2013年1月12日土曜日

書評: 地図から読む歴史

すごく新鮮で愉しい!

この本の感想を一言で表現するならこんな感じだろう。

地図から読む歴史※
著者: 足利健亮(あしかがけんりょう)
発行元: 講談社学術文庫

※1998年に日本放送出版協会より刊行された「景観から歴史を読む-地図を解く楽しみ」を文庫化にあたり改題したものとのこと。

地図に記された過去の断片から、かつての景観と人々の営みを復元する学問を”歴史地理学”というらしい。本書は、それがどのようなものであるかを教えてくれるだけでなく、その過程を疑似体験させてくれるのだ。教科書や専門書からは決して読み取ることのできない、過去の人々の生活や思想を、地形や地名からだけで、浮き彫りにさせるその驚きのプロセスを・・・。

一つ例を挙げてみよう。たとえば、滋賀県近江八幡市の琵琶湖の側にある八幡山(やはたざん)。古地図を見ると、鶴翼山(かくよくざん)と呼ばれていた時期があることが分かる。

「地図からは、どうみても鶴が翼を広げたように見えないのに、なぜ、そのような名前がついたのか、そして、どうして八幡山に名前が変更されたのか?」

過去の復元プロセスは、著者のこの”ふとした疑問”の投げかけから始まる。謎解きがその後に続く。著者が現地に足を踏み入れたときに、ひょんなことから謎が全て氷解したという。琵琶湖の側から山を眺めたときにだけ、まさに鶴が翼を広げたように見えるのだそうだ。だからこそ、鶴翼山と名付けられたことが分かるわけだが、推理はここで終わらない。さらに、この呼び名が、一定期間を経て(ある特定の一時代だけで)、やがて地図上から消え去ったという事実は、当時、水上での移動が盛んに営まれていたことを示す、と著者は語る。

このように、本書には、数多くの”謎解き”が掲載されているが、薄っぺらい地図から、・・・それこそ当時の都市整備計画の考え方から、生活様式、果ては思想まで・・・かくも色々なことが分かってしまうということに、ただただ驚くほかない。

ここで一点、本書の難点を挙げるとすれば、読むのにかなりの体力を要するということだろう。取り扱うテーマがテーマなだけに、著者の解説を理解するためには「地形(挿絵)のどのあたりのことを指して、説明しているのだろう?」と何度もページの前後を見返す必要があるからだ。「なぜフォークの歯はなぜ四本になったか(ヘンリー・ペドロスキー著)」を彷彿とさせるが、挿絵の数は圧倒的に多く、かなり理解の助けになるのだが、それでも普通の小説を読む以上の労力は必要だ(挿絵上には示されていない言葉が文中に登場するなど、多少ではあるが不親切感が否めない)。

面倒くさがりやの人には向かない本だろうが、こうした苦労すら謎解きの一プロセスであると思えば、許せてしまう。いや、本当に愉しいのだ。ジャンルは全く異なるが、西洋小説のダ・ヴィンチ・コード(ダン・ブラウン著)を愉しいと感じるのと、その感覚は似ているのかもしれない。事実、わたしは本を読みながら、そこに登場する地名を見ては・・・「今も残っているのかなぁ」「今はどんな地形や地名に変わっているのだろう」という好奇心に駆り立てられ、Google Mapで現代地図を検索しながら、著者の解説に自分の想いをかぶせ・・・そして過去に思いを馳せた。その行為が、とても心地良いのだ。

それだけではない。日常生活の中で訪れる地名や地形に興味をそそられるようになった。仕事の合間のちょっとした待ち時間すら・・・過去を覗く・・・謎解きを楽しむ時間に変えることができるなんて・・・なんか素敵なことだと思いませんか?

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