2012年1月28日土曜日

書評: 舟を編む

舟を編む
著者: 三浦しをん
発行元: 光文社


瀧井朝世さんが紹介していた本の一冊だ。

■身の回りにある何気ないもの・・・”辞書”の物語

これは身の回りに普段から当たり前のように存在しているもの・・・”辞書(じしょ)”・・・その一冊に込められた編集者の苦労や想いを長編小説として描いた本である。

主人公、馬締 光也(まじめ みつや)は、大手総合出版社の玄武書房(げんぶしょぼう)に勤めるサラリーマン。辞書については全く素人。そんな彼が一大事業を任される。新しい国語辞書の編集である。

・限られたページの中にどの言葉を入れるのか!?
・それぞれの言葉どこまで詳しく説明するのか!?
・どうやって読み手にわかりやすく伝えるのか!?
・50人以上からくる原稿をどうやってとりまとめるのか!?
・辞書に使う紙の材質にはどこまでこだわるのか!? などなど・・・

この本を読み終えるまでに読者は、おそらく何回も唸り声を出すことだろう。

■当たり前の言葉をわかりやすく説明することの難しさ

さて、ここで一つの問題を出してみたい。

みなさんは「右(みぎ)」という言葉を、その言葉の意味を知らない人に限られた文字数で、どうやって正確に伝えるだろうか?

「お箸を持つほう!」・・・左利きの人には通じるだろうか!?
「左じゃないほう!」・・・左を知らない人には通じるだろうか!?
「心臓とは反対側!」・・・心臓は実はほぼ真ん中にあるって知ってました!?

答えに興味を持たれた方は、ぜひインターネットや手持ちの辞書などで調べてみていただきたい。もちろん『舟を編む』は、こうした苦労の一端を面白おかしく語ってくれる。

■それぞれの辞書が持つ強い個性

さて、ここでもう一つの問題を出してみたい。

みなさんは「恋愛(れんあい)」という言葉を、その言葉の意味を知らない人に限られた文字数で、どうやって正確に伝えるだろうか?






・・・






試しに、いまインターネットで検索してみたのだが、代表的な辞書では「恋愛(れんあい)」について、以下のような説明がされているようである。

  • 大辞泉(小学館)
    特定の異性に特別の愛情を感じて恋い慕うこと。 また、男女が互いにそのような感情をもつこと。「熱烈に―する」「社内―」
  • 大辞林(三省堂)
    男女が恋い慕うこと。また,その感情。ラブ
  • デイリーコンサイス国語辞典(三省堂)
    互いに愛情を感じ恋い慕うこと
  • 新明解国語辞典(三省堂)
    れんあい [恋愛]―する 特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔いないと思い込むような愛情をいだき、 常に相手のことを思っては、二人だけでいたい二人だけの世界を分かち合いたいと願い、 それが叶えられたといっては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。

恋愛(れんあい)という言葉1つとってみても、辞書によって様々な個性が見てとれる。「舟を編む」を読めば、こうした辞書の個性についても知ることができる。

ちなみに、話はそれるが、いまどきの時代、恋愛(れんあい)を説明するのに「異性」や「男女」というキーワードを使うことには違和感を覚えるが、みなさんはどうだろうか(上記の例では、デイリーコンサイス以外は全て「異性」や「男女」という言葉を使っている)。

■”当たり前”に”新しい発見”をすることが好きな人に・・・

本は全260ページからなるが、集中して読めるなら1日あれば足りるほどの読みやすさだ。ただし、個人的には読みやすかった反面(おそらくは辞書の奥深さを読者に伝えることにフォーカスしていたがためのだろうが)小説のストーリーに多少なりとも平易さを感じたのは残念だった。この点に関しては、分野が全く異なるが先日読んだThe Goal(ザ・ゴール)の素晴らしさが思い起こされる(あの本は、教科書・ビジネス書でありながら、小説としても一流だった)。

ただ間違いなく言えることは、この本を読むことで辞書を今までと異なった観点で楽しめるようになることだろう。”当たり前”に”新しい発見”をすることが好きな人には、うってつけの本だ。少なくとも先に挙げた質問の答えに興味を持った人なら楽しめるだろう。

さて、先日、『世界一のトイレ ウォシュレット開発秘話』を読んだ後、やたらとトイレに目が行くようになったが、今度はしばらく辞書にばかり目がいくことになりそうだ・・・



【関連リンク】
書評: 世界一のトイレ ウォシュレット開発秘話
書評: The Goal(ザ・ゴール)
書評: 神去なあなあ日常(三浦しをん)

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