2016年1月31日日曜日

書評:世界史の極意


自分で物事を考えるためのインプットを得ることができたという意味で本当に良かった。いつも読んだ後、線を引くのだが、読了後に見返してみると多くの箇所に線を引いていた。




本書を読み始めて真っ先に思い起こした記事がある。佐藤氏の記事ではないが、ギリシャの破綻に関して、EUが“見放す・見放さない”のすったもんだをしている背景に関する村田奈々子東京大学特任講師の次の記事である。

『ギリシャの(EU)加盟には、七十年代半ばの冷戦時代の状況が深くかかわっている。・・・南欧諸国の政治の大変動が、EC諸国にとって脅威となりかねなかったからである。1974年、ギリシャの軍事政権が崩壊した。ギリシャは軍事政権を支えたアメリカへの対抗心から、NATO軍事機構を脱退した。一方それまでギリシャ国内で抑圧されてきた、左翼による政治活動が活発化した。民政に復帰したとはいえ、ギリシャの将来は不透明だった。・・・このような南欧の不安定な政治状況は当時のEC諸国にとって真の脅威だった・・・民主主義を擁護するヨーロッパという、政治的アイデンティティを表明することで、他の南欧諸国の左傾化を阻止できると考えたのである。・・・』
(月刊誌中央公論2015年4月号「ギリシャ国民がヨーロッパに突きつけた“NO”」より)

多くのニュース番組が、ギリシャは甘え過ぎだとか、ドイツはどれだけ恩恵をうけているかを忘れているとか・・・などと表面的な報道だったのに対し、こうした歴史的背景から考察を述べた記事は目から鱗だった。

そして、佐藤氏が書いた本書。同じようなこと・・・すなわち、起きた事象の表面だけを見て良し・悪しを判断しようとしていることが他の問題でも起きてないか・・・まさにそこを掘り下げた本だと思う。取り上げるテーマは、ウクライナ問題、スコットランド問題、中国問題、中東問題、沖縄問題など・・・多岐にわたる。

例えば、アルカイーダなどイスラム原理主義の話。本書のお陰で、他の多くの事案同様に、民主主義 vs. 共産主義の戦いがその背後にも、あったことを理解できた。民主主義に対抗するため、ムスリムコミュニストという概念のもと、民族を一致団結させようとあおったのもロシア(レーニン)ならば、それが大きくなりすぎて脅威を減らそうとトルキスタンを無理矢理5つの国に分割したのもロシア(スターリン)だったとのこと。ソビエトが崩壊したあと、混乱が起き、イスラム原理主義を生み出すことにもつながったという・・・。

東ドイツや西ドイツ、韓国や北朝鮮、イラクやシリア、パレスチナ、ベトナム・・・そして、タジキスタン、ウズベキスタン、キルギス、トルクメニスタン、カザフスタンなど・・・今起きている世界の悲劇は、勉強すればするほど、主義、宗教、民族など複雑に絡み合った結果であると感ずる。週間少年ジャンプに出てくるような正義対悪などといったそんな単純な構図ではないことが本当によく分かる。

ところで、本書を読んでそうしたことが分かると何がいいのか? 何が自分の人生に役立つのか? 単にうんちくが増えるだけじゃないか、そういう見方もあるかもしれない。

佐藤氏は、一義的にはビジネスマンである国際的なセンスが求められるからこうしたことは当然のように知っておくべきだと言う。そういえば、先日読んだライフネット生命会長の出口氏の「人生を面白くする本物の教養」の中でも似たようなことが書いてあった。世界のトップを走る政治家やビジネスマンは、一見ビジネスに関係なさそうなことでもしっかりと勉強している・・・と。私自身も本書に書いてあったようなことを2000年頃にイギリスに渡る前に知っていれば、当時一緒に働いていたクルドやパキスタン人の同僚と、もっと良く立ち回れただろうな・・・などと心底思う。

佐藤氏は次のようにも語っている。歴史は繰り返す。それは歴史が証明している。だからこそ、本書を読み、歴史を学び、そこから今起きている本質を見抜く嗅覚を身につけることで、過去に起きた戦争が再び起きてしまう・・・という最悪の事態を避けたいのだと。

佐藤優氏の記事は過去に色々な雑誌で見るが、いつも彼の鋭い洞察力には感心させられる。中学生程度の歴史や地理の知識があれば、そして集中して読めば、頭に入ってくる。池上彰さんの本よりもちょっとでも難しい本は無理・・・という人で無い限りはオススメだ。


2016年1月27日水曜日

世界上位62人の総資産が下位36億人分に匹敵!?

「5年前の調査では、世界上位338人の総資産が下位半分の総資産に匹敵。現在は世界上位62人の総資産が、下位36億人総資産に匹敵している。」とニュース。

過ぎたるは及ばざるが如し。5年後どうなっちゃうんだろー。ピケティさんの話の通りになのか。

2016年1月24日日曜日

書評: 会社という病

東芝や旭建材、ダイコーなどで起きている事件を、反面教師にしたいなら、本書を読んでおくことをお勧めする。

著者:江上剛
出版社:講談社プラスα新書



⚫会社が腐敗していくさまを見える化した本
どのようにして会社というものが腐っていくのか・・・そのさまを、著者自らの体験をもとに紐解いた本。著者が20年以上にわたり、今のみずほ銀行(旧第一勧銀)に勤めたときの体験が基になっている。人事、出世、派閥、上司、左遷、会議、残業、定年、根回し、社長・・・などといった軸で語っている。

⚫️読みどころは、なんと言っても生々しい事例
著者の体験と言っても普通のサラリーマン話ではないところが本書の魅力だ。大組織の人事部・・・という言わば、人の昇進や降格に近い立場・・・すなわち、人の欲望や絶望が渦巻く場所にいたときの話だから、貴重である。著者自身も、総会屋利益供与事件に巻き込まれ、最後は逮捕・退職につながっていく・・・という話には、本来であれば「えっ!?」という話だが、本書にあってはさらなる付加価値である。

⚫️一昔前の銀行の事例が、今の時代に役立つのか?
一方で、今更、一昔前の銀行の話を聞いて、役に立つのか?・・・そう思わないといったらウソになる。銀行は、お金の取り扱い自体が主要業務という点で“法規制やルールが全て”といった感があり、他の民間事業会社とは大きく異なる。

だが、冷静に読むと、特殊な事例ではないことが分かる。たとえば、「東大卒はやっぱり有利」という話。東大卒・・・というのは大銀行だからこそ登場する固有名詞ではあるが、事の本質は東大云々ではなく、学歴至上主義がまだ残っているという点だ。人事評価、出世争い、左遷、残業・・・全て他人事ではない。

⚫️本書の真の価値とは
改めて問おう。東芝や東洋ゴムなどのような大事故はどうすれば防げるのか? 

残念ながら、東芝や東洋ゴムなどの事件そのものから学べることには限界がある。なぜなら、事件を外から見ていても、入手できる情報に限りがあるからだ。事の本質に迫ることは難しい。

そこに本書の価値があるのだと思う。本書には、まさにその外からは見えない部分・・・大事故を起こした会社ではおそらくこういうことが起きていたのではないか・・・と思える内部のことが描かれているからだ。

⚫️歴史ある企業や大企業のサラリーマンこそ、読んでおきたい
私が得た答えの一つは、「今までこれで大丈夫だった(or 成功してきた)から、これからも大丈夫な(or これで成功できる)はずだ」という人間が持つ心理だ。大事故を起こす組織では、これが組織のあらゆる階層、あらゆる場面で起きているのではないか・・・と思う。つまり成功体験が多い組織ほど、伝統ある組織ほど、明日は我が身・・・と思った方がいいように思う。

その意味では、澱がたまりがちな年齢を重ねた企業のサラリーマンほど、本書を読んで、我が身・我が社を振り返ることが必要なのではなかろうか。

さて、あなた自身の感想はいかに?


2016年1月17日日曜日

書評: 超一流の雑談力

“雑談”と言われて、あなただったら何を思い浮かべるか? 私なら、近所のおばさんが思い浮かぶ。同じ話題で1時間でも2時間でもしゃべり続けることができる力??? いやいやここで取り上げたいのはその“雑談力”ではない。そうではなくて人間関係や仕事の質を根本から変えてくれる魔法のようなメソッドとして力である。本書の著者はそれを“超一流の雑談力”と呼んでいる。

超一流の雑談力
著者:安田正
出版社:文響社

■雑談力を向上させる38の必殺技
雑談力をどうやって向上させるのかの指南書である。明瞭簡潔に全38からなる秘儀が書かれている。最後の章では「今日から始める雑談トレーニング」と称して、「エレベータで何階ですか?・・・と聞いてみる」など・・・明日からすぐに実践できるトレーニング手法を紹介している。

■特徴は即効性と新鮮さ
最近は出る本、出る本・・・読みやすさを意識したものばかりなので、もはや特徴とは言えないのかもしれないが、本書も例外なく読みやすい。そして、読み終えた瞬間から実践できるようにといろいろな配慮がなされている。とにかく恐ろしいほど早く読み終えることができるので、即効性がきわめて高いといえる本だろう。

加えて、本書の扱うテーマは意外に新鮮さがある。伝える力、失敗する力、学び続ける力、聞く力など・・・あえて勝手に呼ばせていただくが・・・いわゆる“力シリーズ”が、続々と出る中で、カバーされていない領域だったように思う(ただ、力シリーズは、個人的にはもうそろそろおなか一杯だけど)。

■結局は些細なことの積み重ね
冒頭で述べたように著者は本書で取り上げる雑談力を「人間関係を構築できる魔法のようなメソッド」と定義するが、“魔法”というのはどうかなぁ・・・というのが私の印象。むしろ、ちょっとしたことの積み重ねが大事といった印象で・・・この点では、“基本こそが大事”、“原点回帰”といった言葉のほうが適切なように思った。

些細なことの積み重ね・・・は、ほかの力にも通ずる点が多々ある。例えば、ファシリテーションやプレゼンテーションスキルなど。ファシリテーションであれば、アイスブレーク、休憩の取り方、喋りたくなる最大人数構成を意識した人員配置をする・・・など。プレゼンテーションであれば、目線の位置、抑揚、ジャスチャー、間の取り方・・・など。これが雑談力になるとどうか? 高い声であいさつを心がける。笑顔で接する。相槌や質問の仕方を工夫する・・・などなど。

■教養と一緒に身につけたい
面白いのは、この本を読んだ後、やはり心のどこかでそれを意識している自分がいるということだ。会社で仲間にあいさつする瞬間・・・エレベーターに乗った瞬間・・・ふと本書のことを思い出す。まぁ、半年もしたら忘れてる可能性は高いが・・・それにしたって、それはそれで読んだ意味があったというものだ。これはまごうことなき事実である。

ニワトリが先か卵が先か・・・。多分、営業マンになるような人は、そもそも著者のいう雑談力を兼ね備えているからなった人もいるわけで・・・必ずしも「自分は接客業だから」という理由で飛びつく必要はない。純粋に人間関係構築に自信がない・・・と思う人なら、読む価値はあるだろう。

ただし(本書に限った話ではないが、こうした類の本を読むうえで)一点留意したいことがある。知識・技術力向上には、短期的な視点と中長期的な視点の2つが必要だと思う。短期的な視点とは、本書が取り上げているような即効性の高いテクニックである。ちょっと意識するだけで、あるいは、ちょっと工夫するだけで人生が愉しくなるなら、知らない手はないだろう。そして、中長期的な視点とは、その瞬間は何に役立つかわからないが、じわじわと後から効いてくるもの・・・先日読んだ出口ライフネット生命会長兼CEOの「人生を面白くする本物の教養」に通ずるような・・・教養というやつだ。

短期・中長期・・・やはりこのバランスが大事だと思う。こうした認識だけはもっておきたい。


【いわゆる“力”シリーズという観点での類書】

2016年1月9日土曜日

書評:コンサルは会社の害毒である

コンサルは会社の害毒である
著者:中村和己
出版社:角川新書
私は、厳密には経営コンサルタントではないが、同じコンサルタント業を営んでいる立場から、気になって買ってしまった。

「なぜ、経営コンサルタントが不要か?」を、著者自らの経験から、ロジカルに説いた本だ。著者自身が経営コンサルタントを使う側と、経営コンサルタントとして使われる立場の両方を経験しているので、説得力がある。

結論から言えば、(あえて言わなくても分かる話だが)本書はもちろん「なぜ、中村事業企画(=著者の会社)か?」を訴えた本でもある。商売っ気的な側面が見え隠れするのが気になる人は嫌かもしれないが、それを差し引いても、経営コンサルタントに多額のお金を使っている人、経営コンサルタントまたは経営コンサルタントになろうと考えている人であれば、読む価値はあるだろう。

理由は大きく2点ある。1点目は、コンサルタントの付加価値は何だろうか・・・真剣に考える機会を与えてくれるからだ。本書を読んでいると、経営コンサルは果たして役に立っているのか・・・を改めて深く考えさせられる。

『日本人の年間労働日数の平均253日を年収1000万円の社員に当てはめて考えると、一日平均10時間労働で、福利厚生込みの時給はほぼ5000円になる。ところが経営コンサルタントは最低でも2万円、高くなると5万円を超える時給を請求するから、日本企業にいるエリートの最低でも4倍、多ければ10倍超の価値を生まなくてはならない』(本書 現在のフィーは高すぎるより)

上記は本文中で著者が紹介していたものだが、改めて数字を見てみると、提供されるべき付加価値は極めて高いものでなくてはならないと思い知らされる。(成果主義でフィーを決めているコンサル会社もあるだろうから、全ての会社に当てはまるものではないが)

2点目は、コンサルタントの使い方について全く正しい指摘をしていると思うからだ。

たとえば、本書の第三章に「コンサルタントに意思決定を求めてはいけない」と銘打ったタイトルがある。「そりゃーそうだ」と思う。良くアウトソースするときに、責任まではアウトソースできない・・・というが、自ら責任をとるということは自ら意思決定する、ということだ。良く、答えを教えてくれ・・・のような感じでコンサルタントを頼ってくるお客様がいるが、それはあまり良くないと思う。私ごとだが、「ああ、プロジェクト上手く言ったな」と思えるときは、たいてい、「コンサルがお客様を引っ張るというよりも、お客様がコンサルを引っ張るようなときだ」

ところで、著者はなぜ経営コンサルタントは役立たず・・・と言っているのだろうか。著者が本書の冒頭で簡潔に述べているので紹介しておきたい。①米国と日本では状況が全く違う。米国は株主が強く、リストラ推進や格付け的側面からコンサルの意義があるが、日本ではそうではない。②コンサルのアプローチがもはや時代遅れである ③自ら考えるべきところを他人任せにしてしまうので成長を阻害してしまう・・・の3点だ。②に関しては、確か大前研一氏自身も(最近読んだ)「もしも、あなたが最高責任者ならばどうするか?」などで、古典的なケーススタディなどは今や役に立たなくなってきている(これからは、リアルタイムオンラインケーススタディだ)・・・などと述べていたことにも通じるかなと思う。

最後に、あえて本書の残念な点を挙げるとすれば、著者が引き合いに出している一部の事例の弱さだ。コンサルタント第一人者である大前研一氏が、過去に雑誌(ハーバードビジネスレビューなど)に公に発表した論文を引き合いに出し、その事例がMECE(ミッシー)になっていなかったなどといった主張を通じて自らの一つの論拠としているが、それを持って経営コンサルタントは役に立たないと結論づけるには、やや寂しい気がした。まぁ、かといって証明することが難しい領域ではあるが、そこは著者以外の複数の経営コンサルタント経験者の生の声を聞きたいところだ。


2016年1月4日月曜日

書評: 夜中の電話 父・井上ひさし最後の言葉

夜中の電話 父・井上ひさし最後の言葉
著者:井上麻矢
出版社:集英社インターナショナル


作家井上ひさしが癌と宣告されたのが2009年4月。その時から命が尽きるまでの約1年間、毎日、娘である井上麻矢に夜中電話をかけた。本書は、彼がその時にどんな想いで娘に電話をかけ、何を伝えたのか、そしてそれを娘がどのように受け取ったのか・・・娘である井上麻矢自身が書きまとめたものである。井上麻矢が井上ひさしから受け継いだ77つの金言が刻まれている。

そんな本をどうして私が手に取ったかと言えば、“井上ひさし”の生き様・死に様に興味を持っていたからだ。私が井上ひさしをきちんと知ったのは「井上ひさしと141人の仲間たちの作文教室」を読んだときのこと。これは宮城県一関市で彼がボランティア作文教室を開いた際の講義内容をまとめたものだが、その指導内容に、心底ひきこまれた。実際に自分の書き方にも生かされている。だから、とても尊敬していた。

さて、冒頭で述べた“娘への夜中の電話”。なぜ、井上ひさしが電話をかけ続けたのか。「きっと寂しくて、娘の声が聞きたくて、電話しつづけたんだろうよ」と思うかもしれない。が、そうではない。劇作家としての井上ひさしが、大切にしていた劇団(“こまつ座”)を継続させるため、娘に自分の全てを伝授するため・・・必死の想いで電話をかけ続けたのだ。”夜中の電話”の重みを理解するために、背景を少しだけ話しておきたい。著者曰く、自身が“こまつ座”を手伝いはじめるようになるまで、井上ひさしと家族はバラバラな状態にあったそうだ。妻とは離縁し、娘とは疎遠状態。そんな中であるとき突然、娘の一人であった著者(井上麻矢)に”こまつ座”の経理業務を依頼してきたと言う。著者自身2人の娘をもうけ、そして離婚を経験していたせいもあったのだろう。父、井上ひさしの気持が少し理解できるようになっていたのかもしれない。仕事を引き受けた著者。だがすぐに、井上ひさしが癌を宣告される。病床から、毎晩、電話し、娘に自分の持っている知識・経験をできる限り伝えておこうとした井上ひさし。ひどいときは、夜中中・・・そう朝、娘が学校にでかける直前まで、電話をしたこともしょっちゅうだったと言う。

77つの金言は、劇作家人としてのものだが、全て普通のビジネスマンにも当てはまるものだ。私の印象に残ったいくつかを紹介するとたとえば次のようなものだ。

・策略に勝つために策略を立ててもダメ。策略に勝つのは正直であること。正直は最良の政策。
・むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと。
・言葉はお金と同じ。一度出したらもとに戻せない。だから慎重に良く考えてから使うこと。
・考えて、考えて、これ以上はもう考えられないと思って進み出したらもう考えない
・朝、目が醒めた時、「眠いし疲れているけれど、今日も一日頑張ろう!」と思えないのであれば、今の生活、どこかで自分に嘘をついて我慢している。その我慢がどこにあるのかを逃げないで見つめること
・人の批判は自分を律するいい機会。むしろ観察するつもりで聞いておいて損はない。

著名人・・・それも成功した経営者の格言をまとめた本は良くある。良くあるのだが・・・なんとなく、事業会社の経営者ではない井上ひさしの言葉の方が含蓄があるように感じた。モノを書くことを生業にしている人の言葉であり、職業が違うにもかかわらず・・・である。「策略に勝つのは正直であること。正直は最良の政策。」なんぞ、素敵じゃないか。「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書くこと。」なんて格言は、モノ書きらしい・・・でも、独特の雰囲気を持ったものじゃないか。こうした言葉に出会えただけでも、有り難い。

ただ一方で、冷静に捉え直すと、ふと疑問がもたげる。それは、仕事人としての格言ではあっても、家庭人としての格言になり得るだろうか・・・という点だ。著者によれば、井上ひさしは、(本人は生還するつもりではいたが)自分の死後3年のプロデュースはできていたと言う。よく見れば、77の金言も、全て仕事人として発言ばかりである。(Wiki情報だが)離婚前、家庭ではDVを起こしていたこともあったという。「いや、井上ひさしは、”こまつ座”という触媒をとおして、失われた娘との時間を取り戻そうとしていたのだ・・・親子愛じゃないか」という人もいるかもしれないが、どちらかと言えば、私には師弟愛のように写る。井上ひさしは、良くも悪くも、骨の髄まで職人だったということなのだろう。つまり、本書に述べられた彼の金言は、一人の道を極めるプロフェッショナルとしては参考になるが、一人の人間としての生き様・死に様までが参考になるわけではないかも・・・と、ふとそう思った次第だ。

ただし・・・ただし・・・井上ひさしが魂を注ぎ込みつづけた劇団”こまつ座”の劇・・・これは、ぜひ見てみたいと思った。本当に見てみたい。


2016年1月3日日曜日

2015年の総括は・・・

この時期になると、2016年の景気予測が新聞を賑わせ始める。ふと、昨年末の2015年予想はどうだったかと、クリッピングしておいた景気の記事を見返すと、結構当たってないことに気がつく。

「2015年はREIT指数が2000越えになると予想する専門家が大半だ」(日経新聞 2014.12.26)

現実は2000超えず、一時1550まで下り、今日現在1750。


こうしたこと総括せずに、2016年の予想ばかりするから、いよいよ信憑性ないよなーと思うのである。

書評: 日本の論点2016~2017

日本の論点2016~2017
著者:大前研一
出版社:プレジデント社


本書はプレジデント誌で連載している「日本のカラクリ」の一年間のストック及び特集記事から読者の反響が大きかった稿をピックアップし、加筆修正して再構成したものだ。大前研一氏が、自分の目と耳で事実を確認し、論理学を用いて事実と事実を結びつけ、オリジナルの答えを出したものである。

今回取り上げているテーマは、全部で24。アベノミクス、憲法改正、福島第一原発事故、TPP、水素ステーションなど、昨今、世間を賑わせている・・・それでいてなかなか答えの見つからないハードな問題について、自らの思考プロセスと結論を披露してくれている。

本書の用途は大きく3つあると思う。

1つは、企業人としてこれからの国内外のビジネス環境の変化をどう捉えるべきか・・・そのヒントとして活用できる。たとえば中国、ロシア、アメリカ、ユーロ圏、イスラム国・・・このあたりの紛争や経済情勢及びそれを元にしたこれからの世界観は非常に有益だ。

2つ目は、自らの財産をどう築くか・・・そのヒントとして活用できる。先の世界観に影響を受ける話だが、将来の年金について国を当てにできない今、どのように自らの資産のポートフォリオを考えればいいのか。ちなみに、大前研一氏によれば歴史を見ると、なんだかんだで資源国は安定した経済を維持していると言う。ならば、どこに投資すべきか・・・、考える良いきっかけになる。

3つ目は、自己啓発や子供の教育をどのように行っていくべきか・・・そのヒントとして活用できる。本書以外もそうだが、大前研一氏の本を読んでいると、とにかくその膨大な引き出しと明瞭簡潔な思考プロセスに驚かされる。基本的には、他国や他社に成功事例を見つけ、それをベースラインとして、課題を浮き彫りにしたり、解決策を見つけるヒントとしている。たとえば、TPPで、日本の農業のこれからの話をしているときにはオランダの農業の話が引き合いにだされた。日本の人手不足の課題を、アメリカにおける間接業務の生産性との比較に見いだした。大学の課題を、アメリカやドイツの教育制度との比較に見いだした。端的に言えば、冒頭で述べた、まさにアリストテレスの論理学というやつなのだろう。A=B、P=AならP=B・・・みたいな。

以上3点だが、個人的に一番気になったのは、とにかく最後の3点目だ。膨大なインプットを得るための努力、論理思考術の修練・・・これがまだまだ不足していると感じた。具体的には、

1.インプットを得る
 →色々なものを読む(本や新聞、雑誌、文献など)
2.論理的思考術の修練をする
 →考え抜く(人に会って話す・議論する、自分の考えを文章にするなど)

をしていきたいと思った次第。書評の結論としては変な終わり方だと思うが、まぁ、このような刺激を与える本である。


【大前研一氏の日本の論点シリーズ】

書評: 考えすぎた人(お笑い哲学者列伝)

いやぁ~、久々に笑わせてもらった。小難しい哲学者の本で笑えることなんてそうそうあるだろうか。

お笑い哲学者列伝 考えすぎた人
著者:清水義範
出版社:新潮文庫


本書は、有名な哲学者12人の考えや生い立ちについて、わかりやすく・面白く・・・物語調で解説した本である。12人の哲学者とは、

ソクラテス
プラトン
アリストテレス
デカルト
ハイデッガー
ウィトゲンシュタイン
ルソー
カント
ヘーゲル
マルクス
ニーチェ
サルトル

だ。あらかじめ言っておくが、私は哲学が好きじゃない。むしろ、どちらかと言えば嫌いだ。先に挙げた12人の哲学者の中には知らない名もある。ウィトゲンシュタインなぞ、初めて耳にした。ではなぜこの本に手を出したかと言えば、自分の知らない世界のことも知っておきたい。ただしどうせなら、苦無く学びたい・・・そう思ったからだ。

結果から言えば、まさに要望を満たしてくれる“当たり本”だった。前段で述べたように、わかりやすく・面白く書かれている。そして途中で爆笑する機会が2回ほどあった。たとえばアリストテレスの論理学の話。三段論法に関してのアレクサンドロスとその氏師アリストテレスとの物語は、かけあい漫才のようだった。

学友(イヌチヨロス)『(1)すべての動物はフンをする。(2)すべての馬は動物である。(3)すべての馬はフンをする。どうでしょう』
アリストテレス『正しいよ。正しく三段論法を使っている。この三段論法は第一格第一式というものだ。では、第一格第二式の三段論法を教えよう』
アレクサンドロス『すべての馬がフンをすることぐらい、三段論法で考えなくたって知ってるよなぁ。先生が言いたいのは、この世に便秘の馬はいないってことなのか』
(本書「アリストテレスの論理が苦」より)

 本書・・・というか著者がすごいのは、とにかく小難しい話をあの手この手でかみ砕いて説明しようとしているその工夫の程度だ。あるときは、このアリストテレスの例のように、当時を舞台にした物語調で語っている。あるときは、現代社会に主人公を設けて、コンパの中で哲学者像を語っている。またあるときは、死んでいるはずの哲学者を特殊な装置でこの世に呼び出して対話する形をとっている。残念ながら、全てが全て、分かりやすく・面白いとは言えない。たとえば、箇条書き調で書かれているウィトゲンシュタインの章は、正直、読みたい気には全くさせられなかった。また、描かれている哲学者の考え方もどこまで正確なのかも分からない(著者も本書の中でたまに自信なさげに書いている場面があったからだ)。が、そのチャレンジ精神と実際にそのいくつかでは目的を達成させている点を強く賞賛したい。

参考までに私的に興味を持てて読めたランキングを以下に示したい。

1.アリストテレスの論理が苦 (←大爆笑)
2.ソクラテスの石頭 (←爆笑)
3.ヘーゲルの弁証法的な痴話喧嘩 (←哲学者の変人っぷりを実感)
4.サルトルの非常識な愛情 (←実はこんなやつが現代の自分の身近にいることに驚嘆)
5.マルクスの意味と価値 (←実は自分も思っていた疑問に思ってた)
6.プラトンの対話の変 (←難しいイデアの話を飽きずに読み通せた)
7.ルソーの風変わりな契約 (←授業で学ぶ前に読んでおきたかった)
8.デカルトのあきれた方法
9.ニーチェの口髭をたくわえた超人
10.カントの几帳面な批判
11.ハイデッガーの存在と、時間
12.ウィトゲンシュタインの奇妙な語り方

ところで、この本を読んでいて、なぜか以前に読んだ「感じる科学」(さくら剛著)が頭に思い浮かんだ。この本も難しい物理学の内容を愉快に読めるよう書かれたものである。今回、「考えすぎた人」を読んで、改めて本の無限の可能性とと人間の想像力の豊かさを感じた。人間の想像力・・・哲学者のみならず、本書の著者の想像力は非常に豊かだと思う。どうしても自分に照らし合わせたくなるが、自分の仕事で書く文章や各種資料もそうだし、ブログもそうだが、いつも一定の型を破れないでいる。本書は、哲学者たちが何を考えていたかを伝えてくれるだけでなく、真に想像力を働かせるとはどういうことかを知らせてくれるという点で、大きな価値を感じた。

そんな本書だが、世界史などにおいて意味の無いカタカナの丸暗記で困っている受験生や、私のように哲学なんて・・・と毛嫌いしている人たち、これから哲学を勉強しようかと思っている人たち・・・に特に向いている本だと思う。哲学者の考えが全てわかるものではないが、食わず嫌いを助けてくれる良書だと思う。


【楽しく学ばせてくれるという観点での類書】
 ・感じる科学(さくら剛著)
 ・数学物語(矢野健太郎著)

2016年1月1日金曜日

書評:人生を面白くする本物の教養

ライフネット生命会長兼CEO、出口治明氏の人生論が語られている本だ。

人生を面白くする本物の教養
著者:出口治明(でぐちはるあき)
出版社:幻冬舎新書 



■人生を面白くする出口流生き方術
出口会長の人生論とは「面白く生きるために何を大事に行動しているか?」ということ。では何を大事に?と言えば、「本物の教養を身につける」こと。本物の教養を身につければ、人やモノに対して興味を持てるようになるし、何よりも、人も自分に対して興味を持ってくれる。

だから本書のタイトルは「人生を面白くする本物の教養」。「本物の教養」を身につけるために、出口氏自らが実践してきた方法を優しく紹介してくれている。それが本書だ。

■そもそも出口氏の語る“本物の教養”とは
では、本物の教養とは何か? 出口氏の主張を私なりの言葉でまとめると、大きく3段階に分けて説明できる。

第一段階は、単に記憶しただけの情報で何の役にも立たない知識。出口氏は、これは雑学であり教養ではない、と切り捨てる。第二段階は、覚えた情報でも、何かに役立てたり楽しむために使える知識。たとえばサッカーを楽しむために覚えたゲームのルールなどがそう。出口氏はこれを“教養化した知識”と呼んでいるが、本書のターゲットではない。そう、目指すのは、第三段階。第三段階とは、自分の頭で何かを考え、自分の意見を持つためのベースとなる知識。たとえば「日本の経済問題を解決するためには、人口を増やすしかない。だから移民を受け入れるべきだ」という専門家の話があったとして、それを何も考えずに受け入れて、その通りに行動するならそれは第二段階の教養化した知識にしか過ぎない。そうではなく「なぜだ!? いや、その考え方は間違っているのでは?自分はこう思うから、こっちを信じてこのように行動しよう」「いや確かにそうだ。実際、ここはこうだから・・・」などと自らの頭で考え、発展させることができて初めて…出口氏の言う本物の教養と言える。

表現は異なるが、「学び続ける力」の著者、池上彰氏も全く同じことを言っている。

■出口氏推奨の「数字・ファクト・ロジック」が醸し出す本書の魅力
出口氏が実践してきたことって何だろう。本の帯にもあるが、根本は本を読み、人に会い、旅をし、考え抜くというもの。そして、考える際には「数字・ファクト・ロジック」で考えるというもの。こうした観点から、新聞の読み方、新しい分野の勉強の仕方、人との付き合い方、興味の深堀の仕方など、実践方法の紹介は、多岐にわたる。

「なんか一般的な話だな」と思うかもしれない。ある意味、そうだ。だが、本書が魅力的なのは、出口氏が提唱する「数字・ファクト・ロジック」が、本書にも随所に現れているからだろうと思う。何かを主張する都度、出口氏本人の経験談をイチイチ丁寧に紹介している。社会人なりたての頃の話、ロンドンでの滞在期間中の話、知人の影響を受けて旅行したときの話。本書の後半では、今、現代社会を賑わせているなかなか答えの見つからないテーマ・・・たとえば原発問題や消費税問題に関して、出口氏自身の経験談、すなわち本人の「数字・ファクト・ロジック」に基づいた考えを披露してくれている。

■学びも、刺激も
生き様や価値観がとても似ていると思った。私もイギリスにいたし、起業という共通点もある。規模感が全く違うけど。面白く生きたいというのは私の強い想いでもある。仕事が全てではない、むしろ、それ以外の方がはるかに重要という価値観も一緒だ。

だから、私自身は、新たな学び…というより、改めて自分の中でぼんやりしていた価値観や実践すべき事項がくっきりと映し出された感じがした。刺激が多かった。たとえば出口氏は「週に2〜3冊」読んでいるそうだ。自分は週にせいぜい1冊程度。負けてられないなと思う。

先日読んだ本「シンプルに考える」の著者、LINEの元社長、森川亮氏もそうだった。いま注目されるような人たち、グローバルで通用するような人達は全て自分の頭で考える・・・いや、考え抜く人たちばかりだ。そうなりたい人なら、本書を読むと同時に、少しでも似たようなことを実践してみてはいかがだろうか。


【教養というキーワードでの類書】
学び続ける力(著者:池上彰)
奇跡の教室(著者:伊藤氏貴)
自分を変える読書術(堀紘一)

書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...