2021年10月10日日曜日

書評:米中対立 アメリカの戦略転換と分断される世界

今の時代、どうしても中国の動向は気になる。そんなわけで先日は、「ラスト・エンペラー習近平」を読んだが、今回は雑誌の紹介記事を見て次の本を読んだ。

米中対立 アメリカの戦略転換と分断される世界 

著者:佐橋 亮


本書は、米中のこれまでと現在の関係性を特に米国視点で追いかけてみることで、今後の米中対立の行方を占う本だ。
政治・社会・経済の話は、情報量が多いせいもあって、いまいち頭に整理されて入ってこないので、本書のように「米国視点で米中関係性を観察してみる」というアプローチは、意外に新鮮でありがたかった。

実際、時系列に米中の関係性を読み進めていくと、「あぁ、確かに2000年初頭はこんな感じだったな」と記憶が蘇ってくる。時系列に追いかけるという行為があまりに面白かったので、読了後に、自分でも本を読みながら、とりわけ関係性に変化がで始めた辺りを中心に、主なイベントを並べてみた。

1997 中国を孤立化させることはかえって危険という判断から 関与政策へ
1998 3つのノー(台湾独立、2つの中国という解決法、台湾の国連加盟等のいずれをも支持しない)を強調
2000 「(中国は)戦略的パートナーではなく戦略的競争相手だ」という発言
2003 台湾の現状を変えようとする動きに米国反発。米台の関係関係
2005 中国人民元の割安感に対して不満の強まり
2006 中国への警戒感がより明確に
2008 リーマンショック
2009 中国が東シナ海、南シナ海で高圧的な振る舞い。反発はするもリーマンショック後で、中国にアメリカ政府公債の買い支えてほしいと発言
2010 米国がピボット戦略でより南シナ海問題を多く取り上げ。中国反発
2011 中国の軍拡や地域戦略の狙いに懸念
2012 陳光誠氏が米国亡命を申請。米中関係悪化。中国の人権問題も指摘
2013 中国が突如東シナ海にADIZを設定。バイデン副大統領狼狽
2016 地域の安定性を揺るがすものは台頭しつつある中国との認識が広く共有
2017 「国家安全保障戦略」にて中国を米国への挑戦者として明言。台湾防衛も。
2018 国家主席の任期が撤廃。ウイグル人権問題浮上。米国の警戒感が高まる
2019 米国国防授権法成立。米中の通商協議決裂。華為への輸出管理強化
2020 新型コロナ(COVID-19)発生で米中の関係が悪化
2021 中東欧諸国も中国に失望。人権侵害に米英カナダが制裁措置。中国は対抗
※本書を参考に自分なりにまとめた内容

ここからは一部私見だが、上記のように並べて眺めてみると、確かにわかってくることがある。例えば、私は次のような印象を持った。
  • アメリカは「安定第一」で既存の状況を変えない戦略をとっている
  • 中国は自分の支配領域を決め、そこに入ってくるなと思っている
  • 中国は台湾はもちろん、東シナ海は自分達の領域だと感じている
  • 中国は上記考えを邪魔する者には徹底抗戦する
  • 中国は目的達成のためならかなりアグレッシブな態度をとる
  • 中国は他国が反抗すればメンツを重んじる国ゆえ対抗措置を必ずとる
上記に加え、著者の指摘からなるほどなと感じたのは、こうした中国の動きに対して日米豪印4か国連携のクアッドのような協力体制が確立されてきたが、決して、オーストラリアや他の国々がアメリカとの関係性こそが第一と考えているわけでもないことだ。やはりどの国も自国の権益を守るために、その延長線上にクアッドがあるだけで、利用できる範囲で利用してやろうという意思が見え隠れしている。

欧州もそうだ。ただし、今は、中国が先のような自分達の目的達成のためなら、手段を選ばないアプローチをとっているため、強い嫌悪感を抱かれているのは確かではあるが。

ところで、こうした中国のアグレッシブな姿勢は、今後も無くなりそうもないという考えを補強するかのような記事を、最近、たまたま目にした。

「辛亥革命110周年の記念式典で、習近平国家主席が『中台統一を必ず実現する』演説をした」(朝日新聞2021/10/10の朝刊より)

こういうニュースを見るにつけ、目的達成のためならある意味手段を選ばず強硬に突き進む中国のスタイルは今後も継続しそうな雰囲気がある。武力で威嚇しつつ、経済的な取り込みや、政治的な手段などあらゆるアプローチを使って、台湾を取り込んでいこうとするのではないだろうか。そうなれば当然、米中は対立するし、制裁措置も激化しかねない。ちなみに「ラストエンペラー・習近平」では、中国は「戦狼外交」を続けているし、やめられそうもない(だからそのまま行けば破滅する)と指摘している。

だいぶ脱線したが、まぁ、要するにこうしたいろいろなことを考えさせてくれるところが本書の魅力だ。ただ漠然と「米中の関係性は今後こうなっていく」とか「今こんなことが起きている」といった定点観測の専門家の話を聞く前に、このように米中の関係性をストーリーとしてインプットしておくことは間違いなく有益だろう。今後の世界においてこの2国の動向に目が離せないのだから、それをする重要性はとても大きい。


2021年9月19日日曜日

書評:ソニーの半導体の奇跡

期待していた以上の面白さだった。

なぜ、面白いと思ったのか。理由はおそらく次の2点だ。1つは、この本一冊にビジネスの辛さやほろ苦さ、悲しみや喜び、成功や失敗のポイントにつながる生の物語が凝縮されているからだと思う。やっぱりリアルな話は何ものにも変え難い。もう1つは、経営理念とかビジョンとかそういう抽象的な表現では決して伝わらないソニーの文化や気質というものを知ることができたからだと思う。本書を通じて、ソニーらしさが何たるかを知った。

ソニー半導体の奇跡―お荷物集団の逆転劇 著者:斎藤 端(東洋経済)

では、成功や失敗のポイントにつながる生の物語とは具体的に何か。いくつか例を挙げておきたい。

の1)スーパーマンが活躍することを想定した組織運営はいずれ限界が来る


「(出井元社長は)就任当初の電話、すべての事業ユニット隅々まで理解し掌握しないと自信を持って的確な方針を支持できないと感じていたようです。報告を事細かに機器導入予定の製品デザインをチェックし研究開発者の中に埋もれている人はいないか話を聞きに行きました。そこで見出した近藤哲次郎と言う異能技術者を抜擢してきたり、はたまた世界のスター経営者のところへ出かけていては提携の話をまとめて、とまさにスーパーマンのような活躍でした。まさにスーパーマンのような活躍でした。彼のようなやり方は例えて言うならマラソンを100メートル走の全速力で走るようなものです。このままでは会社に殺されるよ。出井がため息をついていたのを何度か目にしたことがあります」(本書より)

私自身、「自分が支えなければ」という思いで、ついつい無理をして頑張ってしまうことが多いのだが、経験上、それが決して長続きしないことがわかっている。それがあの巨人ソニーでも起きていたのかと思うと、無視してはいけない事柄だなと改めて思う。そうそう、以前、国境なき医師団日本前会長の黒崎氏がアフリカの

If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.
(早く結果を出したければ一人でやれ。より大きな目標を実現するために力を合わせよう)

という諺を紹介していたのだが、それに通ずるものもある。その意味でも、この諺、やっぱりいいですよね。

その2)本番環境の検証なしの変更はどんなものでも命取りになる
「材料メーカーが無断で、軟化剤として要素化合物を混入させていたのです。・・・(中略)・・・(材料メーカーは)とにかく工程をもとに戻したらしいのですが、ここでソニーも痛恨のミスを犯します。要素が腐食するガスを出すには水分が必要です。当時、ソニーが生産するCCDイメージセンサーのパッケージにはプラスチックとセラミックの2種類がありました。プラスチックは水分を通す一方で、セラミックは水を全く通しません。それならと言うことで、プラスチックパッケージの製品は元の樹脂に戻す、ただしセラミックパッケージの製品は要素が入った樹脂のままでも問題ないだろう、変更の必要なし、と言う判断をしてしまったのです。・・・(中略)・・・何かあればその原因を追求できるようにするとともに、不要な変更はご法度というのが品質管理の原則です。ただプロセスは自社内だけに閉じてないこともあります。セラミックパッケージのケースでは、ソニーが自社プロセスでのみ判断を行い「問題は起きれない」と接触に判断したことが、後に膨大な改修費用を生む原因となってしまったのです。全体のプロセスを確認するまでは、検証が済んでいる状態に全て戻すのが原則だったのかもしれません(本書より)

「変更はどんなものでも命取りになる」という趣旨は、誰しもなんとなく理解できる。しかしそれが、どの程度のレベルの変更を言っているのかといえば、人によってズレがあると思う。私もさすがにここまでの厳しさが求められるとは思わなかった。失敗した当人にとってはほろ苦い経験だろうが、本当にタメになった。

その3)現場の言葉を鵜呑みにしないこと
「東日本大震災後、「どうして電気が2時間程度止まるだけで、厚木事業所すべてを閉めなければいけないのですか。どうして全員が帰宅する必要があるのですか」と、よく話を聞いてみると、どうやら空調が止まることで社員の健康状態が懸念されること、照明が消えてしまうことを問題視していることがわかりました。2時間の空調ストップでみんなが息苦しくなるはずもなく、窓を開ければ作業可能でした」(本書より)

「現場のことは現場がよくわかっている」とはよく言ったもの。だが、イコール、現場から上がってきた報告をそのまま鵜呑みにすればいいわけではない、ということがわかる事例だと思う。情報は伝えればといいというものではなく、「何があったのか。どうすべきだと思うのか。なぜそう思ったのか」という深く突っ込んだコミュニケーションが取れるかどうかが大切なのだと思った。


・・・とまぁ、本書には、成功や失敗のポイントにつながる生の物語はこんな感じでたくさん登場する。だからこそ、「次は何が起こる?」「次は何が起こった?」といった感じで、私のページを捲る手はなかなか止まらなかった。


ところで、少し脱線するが、企業のBCP、特にサプライチェーンリスクを考える上でのヒントが得られたことも私にはありがたかった。本書では、2011年に東日本大震災に直面した時のことを次のように語っている。

「東日本大震災の影響で資材が日本で逼迫しているのなら、今まで純度の問題で使用不可とされていた韓国製資材を見直すことになりました。すると半導体産業で韓国は日本を超えており、スペック上の問題は無いことがわかりました。一部資材は供給先の選択肢を広げる結果となり、タブーは伝説だったと震災が教えてくれたのです」(本書より)

このクダリを読んで、あ!っと思ったのだ。というのも、ちょうどこのクダリを読む数日前に、ダイキン工業社長が日経ビジネスのインタビュー記事で次のように答えていたからだ。

「半導体は空調の機種ごとに仕様が異なりますが、複数機種で特定の半導体を使い回せるかを社内で調べさせたところ、代替品でも対応できることがわかりました。世界の当社の生産拠点にある半導体を、必要な地域に一気に供給する対応も取りました。おかげで(コロナ禍でも)「弾切れ」を起こさなかった」(日経ビジネス2021/09/20号 編集長インタビューより)

両組織に共通して言えるのは、「それは無理だ。あり得ない」と思い込んでいたものが、危機に直面して、抜け道を改めて真剣に考えざるを得なくなった際に「実はそれは無理じゃなかった」という発見ができたことである。危機というのはピンチをもたらすが、その切迫感がチャンスを生み出すこともあるのだな、と思った。同時に、「既存の常識を徹底的に疑えるかどうか」ということが、BCPの有効性に大きな影響を与えるポイントになるとも感じた。

さて、ちょっと話は逸れたが、最後に、そもそもなぜこの本を手に取ったのかについて触れて締めたいと思う。手に取った理由は単純で「半導体」というキーワードがタイトルについていたからだ。昨今、何かと注目の的になっている半導体の理解が進むかもしれない、と思ったのだ。きっかけはそうだったが、すでに述べてきた通り、手に取って良かったと思っている。やはりビジネスの世界の酸いも甘いも知ることができるということと、ソニーならではの文化を知ることができる、というのは魅力的である。ただし、半導体・・・は、そこまでの理解にはつながらなかったかなw



2021年9月18日土曜日

書評:ポジティブの教科書

 「朝目覚めたら『起きる』という行為をまず楽しむ。それから顔を洗って、歯を磨いて、髪を整えるといった一連の行動すべてに意識を集中して、楽しんでいくんです。」

NewsPicksの記事で、武田双雲氏のインタビュー記事を見て、「ヤバイ。この人、面白い!」と思ったのが本書を買ったきっかけ。

(参考)インタビュー記事
https://newspicks.com/news/4224963/body/

ポジティブの教科書
著者:武田双雲

早速、読んだ。冒頭のクダリほど、インパクトのある内容をもらえたわけではないが、まぁまぁ、期待値どおりの本だった。氏のポジティブシンキングを支える哲学は(本書でも述べられているが)おそらく次の3つである。

  • 幸せを与えること
  • 幸せであることに「気づくこと」
  • 幸せな言葉を発し、幸せな態度をとること

特に一点目は、アダム・グラント氏の本「GIVE AND TAKE -与える人こそ成功する時代」に通ずるものがある。これだけ様々な実証者がいるのだから、(誤解を恐れずに言えば)「正解」であるに違いない。

本書は概念的な話にとどまらず、テクニック的な話も書かれている。例えば、「嫉妬をした時の対処方法」について。武田氏は、「他人の成功は自分にとってのマイナスではないはず。だから、嫉妬している相手の幸せや成功を願うのです。」と述べていル。

また、「イライラすることへの対処方法」について。「大事なことはイライラしないことじゃなく、イライラを溜めない、イライラを増やさないイライラを長引かせないこと」だと述べる。ちなみに私が「なるほど」と思ったのは、「日常でよくイライラしてしまう事象を書き出してみてください」というアドバイス。実際、私も書き出してみたが、いわゆる自分の「イライラポイント」というものがほぼほぼ決まっているということに気がついた。こうやって書き出して観察してみることで、じゃぁ、こういうイライラポイントに直面した時にどうしたらイライラしないで済むか・・・そうしたことを客観的に考えることができるな、と感じた。

まぁ、ポジティブシンキングの本は文字通り、ゴマンとあるが、この本はこの本でなかなか読みやすく面白かった。

それにしてもなぁ・・・。この類の本はこれまでにもう何冊も読んでいるはずなのに、時間が経つと、忘れてしまうようだ。先にあげた「ギブアンドテイク」の本のこともすっかり忘れていた。似たような本を読んだことがあっても、刷り込みという意味で、手を出すのもありなのかもしれない。

明日からもう一度気を引き締め直して生きてみよう。

2021年8月29日日曜日

書評:ラスト・エンペラー 習近平

 「あの国では現場の指揮官の皆が野望を抱いており、『こうすれば習近平が喜ぶだろう』と考え、率先して動く傾向がある。むしろ、上からの指令を待つことのほうが少ないかもしれない」(月刊VOICE2021.9)

エドワード・ルトワック氏のこの中国描写がスっと腹落ちした。その瞬間、氏のこの本を読もうと決めた。

ラストエンペラー習近平 (文春新書)


この著者、エドワード・ルトワック氏とは何者か。本書の経歴をそのまま引用すると次のようなものだ。米戦略国際問題研究所(CSIS)上級顧問。戦略家、歴史家、経済学者、国防アドバイザー。1942年、ルーマニアのトランシルヴァニア地方のアラド生まれ。

本書は、中国のこれまでの行動と考え方に基づき、今後の中国がどうなるかを考察した本だ。中国のこれまでをチャイナx.0と言う表現を使って、4段階に大きく分けて解説している。その概要は以下の通りである。

  • チャイナ1.0
    • 平和的台頭
  • チャイナ2.0
    • 対外強行路線。中国の外交を大いに後退させた悪手だった
  • チャイナ3.0
    • 選択的攻撃。「抵抗のないところ(フィリピン)には攻撃を続ける」は、アメリカからの外交的な反撃を受け、早くも2015年の段階で戦略として破綻していった
  • チャイナ4.0
    • 全方位強行路線(戦狼外交であり、チャイナ2.0の劣化版)


さて、では著者の捉える中国とはどんなものか。著者の次の表現がわかりやすい。

「桂氏の釈放を求めるスェーデン政府を中国の駐スェーデン大使が『48キロ級のボクサーが、86キロ級のボクサーに挑み続けている』と揶揄」

「北京の人々は他国の安全を脅かし、その国民の命を奪っても、相手が経済、すなわち金の力に平伏すだろうと考えている」

「中国は現在、国際社会で守られているルールに縛られることなく、全て自分で決めた『国内法』によって行動し、他の国がそれに従うことを求めている」


これらを読んで私が頭の中に思い浮かべたのは、独りよがりのジャイアン(笑)。いや、これは私見だし、ジャイアンに対しては大変失礼な話かもしれない(が、それは容赦願いたい)。著者はこのジャアン的思想こそが、中国を破滅に向かわせるという。それが、この本のタイトルに込められた意味でもある。

そのロジックはどう成り立つのか。「いわゆる戦狼外交で、相手を屈服させることなどできないから」というのがその理由である。例えていうなら、いくら筋力ムキムキのジャイアンになっても、それで一致団結した相手をねじ伏せることなどできない、と言うのだ。ちなみに、ここで言う筋肉ムキムキ力を海軍力、一致団結した力を海洋力という言葉で著者は表現している。

しかも、ジャイアンには誰かと対等に付き合うという考えはない。著者は言う。「中国の外交は、強者が弱者からの朝貢を受けるという不平等な関係を常に前提としてきた。対等な他者として認めようとはしなかった」と。つまり、その姿勢をとり続ける限り、習近平はラスト・エンペラーになると言うわけだ。

有益な本であることに間違いはないが、一点、注意はしておきたい。そもそも一国を理解するのに、本一冊読めばOKなんてことはない。説得力はあるが、あくまでも1つの捉え方に過ぎないと言うことだ。

だが、これまでとこれからの中国を理解する上でヒントにはなる。少なくとも、今後の中国のニュースを見る目が変わる。ニュースを見て、彼らがまだ「戦狼外交」を続けているのか、それゆえ破滅に向かっているのか、それによって我々がどういう行動を取るべきか考えることができる。

たとえば今QUAD(日本、米国、オーストラリア、インドの首脳や外相による安全保障や経済を協議する枠組み)と言うキーワードがたまにニュース上で飛び交うが、それも大きな意味を持つものとして見えてくる。

引き続き、色々な知識を増やして中国や他国の理解を深められたらなと思う。


2021年8月12日木曜日

書評: 夜と霧

夜と霧 新版
著者:ヴィクトール・E・フランクル

●心理学者による強制収容所の体験記だ

いきなり目に飛び込んでくる最初の文章が、「この本がなんたるか」を表している。

「心理学者による強制収容所の体験記だ。 これは事実の報告ではない。体験記だ。ここに語られるのは、何百万人が何百万とおりに味わった経験、生身の体験者の立場に立って『内側から見た』強制収容所である」(本書より)

「心理学者による」とは、著者ヴィクトール・E・フランクル氏が心理学者だったからだ。しかも、収監される前は、相当な権威を築いていた人のようで、なんとあのフロイトやアドラーに師事して精神医学を学んだ、とある。経歴を見ると「ウィーン大学医学部神経科教授、ウィーン市立病院神経科学部、臨床家」とも。だから「心理学者による体験記」なのだが、それが本書最大の特徴でもあり魅力だとも言える。ハードカバーだが、160ページ強の決して分厚くはない本(むしろ薄いくらいだ)なので、あっという間に読み終わった。


●光の見えないトンネルに閉じ込められることが人間にもたらすこととは

強制収容所に収監されることが、当事者にどんな心理状況をもたらすのか、それがどのように変わっていくのか、人間の価値観はどうなるのか、何か心理学者として新しい発見はあったのか、といった疑問がわくが、もちろん、本書にはその疑問の答えが全て載っている。

例えば、収容されることが分かった時の心理状態を「恩赦妄想」と表現している。死刑を宣告された者が、処刑の直前に土壇場で自分は恩赦されるのだ、と空想し始めるのだそうだ。

これは個人的感想になるが、これは災害時に「自分は大丈夫」と考えてしまう「正常性バイアス」にも似ているなと思った。要は現実を受け入れられないということなのだろう。

その次のフェーズになると、心理状態は「感情の消失段階」へと移行した、という。マイナスの感情もプラスの感情も全て消し、他人に対しても無関心になったそうだ。

これを読んで私は、泣いても喚いても誰かに関心を持っても何も変わらない事実に直面し、生命維持という目的のために感情が何ら役に立たないと悟ったからではないか、と思った。


●印象に残った3つのこと

本書を読んで、私が印象的だったのは、3つ。

1つは、「愛は人が人として到達できる究極にして最高のものだ、という真実、を実感した」という著者の言葉。彼の愛する妻が生きているか死んでいるかわからないのに(いや、それはむしろどうでもいいことだとすら彼は言った)、妻のことを思い浮かべることが心に安らぎや幸せをもたらしたという。そこにその人がいるかどうかが問題にならない「愛」って・・・。いったい「愛」って何だろう。自分が、愛する人にそう思ってもらえるように接することが「愛」なのかもしれない、と感じた。

2つ目は、人が生きる源について。著者は体験から次のように述べた。

「ここで必要なのは生きる意味についての問いを180度方向転換することだ。私たちが生きることから何を期待するかではなく、むしろひたすら生きることが私たちから何を期待しているかが問題なのだ、と言うことを学び、絶望している人間に伝えねばならない」(本書より)

「人は何のために生きるのか」という「問い」について、自分中心の「問い」にするのではなく自分以外の世界中心の「問い」に変えるというわけだ。それって「お前の生死はすでにお前一人だけのものじゃない。残される家族や仲間のものでもある」みたいなセリフを映画などで聞くことがあるが、それに似ている。「問い」かけ方の問題だと思うが、実際、そうした「問い」を通じて何人かの命を救ったという著者の話を聞くと、その「問い」こそが大事なんだと思う。私を含め、もし生きることに迷っている人がいたら、こうした問いかけ方をしてみたい。

3つ目は、人の真価はどこで発揮されるかという話。著者は語る。

「人生は歯医者の椅子に座っているようなものだ。さぁこれからが本番だ、と思っているうちに終わってしまう」これは、同意が得られるだろう。『強制収容所ではたいていの人が、今に見ていろ、私の真価を発揮できる時が来る、と信じていた』。けれども現実には人間の真価は収容所生活でこそ発揮されたのだ」(本書より)

よく「本当に窮地に立たされた時に人間性が現れる」というフレーズを耳にするが、まさにそういうことだろう。逆に言えば、普段の生活から見える人間性なんて、普段の生活で発揮できる自らの真価なんて、わずかでしかないのかもしれない。


●人間の本質を知り自分の人生の糧にする

著者は生死の境を彷徨うような本当に辛い経験をしており、何人もの身内や仲間を失っている。そんな人の体験記を読んで、通りいっぺんの言葉で評することなんてとてもできない。ただ、生死の一線に近づいた人のみた世界感は、何かこう宗教というか、信仰というか、哲学というか、、、それらとあい通ずるものがものすごくある。怪しい何か・・ではなく、人間の本質でありリアルに。自分が何に重きをおいてどう生きるべきかのヒントをもらえた気がする。


2021年8月1日日曜日

書評:決断力 〜誰もが納得する結論の導き方〜

決断力 〜誰もが納得する結論の導き方〜 (PHP新書) 
 橋下徹

●何が書いてある?
橋本徹が自身の成功・失敗体験から導き出した「答えのないテーマにおける決断の仕方」についてのポイントを解説した本。


●何が書いてある?
答えがないときの決断の仕方は、司法業界でとられている「手続き的正義」の考え方がヒントになるという。答えがないテーマで意思決定をする際には「実態的正義」ではなく、手続き的正義にフォーカスしたアプローチを行うことが望ましいというわけだ。

なお、「実態的正義」とは、ある結果の内容自体に正当性があるかどうかを通考え方のこと。いわば、「絶対的に正しい結果かどうか」を問うもの。また、「手続き的正義」とは、結果にいたる過程・プロセスに正当性があるなら、正しい結果とみなす、と言う考え方。論点は「適切な手続きに則って判断された結果かどうか」にある。

この話を聞いて、以前、日経ビジネスで宮本雄二 元駐日大使が次のように発言していたことを思い出した。

「迷ったらすぐに決断する。A案とB案のどちらが適切か迷うのは、どちらの案にも良い点と悪い点があるからです。しかも、その差はわずか。ならば、どちらを選んでも大きな差はないわけです。それならば早く決断し、稼いだ時間をマイナス要素を減らすことに費やすべき」
(by 宮本雄二 元駐日大使 日経ビジネス2016年9月5日号「有訓無訓」より)

「どちらも正解・不正解である可能性は高いのだから、絶対的な正解を探すのではなく、納得できる手続きに則って答えを出すのが大事」ということだろう。

●印象に残ったことは?
一番印象に残ったのは、この「手続き的正義」と言うシンプルでわかりやすい考え方。この本には書いてないが橋本徹さんが以前どこかの雑誌で原子力発電所の再稼働問題について、「原子力規制委員会が答えを出すのではなく、原子力規制委員会はあくまでも安全性の観点から必要な主張をし、他方、経済や環境の観点から別の専門家が主張をし、その双方の意見を踏まえて政治家が決断を出すという形にしないと、話が進まない」といった発言をしていたように記憶しているが、本書を読んで、「あぁ、なるほど。橋下さんの説得力ある思考の裏にはこのような考え方があったんだな」と腹落ちした。

あと、危機管理の要諦に関する発言も参考になった。特に次の氏の指摘は、まさに誰もが陥りそうな罠なので、ハッとさせられた。

「大組織ほど陥る罠として、リーダーは下からの報告を鵜呑みにしてしまいがちです。リーダーは『組織は、自分たちに都合の悪い事実は必ず隠す』と肝に銘じなければなりません」

●どういう人が読むべき?
「意思決定」は経営者のみならず、組織を率いる人はあらゆる場面でしていかなければならない。組織の上位階層に行けばいくほど「正解のない問い」に結論を出していくことが求められる。故に、そういった人たちには、参考になる本だと思う。


2021年6月19日土曜日

書評:HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか

結論から言えば、ベンチャー起業であってもなくても本書を読めば、孤独な立場におかれる社長は、勇気づけられるだろう。加えて自分に足りないものに気づくことができるだろう。企業経営者やそれに近い立場の人には、社長がどのようなことを考えているか、発揮すべきリーダーシップが何かといった観点で学びを得ることができるだろう。そして、これから起業を目指す人には、自分にその覚悟と資質があるか確認することができるだろう。

著者:ベン・ホロウィッツ

 著者のベン・ホロウィッツは、IT会社オプスウェア(元ラドクラウド)の創業者。成功して、今は次世代の最先端テクノロジー企業を生み出す企業家に投資する投資家。「私はどうやって成功したか」と言う目線で書かれた本はゴマンとあるが、この本は違う。「私はどうやって危機を乗り越えたか」を書いた本、と言い切ってもいいだろう。フィクションであったとしても、なかなかここまでの窮地を描くことはできないだろう、と思うほど、「これでもか」「これでもか」といった危機を経験し、必死でもがき、そして乗り越えた話がそこにある。

本書を読んでまず一番の大前提に気づかされる。

それはCEOは、戦艦の艦長であり、副社長含めそれ以外の人と持っている責任の重さが全く違うと言うことだ。なんとなくわかってはいたが、どれだけ違うのか、と言うことが著者の体験談を通じてはっきりと理解できる。

こういう前提があるから、

  • CEOは、持っている責任の重みが違う人にヤンヤ言われても、その通りに意思決定しても救われないし、解決もしない。頼りすぎてもいけない
  • 加えて、良い手がないときに集中して最善の手を打つ能力がCEOには必要不可欠になる
「逃げたり死んだりしてしまいたいと思う瞬間こそCEOとして最大の違いを見せられるときだ」と語る著者の言葉が突き刺さる。

その大前提にたった上で、CEOは「みんなに動いてもらってなんぼ」と言うことだ。そのために最善を尽くす・尽くせるかが重要になる。言ってみれば、社員に対して「みんな!こっちに行くぞ!」とみんなが迷わず進めるゴールを示すとともに、「あ、この人について行こう!ついていきたい!」と思わせる力があるかどうかが全てだ。

著者曰く、そのためにCEOが持つべき資質は次の4つにまとめることができる。

  • ビジョンをいきいきと描写できる能力
  • 正しい野心
  • ビジョンを現実化する能力
  • 部下のことを優先して考える力

とりわけ、著者の次の言葉は強く印象に残った。

「真に偉大なリーダーは、周囲に『この人は自分のことより部下のことを優先して考えている』と感じさせる雰囲気をつくり出すものだ」(本書より)

みなさんは、自分に足りないものが何かわかっただろうか。少しでも興味を持ったのであれば、本書を手に取ってみることをお勧めする。


2021年6月5日土曜日

書評:地の果てへの旅

知の果てへの旅 (新潮クレスト・ブックス)
著者:マーカス・デュ・ソートイ

「知の最果てを目指すこの旅では、科学者たちが既に地図に書き込んだ場所を経て、今日の知の最前線における大発見の間際に迫る」

著者の言葉の引用だが、これこそが本書の狙いだ。

少し噛み砕くと、「予測できない」とされた領域を、人間がどうやって科学や物理学の力で「予測できる」ように変えてきたか。「いま、人類はどこまでわかっていて、何がわからないのか」について教えてくれる本である、とも言える。具体的にはたとえば、どうやって地球が自転・公転していることを発見できた理由、星までの距離がわかった理由、そのほかにも万有引力の法則、相対性理論、カオス理論、原子の発見、素粒子の発見、量子理論など、おなじみの理論がたくさん登場する。

ここまで聞いたところでみなさんは「なぜ、そんな難しそうな本を読んだのか?」と思うかもしれない(そこまで難しくないので安心してほしい)。それはこの著者オックスフォード大学のマーカス・デュ・ソートイ教授を、以前「NHK白熱教室」で知ったのだが、「そのときのあまりの講義のすばらしさ」に感動を覚えた人だったからだ。しばらく忘れていたが、先日、月刊VOICEで彼のインタビュー記事を読んで、本書の紹介があったので、おおっ!、これは読まねば!とおもった次第だ。

「本書は難しいんでしょう?」 タイトルからして多くの人がそう思うだろう。安心してほしい。私は数学が大嫌いで、微分・積分もおぼつかない文系人間だが、そんな私でも、読み切ることができた。その意味で、難しいはずの理論について、だいぶ噛み砕いて説明をしてくれていると言える。また、理解を助けてくれるもう1つの要因として、文字通り、こうした様々な理論を、それが誕生した順に、あたかも、その道のりを一緒に旅して歩くように説明してくれている点を挙げることができるだろう。

ただ正直に言うが、「超簡単に理解できるか」といわれるとそうでもない。できるだけ噛み砕いて説明しようとしてくれているが、決して「優しい本」とは言えない。そもそも、学者も喜ぶ有名な理論を、図解をあまり使わずに文章で説明する行為自体に限界があって当然だ。ただ、「難しいな」と思ったとき、わたしはそのまま読みすすめるのではなく、一旦、そのテーマについてYouTubeで関連動画をさがしそれを何本かみて、また本に戻る、ということを7〜8回繰り返した。

「なんてめんどうな」と思うかもしれないが、私にはこのやり方が妙にハマった。というか、むちゃくちゃ理解も進んだし、知識の幅が間違いなく広がったと感じる(と同時に、YouTubeの有効性を改めて実感した)。カオス理論や不確定性原理の話、光子の特殊な性格を理解するために行ったという二重スリット実験、光の速度を発見する実験等、本書と合わせて20〜30個のYouTube解説動画を見たが、相当理解が進んだ。

「何を学んだのか?」と問われると、「それこそ、たくさん!」と答えたい。その中であえて2つだけあげておく。その1つは、やはり量子理論の話だ。この本のおかげで、電磁波の性質を理解できたし、量子理論でよくいわれる「重ね合わせ」の意味も(だいぶ時間がかかったが)理解できた。ついでの量子暗号の仕組みも理解できた。今なら他人に説明できる自信がある。

もう1つは、本書での取り扱いは決して大きくはなかったのだが、私に強烈な印象を残したものだ。それは脳梁分断手術から判明した脳の働きの話。脳梁分断手術とは、右脳と左脳の間をつなぐ神経を人工的に切断するもので、「てんかん」患者を治療するために行われている手術だ。こうした手術を患者に施したことにより、人間の「右脳」がイメージ(映像)を扱い、「左脳」が言語を扱うことがわかったという。ここまではよく知られている話だ。なるほどと思ったのはここから先。「右脳」は見たものをそのままイメージとして記憶に残そうとするが、イメージデータは容量が大きいため、記憶に残すのに限界があり、どんどん薄れていってしまうという特徴がある。だから、「右脳」で見たイメージを、抽象化し言語化し「左脳」の記憶領域(ハードディスク)に保存する。インプットにあたる。そして人間が「何かを見て発想する」には、「左脳」のハードディスクから関係のありそうな情報を取り出し、「右脳」にパスして、イメージ化するわけだが、これがまさにアウトプットだ。人間の頭の回転スピードや発想力はどうやら、このアウトプット、すなわち、「左脳」から「右脳」へのシナプスが発達すればするほどいいようで、それはアウトプット訓練をどれだけやったかに比例する。元大阪府知事の橋下徹氏は、20代の頃から五大新聞をすべて読み、ただ読んで終えるだけではなく、読んだニュースそれぞれに対して自分の考えをアウトプットする訓練をしてきたといっていたが、この「右脳」と「左脳」の機能を理解すると、すっと腹落ちする。

ちょっと話がそれたが、まとめると本書を読むメリットは、「知的好奇心を満たしてくれること」と、「今をときめく、量子理論の世界にすっと頭を突っ込むことができること」だ。量子力学はまだこれからの分野だ。量子暗号や量子コンピュータなどが叫ばれているが、そうした技術を正しく理解しておくことに何ら損はない。

もちろん、量子力学だけを書いた本ではないので、宇宙が好き、星が好き、未知の世界が好き、とにかく好奇心が旺盛・・・という人には読む価値がある本だろう。私のようにYouTube動画などとあわせ技で読むと、とても効果的・効率的だと思う


2021年5月29日土曜日

書評:コーチング - 言葉と信念の魔術

YouTubeでたまたま見ていた中に落合選手を特集した動画があった。「そういや、俺が小さい頃、親父が『いいか、こいつはプロ野球でいま一番すごいやつだぞ!』と言っていたっけな」と、そんな思いでみていた。その動画での彼の発言は、私の興味を引いた。普通のプロ野球選手や監督と明らかに異なる目線での発言が多いと感じた。

これが本書を買ったきっかけだ。

コーチング―言葉と信念の魔術(著者:落合博満)

本書には、落合博満の選手時代・監督時代の経験をもとに、人の才能の伸ばし方に関するコツや考え方が書いてある。冒頭で述べたような他の人と異なる目線での発言というのは本書でも感じることができる。

たとえば、選手に結果を求めるまでの時間について。氏は、短時間に結果を求めてはいけないというが、彼の考える時間軸は普通の人のそれより長いな、という印象だ。私なら、さすがに数ヶ月はないにしても、一年がいいところではないかと考えてしまう。ところが、彼は選手に結果を求めるなら「2〜3年」は必要だと主張する。そういえば、YouTubeで見た動画でも「中日の監督を引き受ける時に『結果なんてすぐに出ない。3年じゃなきゃ受けない』という条件を出して電話を切った」と言ってたっけな。

「石の上にも三年」を地で行く人だ。

そんな落合氏だが、本書のタイトルにコーチングとあることからもわかるとおり、彼は滅多なことじゃ、指導人として、正解を言わないように思えた。いや、そもそも正解なんてないと思っているのではなかろうか。野球で言えば、選手は人によって体つきも違うし、特徴も違う。だから、自分が三冠王をとった技術がその選手に当てはまるとは限らない。もちろん、当てはまるかもしれないが、それによってその人の持ち味が消えるリスクだってある。

では、どうすればいいのか? 「自ら考え学ぶ」だ。これが顕著に現れているのが次の一文だ。

「ある程度の経験を持った人が新人の教育をすることは、どんな社会でも必要だ。それに対して、教えられる側は『上司や先輩から教わること』と『ある程度の教えを生かして、自分で考えていかなければならないこと』の区別をしっかりとつけておきたい。なぜなら、教えられることに慣れすぎてしまうと、ひとつの目標を達成した時に、次は何をどうすればいいのかわからなくなってしまうからだ。」(本書より)

つまり、自分の体にあった打ち方や投げ方はどうあるべきなのか、自分で考えてほしい、そのヒントならくれてやる・・・そんなところだろう。

ところで、彼の発言の中に、わたしが「全くそのとおり!」と膝をうったものがある。それが次の一文である。

「プロ野球チームの場合、うちの球団はこれだけの設備が揃っていて、親御さんから預かっても心配いりませんという部分もあるのだろうが、寮にいてもダメになる者はダメになる。反対に、自分でしっかりできる人は、寮がなくてもしっかりできる」(本書より)

私自身、会社経営をする中で、過去に「書籍購入の補助費がほしい」「資格試験代を出してほしい」「もっと研修機会を増やしてほしい」といってくる社員が複数いて、都度、良い会社にしたいという一心で、会社の制度を見直してきた。では、その御蔭で、今まで頑張ってなかったやつが頑張るか、というとどうも相関性が低そうなのだ。書籍を読み放題にしても読もうとするやつは増えるわけでもないし、研修機会を増やしても行かない人が割と多い。資格試験の補助制度を設けても受けようとする人はあまり増えない。そもそも考えれば、本気で頑張ろうとするやつは、補助がなくても自ら動こうとする。その過程で支援をしてほしいと会社にいってくることもあるだろう。本を読むやつは読むし、資格取得を目指すやつは目指す。(だから補助制度をやめるべき、とは思わないが)落合氏の指摘には納得することが大いにあった。

となると、やはり「心の持ちよう」か・・・。はてさて、こうやって改めて振り返ると、本は普通の厚さを持つが、落合氏の言いたいことは単純明快。

・自分の頭で考えろ

・焦らず地道に圧倒的な努力をしろ

・指導するならこの2つをどう自覚させるか、を意識しろ

プロ野球唯一の三冠王をとった本人の言葉はとてつもなく重い


2021年5月6日木曜日

書評:グレートリセット 〜ダボス会議で語られるアフターコロナの世界〜

●今後の世界動向予測のインプットを探しているなら絶対に外せない一冊

私自身が本書を知ったのは、取引先の人に「いい本があるよ」と教えていただいたのがきっかけ。間違いなく良書だと思う。

グレート・リセット ダボス会議で語られるアフターコロナの世界

さて、この本、何が書いてあるのか。この点については著者の次のクダリを引用するのが最も分かりやすいと思う。

「私たちの目的は、ウィズコロナ下で比較的コンパクトで読みやすい本を書き、さまざまな領域でこれから起きることの本質を読者が理解することを手助けすることだ」(本書より)

ちなみにタイトルの「グレートリセット」だが、これは歴史上、感染症は何度も起きていて、都度、国の経済や社会機構を組み直す大きな契機になってきたことから、「今回のコロナも例外ではなく、グレートリセットになる。それを踏まえて、みんな必要な行動を起こそう」という著者の思いが込められたものである。

●ポストコロナはどうなるのか?

では、具体的にどんな予測がなされているのか。

一例を取り上げると、例えば著者は、パンデミックの収束後、一時的に労働者側が有利な状況が出来上がる、と予測する。これは資本家側がコストをかけてでも経済再建を急ぐため、実質賃金が上昇する傾向が強まるからだ、そうだ。

また、中長期的には「 大規模な富の再分配と新自由主義との決別が起きるだろう」とも述べる。要は、世界中で起きている超金融緩和政策のおかげもあり一時的には富裕層が有利な状況が続くが、やがて貧困層の不満が爆発し大きな揺り戻しが起きるだろう、というわけだ。本書とは別に「人新生の資本論」という本を読んだときに「コロナショック・ドクトリンに際して、アメリカの超富裕層が2020年春に資産を62兆円も増大させた」という話を知ったが、こうした貧富の差拡大の話を聞くにつけ、「貧困層の怒りが爆発する」という話が絵空事ではないのは肌感覚でわかる。おそらくかねてより話題にのぼってきたベーシックインカムの導入や、富裕層に対する増税なんていうのも、ますます現実味を帯びてくるのだろう。

さらに、サプライチェーンリスクの肥大化も取り上げている。著者は、グローバルゼーションと脱グローバリゼーションの間で、リージョナリズムが1つの答えになっていくのではないかとも述べている。実際、半導体の製造については、2021年度の年が明けてからというもの、コロナによる需給予測の読み誤り、テキサス州の雪害や停電、ルネサスエレクトロニクスの工場火災、台湾メーカーへの集中化・ボトルネック化等でサプライチェーンリスクが顕在化している。こうした現状を見るにつけ、非常に信憑性の高い示唆だと感じざるを得ない。

●包括的・客観的な整理・分析

実は著者が本書を脱稿したのは昨年2020年の6月だ。まだ比較的新しい時期に執筆された本とは言え、先のサプライチェーンリスクを筆頭に、ESG、地政学リスク、監視社会の話等、的確に世の中の動きを言い当てている。

ただし、これらは、かねてから言われてきたことでもある。特段、目新しい予測ではないと言うこともできる。その意味では、予測の目新しさというよりも、これまでの状況(特にコロナ禍での状況)や過去のグレートリセットの事例を踏まえ、改めて状況を包括的・客観的に整理・分析していることが、本書最大の意義と言えるのではなかろうか。

だから、私は頭が整理できたし、「あ、そういえば!」と思えた箇所も多々あった。今後を予測した本は数多くあるが、ここまでスッと腹落ちする示唆を提供してくれる本は珍しいと思う。ポストコロナに範囲を絞れば、その存在はなおさら際立っていると言えよう。

著者はいう。

「ポストコロナの未来に踏み出す大多数の企業にとって最も重要な事は、これまで機能していた事と、ニューノーマルの時代に反映するために今必要となるものの間で、適切なバランスを見つけることである。これらの企業にとってこのパンデミックは、自社の組織を見直し、前向きで持続可能な変革を長期にわたって継続する類を見ないチャンスなのだ」

 そうだ、行動を起こそう!


2021年5月1日土曜日

書評:スマホ脳

 最近、有名な「スマホ脳」を読んだ。

スマホ脳(新潮新書)

スマホの長時間利用については、これまでいろいろな噂を耳にしてきたが、ここいらで改めてしっかりと理解をしておきたいと思ったからだ。

スマホがどうしてだめなのか、できるかぎり客観的な立場から語ってくれていて、読みやすい本だ。

読んでいると、「鬱との関連性」や「睡眠不足との関連性」「集中力不足との関連性」など、これまでもなんとなく聞いたことがあるような話が登場する。スマホのブルーライトは太陽光と同じで、それを大量に浴びていると、脳がまだ「昼日中」だと勘違いしてしまい、寝付きが悪くなるという話も、聞いたことがある。

ふむふむ・・・と読み進めて、「あ、そうなのか!」と思ったのは、「スマホの存在が人を鬱にしたりとか、集中力を失わせれたりとか・・・」、実はそういうことではなく、スマホの存在が、ストレス発散につながる活動時間や機会を奪ってしまう、ということが一番の問題だということだ。つまり、スマホは中毒性があるので、なかなか手放せず、運動する時間も減るし、(ブルーライト効果とも相まって)寝不足にもなるし、(実は人を不幸にするリスクが高い)SNSから離れる機会も奪ってしまう。

こういう話を聞くと、スティーブ・ジョブズや、ビル・ゲイツが自分たちの子供にスマホをある年齢までは持たせなかった、というのも頷ける。要はどうやって中毒性のあるスマホを手から離して、他のことに時間を使えるようにしてあげられるか、ということだ。

あえて逆説的に言えば、スマホを使っていても、運動も人との交流もSNSを見ないことも適切にできている人なら問題ないのかもしれない。


書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...