2011年3月28日月曜日

書評: Tipping Point (ティッピング・ポイント)

ルービックキューブ、たまごっち、ウォークマン、ツイッター、池上彰氏、iPhone...

このような言葉を聞いて何を思い浮かべるだろうか?

そう・・・これらは全て、いわゆる”ブレークしたもの”である。これらは、いったい何をきっかけに大きなブレークを果たしたのか? そこに共通性は見いだせないのだろうか?

人気、売上、視聴率、学力、犯罪率、喫煙率・・・いわゆる”ブレークするタイミング”(本の言葉では”Tipping Point”「ティッピングポイント:転換点」と言っている)は、「どんなきっかけで起きるものなのか」・・・というテーマについて、様々な事実・データから考察をまとめた本がある。それがこれだ。

Tipping Point - How little things can make a big difference
ティッピング・ポイント-いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか
著者: マルコムグラッドウェル、 翻訳:高橋啓

(※私が読んだ版は原文ですが、邦訳版も単行本で出版されているようです)

きっかけは6年前・・・クラスメートからの推薦

著者マルコムグラッドウェル氏はカナダ出身者であり、この本は彼が2000年に出版したものである。私が知ったのは2005年の冬、イギリスの大学院で経営修士学を学んでいたときのことだ。クラスメートの一人が「これ、面白いよ」と進めてくれた。パっとみて、(英語版ではあったが)分厚くもないし、平易な言葉で説明されており、どうも読みやすそうな本だな・・・と思い、影響されやすい私は、すぐに書店に足を運んで8ポンド(当時のレートで1,600円)で購入した。

情けない話であるが、それから6年近く経過がした。今年はじめ、書斎の本棚に読まずに放ったらかしになっていたこの本を見つけたのである。

「よし、今度こそ読んでやろう」

【買ったときのレシートが本にはさんであった!】


おそるおそる開けたその結果はいかに・・・

買ったのは6年前、出版自体はもう11年前・・・「今読んでも新鮮味は、ないのではないか」とびくびくしながら読んだ。しかし、確固たる分析・論理に裏付けられた優秀な主張は、時間が経過しても風化しないものである。今にいたっても、著者の考えは通用するものだと思った。

Tipping Pointが起こる理由は、一概に”一つの原因”におしつけて説明することはできない、と著者は言う。たいていの場合は、いくつかの原因の組み合わせでおこるというのだ。

本で大きくとりあげている原因の一つが”Word of mouth(口コミ)”の力だ。もちろん、著者は”口コミ”という一言で片付けていない。口コミといっても、伝播させる条件が揃っていなければいけない、と主張する。具体的には、Connector(幅広ネットワークを持っている人)、Maven(いわゆる”おタク”であり、かつ、お節介好きな人)、 Salesman(メリットをわかりやすい言葉に置きかえて説得する人)の三者のいずれか、ないし、複数の存在がカギになるというのだ。

また、”Power of Context(とりおかれる環境)”がもたらす力も見逃せない、と言う。1980年~1990年、ニューヨークの犯罪率は史上最悪と言われる状態に陥った。私も覚えているが「ニューヨークは地下鉄に一人で乗るのは大変に危険な都市だ」と言われていたと記憶している。ところが1990年代に入り、状況は一変、犯罪が激減しはじめた。ジュリアーニ市長の功績だと言う人が少なくないが、犯罪率減少のTipping Pointは何か?著者は、その原因をDavid Gunn氏が推進した「地下鉄の落書きを徹底的に消し去る」運動、ならびに、「(それまでに(無賃乗車など見逃してきたような)軽犯罪を絶対に見逃さない運動」の成果だと述べている。警察の姿勢、街の雰囲気の変化が、犯罪者の精神的変化を生むことに大きく貢献し、犯罪率のTipping Pointを生んだというのだ。面白い視点だ。

こうした”口コミ””取りおかれる環境”がもたらす力のほかにも、”遺伝””情報そのものが惹きつける力(粘着性;魅力)”など、Tipping Pointのトリガーとなるうる事象について、豊富な事例を取りあげ、様々な角度から考察を述べている。

なるほどの心理

「この本が面白い」と思えるのは、豊富な事例もさることながら、その多くが、誰もが日常感じる”人間の心理”について触れているからではなかろうか、と思う。

たとえば、著者はニューヨークでの刺殺事件を例にとり、人間心理の興味深い面について言及している。1964年のニューヨークで、Kitty Genoveseという若い女性が「刺された。助けて!」という声を挙げたが、その声を聞き、または、刺されて横たわっているという姿に気がついた人が何十人もいた(当時の新聞では38人・・・と言われていたが、実際はそれよりは少なかったようである)にも関わらず、誰も行動を起こさなかったため、死亡してしまったという有名な事件がある。

この事件について、実験によれば、ある人が”自分以外に周りに誰もいない”と気がついている場合、「助けて!」という声を聞いて(助けるための)行動を起こす確率は85%だそうである。逆に”自分以外に周りに誰かいる”と知っている場合、声を聞いて行動を起こす確率は31%まで激減するそうである。これは どういうことなのか?つまり「自分が行動を起こさなくても、誰かほかの人間が行動を起こしてくれるだろう・・・」という勝手な推測が働くために、むしろマイナスの結果がもたらされるという人間心理である。

「なるほど」と思う心理学ではないだろうか?(事件そのものは凄惨なものであり繰り返されるべきものではないが)こうしたウラにある人間の行動心理は、身近なことでありながら、意外性があり面白い。

FacebookのTipping Pointを説明できるか?

さて、「なるほど」とうなずかされることの多い内容ではあるが、11年経過した今でも通用する考えなのだろうか?

最近世の中を席巻した事象で言うとFacebook(フェイスブック)のTipping Pointが気になるところである。Facebookが世に出たのは、2004年。今や、会員の数は5億人を超えると言われる。(もちろん、この本が出版されたのは2000年であるので、SNSは事例として取りあげられてはいない)


Facebookの存在が私の耳に入った2005年(大学院在学)当時、Facebookのようなソーシャルネットワーキングサービス(SNS)は、実は既に飽和状態に近かった。授業中のディスカッションテーマとして取りあげた1つに”SNSの将来”なるものがあったが「SNSサービスは飽和しており、今から起業してもその地位を確立するのは難しい」という主張が目立ったように記憶している。事実、当時は既にSixDegrees.com(1997年)、 LinkedIn(2003年)、 MySpace(2003年)、 Orkat(2004年)、 Facebook(2004年)、Gree(2004年)、 Mixi(2004年)が乱立しており、どれも市場を奪い合っていた。ましてIT業界は、一位と二位の間に著しい差が生まれる世界である。その登場が決して早くなかったはずのFacebookが、今や5億人を超えるユーザを会員を擁するようになるなど私自身も思いもよらなかった。

しかしFacebookは突き抜けた。どのようにしてここまで飛び抜けたのか?Tipping Pointは何か?この事象を説明するのに、この著者の考えを当てはめて考えてみると面白いことが見えてくるかもしれない。あえてここで細かい分析を書くことは避けるが、少なくとも言えるのは、”Word of mouth(口コミ)”の力だけではここまで大きくならなかったはず、ということだ。なぜなら、そうであれば、他のSNSももっと流行っていいはずだからだ。Facebookは、当初ハーバード大学やアイビーリーグといった有名大学の関係者にその利用を限定させていた。くわえて、匿名会員が多かった他のSNSに比べ、実名利用を基本としていた。こうした差は、著者が本で述べる”Stickiness(粘着性;惹きつける力)”として作用したことに間違いはないだろう。もちろん、ほかにもいくつかの要因が考えられるが、いずれにしても、このように「Tipping Point」の考えは、今にいたっても様々な事象を説明できることが分かる。

マーケティングのヒントがつまっている本

この本は、実際の事例を頭に描きながら、楽しみながら、心理学を学べる(私自身は、きちんとした心理学を専攻したことはないが)・・・そんな本だと思う。ビジネスの観点で見れば、すなわち「どのように、誰に、どうやって訴えれば商品・サービスが売れるのか?」を考える上でのヒントを与えてくれる本とも言える。当然のことながら、マーケティングや経営企画の近い立場にいる人たちには読み応えのある本だろう。

私も、さっそく我がビジネスにこの考えを転用できないか、既に悩みはじめているところである。


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