2012年2月18日土曜日

書評: 体制維新 - 大阪都

「リーダーシップ、かくあるべし」

MBAで学ぶケーススタディーよりもよっぽど勉強になる本だ。

体制維新 - 大阪都
著者: 橋下徹、堺屋太一
発行元:文春新書
発行年月日: 2011年10月31日

この本を知ったのは雑誌プレジデントに掲載されていた橋本徹市長と大前研一氏の対談記事を読んだのがきっかけだ。

■”大阪都構想”とは何か?なぜ必要か?が分かる本

大阪市、大阪府が抱える致命的な問題、それを解決するための都構想・・・大阪のあり方、日本のあり方について、橋下市長が熱く語った本だ。

「これでも、まだわからないのか!」

そう言わんばかりに、大阪が抱える問題を数多くの事例を交えて激白している。大学問題、教育委員会問題、地域振興会問題、大阪市営地下鉄の民営化問題、大阪市の独裁問題、空港問題・・・。

たとえば大学問題では、東京にすら1つしかない大学が、大阪には2つ(府立と市立)あることに触れ、東京の年間120億円の費用に対し、大阪では市・府合わせて208億円かかっていることを指摘している。


「大阪府庁も、大阪市役所も大阪全体のことなど気にしてない。自分の所管する大学のことだけを意識しているのです。そしてこうした二重行政が長年続けられてきた結果、大阪市民は気づかぬうちに、巨額の負担をさせられている・・・。」

このほか、地域振興会問題では、大阪市役所が補助金を出す団体(地域振興会)が、現職(例えば平松邦夫氏)の市長の選挙マシーンとして活動してきたという、まったくもって理解不能なカラクリについて指摘している。市役所で働く人たちに最も有利な市長を選ぶために、何で関係ない人の税金が投入されなければならないのだろうか。

こうした問題の根は深い、と氏は語る。こうした問題1つ1つの火消しをしても、第二第三の類似した問題が浮かび上がってくる。人を入れ替えたり、ルールを付け替えたりする対応ではダメで、その土台となっている仕組みそのものを抜本的に変えなければ治らないんだ・・・というのが橋下市長の訴えである。そして、それが”大阪都構想”だ。

■橋下市長と平松前市長の考え方の違いが分かる本

この本を読むと、いかに橋下徹氏が大局を見て勝負をしようとしているかが分かる。

当然のことだが、大阪が抱える問題を言及するにあたり、この本が執筆された当時市長だった平松邦夫氏への橋本氏の憤懣遣る方ない想いが随所に吐露されている。しかし、平松前市長だって、大阪のために役立とうと思って行動してきたはずだ。だからこそ市長として何年も活躍してこれたわけだし、実際にいくつも功績を残されている。にもかかわらず橋本氏とこうまで対立してきたのは・・・すなわち、二人の考え方に決定的な違いを生んだのは、見ている”視野の広さ”にあるのだろう、ということが本書を読んでみると良く分かる。

橋本氏自身、本書の中で語っているが、平松氏は、”大阪市”という与えられた土台、すなわち、与えられた枠組みの中で問題解決を図ろうと尽力してきた。翻って橋下徹氏は、その枠組自体を変えることで問題解決を図ろうとしている。その目は”大阪市”だけではなく”大阪全体”を見つめ、そして、日本全体、果ては世界全体を見つめている。

枠組みがしっかりしているとき、平松氏のような方はベストのパフォーマンスを発揮するのだろうが、枠組みそのものが腐りかけている今の大阪においては、橋本氏のような大局観を持つ人間こそがライトパーソンのように感じた。

■本書が持つ3つの特徴

橋下徹が自分の思っていることを一方的に説明する本・・・それ以外に何か特徴なんてあるのか?

そう思うかもしれない。私は本書の特徴=魅力は3つあると思っている。

1つは、心の奥底に”ずいっ”と入ってくる橋本氏の熱く丁寧な語り口調。紙に印刷された冷たい文字を読んでいるに過ぎないのに、氏の熱い想いが心の奥底まで侵入してくる。「リーダーはみんなが同じ方向を向けるように、”明瞭かつシンプルなメッセージを示すことが大事」と言われるが、まさにそれを体現しているかのようだ。

たとえば、橋本氏が”大阪の仕組みを変えることの重要さ”を、”OSとソフト”と言う言葉におきかえて説いた彼の説明はとても印象的だった。

「OSがウィンドウズ95のままでは、いまのウィンドウズ7用の最新のソフトは動かない。同じように、140年前にできた行政の仕組みを前提にしてできる政策なんてたかが知れているんですよ。明治時代にやればよかったような政策程度しかできないんです」

もう1つは、堺屋太一氏の存在。なぜ橋下徹氏一人の本にしなかったのだろうかと、ふと疑問に思ったのだが、振り返ると堺屋太一氏の存在意義は意外に大きいことに気が付かされる。どちらかといえば良い意味で感情的に訴えかける橋本氏に対し、歴史観も含め冷静かつ客観的にその訴えかけを補完する堺屋氏の存在は、読む者に思いのほか、安心感を与えてくれる。

最後の1つは、この本が”大阪市長以前の本”であるという点だ。橋本氏が市長になる前に書いたこの本と、市長になった後の橋本氏の実際の活動を見比べることで、彼の言動にブレがないのかを確認することができる。某民主党に代表されるように主役に選ばれたとたん軸がブレ出す人たちが多い中で、橋下徹氏はいったいどこまでブレずにやれているのか?それを観察してみるのも一興ではなかろうか。

■リーダーになる人は読むべき本

誰よりも先を見ること、分かりやすくビジョンを伝えること、ブレないこと・・・これらはリーダーシップに求められる要件だと思う。これまで見てきたとおり、それを誰よりも端的に体現しているのが橋本市長だ、ということが分かる本だ。

直接の利害関係者である大阪府民はもちろんこと、組織のリーダーとなる人たち全てに、少なくとも一度は読んでもらいたい本の一冊だ。

ただし、自戒の念も込めて、最後に一言だけ付け加えておきたい。この本は橋本徹氏自身が書いたものなのだから、彼の主張の良い面ばかりが見えるのは当然だ。これと比例して前市長の平松氏が”悪人”にすら見えてくるところに怖さすら覚える。もちろん、事をそんな単純に捉えるのは危険だし、そうするべきではないと思う。橋本氏の主張の意義を真に評価するためにも、われわれは橋本氏の声を聞くだけにとどめず、できれば反論する人の意見・・・とりわけ平松前市長の話にもっと耳を傾けることが大事ではないだろうか(ところで、平松さんは本って出してたのかな~・・・;あればぜひ読みたいなぁ~)



【政治に関する本・・・という意味での類書】
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