2017年2月26日日曜日

書評: 新・リーダー論 ~大格差時代のインテリジェンス~

最近、「リーダーとはどうあるべきか」ということについて良く考える。
  • とにかくやりたいことを強く持っており、その熱を帯びている人
  • その熱を周りに伝えることができる人
  • その結果に責任をとる覚悟がある人
  • 多少なりと一般的な教養を持っている人
これは単に私の「リーダーとはどうあるべきか」に対する持論だ。とりわけ経営者として40代も半ばになり、こうした自分なりの考えを持てるようになってきたせいもあるだろう。リーダーシップとはどうあるべきか?ということについて、本当に良く考えてしまうのだ。

さて、このあたり著名なお二人・・・池上彰氏や佐藤優氏はどう考えているのか?

新・リーダー論 ~大格差時代のインテリジェンス~
著者:池上彰・佐藤優
出版社:文春新書



本書では、現代のようにアトム化する(原子のようにバラバラでまとまりがない)社会、ポピュリズムが台頭する社会・・・において、「あるべきリーダーの姿も変わっていくべきか」、「変わるべき・変わるべきでないとしたらそれはどんなリーダー像か」、「リーダーはどのように育てられるのか?」といった論点を追究している。「裁判員裁判制度」「日本の核保有」「アメリカの選挙戦」「トランプ大統領」「ブリグジット」などといった最近、話題になった時事ニュースに対する著者二人の考察を通じて、新・リーダー論につながるキーワードを引き出し、最後にまとめ・・・それが本書のアプローチだ。

本書を読んで、私が感じたことは次の3点である。

1つには、結局、環境が変わっても、求められるリーダー論はそれほど変わらないのでは?というものだ。ただし、これは人それぞれがどう感じるかなので、このあたりは、本当は他の人の意見も聞いてみたい。

2つには、今まで以上にリーダーを育てることを強く意識していかなければいけないというもの。現代の環境はリーダーが育ちにくい環境になりつつあるというのが本書の指摘だからだ。なお、「リーダーを育てることを意識すべし」という点については本書だけでなく、過去に読んだ「経営パワーの危機」の著者、三枝匡氏もそうだし、「生産性」の著者伊賀泰代氏もそう言っていたように記憶している。たとえば、伊賀氏は、その著書の中で次のようなことを述べていた。

『米国の企業や大学では、リーダーシップとは新入社員も含めた全員がもつべきスキルであり、そのスキルは学び、訓練をすることで、誰でも身につけられると教えています。これは、世の中にはリーダー資質をもつ一部の人と、リーダーには向かないその他大勢の人がいるとか、組織には優れたリーダーがひとりいればよい。他のメンバーに必要なのはフォロワーシップである。全員がリーダーシップなど発揮したら組織の和が乱れる」といった日本的な考え方とは異なります。』(生産性より)

このように“もともと育てるという気持ち”が薄い日本において、輪をかけてリーダーが育ちにくい環境になりつつあるという本書の指摘は、我々への大きな警告だと思った。

3つには、だからこそ、組織の経営者などが本書を読んだほうがいいというものだ。ちなみに、著者の二人が触れる話題が広範囲で、たまに横道っぽい話も含まれているので、読む際にはしっかりと「リーダー論」ということを念頭において読み進めないと何も残らない可能性がある。2回は読んだほうがいいかもしれない。


2017年2月5日日曜日

書評: 種の起源

そもそもの大前提を知ることは何をするにも強い武器になる。例えば、コンピュータ。最近はマウス操作・・・いや、マウスどころか、指操作だけで色々なことができる。便利だが、裏でどんなコンピュータ処理が行われているか、操作者には知る由も無い。これが一昔前なら、コマンドと呼ばれる命令文を、いちいち画面上に入力して操作指示を出していた。不便だったが、コンピュータの原理を肌感覚で知ることができた。だから、コンピュータに何かちょっとしたトラブルが起きたとき、マウス操作しか知らない人は、マウスを片手に画面上で右往左往するばかりだ。だが、“そもそも”を知っている人間には対応力がある。

さて、自然界の“そもそも”を知りたくはないだろうか。壮大な話に聞こえるが、我々が豊かな社会を築くため、豊かな暮らしを送るため、前提を知っておくことは、これからやってくる不確実性あふれる世界において生きるヒントを提供してくれる、とは言えないだろうか。

自然界の“そもそも”は何か。その答えの1つは、ダーウィンの提唱した自然淘汰だと思う。どの種がというより、"地上の生き物"が生存するための最もシンプルかつ強力なメカニズムではなかろうか。

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)
種の起源〈下〉 (光文社古典新訳文庫)
著者: チャールズ・ダーウィン

ダーウィンの「種の起源」を読むと、生物には、そもそも多様化するようなロジックが組み込まれており、自然淘汰というメカニズムを通じて、環境適応した生物がより繁殖していく。そんな世界なのだということがはっきりとわかる。

変種が生まれやすい話、環境適応した変種こそが繁殖していく話、あまりに似過ぎたもの同士は、不稔(ふねん:種子を生じないこと)になりやすい話など、ダーウィンの主張するこうしたいくつかの理論に触れると、その点が明らかだ。

ところで、こうした話だけを聞くのと、どうしてどのようなプロセスでこのような結論にいたったのかを含めて聞くのとでは読み手に与えるインパクト、腹落ちの度合いが違う。本書を読んで、改めて、学校の教科書からだけでは知り得ないことに出会えた。ダーウィンがいかに謙虚に研究に向き合い、主観を排除して、こうした答えを導き出そうとしていたこともわかった。

そして、こうした自然界の法則を目の当たりにするにつけ、人間の現状、そしてこれからに対しての読み手の思慮が深くなる。だから、かの堀紘一氏も、その著書「自分を変える読書術」にて、読むべき一冊として本書をリストアップしていたのだろう。

例えば、いま、出生前診断の技術が格段に進歩している。これは私見だが、これが最終的に行き着く先は、人為的な選抜が行われることかもしれない。事実、イギリスにいたとき、胎児の性別が女の子だとわかった時点で、堕胎をするインド人が多かったため、出生前に性別を伝えないようになったという話を聞いた。さて、そうして人為的な選抜が行われるとなると、性別はおろか、かっこいい人、頭のいい人、そんな遺伝子を持つ人・・・ただし似た人ばかりが生み出されるようになるかもしれない。だがそれは、ダーウィンが唱える進化論の根底にある多様性・・・それがない世界に見える。そんな世界は環境変化への対応力が低そうだ。ダン・ブラウンの「インフェルノ」ではないが、ちょっとしたウイルスで一気に人間が死滅する日が来るかもしれない。

この法則はもっと身近な場面にも当てはまる。ダイバーシティという言葉が普通に使われるようになって久しく、女性の参画はもちろんのこと、いろいろな文化を持つ人と協同することの強みが叫ばれている。が、昨今、アメリカ始め、世界中で保護主義が強調され、多様化にブレーキがかかりはじめている。では、日本は多様化しているか・・・といえばそんなこともない。島国であり、外国人受け入れにも消極的な国だ。ヨーロッパに比べて圧倒的に多様性が少ないのは、言わずもがなだ。さらに、最近では、海外に出たくない社会人が増えているのだと聞く。そんな閉鎖的な意識が蔓延しつつあるそうだが、そんな多様性の薄い社会は、淘汰される側になってしまうのでは?などといった不安がもたげる。では、自分・・・個人レベルで多様化を創出する努力ができているのか・・・といえば、そんなこともない。変わらねば・・・と思う。

難しい。読みづらい。実際、読み飛ばしたりもした。読んで、何かこう目新しい知識が増えるわけではない。が、こうした人間というか生物の本質に触れることにより、人間のこれからの生き方を考えてしまうのだ。

うまく表現できないが、まさに冒頭に触れた「そもそも」を知る強さ...そんな強さを提供してくれる本だと思う。

  

2017年1月30日月曜日

書評: LGウルトラワイドディスプレイ&エルゴトロン社モニターアーム



エルゴトロン社のモニターアーム

迷いに迷って・・・共に、買った。2ヶ月位迷ってた。理由は、通常のものに比べ、高かったし、そこ・・・お金をかけるところか・・・という点でもあったためだ。

具体的に迷った点は次の3点。

1つ目は、ウルトラワイドディスプレイ。横長ディスプレイというものがどんな効能をもたらすか、正確に想像することが難しかった。ただ頭のなかでは、ノートパソコンの画面に加え、モニター1台で・・・あたかもモニター2台・・・いや3台がそこにあるかのようになる環境は想像していた。これにより、多くのファイルをひと目で見ることのできる場所に全部おけるようになることを期待した。最近は、エクセルなど1つのデータだけでも、横長の画面じゃないと見きれないものも多い。

2つ目は、湾曲している点。ウルトラディスプレイといっても単に横長なのではない。私が目をつけたのは、湾曲している商品。湾曲しているため、横長でありながら、視野に入りやすく、仕事でも没入感を期待できる・・・と思った。ただ、同じ大きさのウルトラディスプレイでも湾曲しただけで、値段が1.5倍から2倍に跳ね上がる。これには当然迷った。

3点目は、モニターアーム。これに一番迷った。あれば便利だが、なくても困りはしない・・・そんな位置づけのものだと思ったからだ。それに、自分の机にきちんと設置できるか・・・穴の大きさとか、不安になってくる。確実を期そうと思うと、それなりに調べる必要があり面倒臭さもあった。



結論からいうと、大正解。3点の悩みとも杞憂だった。横長であるウルトラワイドディスプレイにすることで、仕事の効率は明らかにあがった。これは副次的なメリットだが、映画をこれで見ると、たいていのDVDは横長(スクリーンの上下の黒い余白がある)なので、このモニターをシネマモードに設定すれば、フルスクリーンで見れる。


2点目の湾曲・・・お金をかけたほどの感動や効果を感じはしなかったが、まずまずだ。曲がっているからと言って、画面が直線に見えず、パワポでの描画作業に支障をきたすのでは・・・とも思っていたが、それも杞憂だった。



3点目のモニターアーム。一番迷った論点だが、実は、これが一番大正解だったと感じた。すごく高い買い物であったが、上下左右、手前・奥・・・自由自在に片手で動かせるので、用途に合わせて、置き場所を変えられる。たとえば仕事をする際には、ノートパソコンを手前におく必要があるので、画面は奥に設置する必要がある。また、映画や・・・あるいはゲームなどをする場合には、むしろ、手前に画面がきてくれたほうが大きさを十二分に享受できるので有り難い。すごくやすいモニターアームもあったが、それは移動が片手ではできないなどちょっとしたデメリットがあるとのことだった。私はしょっちゅう、画面移動を行うので、その意味でもこの買物は正解だった。何より、このアーム・・・一度、使うと癖になる。以後、モニターを買うときは、アームは必須だと思う。

ちなみに、モニターの重量が重たいと、モニターアームがその重さに耐えきれず、徐々に下がってくるのでは?という不安もあった。当然だろうが、メーカー側はそういったことも想定しており、重さに合わせて、アームの曲がりやすさを調整できるようになっている。送られてきた状態のままだと、やはり重さに耐えきれず、画面が徐々に下がり始めたが、調整後、全く問題なく使えている。



 湾曲画面については、お金に余裕がなければ必要のない点かもしれない。ゲーマーとかでよほど、少しでも没入感を増やしたい・・・という人なら、いいだろうが・・・。

   

2017年1月22日日曜日

書評: なぜ「日本人がブランド価値」なのか

なぜ「日本人がブランド価値」なのか
〜世界の人々が日本に憧れる本当の理由〜
著者: 呉 善華
出版社: 光明思想社



■私が体験した文化の違いがもたらす衝撃
10年ちょっと前、私はまだイギリスで働いていて、同僚にインド人がいた。一緒のプロジェクトで働いていた時のことだ。2日後に期限が迫るタスクについて、彼にこう尋ねた。「明後日が期限だが大丈夫か?」。すると、彼はこう答えた。

「もちろん、なんの問題もない」

2日後、彼の姿はオフィスになかった。1週間の休暇で故郷インドに戻ったというのだ。大丈夫か?と聞かれれば、「大丈夫じゃなくても大丈夫と答えないと失礼」という考え方の文化があることをこのとき初めて知った。びっくりだった。

■外国人に衝撃をもたらす日本文化とその理由とは
では、逆に外国人に奇異に映る日本人の特徴はないのだろうか?

昔、石原慎太郎氏が「NO(ノー)」と言える日本―新日米関係の方策(カード) (カッパ・ホームス) を出して話題になった。これは日本人に「NO(ノー)」となかなか言えない特徴があることを踏まえてのタイトルだった。

ほかにも「日本人は原則論を盾に、すぐにダブルスタンダードを設ける」とは、よく言われることだ。もちろん良いことだってある。「治安がとてもいい。朝、自転車に財布を置き忘れても、夕方に戻ったとき自転車のカゴに残っている」なんてことは当たり前だ。「戦後数十年以上にわたった対外・対内ともに戦争をしていないこと」も誇るべき特徴だ。

そして、これらの特徴はどうして生まれたのだろうか。

私が聞かれたら、短絡的に「島国だから」「一回も侵略されていない一民族国家だから」などといった答えをすぐに思い浮かべるだろう。もちろん、ことはそんな単純なことではない。その根源的理由は日本誕生の歴史を深く振り返らないと見えてこないはずだ。これまでに誕生した芸術・美術、宗教観、死生観まで深堀りする必要がある。本書は、こうした深掘りをしつつ、外国人から見た日本人の特徴、素晴らしさ、これからの世界にとっての意義について、述べた本である。

■「神は自然に宿る」 vs 「神が自然を創りたもうた」
著者は、その深掘りの中で、日本人の持つ特徴を「自然との一体感覚のうちに生きていた時代の人間の心がもたらしたもの」と評する。

この評を聞いて思い起こされることがある。確かだいぶ前に読んだ「ふしぎなキリスト教(著者:橋爪大三郎と大澤真幸)」の中で、多神教では「神は自然に宿る」的な考え方を持つが、一神教は「自然は神が作りしもの」的な考え方を持っているというくだりがあった。日本は・・・八百万の神とも言われるように多神教だ。

神木と言って、大木を崇め奉ったり、庭園にミニチュア版の自然を創り出したり、自然を愛し、自然との調和を大切にする心・・・こうしたことから、すぐに散りゆく桜(著者は散華と言っていたが)にものの美しさを見出したり、武士道といった死生観を持ったり・・・といった考え方はとても腑に落ちる。

もちろん、多神教だったから日本の特徴が生まれた・・・というなら、同じ多神教徒であるヒンズー教徒のインドも全く日本と同じにならなければいけないし、そんな単純に解決する問題でもなかろうが、そうした奥深さもひっくるめて深い考察を述べているわけで・・・読み応えのある本である。

■日本を好きになった韓国人著者が、日本の良さとその理由を語った本であること
さて、そんな本書だが、その特徴はなんだろうか? 本書最大の特徴は、「世界との違い」でもとりわけ、日本と韓国との違いにスポットライトを当てていること、そしてその違いを語っている著者の出自が韓国であることだろう。

いくら日本びいき・・・であったとしても韓国出身の人が、そんな偏った考察をするわけがない・・・と考えてもいいのではなかろうか。実際、私は強いて言うならイギリス大好き人間で、イギリスびいき人間ではあるが、もし、イギリスについての本を書けと言われれば、好きだからこそ、出身国である日本と対比しながら、良い面・悪い面の両方について書くと思う。それと同じことだ。

ちなみに、一点、著者が書いていることで反論をしておきたいことがある。「日本に来る外国人は、日本人がみんな優しい。すぐに手を差し伸べてくれる」という例を挙げていたが、私はそうは思わない。イギリスにいたとき、前を歩いている人が先に扉を開いたら、次の人のために支えて開けておいてくれることが多い。これは日本ではあまり経験しない。また、ベビーカーを持ったお母さんが階段の下で立ち往生していたら、みんなすぐに駆け寄って助けてくれる。歩きタバコをしていたら、はっきりとした物言いで注意する。だから、一概に日本人が優しい・・・とは思わない。

■韓国文化との違いを知り、より良い付き合い方を学ぶために
私のMBA時代、韓国人の友人がいたが、この本が指摘する韓国人の特徴に気がつかなかった。おそらく、向こうも欧米の文化を勉強して、韓国人としての素を全てさらけだしていたわけではなかったからかもしれない。

しかし、この本をそのときに読んでいたらもっとうまい付き合い方ができていたのではないか、とふと思った。そしてこうした気づきを国対国のレベル・・・韓国対日本に当てはめても同じことが言えるんではなかろうか。なぜ、日本から韓国への援助に対し、韓国がありがとうの一言を言わないのはなぜか、それどころか、もっと支援して当然と思うのはなぜか?

そこには、どっちの国が良いとか悪いとか・・・そんな単純な理解を超えた、それぞれの国の精神的特徴の存在が垣間見える。欧米人と日本人との違いなどは、本でもテレビ番組でもよく目にする。なんとなくだが、体感して理解しつつある。だが、韓国と日本との違いは、ひょっとしたら、外見の類似性や距離の近さが、我々のメガネを曇らせ、お互いの価値観や文化の違いに対する理解を妨げてきたのではなかろうか。少なくとも、僕ら・・・いや、僕は韓国のことを理解しているようでなにも理解していなかったことに気付かされた。

壁を打ち破るにはお互いを理解することが最初の一歩。まずはこの本を読んでみてはいかがだろうか。

 
【日本人の特徴に触れるという観点での類書】
 




2017年1月13日金曜日

書評: 自分を捨てる仕事術

頭でっかち・・・裸の王様・・・

この病気にかかると、抜け出すのはなかなか難しい。ではどうするのか? 同じ体験をした著者が書いた次の本を読めば良いのではないかと思う。





○人材再生請負人、鈴木敏夫の教育術
著者は大学進学せず、視野を広げるべく2年間かけて世界中を飛び回ったというやや移植の経歴の持ち主だ。そんな彼は、プロデューサーめざして、スタジオジブリへ就職。ただ、一風変わった人生を歩んできたがために、いわゆる頭でっかち...「俺は世界を知っている」「自立している」「自分の意見を持っている」を自負しすぎた部分があったようだ。

そんな彼は仕事はできるが、職場でぶつかる。同僚から、見放される。クビ寸前まで言ったらしい。

そこで救いの手を差し伸べたのが、あの天才プロデューサー鈴木敏夫。別名、再生請負人。私も、鈴木敏夫氏は、実際に人を活かす天才だと思う。それを証明する一例がある。これは本書からではなく、鈴木敏夫氏のラジオ番組で聞いた話だが、崖の上のポニョで、大橋のぞみちゃんとともにポニョの歌を歌った藤巻氏という人がいる。博報堂の担当者だったらしいが、まぁ、(話を聞く限りでは)仕事があまりできない人だったらしい。鈴木敏夫氏の藤巻評はいつも惨憺たるもの。「じゃぁ、なんで付き合うのか?俺だったら付き合いやめるよ」と思うのだが、鈴木敏夫氏は、やめるどころか、なんと素人なのに、藤巻氏を歌手デビューさせてしまう。そしてこれが大当たり。私にはとてもできないことだ。

そんな再生請負人、鈴木敏夫氏に育てられた部下である著者。鈴木氏から受けた6年間にわたる指導の内容・・・今、すごく役に立ったと感じている当時のその瞬間・・・。それをまとめているのが本書である。

○鈴木敏夫の仕事の流儀
「自分の意見を持つな。何か言おう、言おうって思ってると人の話が聞けなくなる。君は自分の意見ばかり、考えて人の話を聞けてない」
「大事なことは、監督が作ったものをそのまま届けること」。
「意見は他人の真似でいい」
「怒りを10段階でコントロールしろ。本気で起こることは1年に1回か2回くらい。それ以外はたいてい大したことないんだ」

・・・鈴木敏夫氏の発言が印象的だ。また、観客を魅了する話術・・・枕から始める話。私自身鈴木敏夫氏のラジオ番組の話を聞いて一発で引き込まれたのでこの点には強く興味があったが、なるほどな・・・と思った。

色々とある中で、最も印象的に残ったのは、鈴木敏夫氏の流儀だ。どう受け取られるか、「こちらがどう」ではなく、「受け手がどうとるか」...その一点に最大限フォーカスして、答えを導き出すプロフェッショナルな姿勢には頭が下がる。

典型的な受け手は映画を観てくれるお客様だが、それだけ話ではない。例えば、一緒に働く仲間。取引先の人。自分が「どんなに正しい」と思ってやっても、写る人の目にどう写るかで全ては決まるという話。オフィスで日経新聞を朝から広げて読んでいた著者が、鈴木敏夫氏に(なぜか)注意されるシーンがある。何故叱ったか・・・は読み進めると分かるが、「受け手がどう思うかがすべて」・・・を端的に表す事例だ。

○指導者も、指導される側も
そもそも本書を読んだのは著者に興味があったからではなくて、鈴木敏夫自身に興味があったからだ。彼に、強烈な魅力を感じている。ラジオ番組で聞いていて、いちいち、彼の話に惹き込まれる。宮﨑駿や高畑勲の裏話、天才との接し方、マーケティングの体験話・・・など、面白い話は尽きない。

私はそのような理由で本書に手を出したわけだが、実際のところ、本書がどう言った読者層に向いているかといえば、2者に分けられるだろう。

1つは、著者の若かった頃同様にこれから社会人になるんだ・なろうという人、あるいは著者のように頭でっかちな人に向いた本だろう。どのような心構えで仕事に臨むべきか、裸の王様にならないための、ヒントを得ることができる。

もう1つは、人を活かさねばならない立場を担う人...そう例えば、プロデューサーを目指す人や、プロデューサーライクな立場にいる人・なろうとしている人、すなわち例えば、プロジェクトマネジャーやミドルマネジメントの役割を持つ人などに向いていると思う。こうした人たちが読めば、昨今の若者との接し方について、なにがしかのヒントを得られるかもしれない。


2017年1月9日月曜日

書評: LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略

MBAを卒業してから、はや10年。貴重な人生の一年を費やしてまで通ったMBAが私の人生のなんの役にたったのか? 昨年来、そんなことを考えていた。もちろん、役に立ってないなんってことは一ミリも思っていない。ただ、それをうまく言語化できないのだ。具体的に何がどうどのように役に立ったのかと・・・。

本書を読んでいて、その答えをもらった気がする。

著者:リンダ・グラットン / アンドリュー・スコット(著) 池村千秋(訳)
出版社: 東洋経済新報社


■寿命100年時代の人生設計
『人間50年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり』

かつて織田信長が好んで唄ったといわれる敦盛(あつもり)の一節だ。しかし、現代日本では平均寿命は80歳を超えている※。本書は指摘する。平均寿命は、正比例の形で延びていると・・・。たとえば、私は40代だが、50%を超える確率で95歳まで生きるそうだ。それが私の子供の世代になると、50%以上の確率で100歳以上まで生きるそうだ。ちなみに寝たきりを前提とした話ではない。カラクリはなんだ!?とおもわれるかもしれないが、食や医療の発展のお陰なのだそうだ。

※厚労省の平成27年の発表によれば、女性87.05歳、男性80.79歳だそうである

そう・・・本書は、100歳まで生きることが当たり前になりつつある今、70歳・80歳の寿命を前提に作られた世の中の仕組み、我々の考え方、人生設計・・・その全てを一旦見直すべきときにきていることを訴えつつ、どういう人生設計があり得るか、我々はそれに対してどのような心構えで臨むべきかについて、新しいビジョンを示すものである。

ベストプラクティス平均寿命
あなたがもし今「確実に100歳まで生きる」と言われたら、どういう人生設計を描くだろう。あなたが今学生なら、大学を卒業してすぐに就職をするだろうか。一つの会社に勤め続けるだろうか。何歳まで働きたい・働くべきだと思うだろうか。

■ゆでガエルになっていた
「昔に比べ寿命が延びた」とは、ずっと言われ続けてきたことだ。それによって自分が考え方を変えたか?と言われれば、そんなことはなかった。考えていた事といえば、せいぜい「自分は運が良ければ85歳くらいまでは健康的に生きるだろうか、いや、生きられればいいなぁ」「僕らの老後には、年金は支払われないだろうなぁ」とか、「定年は70歳とか75歳にどんどん後ろ倒しになっていくんだろうなぁ」とか、そんなことくらいだ。

本書を読んでハッとした。長く生きる可能性は自分が漠然と思っていたものよりも高いのだと。そして、平均寿命の伸長がもたらす影響の大きさは私が考えていた程度のものではないと。平均寿命が、経年変化とともに正比例して延びていくのだ。私自身の人生設計もさることながら、経営者として、私の会社で働いてくれている30代、20代の若者たちの人生設計も考えなければならない。「こうやって苦労してきているから、今の私がある。だから彼らも同じ苦労をすべきだ。させてあげたい」という短絡的な考えで接していては、みんな辞めてしまうのかもしれない。

■振り返れば、私のMBA時代も
寿命が長くなれば、高校・大学生時代に得たインプットだけで、一つの会社に勤めあげることはますます難しくなっていくだろう、と本書は指摘する。だから、一旦、会社で働くことを辞めて、また学生に戻る、自分の時間を持つ・・・という生き方もどんどん当たり前化するのだと。

しかし冷静になって考えれば、自分もそうして生きてきたと、はたと気がつく。イギリスで3年間働いた後、1年の空白期間を作り、イギリスの大学院でMBA習得に励んだ。30代の一年間は、働き盛りで貴重だ。本当に一年もの時間を潰して、勉学に励むような廻り道をしても大丈夫かと悩んだこともあった。しかし、それから10年が経過した今、その時に学んだこと、培った友人関係、その全てが役立っているといっても過言ではない。戦略、フレームワーク、会計、財務、マーケティング... あの時に学んだことがあったから、起業して色々な壁にぶち当たっても、そうした変化や課題に柔軟に対応できてきたのだと自信を持って言える。加えて、MBA時代に出会った友達には、今でも毎年何人か日本に来た時に会う。困った時に助け合うとかそういうベタな仲ではないが、久しぶりに会って話すといつも刺激を与え合う仲だ。新しい起業のネタをひたすら考えているカナダ人の友達に会うと、こっちまで、もう明日にでもまた新しい会社を立ち上げたくなる。わくわくする。

思えば、私のMBA仲間の生き方も多様化していた。MBA仲間である女性はMBAコースに進み、その間、彼女の夫が育児をしていた。そして、彼女が卒業後、今度は夫が進学、彼女がサポート役にまわった・・・そんなケースは彼女だけではない。他にもいた。本書で指摘する生き方の多様化はもうすでに始まっていたのだ。

■当たり前のことに意外に気がつけない
ぶっちゃけ、100年が平均寿命だと分かった時点で、本書を読まずとも自らの生き方の選択肢について考え直すことはできるだろう。実際のところ、先述したように、実際にそういう生き方を直感的に実践しはじめている人は周囲に少なくない。

ただ、私自身がそうであったように、寿命が延びる・・・可能性と、それがもたらす影響の大きさについて、ピンと来てない人もまだまだたくさんいるのではないだろうか。だから、本書は、高校生以上なら全ての人が読んでも意味ある本だ。学生や社会人であればこれからの生き方の人生設計のヒントを、親であれば多様化する子供の生き方に対する理解を、経営者であれば社員との接し方を... 得るためのヒントとなるだろう。

もちろん、事実を理解した上でどういう選択肢を選ぶかはあなた自身だ。だが今自分が立っているフィールドが、自分が遭遇する世界が、どんな場所なのか・・・それくらいは理解しておいて損はないはずだ。


2016年12月3日土曜日

書評: 生産性 〜マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

『成果が出せない時に、“成果が出せていないから、せめて頑張る姿勢だけでも示さないと”と考える人がいるんです。たとえば10の成果が求められているのに、スキルが足りなくて2しか出せていないとします。・・・(中略)・・・そういうときに、「どう働き方を変えれば、もしくは、どんなスキルを習得すれば、同じ8時間で成果を2から10に上げられるか」と考えるのではなく、「成果が2しかできていなくて申し訳ない。せめて1日13時間働いて、頑張っていることを示そう」と考えてしまう人がいるってことです。たぶんそれまでの人生で、「頑張るコト」自体が評価されると刷り込まれてしまったんでしょう。』
HBR 伊賀泰代氏に聞く「働き方改革」の本質・・・マッキンゼーは、長時間労働じゃないですか?・・・より)

このコメントを読んで、すぐに伊賀泰代氏の次の本を買った。

生産性 〜マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの~
著者: 伊賀泰代
出版社: ダイヤモンド社



■誰もが悩む人材採用・育成の真の課題とは
著者の伊賀泰代氏は、あのマッキンゼーで17年間人事を担当していた人である。そんな著者が、人材採用・人材育成において企業が直面している真の課題は何なのか? それを明確に示しつつ、解決方法についてヒントを提示してくれている。そして、彼女が紐解くヒントの軸がまさに・・・“生産性“・・・。生産性という観点でモノゴトをとらえたとき、果たして従来の取り組み方が妥当なのか? たとえば、採用。伊賀氏は言う。

『生産性の観点からみれば、こういった“とにかく応募者を増やす”方法は、最も避けるべき方策です。なのになぜ、多くの企業がそういう方向に走ってしまうのか。理由はふたつです。まずは“採用人数を増やすためには、応募人数を増やすしかない”と思い込んでいること。つまり、生産性を上げるという発想がないことです。』(生産性より)

頭の良い人には至極当たり前の問題提起だが、私には新鮮な提起だった。この軸を与えられただけで、今まで見えていなかった課題がはっきりと浮かび上がってくる。

■優秀企業の人事術とは
本書の特徴は言うまでもなく、マッキンゼー出身者が書いた本だということ。ただし、昨今、マッキンゼー出身者が書いた本は溢れている。たとえば、「イシューからはじめよ(安宅和人)」「マッキンゼー流入者1年目の問題解決の教科書(大嶋 祥誉)」「マッキンゼー流図解の技術ワークブック」「不格好経営(南場智子)」など・・・私も読んだ。そんな中にあって、本書の特徴を挙げるとすれば、それはコンサルタントではなく、マッキンゼーで人事を担当していた人が書いたという事実である。それは新鮮な目線だ。

ただし、このように書くと、こう思う人がいるに違いない。ブランド力もあって、“超”のつくエリートが勝手に集まってくるマッキンゼーの人事経験が、我々のような一般的な組織に役立つのか?と。私もそう思いながら読んだ。だが、それは杞憂だ。なぜなら、本書で指摘されたポイントは、中小企業である私の会社にもすべて当てはまったからだ。

■果たして役立つ内容が書いてあるのか?
コンサルの書いた本は特に、答えを教えずヒントをほのめかして終わる本が多い。なぜなら、最終的には自分の商売につなげるのが目的だからだ。そう、マーケティングが主目的だからだ。本書はどうか? 私にはドストライクの本だった・・・、それが答えである。その一部を紹介すると・・・
  • 伸びしろが違う人にどう接するべきなのか?
  • 会議の多さをどう減らすべきなのか?
  • 働けば評価される評価をどう見直すべきなのか?
  • 目標難易度に関係なく達成すれば評価されてしまうという課題をどう見直すべきなのか?
  • 個々人の課題をどうやって見える化するのか?
などなど、誰もが知りたい問いかけが多い。こうした課題解決のヒントを得ることができるのだ。

■成長に組織体制の整備がおいつていない会社の管理部やマネジメント層の人に
多分、私にドストライクだったということは、私の会社のような会社に勤めている人・・・中小企業で、成長しつつあるが、その成長に会社の管理体制の整備が追いついていないような会社の・・・管理部やマネジメント層の人に向いているのではなかろうか。

買ってよかった・・・と心から強く思えた本である。


【マッキンゼーつながりという観点での類書】
「イシューからはじめよ(安宅和人)」
「マッキンゼー流入者1年目の問題解決の教科書(大嶋 祥誉)」
「マッキンゼー流図解の技術ワークブック」
「不格好経営(南場智子)」

2016年11月23日水曜日

書評: なんでお店が儲からないのか僕が解決する

久しぶりの一冊・・・。最近、アマゾンプライムにハマりすぎて、本から縁遠くなっている。そんな中、読んだ一冊がこれだ。

なんでお店が儲からないのか僕が解決する
著者: 堀江貴文
出版社:ぴあ



さてさて、なぜこの本を読んだのか? ホリエモンが書いたし、なんとなく読んだ・・・・・・ではなく、そこには実は明確な理由がある。端的に言えば、「飲食業が苦しんでいる理由」を知りたかったからだ。仕事がら、飲食を生業にするクライアントと接する機会が多いためだ。

なお、私が持っている“苦しんでいる”というイメージは次のようなものだ。飲食業界全体通じて、お客は値段に敏感・・・という印象。だから、多くのレストランオーナーが安さ・・・で戦いを挑んでいる。そこで経営者は、たとえばファミレスなどであれば、限りなく合理化をすすめてコスト削減を行っている。人件費が一番お金がかかると言われる業界だから、ウェイターやウェイトレスは、最小人数に抑え、賃金も決して高いとはいえない。そういう環境では、従業員に対して満足度の高いケアができないし、精神的にもモチベーションが上がらない。こうしてブラック企業の俎上ができあがっていく・・・。こんな状態では、やれコンプライアンス教育だ、やれ多少の賃上げだ、と気合を入れたところで、焼け石に水だ。

だから私は常々・・・そもそも満足のいく待遇を与えられない環境ができあがっていること自体が・・・そうなってしまっているビジネスモデル自体が問題なのではないか・・・と感じていた。だとしたら、どうすればいいのか・・・そんなことをぼんやりと考えていたときに、この本に出会ったわけなのだ。

実際に、本書ではホリエモンも次のように述べている。

『値段を抑えたいなら、それなりのビジネスモデルをきちんと考えること。人件費や材料費を抑えるのではなく、適切な情報を集め、機械化やロボット化、マニュアル化を含めた賢い工夫で合理化をすすめるべきだ。従業員であれ、お客さんであれ、もちろん店主であれ、誰かが不幸になるのは成功するビジネスとは言えないだろう』(本書より)

そんな本書だが、あらためて何が書かれているかというと、レストラン経営者の悩みについて、食事のほぼすべてを外食で済ませるというホリエモン自らの豊富な経験則をもとに、レストラン経営における問題を指摘し、助言を提示しているものである。前半は、ホリエモンの考察が、そして、後半は、レストラン経営者からの質問に一問一答形式で回答するQ&A集となっている。

本書を読んで納得のいく答えが得られたか?ワウファクター(驚きの要素)はなかったが・・・そもそもそんなものがある世界ではないだろうから、そこに贅沢を求めない・・・が、個人的には、自分の考えの裏付けや多少なりと解決のヒントを得ることができたのでOKだ。ただ、始めから終わりまで、全て似たような内容ではある。特に後半のQ&A集を読むとわかるが、レストランオーナーの悩みは、みんな同じワナに陥っているだけなのかもしれない。ホリエモンは語る。

『ブラックな労働環境を生んでいるのは、もっと古い世代と、そこに続く職人の世界だと僕は考えている。せっかく自由な世界にありながら、自分たちで世界を狭くしている』(本書より)

『モラルの低いお店や会社だと、従業員の賃金が安くてブラック家することもある。だからといって、規制すれば解決する問題じゃない。モラルや社会的地位を高めれば解決するだろう。それよりも「なんでもあり」な状況で、面白い業態を考えついて実行したり、斬新なメニューを出したりするほうが絶対に楽しい世界になる。』(本書より)

答えは割とシンプルだが、そのシンプルなことが、できていないだけなのだろう。ホリエモンにしたら、こうした課題があまりにもはっきり見えすぎて・・・それでいてなかなか解決されない世の中に一石を投じたかった・・・とにかく自分がさらにおいしい食事にありつきたいのだ、みんな頼むよ・・・と、そんなところだろうか。


2016年8月25日木曜日

書評: 新編 日本の面影 - Glimpses of Unfamiliar Japan -

時は1890年。自分が生まれる以前の世界がどうだったか知りたい。そう思う人は少なくないはずだ。

だが、当時のことを知ろうにも、今のように便利なビデオがない。かろうじて写真があるが、シロクロだし、数も多くはない。当時の風景を描いた絵画からでも当時の雰囲気を読み取ろうか?

いや、待てよ。当時の日本がどうだったかを克明に描いた情景描写...これがあればそこから読み取れるものも多いのではなかろうか。でも、そんな本あるのか? いや、それがあったのだ。

⚫️昔の日本を語るのにこれ以上ないふさわしい人物とは
その本を知ったキッカケはNHK番組「100分 de 名著」だった。当時の日本を愛し、当時の日本の特徴や文化を知り尽くし、当時の情景を克明に描いた人がいる。知る人ぞ知る、小泉八雲こと、ラフカディオ・ハーンだ。ラフカディオ・ハーン(1850-1904)は、ギリシャ生まれのアイルランド育ち、アメリカで作家として活躍した後、来日。そのまま日本に帰化した人物だ。

当時の日本について... 彼のような文章を書くことに長けた人物が...彼のように外の世界を知っている人物が、日本を愛してやまなかった人物が、日本を描く...。当時の日本を描くのに、これ以上ふさわしい人物はいないのではないか。

⚫️1890年の日本を美しく詳しく描いた本
小泉八雲ことラフカディオ・ハーンは、アメリカの新聞記者として1890年に来日。来日後に新聞記者としての契約を破棄し、日本で英語教師として教鞭をとるようになった。翌年結婚。松江・熊本・神戸・東京と居を移したが、本書はその初めの頃である1890年・・・島根県松江市に住み始めた頃からその地を去ることになる時期までの日本を描いている。

そこには期待どおり、私の全く知らない世界が描かれていた。100年以上前のこととは言え、見聞きして知っているはずの日本。だが、今の日本とまるで違うと心の底から思った。

中でも、びっくりしたのは、いわゆる「日本人の微笑」。「日本人は何かあると曖昧な微笑を返すことが多い」とは良く聞く話。確かに日本人はなんとなく曖昧な笑顔で反応することが多いよなと思っていたが、私にしてみれば「言葉の分からない外国人に話しかけられて、反応の返しようがないときに、とりあえず笑ってみる・・・」そんな感じ・・・そう思っていた。だが、本当の「日本人の微笑」とはそういう次元の物ではないらしい。その場でどんなに理不尽な扱いを受けようとも微笑を返す...ハーンが描く、幾つかの実例を読んで、「まじか!?」と唸らざるを得なかった。

『ある日のこと、私が馬を駆って横浜の山の手から降りてくると、空の人力車が一台、曲がり角の左右間違った側を登ってくるのに気がついた。手綱を引いたところで間に合わなかったし、手綱を引こうともしなかった。特に危険だとも思わなかったからね。ただ私は、日本語で、“道の反対側に寄れ!”と怒鳴ったんです。・・・(中略)・・・あのときの馬の速度では、衝突をさける余裕などなかったからね。そして次の瞬間には、車の一方の梶棒が私の馬の方にぶつかった。・・・(中略)・・・馬の方から血が流れているのを見て、私はかっとなってしまい、手にしていた鞭の柄で、車夫の頭をごつんと殴ってしまった。すると彼は私をじっと見つめ、微笑を浮かべ、そしてお辞儀をしたんです。今でも、あの“微笑“を思い浮かべることができますよ。』(引用:日本の面影 「日本人の微笑」より)

⚫️驚きと悲しさと切なさと...
『日本国中から、昔ながらの安らぎと趣が消えてゆく運命のような気がする。』

ハーンは本書の中でこう語った。事実、ハーンが描く1890年の世界は、とても今の日本とは思えなかった。

たった100年ちょっとの間に起きた変化の大きさに対する驚きと... そしてそれをはっきりと直感したハーンの先見の明に対する畏怖の念と... 日本が豊かさを得た代わりに何かとてつもなく大切なものを失ってしまったのではないかという焦燥感・・・いや、刹那さと、複雑な感情が交錯した。

『外国人たちはどうして、ニコリともしないのでしょう。あなた(ラフカディオ・ハーン)はお話なさりながらも、(日本人のように)微笑を以って接し、挨拶のお辞儀もなさるというのに、(ほかの)外国人の方が決して笑顔を見せないのは、どういうわけなのでしょう』(引用:日本の面影 「日本人の微笑」より)

本書のこのような語りを読んで、ニコニコ動画で有名な川上量生氏が、先日、次のように話していたことを思い出さずにはいられなかった。

『最近の子って、会話の中で冗談を投げかけても反応が薄いので、喜んでいるかどうかわからないんですよ。ところが、よく見ると手はしきりに動いていて、携帯に“www(笑)“と打ち込んでいる。感情表現の仕方が変わってきてるんです。顔に一切表情を出さないが、ネット空間の中で、文字を使って感情表現している。これからますますそうなっていく(顔からは一切の感情が消えていく)かもしれませんね。』(川上 量生氏)

時代は変わる。変わっていく。でも変わらない・・・いや、変えてはいけない本質も絶対にあるはず。それは何なのか。100年以上も前に書かれた本書の中に、そのヒントがきっとあるはずだ。


【日本人の特徴を描くという観点での類書】
なぜ「日本人がブランド価値」なのか ~世界の人々が日本に憧れる本当の理由~(著者:呉 善華)

2016年8月16日火曜日

書評: マチネの終わりに

美しい言葉で描かれた恋愛小説・・・

マチネの終わりに
著者: 平井啓一郎


蒔野聡史(まきのさとし)と小峰洋子・・・二人が主人公の物語。プロギターリストであり天才的才能を持つ蒔野聡史。彼には、蒔野聡史の音楽を愛し、彼の才能を愛し、陰で彼を懸命に支え続ける三谷早苗が側にいた。清楚で才能豊かなジャーナリスト小峰洋子。彼女には、経済学者のフィアンセがいた。そんな二人が運命的な出会いをする。強力な磁場に引きこまれたかのようにお互いの関係は急接近する。偶然と必然に翻弄される二人。果たして二人の恋の物語の行く末は...。

本書を知ったきっかけはニュースアプリNewsPicksで、作家平野啓一郎氏とエッセイスト小島慶子氏との対談記事を読んだのがきっかけだった。対談記事を読んでいて、この人の書いた本を読んでみたい・・・なんとなく興味が湧いたのだ。

何も前知識なしに手を出したが、とても読み心地の良い小説だと思った。読んで本当に良かったと思っている。事実、本書を読み終えたあと、「平井啓一郎氏のほかの小説も読んでみたい」という気になり、早速、買ってしまったほどだ。その本の感想は後日上げるが・・・。

この読み心地の良さはいったいどこから来るのか? 考えてみたが、彼がおりなす言葉の表現がとても丁寧で絶妙なのだ。いちいち情景がストンと心に落ちてくる。

『見たい夢を自由に見られないだけでなく、人間は、見たくない夢を見ない自由も与えられてはいないのだった。』(マチネの終わりに 第六章 消失点より)

『洋子は、自分が、バランスを崩しつつあることを自覚した。支えきれないほど大きなトレイを持たされて、そこに載せられた幾つもの玉を安定させようと腐心しているかのようだった。一つを気に掛ければ他方が走りだし、落とさぬように慌てた動作のために、今度は一斉に反対に玉が転がりだしてしまう・・・(略)・・・』(マチネの終わりに 第六章 消失点より)

また、この恋愛という1つのテーマを、音楽と宗教と戦争という観念を通じて、非常に美しく描いている。一見バラバラなこれらの要素を見事に融和させ、読者をその物語に引き込むと同時に、問いかけている。あなたは聖母マリアなのか、その姉マルタなのか、そして、どちらが正しいと思うのか、と。

そして、主人公二人に過酷な試練を強いながら、何かポジティブなメッセージも伝わってくる。少なくとも、私には「人にはそれぞれに役割がありそれを否定していはいけない」「過去につらいことがあっても、これからの生き方次第で変えられる」というメッセージをもらった気がしている。

フィクション小説は「結局、なんだったんだろう?」と疑問を持つだけで終わることが多く、「あまり好きじゃないな」と思う本が多い中にあって、本書は・・・私はとても好きだ。既に述べたように、描写が美しいし、ストーリーも本当によく練られている。私に、マッチする作家さんだと思う。平野啓一郎氏も40代だし、本書の主人公たちも40代・・・、私も40代。もしかしたら、そのせいもあるかもしれない。40代の方はぜひ・・・。


2016年8月7日日曜日

書評: アドラー心理学入門

見方を変えるだけで、こんなにも心がすっきりすることがあるもんなんだ...と。

アドラー心理学入門
著者: 岸見一郎

■アルフレッド・アドラーの考えを解説してくれる本
オーストリア生まれのユダヤ人精神科医&心理学者アルフレッド・アドラーの考えの解説書。主として、次のようなテーマをカバーした本である。
  • アドラーはどういう人で何をした人なのか?
  • なぜ、そういう考えを持つにいたったのか?
  • 彼の代表的な考えは、つまり現代の日常に当てはめるとどう捉えられるのか?
では、「彼の代表的な考え」とは何か? それは育児と教育に関するものだ。力で子供たちを抑えるつけることなく全幅の信頼をもって子どもたちに接することを教えとしている。

■私が本書に手を出した理由
まず、なぜ、私がこのタイミングでアドラーに手を出したのか?理由は2つある。1つは、NHK番組の「100分 de 名著」で、アドラーのことを知る機会があり、興味を持ったからだ。心理学というと小難しいイメージがあるが、同番組では、モノゴトの捉え方について、どこか当たり前のようでいて我々が日々実践できていないアドラーのアプローチを紹介してくれていた。その際に、アドラー心理学には、学ぶべき点が大いにあると感じたのだ。もっと知りたいと思った。

本書に手を出したもう1つの理由は、「教養」になりそうな本であると感じたからだ。個人的な理由だが、最近、小手先のテクニック本ばかりに手を出してきたので、ここいらで路線を、より「中長期的に役立ちそうな本」に戻したいと思ったからだ。

■自分がいま持っている課題解決に役立つヒントを得ることができた
改めて、なるほどなと腑に落ちた部分があると同時に、子供に対する接し方はもちろん、社会における対人関係のあり方について、考えさせられる部分が多々あった。

具体的にはたとえば、「原因論ではなく、目的論でものごとを捉えなおするアプローチ」。私自身にも、周囲にも子供がたくさんいるが、彼らが大人から見て不可解または理不尽な行動をとったときの我々の対応方法についてだ。そういうときは、「何が原因で彼らがそういう行動をとるようになってしまったのか?」ではなく、「どんな目的を達成するためにそういう行動をとっているのか?」を、大人は自らに問いかけるべき、という考え方は「目からうろこ」だった。

その他にも、「幸福な精神であるためには、誰とでも対等の立場・・・縦の関係ではなく、横の関係を重視してつきあうべし」とか、「自分が、他人より優れていなきゃいけない・・・と思うのではなく、今の自分で十分良い・・・と思うようにすること」などなど、間違いなく、私の記憶に刷り込まれたものがいくつかある。

■「読みやすさ」「学び」という2つの観点で本書はどう評価できるか?
さて、本書の評価を2つの観点から述べておきたい。

1つは「読みやすさ」という観点。この点に関しては、全体的に読みやすい本であったと評価したい。抽象論に留めずに著者自身の経験談などが多数述べられており、「結局、読者自身の身に置き換えるとどういうことなのか?」のイメージを持ちやすかった。ただし、全5章のうち、後半2章(4章「アドラー心理学の基礎理論」と5章「人生の意味を込めて」)については他の章に比べ難しく、あまり頭に入らなかったことを付け加えておく。

「学び」という観点ではどうか? これは既に述べたように、目からうろこのポイントもあったし、その他いくつかの学びを得ることができたので、読んで良かったと素直に評価できる。「我々の人生の大半は人と接していくこと」だが、アドラーは「人間の悩みは全て対人関係に関するものである」と言っている。まさにその対人関係において、我々がぶつかるであろう課題解決のヒントを提示してくれる本書の意義は大きい。

■すべての人に役立つ本
アドラーの代表的な考えは育児と教育に関するものだ、と冒頭で述べた。出発点は確かに育児と教育だが、そこで述べられている内容は、企業生活における対人関係にもそのまま当てはまる。その意味では、本書の対象読者に垣根はない。入門書であるのでもちろんアドラー心理学の玄人は読む必要はないだろうが、それ以外は本書の漢字を読めるすべての人が読者対象だ。

ちなみに、一点だけ付け加えておくと、実は、アドラー心理学の入門書は他にも何冊か出版されている。私も、それらすべての本を読んだわけではないので、どの本がベストか?を論じることは私にはできない。間違いなく言えるのは、本書を読んで損をしたと思う可能性は少ないということだ。


書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...