2020年12月31日木曜日

書評: 人新世の「資本論」

SDGsは幻想だし、それどころかアリバイ作りのようなものであり、目下の危機から目を背けさせる効果しかない」という著者の言葉にはハッとさせるものがある。

どんな本かと言えば「『サスティナビリティ』を脅かす一番の張本人は『資本主義』であり、これを解決するには『脱成長コミュニズム』を目指すしかない」ということを語った本である。脱コミュニズムについて、その背景から理由、解決方法にいたるまで著者の考えを説いている。


では、脱成長コミュニズムとは何か。それは成長、すなわち、生産至上主義から脱し、次の5つの柱を掲げて活動することをいう。詳しくは本書を読まれたし。


使用価値経済への転換

労働時間の短縮

画一的な分野を廃止

生産過程の民主化

エッセンシャル・ワークの重視


脱コミュニズムとは、言い換えれば、人工的な希少性の領域を減らし、消費主義・物質主義から決別した「ラディカルな潤沢さ」を増やすこととも言える。人工的な希少性の意味を少し解説しておくと、資本主義では希少性に値がつくため、そこにたくさんの無駄を生じさせるというのだ。典型例がブランディングだ。ブランディングをするために、広告を刷り、宣伝をし、不必要なプロモーション活動を行う。


脱コミュニズムは、そうした活動領域を減らそうという考えだ。そしてそれは決して国家に管理される必要のあるものではなく、市民が中心となってできる活動だと著者はいう。具体的にはワーカーズ・コープ(労働者協同組合)は、脱コミュニズムが目指す上で参考となる取り組みである。また、具体的な解決策として、本の後半では、バルセロナ市民が取り組んでいる「フェアレス・シティー」の取り組みを紹介している。これは、2050年までの脱炭素化という数値目標をしっかりと掲げ、数百ページに及ぶ分析と行動計画を備えたマニフェストである。


「いやいや、SDGsESGという言葉が注目されているし、これらに関する取り組みが進めば解決の可能性はあるでしょう?」 そんな反論が容易に出そうだ。しかし、それに対しても、幻想だということを訥々と説いている。資本主義の上で、しかもそれが「人任せ」では、超富裕層が優遇されだけだと著者はいう。


「コロナショック・ドクトリンに際して、アメリカの超富裕層が2020年春に資産を62兆円も増大させた出来事を思い起こせばいいだろう」(本書より)


そんな本書を読んだ感想を述べておく。確かに、どこか心の中で「地球の資源はまだまだ豊富であり、科学が発展すればいずれ解決される」そんなことを考えていた。でも、一番大事なことを忘れていた。その科学発展の時間的猶予がそもそもないのだ。


とはいえ、正直、この本を読んだから、明日から本書が示す考え方を軸に、全部自分の生き方を変えるのは無理だし、そうしようとまでは思わない。思わないが、今日の取り組みレベルでは全く温暖化に対抗できないということ、本当に取り返しのつかないレベルまで来ているということを強く意識できるようになった。加えてSDGsは本質ではなく手段にしか過ぎないし、その手段としてもまだまだ貧弱な取り組みであるということを認識できたことは大きいと思う。今後、経営者としてもビジネスパーソンとしても一個人としても、意思決定をする際の重要なインプットにしたい。もちろん、これからの若者たちのために、自分が社会に対して何ができるかを考え続けたいと思う。


最後に、やや余談だが、ミレニアル世代やZ世代などこれからを担う若者が、それ以前の世代に比べて、サステイナビリティなどに、より強い興味を持っていることを理解できた気がする。そうした世代に「売り上げをあげよう。上げなければ生き残れない」「やれ働こう」「やれお金を稼ごう」と訴えかけても心に響かないことは明らかだ。そんな意識を持ったまま企業経営を進めても、空回りするだけだ。


本書を読んでそんなことを考えた次第だ。


2020年12月26日土曜日

書評:High Output Management

「過去に大企業の会社運営で苦労した人の考えを知ろうとしないなんてもったいない」・・・そう思わせてくれた本だ。

HIGH OUTPUT MANAGEMENT(著者:アンドリュー・S・グローブ)

同著者の「パラノイアだけが生き残る」を読んで、感銘を受けていたこともあり、この人の本なら間違いないだろうとの思いから手を出した。

著者のインテルでの経験を基に、企業のミドルマネジメントの”あるべき姿”を書いた本だ。著者は、あの偉大なインテルの第一号の社員であり、1979年から社長、そして会長を2004年まで担った有名な人物だ。ミドルマネジメントのあるべき姿のすべてとは具体的には、役割・責任、立ち振舞方、生産効率の上げ方、1on1、教育・訓練、退職者への対応、人事考課などなどを挙げることができる。

超大作なので読むのに時間が必要で(私は1日で読み切ることはとてもできなかったが)、概念的な話に終始するものではないので、読みやすかった。何より具体的で著者自身の体験談が書かれており、ときにはそのときの思考プロセスが描かれていたので、興味を持って読むことができた。

得られたことはたくさんあった。気がつくと私のメモには・・・「組織不全の真の兆候は、人が25%以上の時間を、臨時に開かれる使命中心ミーティングで過ごすときに現れる」、「ワンオンワンミーティングは最低1時間は続けるべきであろう。私の経験で言うと、時間がそれ以下の場合には部下が持ち出してくる問題は、素早く取り扱える簡単なものにおのずと限定されがちである」「われわれは(人事考課において)スター的従業員の業績改善の試みにもっと時間を使うべきではないか」など、たくさん書かれていた。

実際、メモに取ったもののいくつかは、直接私が面倒を見るリーダーやメンバーたちに伝えたいと思ったし、人事考課における取り組み方など、いくつか会社で実践してみたいと思うことがあった。

ビジネスパーソンなら全員が読むべき内容である。「ミドルマネジメントのあるべき姿」という以上は、ミドルマネジメントはもちろんのこと、そういうミドルマネジメントを育てていかなければいけない経営者、やがてミドルマネジメントを目指す人は全てその対象になるからだ。


2020年8月15日土曜日

書評: 逆転! 強敵や逆境に勝てる秘密

ニューズ・ウィーク2020.8.11号「人生を変えた55冊」で、あの日本ラグビーの名監督、エディー・ジョーンズ氏の推薦図書に見つけた本だ。彼が、「とても影響を受けた本」と述べていたことが気になってすぐに買った。

本書は、「一見、有利不利は明らかに見えているという状況でも、それは気のせいで、戦略・努力次第でどうとでも変えられるんだよ」という実例をたくさん載せた本である。具体的には、経験者 vs 未経験者、裕福 vs 貧困、エリート校 vs 一般校、障害者 vs 健常者、幸せな家庭 vs 不幸せな家庭という二項対立の構図で、本当にみたとおりの結論になると思ったら大間違いだよ、というのだ。見かけが全てではなくその人が持つもの、、、それがたとえ苦難であれ、貧困であれ、体が小さいことであれ、片親であれ、、、逆にそれが他の人にはない人生の武器になりうるということ。逆もまた然り。裕福であることが有利であるとは限らない、というわけだ。

そういえば、昔、「漫画の世界のヒーローは不幸な出自が多い、親がいないの定番」などといった冗談を聞いたことがあったが、まんざら冗談ではないよということじゃなかろうか。「なんとなくそうじゃないか」と思っていたことが、しっかりと著者の出すデータで裏付けられたという感じだ。

個人的には、印象に残ったのはこうした二項対立の話もさることながら、その他に2つある。

1つは、「相対的剥奪の落とし穴」というお話。これは非常に興味深い。一見、昇進確率が低い組織であるにもかかわらずその組織のメンバーの満足度は高く、逆に昇進確率が高い組織であるにもかかわらずその組織のメンバーは不満が高かったりする、というのだ。これは、背景に「自分が幸せと感じるかどうか、不幸と感じるかどうかは、誰かと比較して感じるものである」ということがあり、誰も昇進しない中で稀に昇進すればそのものは幸せを感じるし、昇進しないものも、周りと自分を同列だと感じて安心することができるという論理だ。Facebookで、誰かが「あそこにでかけた。今日、こんな素敵なプレゼンをもらった」など半ば自慢めいたことを書くと、実はそれを読んだ人はストレスを感じることがわかっているなんていうニュースを読んだことがあるが、それと同じ論理だろう。人間って、変な動物だと改めて感じるとともに、逆にこの論理を理解しておけば色々な応用が効くなと思った。

あともう1つ印象に残ったのは、リモートミスの話。戦火で、爆撃を受けた市民のダメージを3グループに分けることができると言う。1つは「死ぬ人」。もう一つがニアミス。死にはしないが負傷し心に大きなダメージを負う者。最後はリモートミス。遠くで爆弾が落ち無傷で助かった者。こうした人達は、どこか不死身感漂う興奮を覚えると言う。そして戦争では当然ながらこのリモートミスが一番多い。つまり高揚する市民の方が多いと言うのだ。このリモートミスの感情はプラスの側面では、むしろ戦意を上げることの繋がる。本書ではこのプラスの側面について言及している。ただ私はマイナスの側面もあると思った。マイナスの側面では「根拠のない自信から油断へとつながり、むしろ死者を増やしてしまう可能性があるのではなかろうか。

このリモートミスの話を聞いて、ふと「正常性バイアス」という人間が陥る心理の罠を思い浮かべた。有事においてなぜか「自分だけは大丈夫」と根拠なく思ってしまう心理状態のことだ。地震が起きたときに、すぐに避難行動にうつらない人の心理状況がまさにこれだ。リモートミスの話を聞いて思ったのは、地震などで「リモートミス」グループに入った人は、ただでさえ陥る「正常性バイアス」に加え、いよいよ「不死身感」を感じたりするのではなかろうか。わたしは、東日本大震災が起きた当時、東京にいたからまさにリモートミスのグループだ。自分は、果たして「地震」をなめてないだろうか。。。そんなことを考えさせられた。

ちょっと横道に話がそれたが本筋に戻ると、本書が一番言いたいのは、冒頭で述べたとおり。タイトルにもあるまさに誰にでも「逆転」できるチャンスがあるということだ。「自分が不幸だ」「なんて不利な立場にいるんだ」・・・そう思っている人。それはむしろあなたにとっての強力な武器なのだ。そんなあなたにこそおすすめの本だ。

2020年8月12日水曜日

書評:気配りが9割

 昨日、父親から「お前こそ読め」と言われて、Kindleで購入し読みました。

どこぞで聞いたことがあるフレーズ「〜が9割」ですが、まぁ、たしかに自分は圧倒的に「気配り」が足りないなと思ってます。本書を手に取ってといきなり目に飛び込んできたのは、「気配りは」要するに「相手が喜ぶことをすることだよ」というメッセージ。なんてわかりやすい。そりゃぁーもうそのとおりでしょとなりますが、問題は「相手が喜ぶことをしよう」という気持ちにどうしたらなれるかだと思うのです。

すると著者の引用したホリエモンの次の言葉が目にとまりました。

「大金の動く投資やビジネスで求められるのは、信用、それに尽きる。」
「お金は信用を数値化したもの。だからお金ではなく、信用を貯めるべきである。」

そう、つまり「信用を貯めること」に「気配り」が最強の武器の1つだというわけです。なるほど、これは説得力あります。このロジックのもと、本書は、「どういうことをされたら人は嬉しいか」について、特に著者自身がおつきあいしてきた人たち・・・中でも政治家について徹底言及しています。確かに、政治家はこの分野に強そうです。私の印象に残った事例をいくつか挙げておきます。

・人間にはギバー(人に惜しみなく与える人)とテイカー(真っ先に自分の利益を優先させる人)、マッチャー(損得のバランスを考える人)の3種類いるが、最も成功しているのは「ギバー」である
・すごいと思わせる人の1つの共通点として、彼らはどんなに忙しくても偉くてもそれを言い訳にせず、相手に尽くしている(例:一番忙しいはずなのに常に会議に5分前には着席し会議が終了するまで必ずいる、忙しいはずなのに自ら足を運んで礼を言う、など)
・とにかく実行が速い

中には、「貞観政要」の太宗の話まで出てきました。この本は私も先日読んで、心の底から関心した本なので「そうだろう、そうだろう」と思いながら読みました。

そして本書の最後には著者が惚れたという小泉進次郎氏との対談話が登場します。彼の次の言葉は印象的でした。

「どれだけ犠牲があってもこの世界で生きることを選んだのは自分なのだと思えば耐えられます。だからこそ、自分で決めるのが大切なのです。たとえうまくいかなくても、自分で選んだ道なら誰かのせいにしない。だから自分のことは自分で決めた方がいい」
「若い人に将来の夢を聞くと「有名になりたい」と答える人もいるでしょう。しかし、有名になることが目的だったら、もし有名になれたとしても身も心も持たないと思う。重要なのは何をやりたいか、です。そのやりたいことを実現させて、結果として有名になったというなら耐えられます」

要するに、「自分の意志を持ちなさい。その意志で自ら決定しなさい」・・・信念をもちなさいという話です。「あれ?気配りが、いつのまにか『信念』の話に変わっている(笑)」とおもわなくもなかったのですが、「随一の気配りができる彼」が、「自ら決めることを大事にしている」というのは1つの大事なメッセージなのでしょう。わたしもよく子どもたちに「自分で決めなさい」と言いますが、「なぜ自分で決めることが大事か?」まではうまく説明できていなかったので、彼のこの発言はこころに染み入りました。

というわけで、「気配りが9割」。「む?政治家!?」と思う人もいるかもしれませんが、学ぶべきことは確かに沢山あると思いました。「信用」をつくると人生豊かになりそうですよね。みなさんも、ご一読あれ。


2020年5月10日日曜日

書評:ルーキー・スマート(Rookie Smart)

この本は、ルーキースマートについての本だ。ルーキーは新人のことだ。と言ったところで、当然「ルーキースマートってなに?」となるだろう。本書によれば、「全ての人、周囲にある全て、から学ぶことができるマインドセットを持つ人」だ。要するにルーキー(新人)こそ、「学習意欲の塊」になれるわけで、そうした人が持つ「とにかくあらゆることから学んでやろう」という状態をルーキースマートというのだ。

実際、ルーキー(新人)の方が経験者を圧倒する場面に出くわしたことないだろうか。著者自身が人生の中でそういう経験をしてきたし、彼女が世界中の組織のリーダーや経営者に対してコーチングを実践してきた中でも、ルーキーが経験者を圧倒する場面を何度も見てきたようだ。「どうやらこれは偶然ではなく何か法則があるはずだ」と思い、その法則をデジタル化しようと試みた集大成が本書ともいえるだろう。

しかしながら、どうしてルーキー(スマート)なのか。ルーキーじゃなければいけないのか。本書を読むと、次のような理由が見えて来る。

  • 固定観念/偏見がない
    → 
    だから経験者が避けがち/見落としがちなことに気付ける/新鮮な発想が出やすい
  • 自分の力量がたりないことを自覚している
    → 
    だから、色々な人に素直にかつ必死に頼ろうとし、結果、たくさんの人の力を引き出せる 
  • 高い緊張感を保っている
    → 
    だから、全てに感度が高く反応係数も上がる
  • 失敗をしちゃいけないと言う制約が少ない
    → 
    大胆なことにチャレンジできる

そう言えば・・・。つい先日読んだ「パラノイアが生き残る」で、著者が次のようなことを言っていたことを思い出した

「新しく入ってくる人たちが経営者やリーダーとして前任者より能力があるとは限らない。しかし、1つだけ前任者より確実に優れている点があり、それがおそらく非常に重要な点なのだ。それは、自分の全人生を会社と共に過ごし、現場の混乱の原因に深く関わってしまった前任者と違い、新しい経営者には思い入れやしがらみがないと言う点だ。すなわち、現況においても割り切ったものの考え方ができ、前任者よりはるかに客観的に物事を捉えることができるのである(パラノイアだけが生き残るより)

確かに、著者のいうことに合理性はありそうだ。では、ルーキースマートが事実だとして、経験者はもう終わりなのか? 「いや、違う。そうではない。経験者でもルーキースマートのマインドセットを持つことができる。それには・・・」の答えが、本書の付加価値と言えるだろう。

ルーキースマートになれる手段として、なるほどと思った例を1つだけ挙げておく。それは、「知らないことリスト」を作るというものだ。その心は「経験者はそもそも自分が知らないという事実を認めたがらないし、無意識の内に調べることは全て、自分が知っていることの裏とりばかりに終始する」からだ。「自分が知らないこと」を明示的に書き出すことで、素直にその事実を受け入れられる、ということだろう。

ところで、こうした本質が分かると、逆に「ルーキーだからといって必ずしも結果を残せるわけではない」ということもわかる。なぜなら、ルーキーであっても、先に挙げたルーキーのメリットを殺している人がいるからだ。わたしの身の回りにもいる。たとえば「いろいろな人に勇気を持ってきける」というメリットにしても、最近ではインターネット技術が発達したばっかりに「とりあえずネットで調べようとする」人が多い思う。

このように考えていくと、本書を読むべき人は、次のようにまとめることができるだろう。
  • ルーキーの人
    → 
    ルーキーであることのメリットを正しく理解し、それを最大限活かせる術を学ぶため
  • 成長したい人
    → 
    自分の能力を超えたことに挑戦することが大事だし、むしろその方が組織のためになることを理解するとともにそのような状態に身を置く術を知るため
  • 経営者や組織のリーダー
    → 
    いかに「成長できる人」を増やし「成功」を増やし、組織を活性化させるかを知るため

2020年5月8日金曜日

書評: サピエンス日本上陸 3万年前も大航海

ホモ・サピエンス、すなわち人間が、どこからどうやって日本大陸に住み着いたのかについてとことん検証した本だ。どこからどうやってと言う点に関しては、38,000年前は少なくとも北海道はサハリンを何大陸とつながっていたのでそこから人が流入してきたのではないかと言うのが一般的な印象だが、そうではなく「海を渡ってきた」と言うのが著者の主張だ。

え!?と思うが、本書によれば、当時北海道と本州はつながっていない。つまりそこから南に行けないのだ。加えて日本最古の遺跡は本州と九州から発見されている。と言う。

「そうなると日本列島へ最初にホモ・サピエンスが渡ってきたのは、朝鮮半島から対馬を経由して、九州へ至る「対馬ルート」だったことになる。・・・次に古いのは琉球列島であるが、現時点での証拠を総覧すると、その頃大陸の一部だった台湾から北上して沖縄島へ至る『沖縄ルート』が存在したことが見えてくる」(本書より)

かくして著者はこの沖縄ルートを使って大航海のとことん検証するのである。「とことん」とは、実際に当時得られたであろう材料と技術のみを使って、舟を作り人力で黒潮を横切り台湾から与那国島へ行くことである。

しかして読者は思うはずだ。沖縄ルートが存在したとしてなぜそこまでとことん検証する必要があるのかと。これについては著者は次のように述べている。

「私たちのプロジェクトでは、「行けるかどうか」よりも、人類最古段階の海への挑戦たちにとって、「行くことがどれだけ難しかったか」に関心がある。祖先たちが島へ渡った事は既にわかっている。知りたいのは「彼らがどんな挑戦をしたか」なのだ。(本書より)

このくだりを読んだとき「挑戦とは、また大げさな。種子島の鉄砲伝来のように、誰かが漂流して流れ着いただけの話じゃないの?」と思った。しかし著者はこうした疑問にもしっかりと答えを用意してくれている。

そんな分けだから、ページをめくる手が止まらなかった。当時の技術や材料を考えてそこから舟を作り(なんと1年以上もかかるのだ!)、カヌーなど手漕ぎの名手を揃え挑戦するのだが、次から次に訪れる失敗。黒潮の流れが行く手をは阻み、全然渡れないのだ。びっくりした。海を渡ると言うことがどんなに大変なことかと思い知らされた。そしてそれだけ大変な航海に臨もうとした当時のホモ・サピエンスは一体どんな気持ちで挑戦したのか。強い興味がわいた。そう。まんまと著者の罠に陥り、自分自身も著者の好奇心にシンクロしたのである。

著者は語る。

「しかしよく考えると、ホモ・サピエンスは世界各所で不要なことに精を出している。ヨーロッパではクロマニョン人が、地下の洞窟にもぐり込んで、暗く狭く不規則な空間に絵を描いた。7万年以上前の南アフリカ沿岸部には、河口へ行って食べられもしない小さな巻貝を集め、それに丁寧に穴を開けてビーズを作った人たちがいた。どちらの行為もふつうの動物の感覚なら、無意味なエネルギーの消費であり推奨されない。そうすると結局のところ、3万年前の後期旧石器時代人は、どういう人たちだったのだろう。彼らのことを探求すればするほど、「私たちと何ら違わない人間」というイメージが浮かんでくる。やらなくてもよいことに挑戦する不思議な特質を共有し、私たちより上でも下でもない、同じ人間だ。」(本書より)

30000年も前に、限りなく私たちと同じ考えを持った人間たちがそこにいたに違いない。当時の情景が目に浮かんでくる。たった一冊の本が、著者の挑戦が、私たちの心を数万年前にタイムスリップさせてくれる。不思議な本だ。



2020年5月4日月曜日

書評:企業不祥事を防ぐ

本書は、三菱自動車やNHKなど、日本国内で起こった数々の企業不祥事をもとに、著者が携わったその他多くの不祥事案件の体験談も交えつつ、企業不祥事が起こる真の理由とそこからみえる企業がとるべき対策について解説したものである。

筆者の体験とはたとえば次のようなものだ。

「最後は社長が決断した。『私は、コンプライアンスは法令の文言ではなく趣旨・精神を尊重することだと社員に宣言した。言行一致でなければ社員はついてこない。X会との関係は遮断する。これで当面の売り上げが減少しても、それは自分の責任として受け止める。営業担当者の責任は問わない。正々堂々と入札を行い、長い目で見た価値につなげよう』と明確に宣言した」(本書より)

こうした活きた事例は、何にも勝る本書の付加価値だろう。

では、企業不祥事が起こる真の理由とは何なのか。筆者なりにまとめてくれているが、企業不祥事の種類は多岐にわたり、対策においてもコンプライアンス、リスクマネジメント、危機管理、コーポレートガバナンスといった複数の視点からの考察が入るので、やはり最後は自ら読んで、頭で整理しておきたい。

ちなみに、わたしが自分の頭を整理したときに、いの一番に、頭に思い浮かべたのは、日本に古くからある諺、「嘘つきは泥棒の始まり」というフレーズである。企業不祥事の原因を一言で言え・・・と言われたら、「このフレーズが徹底されていないこと」と答えるだろう。「貞観政要」を読んだときにも感じたことだが、どうやら企業不祥事の要諦は「原点に立ち返ること」にありそうだ。

【参考:企業不祥事要因に対するわたしなりのまとめ】
企業不祥事が起きる理由
  • 理念やコンプライアンス方針などが形式的(倫理よりも法律より、現場が思い入れを持てない無味乾燥な内容)で業務をする人間の何の足しにもなっていない
  • 自分たちの成功体験ばかりに傾倒し、社会環境変化を敏感にくみとろうとしない文化

企業不祥事を発見できない理由
  • 「ウソをつくこと」の軽視
  • 自分ごと化の失敗(自分には影響がない、やぶへびにしたくない気持ち、リスク管理は管理部の仕事)
  • トップそのものの不正
  • 不正防止活動の効果測定の甘さ
  • 心理的安全性の低さ
  • 形式的なコーポレートガバナンス(独立性ない人ばかりで構成)
  • リソース不足
    • 子会社
    • 検査・品証体制の脆弱性

企業不祥事がなくならない理由
  • 盗む不正に厳しい一方で、ごまかし(嘘をつくこと)の不正に対する処分が甘い
  • 性善説信奉
  • 認知的柔軟性(少しのごまかしなら許されると思いがち)
  • 割れ窓理論
  • 形式的な事故調査(「過去どれだけの不正があったか」にばかり注力し・疲弊し・満足し、将来の不正への対応に時間が割かれない)
  • リスク管理に対するトップの意識の甘さ(子会社や検査体制への投資不足など)

では、これらの要因を踏まえて、とるべき対策は何なのだろうか。ここまで要因が分かっているのであればやるべきことは明確だ。「活きた理念の浸透」「独立性が担保された外の目を入れる」「トップの覚悟を見せる」「自分ごと化させる」「現場と経営陣の双方向のコミュニケーション機会を増やす」など、たくさんある。

これだけのヒントを提供してくれているのだ。これで企業不祥事を起こしたとしたら、それは間違いなく経営者の責任以外の何者でもない。


2020年5月3日日曜日

書評:パラノイアだけが生き残る

インテルの元社長、アンドリュー・S・グローブ氏が、自身の経験をもとにどういう会社が生き残るのかについて出した結論を、具体的事例を交えて解説する本。

自身の経験とは、インテルがメモリー事業でトップを走っていた時代にいつのまにか日本企業が台頭し、あっという間に追い抜かれ、会社の存続が危ぶまれたときのことだ。

「その額は4億7500万ドル。交換する新築と廃棄した古いチップを合算した金額である。実に、年間の研究開発費の半分、ペンティアムの広告費5年分にあたる金額だった。この時以来、われわれは仕事への取り組み方を全面的に切り替えたのである」(本書より)

このとき、インテルはメモリー事業から撤退。マイクロプロセッサーへの開発・生産へ大転換した。その後、彼がどうなったかは誰もが知るところだろう。その後にも波がやってくるが全て乗り越えてきた。

彼なりに思うところがあったのだろう。「どうして日本企業の勢いに気付けなかったのか」「どうして手遅れになるまで反応できなかったのか」「最終的にはどうして気づくことができ、どうして大転換をなしえたのか」。氏はこうした論点を深掘りすることで結論を身引き出した。

では、その結論とはどんなものか。簡単にまとめると次のようなものだ。

危機(リスク顕在化)に気づくための要諦
  • ミドルマネジメントと経営の間のフランクなコミュニケーション
    • そのためにもリスクを報告してくる者を評価する
    • ボトムアップとトップダウンが同程度に強い場合にいい
  • 色々なことにアンテナをはる
    • 業海内よりも、業界外の変化に
    • 様々なことを知る努力をする
  • 違和感に気付ける習慣をつける
    • 同僚やミドルマネジメントとの会話のズレや違和感を感じないか
    • シルバーブリットテストをする(もし競合を1社だけ排除できるシルバーブリットがあったとするなら、あなたは誰を打つか?)
    • この技術が“もし化けたとしたら”どれくらい脅威になるか
  • 「自分が新しく入ってきた社長の立場だったらどうするか」で考える
  • ノイズであっても、切り捨てずレーダーに捉え続ける

危機対応の要諦
  • リソースを集中し一点突破
  • 死の谷を乗り越えた先に待っているイメージを具体化させ、共有する

彼の語りには、「ミドルマネジメント」というキーワードが頻繁に登場するが、それはリスクにもっとも早く気付けるのは「現場」という前提があるからだ。そして、組織のリスクマネジメント・危機対応を難しくしているのは、「いち早くレーダーで輝点をキャッチするのは現場」だが、「それが組織にインパクトをもたらすミサイルか単なるゴミかどうかの判断できるのは経営」という点だろう。つまり、最初に発見した輝点を経営を揺るがす危機ととらえるまでにいくつもの壁があるのだ。

  • 現場が輝点を捉えられるか
  • 現場が輝点を捉えたときに、それを経営に報告すべきシグナルと気付けるか
  • 現場がシグナルと捉えたときに、経営に報告できるか
  • 経営がその報告を受けたときに、適切な判断ができるか
  • 経営が適切な判断ができたときに、勇気ある行動がとれるか

だから著者はこんなことを述べている。

「今日は、経営陣が中間管理職や販売部門の人間と自由に議論をしているときに表面化しやすい。ただし、それには面と向かって言いたいことがはっきりと言える社風が不可欠だ。インテルでは、これが機能している」(本書より)

いずれにせよ、本書がとりあげている企業存続もそれを乗り切る方法も、まずはトップが気づいて行動しなければ何も始まらない。世の全ての経営者、必読の書だろう。


2020年1月11日土曜日

書評:貞観政要(じょうがんせいよう)

昨今、経営者の不祥事が絶えない。東芝のチャレンジ問題、ウーバーのハラスメント問題、スルガ銀行の不正融資問題、かんぽ生命の不適切販売問題、・・・。その横で、やれコーポレートガバナンスだ、やれリスクマネジメントだ・・・といった横文字が並ぶ。経営管理の世界はそんなに難しい世界なのか。いや、1,500年前に答えは既にあったようだ。技術は進化しても、人間はそう簡単に進化しないものだなと実感させられる。

「貞観政要」は知る人ぞ知る超有名な優良書で、名君の誉高い唐の太宗(李世民・在位626〜649年)とそれを補佐した名臣たちとの政治問答集である。

本書の言葉をかりて表現すれば、本書は「守成(守り)の心得」である。さらにこの本をまとめた著者は次のように語る。

「これを欠けば、せっかく手に入れたトップの座を守り切ることができない。そのよい例が、秦の始皇帝であり、隋の煬帝であった。我が国の例で言えば、ほとんど一代限りで終わった豊臣秀吉と、徳川三百年の基礎を築いた家康の違いであろうか」

ぐうの音も出ない。秦は2代で終わった。隋も15年程度で滅びた。豊臣秀吉も確かに短い。その差はいったいなんなのか。

「今までの帝王をごらんください。国が危殆に瀕した時は、すぐれた人材を盗用し、その意見によく耳を傾けますが、国の基盤が固まって仕舞えば、必ず心に緩みが生じてきます。そうなると、臣下も我が身第一に心得て、君主に過ちがあっても、あえて諌めようとしません。こうして国勢は日毎に下降線をたどり、ついには滅亡にいたるのです。」

おいおいおい・・・。今の時代の経営者の失敗要因とほぼかわらんやないかーい・・・というのが本書を読んで真先に感じたことである。先日読んだ「プレイングマネジャー「残業ゼロ」の仕事術」でも「エクストリームチームズ」といった本でも、「チームメンバーみんなが同量の発言量を持つチームのパフォーマンスが高い。それはすなわち心理的安全性が確保されたチームである」なる主張がなされていたが、それと全く一緒。

話は、心理的安全性に留まらない。人材採用の話も当然登場する。

「(自己推薦制について)人を知る者はせいぜい智者の水準であるが、自分を知る者は真に明智の人である、と個人も語っています。人を知ること自体容易なことではありません。まして、自分を知るということは至難の業であります。世間の暗愚な者たちは、とかく自分の能力をは何かけ、過大な自己評価に陥っている者です。売り込み競争だけが活発になりましょう。自己推薦制覇おやめになったほうが賢明かと存じます」

これも現代と全く一緒。私自身身をもって経験して感じていることだが、仕事ができる人ほど自分を客観的にみることができるので、評価が(ある意味)低くなる。仕事ができない人ほどその逆の傾向がある。

この1,500年間われわれ人間はいったい何をやっていたのか。本書を読むとつくづくそれを感じさせられる。一組織の経営どころか、秦や隋などといった大国の経営失敗談が示す「学びの重さ」は他と比べるべくもない。

よく、「歴史に学べ」「歴史は繰り返す」というが、この言葉はこの本のためにあるのではなかろうか。本書をみれば必要なことが全て書いてある・・・そう言ってもいいのかもしれない。あー、それにしても「裸の王様」って本当に怖いことなんだな。明日からより一層、自戒しようと思う。


2020年1月8日水曜日

書評: 世界一のプロゲーマーがやっている努力2.0 ときど

本書は、プロゲーマー「ときど」の挫折と栄光・・・その裏では何が起きていたのかを詳かにしてくれている本だ。挫折とはなにか? 当初、(東大合格にも役立った)「正解に最短で辿り着ける能力」のお陰で常勝だったはずが、スランプに陥ったのだ。しかし、彼は自分に何が足りないのかを見つめ直し、そこから立ち直って再びトップに立った。

本書を読むことで、「プロのゲーマーってどんなものかな」といった一般的な問いに加え、「eSportsってどんな世界なんだろう」「別のプロの職業と何が違うんだろう」「一般人が何かそこから得られる人生経験はないだろうか」といった問いに対するヒントを提示してくれている。わたし自身、ゲーマーでもなんでもないが、こうした問いの答えを知りたいと思い、本書を手に取った。

著者ならではの「東大受験」との絡めた話が特徴的ではあるが、ゲーム「ストリートファイター」の「豪鬼」というキャラクターをどう操作してどう失敗したか、誰と対戦したときにどう感じたか・・・など、とことんゲーム世界を事例話が全体の中心を占める。だからといってゲームをやったことがない人や興味のない人が理解できないものかというとそういったことでもない。内容を抽象化するなどして対象読者を広げようという意図は見られず、良い意味で、そのブレのなさに清々しさすら感じる。

文中、「僕が感じているゲームの面白さやポテンシャルを、一人でも多くの人に知ってほしい。それがいまの、僕のポリシーです」と語っているが、まさにそういうことだろう。

一番、印象に残ったのは次の一文。

「心のエネルギーは無限ではない。時間や労働力と同じで『有限のリソース』なのです」

どんなに好きなものであっても、それがたとえ子供がかじりついてでもやるようなゲームであっても・・・リソースは無限大ではないということ、だ。

だからだろうが、著者は「努力2.0のモットーは無理をしないこと」と文中、言い続けている。加えて「自らがどうなりたいか」というポリシーをもってないとダメだとも。ポリシーがないと、心のリソースが枯渇したときに疲れ果てて迷走してしまうし、そこから戻って来れなくなる、そう言いたいのだろうと思う。ちなみに私にも心当たりがある。社会人になったばかりのとき、ITセキュリティエンジニアの道を選び、実際にその道を極めつつあった。しかし、ゲーマーの世界ほどではないが環境変化の激しい世界だ。メーカーから新しいプロダクトや技術が次から次に出てくる。しかもメーカー主導の知識・技術は、せっかく覚えたものでも、どんどん陳腐化していく。あるとき、それに疲れきってしまった。心のリソースの枯渇である。

おそらく昔はそんなときでも「根性で乗り切れ」だっただろうが、それだけではなんともならないということを著者自身は身をもって体験したわけだ。

このほか、著者の次のような発言も印象に残った。

「日々の仕事、生活の中では『好きではないが、やらないといけないこと』が、誰にでもあるはずです。僕はこれらの『グレーなこと』=『義務』に対してもしっかり受け入れることが大事だと思っています。言い方を変えると、やるかやらないかを「自分で決める」のです。実際には拒否できない義務だったとしても『やると、自分で決める』。すると、嫌々対応していたときには出てこなかった工夫や楽しみを見つけることができるのです」

これにも強く共感を覚えた。「義務」なので「やらされている」には違いないが、そこで気持ちを留めず、「義務に従うことを自分は決めた」という解釈をすれば「その道を選んだのは自分」(実際に「義務に従わない」という選択肢がないわけではないし)という意識になる。そのような能動的な思考は、そのあとの活動を支えてくれる。

最後に、もう1つだけ本書を読んで感じたことを述べておきたい。たまに「eSportsはスポーツでもなんでもない」なんていう発言を耳目にするが、「人が簡単にできないことをやってみせて多くの人を魅了する」という点で、eSportsは他のプロスポーツと一緒だなと本書を読んで思った。市民権を得るまでにどれくらいの時間を要するかわからないが、間違いなくそうなっていくだろう。本書を読んでそう思った。


2020年1月7日火曜日

書評:2030年の世界地図帳 落合陽一

SDGsという枠組みをもう少し真剣に捉えてみよう、自分なりに考察してみよう・・・そう思った。

本書は、2030年ごろに世界と日本がどうなっているのかについて、データからわかる事実とそこから想像される将来像、そのとき日本はどのような立ち位置であるべきかについて、SDGsという切り口をヒントに考察したものである。

なお、ここでいうデータとは、例えば各国の人口統計や、GDP、労働時間、保有資源、CO2排出量などの向こう10〜30年間の推移である。またSDGsとは、Social Development Goals(持続可能な開発目標)の略称で、文字通り、持続可能な開発のための17のグローバル目標と169のターゲット(達成基準)からなる国連主導の開発目標である(下図参照)

【図:SDGsの17のグローバル目標】

このSDGsという軸に加え、著者は世界を4つのデジタルに分類することで1つの解を導き出そうとしている。その4つとは、人の自由な可能性を探求するためにコンピュータを使うという想いが強いアメリカンデジタル。国家を後ろ盾にした成長を軸にするチャイニーズデジタル。ブランド力によるエンパワーメント、歴史が価値を創造するヨーロッパの中古文化ともいうべきヨーロピアンデジタル。そして4つ目が従来型とは全く異なる技術発想が生まれやすいインドやアフリカで起きているサードウェーブデジタル。

そしてこうした世界における日本の立ち位置は、「デジタル発酵」だと著者は述べる。

「伝統文化とその価値の継承が途絶えつつある日本で、ヨーロピアン・デジタル型の高い付加価値を持つ産業を起こす可能性を探ることで、強となる価値を探していく必要があると私は考える・・・『違和感のある接続』によって創造された『奇妙な日本』と言う方法論こそが、これから始まる2030年代の世界における日本の立ち位置を見つけるカギになると考えている。日本のローカルな文化でありながら、同時に保守的な伝統とは微妙に乖離した、フェイクの香りがするオブジェクトが解消を埋め尽くしました。端正とは真逆のアプローチで空間を埋めていく、この展示のコンセプト、私は『デジタル発酵』と名付けました」(本文より)

この複雑な世界を、SDGsというツールを使いながら、世界をシンプルに4つのデジタルにみてとる分類やそこから導き出す「デジタル発酵」というユニークなワードは著者らしい柔らかな発想だなと感じた。まさに1つのビジョンを示してくれているのではなかろうか。そして、これこそが、どっちつかずの曖昧ないまの日本に足りないものだと思う。

【図:著者の柔らかい発想を示す“4層の産業構造” (p291)より】

そして、本当に彼のいった通りになるかどうかは別として、改めてSDGsは1つの重要なツールなのかもしれない。国連主導であり、中身にも一部欠陥がある※とは言え、利害がぶつかってなかなか折り合えない今日の世界において、おりあえる可能性ある「落とし所」を指し示してくれている1つの道筋であることは間違いない。

私自身はこれまで、CSRやらESGやら、3文字言葉が氾濫する社会において、正直、「また3文字か・・・」と頭ごなしにSDGsを敬遠してきていただけに、自らの頭の固さに気づかせてくれたことだけでも、この本に価値を感じる。

※一部欠陥について、「軍事力の抑制やLGBTQの権利の保護といった先進国では当たり前のように議論されているトピックが抜け落ちている」などといった指摘が著者からなされている

来たるべき未来に備えて、まずは自分たちの頭の中で「デジタル発酵」を起こしておきたいものだ。


2020年1月4日土曜日

書評: 9割の不眠は「夕方」の習慣で治る 白濱龍太郎

一言で言えば、視野を広げてくれた本だった。というのも正直、自分は眠りに困ってなかったからだ。決して満足いく睡眠時間ではないが、「寝れてない」のは、「眠り方がわからない」からではなく、「寝る時間が少ない」ためだ。現にベッドに入れば速攻寝落ちする。

しかし、どうやら「眠る原理」を知っているのとそうでないのとでは、相当な違いがあるようだ。「人はどうして、どういうときに、どうやって眠りに落ちるか」を論理的に理解できただけで、精神的な安心感を増強してもらった気分になれる。

そんな本書だが、いったい何を書いた本か。人が眠る・眠れない原理を科学的根拠に基づいて説明し、それゆえどのようなことに気をつければ効果的・効率的に眠れるかを解説してくれている本だ。

こういったノウハウ本はたいてい結論を最後まで伸ばして伸ばして・・・最後の最後でもったいぶって結論に触れるのが普通だが、いきなり冒頭で結論を教えてくれる。そう・・・眠れるかどうか・・・その全ては、深部体温のコントロールにかかっているのだ、と。

深部体温とは、体の中心部の温度のことだそうで、この温度が下がり始めると人は眠くなるらしい。逆に言えば、眠る前にはこの深部体温が上がっていることが望ましい。そんなわけで本書は、この深部体温を眠る前のちょうどいいタイミングであげておくにはどうしたらいいのか・・・について様々なソリューションを紹介してくれているのだ。

ところで一番、単純な方法は、軽い運動で深部体温を上げることだ。そんなわけで、図解入りで、肩甲骨を動かす運動方法が書かれている。そのほか「シャワーではなくお風呂に入る」「生体リズムを整えるため起床直後に朝日をさっさと浴びる」「15時以降に寝ない」「帰宅時の電車で寝落ちしない」など数々のテクニックが紹介されている。

そして、私が何よりも学べた・・・と感じたことは、眠れない理由は確かに精神的理由によるところが大きいのだろうが、それでも肉体的な観点からこんなに眠りやすくできるテクニックがある・・・という事実だ。実際、本書を読んで、どうやら精神的理由ではないかという眠れない理由を単に精神的問題だと片付けていた自分が恥ずかしい。現に、本書を横目に見ながら、眠るテクニックのメモを取りまくっている自分がいる。軽い運動テクニックも、明日・・・いや今からすぐにでも始められるものだ(現に私は本書を読みながら、本書の示す事例にしたがい柔軟体操をした)

謝る記事は多い。あるときは「私は80歳にいたる今日まで平均睡眠時間が4時間だ」という人もいれば、「9時間以上眠るのは良くない」「朝早起きができる人は仕事ができる人が多い」など、主張も様々だ。まぁ、そういった記事をこれまで何度も目にしてきたし、たいていのことはわかっていたつもりだった。本書を読むに至ってそれが間違いだったということに気付かされた。

早速、今日から肩甲骨を動かす運動をしようと思う


2020年1月1日水曜日

書評:アナタはなぜチェックリストを使わないのか?

「チェックリスト」は形だけの役立たず・・・「仕事をした気にさせてくれるだけでむしろ弊害の方が多い」と勝手に勘違いしていた私の誤解を完全に解いてくれた本だ。

本書はチェックリストの意義と、効果的なチェックリストの作り方、導入方法について解説した本である。

では、そのチェックリストの意義とは何か。一義的には最低限必要な手順を具体的に示すチェックリストがあることで「人間の記憶力」と「注意力」の危うさを取り除いてくれる。また、「手順を省く誘惑」を抑える効果もある。

そして「効果的なチェックリストの作り方」とは何だろうか。著者は次のように述べている。「・・・60秒から90秒かかってしまうとチェックリストはかえって邪魔になってしまうことが多いそうだ。また、ずるをしたり手順を省いたりされやすくなる。だから、ブアマン氏がキラーアイテムと呼ぶ、飛ばされがちだが致命的な手順に絞るべきだそうだ」
「チェックリストの文章はシンプルで明確でなくてはいけない。その業界にいる人ならば誰でも知っている言葉のみを使うべきだ。そしてチェックリストの見た目も実は重要だ。理想的には1ページに収まり、余計な装飾や色使いは避け、大文字と小文字を使い分けて読みやすくしてあるものが良い」

それでは「効果的なチェックリストの導入方法」とはどんなものだろうか。私は次のように読み取った。効果的なチェックリストの導入方法は、何度も試験運用を行い現場が使いやすい者に仕上げていくことそのもの。そして、導入時はそれなりに権限を持つリーダークラスを巻き込み引っ張っていってもらうこと。チェックリストの活用を忘れてしまわないように工夫も必要で、大きな警告(例:チェック完了したか?)をした紙を貼っておいてそれを剥がさないと次の工程に進めない・・・ようにするなどする。あとは無理強いせず、結果を出しその証拠を持って効果を広げていくことが重要なのだと認識した。

こんな感じでさまざまなことを学ばせてくれるが、本書の魅力はなんと言っても、具体的であること。どんな患者にどんな処置をしてどう失敗したか、どう成功したか・・・ともすればそこまで情報がなくても理解できる内容について、必要以上に事細かに説明してくれている。実証データも多い。本書が説得性を持つ所以だろう。

そして、汎用性の高さを身をもって示してくれている点も魅力的だ。汎用性の高さとは、「著者が所属する医療業界のみでチェックリストが有効であるのでは?」という疑念を吹き飛ばしてくれるという意味だ。そもそも著者は、「どうして複雑な巨大建築を作り上げることができるのか?そこに何か医療業界にも使えるヒントがあるのでは?」という疑問から建築現場に足を運び、そこで使われていたチェックリストに有効性を見出したという経験談を語ってくれている。また、緊急時でもすぐに使えるチェックリストを用意する必要がある組織と言えば航空会社だろうという考えから、やはり同じように航空会社に足を運び、そこで得た学びを紹介してくれている。こうした背景からも、チェックリストがどの分野においても効果をもつものであるということは明らかだ。

ただ、私が一番感動したのは、著者の「チェックリストはコミュニケーションツールである」という一言にである。チェックリストが残した実績をつぶさに見ていくと、チェックリストにチェックを入れたり、記録を残したりすることよりも、それをきっかけとしてコミュニケーションが生まれた・あるいは促進されたことで事故防止が劇的に進んだという事実が見えて来る、と著者は言う。すなわち、チェックリストはそれを使ってもらうことが目的ではなく、チェックリストを通じてチームワークと規律の文化を醸成してもらうことが目的なのである。冒頭でも述べたが、ともすれば形式化を促進するだけの悪しき道具・・・と思っていた(もちろん、本当に意味のあるものにするためには、先述の通り勘所を抑えておく必要があるが)私には本当にこれは目から鱗だった。

そして最後に、もう一言だけ述べておきたい。著者の観察眼と行動力には舌を巻いた。敬服の念を覚える。医療業界の問題解決のヒントを建築現場や航空会社に求めようとした想像力と行動力にだ。その思考プロセスや行動プロセスも私には大きな学びに繋がった。

明日から早速、この本からの学びを使って行動したい。


マネジャーの最も大切な仕事 95%の人が見過ごす「小さな進捗」の力

素晴らしい・・・の一言につきる。最近はこういった本に立て続けて出会うことができてラッキーだ。

本書は、成功する企業と失敗する企業の組織内に具体的に何が起きていたのかについて、明快に答えを出しているものだ。本書が出している答えは、3つの業界の七つの企業から26のプロジェクトチーム合計238名に対して平均4ヶ月間にわたり、調査した結果に基づいている。

本書はいう。組織を動かすのはインナーワークだと。インナーワークは人の基本要素で、感情、認識、モチベーションのことだ。

そしてインナーワークに影響を与えるのが、進捗の法則、触媒ファクター、栄養ファクターの3つ。進捗の法則とは、要は進捗を実感できているかどうかということ。人は進捗した事実から得られる効用が一番大きいのだそうだ。触媒ファクターとは、仕事をサポートするもの。具体的にはたとえば、目標、仕事の手助け、自主性の尊重、活発なアイデア交換。栄養ファクターとは、人をサポートする出来事であり、励ましや尊重、友好的サポートなどだ。

本書を読んで最も印象に残ったのは、タイトルにもあるとおり「進捗」がもたらす効用の大きさ。当たり前そうでありながら「当人が進捗を感じることができるようにすることが何よりも大切」ということを多くのリーダーが軽視しているという事実は意外だった。

本書には失敗企業の事例、すなわちそのときにプロジェクトチーム内でどんな声があがっていたのか・・・生々しい事例が紹介されているのだが、それを読んでいると他人事ではいられなくなる。自分にも心当たりがあるからだ。とにかく自分に足りない点が多くあることに気づかされる。

このように思わせてくれる本書が魅力的なのは、なんといっても、実際に起きた企業内での出来事について、数百人にも及ぶ現場の数ヶ月間にわたる毎日の声から積み上げてきたものであるという点だ。ここで述べられていることは疑うことなき事実。

ここに書いてあること全てが役に立つと思って過言ではない。声を大にして言いたい。すごい研究成果だ。

マネジャーの最も大切な仕事――95%の人が見過ごす「小さな進捗」の力

書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...