そんな中、家族が寝静まった真夜中にパソコンにむかっている。今日は忘れないうちに、海外出張中に読んだもう一冊の本『ケースで学ぶERMの実践』(中央経済社:3,400円)について紹介しておきたい。
なお、ここでERMとは、Enterprise Risk Management(エンタープライズリスクマネジメント)のことだ。そう、この本は、企業における全社的なリスク管理の方法について解説を行っている。
中身は大きく以下に示す3部構成となっている。
【本書の構成】
第一部: 企業におけるERM
第二部: 企業におけるリスクマネジメント実践
第三部: ERMを促進する法令・規格・基準
この書籍の最大の特徴は、なんと言ってもその豊富な事例(国内外28社のケースを扱っている)にある。これは非常に付加価値が高い。なぜならERMは、まだ歴史が浅く、ナレッジベースが十分にたまってきているエリアとは言えないからだ。実際、(自身のコンサル経験からも)ERMという考え方そのものが、多くの企業で本格的に検討され導入されはじめたのはここ数年のことではなかろうか。ERMの代表的なフレームワークの1つであるCOSO-ERMは、2004年に発表されたものだ。リスクマネジメントの国際規格であるISO31000にいたっては2009年だ。このようにERMのフレームワーク自体の歴史も決して古いものではない。
さて、本書の中身全てについて、ここで触れるわけにはいかないが、事例から見えてくるポイントのいくつかについて軽く触れておきたい。
■意外に少ない「リスク管理部」
リスク管理を所管する部門は、財務部、経営企画部、IR部、総務部、コンプライアンス部、リスク管理部など、企業によって様々だが、従来から存在していた部門のいずれかが、そのまま全社的なリスク管理を担うようになるか、もしくは専門部署は設けず、コミッティ(委員会)を設けて管理しようとするパターンが多い。さらに、意外にも内部監査部門が全社的なリスク管理を行うというケースが多い。
■ERMに密接に結びつく「事業継続管理(BCM)」
ERMを導入した多くの企業において、その後、地震やパンデミックなど事故・災害に対するBCM構築の意志決定をしていることが分かる。全社俯瞰的にリスクを見てみると、「いかに企業にとって、事故・災害といったリスクに対する対策が遅れているか」という事実が見えてきやすいのだろう。ちなみに、BCIが出したグッドプラクティスガイドライン(GPG)2010では、ERMと事業継続管理(BCM)は、生まれてきた経緯が異なる(BCMはITがきっけかで発展してきたものであり、ERMは保険の世界から発展してきたものであるということ)だけで達成しようとしていることは似ている、とまとめている。なるほど、ERMとBCMが密接に関係するのもうなずける。
■ERM導入のメリットの1つは、リスク管理の重複と漏れの排除
リスクには、必ずしも部門単位に明確にその所管をアサインできないものがある。ERMの導入は、そういった管理の境界が曖昧になりがちなリスクの面倒をみやすくする。同時に、個別のリスクごとにどうやって対応したらよいかを考えてばかりいる”部分最適”ではなく、会社全体としてどのような投資の仕方をすれば最も効果的・効率的にリスクをおさえることができるかといった”全体最適”を意識した体制を整備できるようになる。
ところで、私自身、この書籍を読んでみて改めて感じたのは「やはり、ERMの構築方法は企業によってバラバラである」ということ。本書の事例紹介の中で、企業のERMに対する取り組みについて、比較一覧表を作れるような整理分類ができていないのが何よりの証拠だ。つまり、それだけ企業によって取り組みの考え方やアプローチの仕方が異なるともいえる。
そしてもう1点、やはりこれも改めて感じるのは、ERM導入において「その考え方やフレームワークそのものは何ら難しいものではない」ということだ。実際、(フレームワークはどれも抽象的かもしれないが)そこで示されるステップはシンプルだ。むしろ、ERMを構築する上で企業が直面するであろう課題は、
「どうやって”リスク”というものを、関係者共通の言語におきかえるのか」
「どうやって組織横断的なコミュニケーションを図れるようにするのか」
といった非常に身近な点にあるのではないだろうか。と考えるとERMはそもそも、その特性上、企業の事業、文化、組織構成などによって大きく異ならざるを得ないものであり、画一的なアプローチがとりづらいものと言えるのかもしれない。
最後に、本書は、全社的リスク管理の実務者やコンサルに有益な書籍であると思う。その他にも、全社であろうとなかろうと「リスクの管理」に少しでも携わる可能性のある人なら、リスク管理上の自分の立ち位置や役割を再認識するために、オススメできる1冊だ。
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