みやすいのだ。書店で目にしたときには数ページめくっただけで、買うのがためらわれたのに・・・。
ともかく、そのお陰で文藝春秋を読む習慣ができて、2015年9月号もいつもどおり読んでいた。
読んでいたところ・・・又吉直樹氏の「火花」が掲載されていることを偶然、知った。どうせ、全部ではなくその一部だけが掲載されているんだろう・・・と思いながら、「どれ、数ページくらい目を通してやろうか・・・」とページをめくり始めた。すると、めくる手がとまらない。一部しか掲載されていないだろうと思っていたページも途中で途切れない。あれよあれよ・・・と、「火花」の世界にとりこまれ、気がついたら全ページ読み終えていた。そこには作品全部が載っていたのである。全くの覚悟なしに、不用意な状態で読みはじめて、しっかりと読み終えてしまう・・・読み終えさせてしまう・・・その事実からだけで、作品力が伺いしれるのではないかと思う。
「火花」には、漫才師としての成功を目指す主人公の徳永・・・そんな彼がひょんなことから師弟関係を結んだ師匠の神谷。両人ともにまだ売れていないが、芸能世界で成功することを目指して頑張る人間模様が描かれている。主人公徳永目線で描かれているので、自分がまるで芸人生活を送っているかのような感覚で読める。どうやら、芸人業界特有の慣習というものがたくさん存在するらしく(たとえば、どんなに売れて無くても後輩には先輩がおごらなければいけない、など)、そんなわけで主人公目線で芸人世界を体験できるわけで、読んでいると全てが新鮮にうつる。
本書を読んでまっさきに思いついた言葉は、“リアル”という言葉。何がリアルって、情景描写がリアル。ちなみに、著者本人曰く、「情景描写は少なめに押さえたつもりだが、まわりからはそれでも多い」と指摘されたそうだ。人間は、本当にくだらないことばかりをやってしまうところがリアル。不条理なことが少なくないと思える世の中と、人間の喜怒哀楽とが、実は見えないところで絶妙なバランス感覚でつながっているなとときおり感じさせる瞬間があるところがリアル。
それにしても不思議なのは、リアルであることになぜこうも引き込まれてしまうか・・・である。どんな理不尽なことも、つらいことも、楽しいことも・・・全てを受け入れて、生きていくのが人間だと・・・それを知ることで、読んでいる自分ももっと何が起きても驚かなくなれる・・・など、度量が大きくなれるのではないか・・・と期待してしまっているのだろうか。そして、前を向いて生きていかな・・・と励まされるのだろうか。
事実してはっきり言えることは、著者が惚れる太宰治の本を改めて読んでみたくもなったし、著者の次回作にも是非目を通したくなった。それが本書を本で私が感じた本音である。
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