2014年12月29日月曜日

書評: すべらない敬語

「正しい敬語にこだわり過ぎる」のは、きっと知識人が知識人であることに優越感を感じるための手段なのかも。「こだわるのはそこじゃないんだ」。本書を読んでそう感じた。

すべらない敬語
著者:梶原しげる
発行元:新潮新書



■敬語の解説書
本書は、敬語の解説書である。文化庁の出している「敬語の指針」を軸にすえながら、敬語の意義、世の中で使われている敬語の実態、それに対する専門家の見解、そして、それらを踏まえた上での著者の見解が、述べられている。

なお、著者の梶原しげる氏は、元文化放送のアナウンサーで、今はフリー。司会業などに従事している方だ。ちなみに、私はずっと昔に梶原さんにお会いしたことがある。今から25年以上も前、私が中学生だったとき、ラジオ番組の英語弁論大会で、梶原さんは司会者、私は大会参加者という立場で会話を交わした記憶が、なぜか今でも鮮明に残っている。そんな影響もあって本書に手を出した・・・のかもしれない。

■バランス感覚に優れた本
敬語に関する書物を他に読んだことがないので、正確なところは分からないが、本書を読んで感じたのは、敬語に対する著者のバランス感覚の良さだ。知識人にありがちな「本来の意味でこの敬語を使うべき!」といった”頭でっかちさ感”がない。かと言って「言葉は生き物なんだから、誤用されていてもみんなが使っている言葉なら、いちいち目くじら立てるなよ」といった”何でもござれ感”もない。

『私自身は、敬語を上手に使えることは確実にその人の力になり、メリットになる、と考えています。もっといえば人間関係においてもっとも簡便で有効な武器です。相手のことを本当に尊敬しているかどうか?なんてことは関係ありません』(4.敬語は自己責任である、より)

バランスがいい・・・そう感じる最大の理由は、上記一文からもわかるように、著者の論点が「あの使い方が間違っている」とか「この使い方が間違っている」といった正解・不正解の点にないからだろう。論点は、「敬語の効能は何か?」「その効能を最大限に発揮させるためにはどうしたらいいのか?」といった点にある。誤用されている敬語を紹介してくれているし、それらは十分に参考にはなる。が、そうした具体例は、敬語を使う効用を読者に伝えるためでもある。

■へぇーと感じる敬語の効用
せっかくなので、敬語がもたらしている力について、私が「おっ、なるほど」と思ったものを1つだけ紹介しておきたい。敬語は相手への敬意を表すというより、自らのプライドを守り、相手に巻き込まれないように距離をとり、毅然とした態度を示せるという例。

「私が伺います。ご用件をおしゃらないようであれば、お引き取り下さい。」

なるほど、べらんめー調の言葉に負けず劣ら、なぜか威圧感がある。敬語は、敬いの意図を示すために使うこともあれば、距離をとるために使うこともある・・・不思議な力を持つものなんだなと改めて感じた。

■確実に使える有効な武器を手に入れるために
私のような頭でっかちになりがちな人なんかは、頭を柔らかくするために有り難い本と言えるだろうが、次の2点の理由から、誰にでも本書をおすすめしたい。

1つには、プロの梶原氏の言う社会で確実に使える有効な武器の一つを携えるためだ。

2つには、人生を楽しくするためだ。普段何気なしに使うモノ(今回で言うと”敬語”)の中に、新鮮な観点を与えられると、世界観が広がる。なにより、些細なことでも、楽しみの目を持って観察できるようになる。

何のために敬語を使うのか? 敬語が何の役に立つのか? 考えたこともなかったが、それがわかったような気がする。


2014年12月27日土曜日

書評: 人に強くなる極意

たたき上げの実力者。鈴木宗男さんと仲の良い人。ロシアに精通する人で、逮捕されても信念を曲げないブレない人・・・そんな印象を持つ佐藤優氏の名前は色々な場面で目にしてきた。だが、これまでに彼の本を読んだことはなかったので、思わず手に取った。

タイトル:人に強くなる極意
著者:佐藤 優
発行元:青春出版社
価格:838円



■グローバル社会における人との接し方指南書
今の時代、一定の成功をおさめるためには、人との接し方をマスターしなければならない。それもグローバル社会に通用するものを。本書は、その指南書だ。グローバル社会における人との折衝においては、そのテクニックがフルに要求される外交官。かつてその立場にあった著者が、自身の痛みを伴った経験を踏まえつつ、役立つことを示してくれている。

■してはならない全8箇条
第一章「怒らない」にはじまり、「びびらない」「飾らない」「侮らない」「断らない」「お金に振り回されない」「あきらめない」「先送りしない」・・・本書はこのように「人との折衝において、してはならないこと」という視点でまとめられている。各章では、それぞれのテーマに対して「どうしてそうしてはいけないのか?」、そして「そうしないためにはどうしたらいいのか?」というポイントを解説している。

具体的には、どんなことが書かれているのだろうか? たとえば、第一章の「怒らない」。著者は、目的を持って怒るのは良いが、理由なく怒りに身を任せるのは良くないと述べている。さらに、人との折衝において怒りに身を任せないようにするためにはどうしたらいいか、怒りに身を任せている相手と折衝するときにはどうしたらいいか、についてアドバイスをしてくれている。

■標準的な努力ができる人なら確実に実行できるもの
本書の特徴は2つ。著者自身が「はじめに」で述べているように「標準的な努力ができる人なら確実に実行できることだけ」が書かれた本である、ということ。「本当にそうか?」と思いつつ読んだが、なるほど実行可能なことばかりが書かれている。たとえば第七章「あきらめない」における「目標は終わりがイメージできるものに」では、次のように記述している。

『「執着」の泥沼に陥ってしまう人は、たいがい「終わり」や「出口」の見えないものを追いかけている。・・・何か目標設定をする時は、完成形がイメージできるもの、実現可能なものにすることが大切です。たとえばもし東京に住んでいる人なら、比較的簡単に上れる高尾山や三峰山に登るという目標を立てる。あるいは伊豆七島を全部回るとか、頑張れば達成できて、しかも充実感のある目標を立てて楽しんでみるのです。』

特徴の2つ目は、各章のテーマに絡めて、役立つ本を数冊紹介してくれている。これは興味深い。「~してはいけない」という著者の意図を理解した後だけに、余計にそうした本に手を出したくなる。余談だが、「びびらない」という章で紹介されていた梶原しげるさんの「すべらない敬語」という本・・・買ってしまった。

■私が本書に影響を受けたこと
私が実際に読んで見て、全部ではないがいくつか、琴線に触れるものがあった。先に例に挙げた「目標はイメージできるものにすべき」、という主張もその一つだ。自分のつたない人生を振り返っただけでも、意外にゴールが明確でないゲームなどに熱中してハマって時間を無駄に費やしたことが思い浮かぶ。反省したい。

書いてあることがほとんど役に立つというものでもないので、誰もが絶対に読むべきとは思わないが、本書はターゲットを選ばないし、人によっては読めば何か得るものがあるかもしれない・・・そんな本である。


2014年11月30日日曜日

書評: 免疫力をあなどるな!

免疫力をあなどるな!
著者: 矢崎雄一郎
出版社: サンマーク出版
価格:1400円


矢崎医師は、がん根絶のため、”免疫力”を使った治療の研究開発を進めている。本書は、そんな医者が書いた健康を維持するための虎の巻だ。免疫力とは何か? どうして免疫力が大事なのか? 免疫力を高めるために何をしたらいいか? の回答にせまる!

正直、最初にパラパラっと全体をめくってみた直後の私の感想は、「適度の運動しろ、とか、トイレを我慢するなとか・・・あるし、なんか当たり前っぽいことが書いてあるな~」といったもの。ところが、改めて少し丁寧に読んでみると、なるほど、と思えるいくつかの点・・・つまり、本書を読むメリットに気がつく。それが何か?を理解するために、本書の特徴を他書との比較の中で見てみたい。

健康管理本の類書である「50歳を超えても30代に見える生き方」の著者、南雲医師は「命の導火線と呼ばれるテロメアをどうやったらすりへらさずに済むか」を論点にしていた。一方、本書の著者である矢崎医師は、人間が元々持っている病気と闘う力・・・免疫力をどうやって高めるかを論点にしている。免疫力を論点にすると、普段とやや異なった健康管理法が見えてくる、というのが矢崎医師の主張だ。たとえば、運動。長時間の運動は、運動能力を身につける、という意味では良いかもしれないが、健康体を作るという意味ではかえって良くないという。なぜなら、運動のやり過ぎはかえって疲労がたまり、免疫力低下につながるからだ。他にも、「口内細菌の量が免疫力に影響しているということを理由に、歯磨きを1回よりも2回実施するべき」という主張をしておられる。ちなみに、南雲医師は運動なんてするな・・・と主張しておられたが、矢崎医師は運動は汗をかく手前でやめるのがいいとの主張だ。これをどうとるかはあなた次第。私自身は、何事も「過ぎたるは及ばざるがごとし」が当てはまるのではないかなと思っているが・・・。

「へー、そうなんだ!?そんな健康管理実践法があったのか!?」と、魔法のような奇抜で効果抜群の健康管理手法を、知らず知らずのうちに我々読者が求めてしまうのも悪いのだろう。結果的には「当たり前のこと」が割と多く書いてある・・・その印象は、本書を丁寧に読んだ後も、さほど変わらない。

でも、それは逆に言えば、明日からすぐにでも実践できることばかりが書いてあるということだ。実際、「納豆キムチが免疫力アップに良い」という著者の主張を読んで、明日から早速買ってたべようとおもってるくらいなのだから。

2014年11月10日月曜日

書評: できる人はなぜ、本屋で待ち合わせをするのか?

なかなか、キャッチーなタイトル。ご本人の知恵なのか、出版社の知恵なのか、わからないが、良い意味でだいぶ策士だなという印象を持った。

できる人はなぜ、本屋で待ち合わせをするのか?この「ひと工夫」が一流の人生を作る。
著者: 臼井由妃(うすい ゆき)
出版社: 翔泳社



■誰が書いた、どんな本か?


ビジネスで成功を収めた主婦が書いた自己啓発本。ビジネスで成功するための基本的な心構えや、時間の使い方、発想力を高める方法など、「成功する人のシンプルな習慣37」と題して、紹介している。

どれだけ成功した方かと言うと、日本テレビの「マネーの虎」で、投資家たる審査員の側で出演していたほどの方・・・とのこと。お金の面では、相当な成功者と言えるのだろう。ちなみに、ネット上では年商20億円以上を稼ぐ・・・という数字が出ていた。

プロフィールを簡単に拝見すると、
  • ガンに倒れた夫の後を継ぎ、専業主婦から健康器具販売の社長に転身
  • 独自のビジネス手法で通販業界で成功をおさめる
  • 多額の負債を抱えていた会社を優良企業に変える
  • マネーの虎に出演し人気を博す
と、ある。

■成功する人のシンプルな習慣37とは?

本書は、成功する人のシンプルな習慣37を、1つあたり約3~4ページ弱割いて解説している。具体的にはたとえば、発想力を高める習慣の1つに「行列では必ず立ち止まるべし」というものがある。著者は、次のように解説している。

「いったいこの行列はなんだろう?」

こうした時、あなたは立ち止まりますか? それとも、スルーするでしょうか?

工夫上手な人、アイデア豊かな方、仕事ができる人は、必ずと言っていいほど、行列を見つけたら立ち止まります。ある金融機関の支店長は、移動中でも・・・

(できる人はなぜ、本屋で待ち合わせするのか? ヒットを生み出す発想法より)

と、こんな感じだ。

■本書最大の特徴は?

さて、私は書評を書く際に、その本にしかない魅力について触れるよう最大限努力しているが、さすがに世に溢れる自己啓発本ともなると、もうそうした魅力を見つけるのは至難のワザと言わざるを得ない。それが嘘偽りのない感想だ。そうした中でもあえて、本書の魅力を挙げるとすれば、私は次の3つではないかと思う。

1つ目は、主婦・・・いや、女性が書いた本であるということ。文章に柔らかさを感じるとかそういうこともあるが、女性目線で書かれている・・・と感じるときがあり、それが男性読者には考えたこともなかった新鮮みを感じさせ、女性読者には親しみを感じさせる・・・そんな効果を生んでいるのではないかと思った。たとえば、37の習慣の1つに「家事の工夫から仕事を学ぶ」というものがあるが、これなんかまさにそう。

2つ目は、「シンプルな(習慣)」という形容詞に現れているように、本当にシンプルな指摘であること。悪く言えば当たり前、よく言えば誰もがおさえてソンはない基本中の基本・・・そんな内容が紹介されているのだと言える。

3つ目は、表題がキャッチーであること。本そのもののタイトルもキャッチーだと思いますが、37の習慣それぞれにつける表題がこれまたキャッチー。たとえば、「ブラジャーについて本気で考える」「机はギリギリまで小さくする」「忙しいときは桃太郎をゆっくり語る」・・・こんな表題を見ると、「いったい何が書いてあるんだろう?」と興味をひかれてしまう。それが比較的上手だと思う。

■誰が読むのがいいか?

自己啓発本の書評の最後はいつもこんな感じになってしまうが、既にこれまでに類書を何冊も読んできている人に、改めてこの本を読むことはおすすめしない。もし、類書をそれほど読んでいなくて、他の本よりも先に、この本にたまたま出会った・・・という人ならば、手を出してみたらどうかと言いたい。とりわけ、著者自身が女性であることから、女性の方・・・そして、内容のシンプルさから新人ビジネスマンなどに向いているのではないかと思う。

先述したように、キャッチーな表題が多いので、ぱらぱらっとめくってみて、「おっ!?これ何だろう?」と目を引いた表題のみ、目をとめて読んで見る・・・そんな読み方をするのもアリではないかと。


2014年10月12日日曜日

書評: 教誨師

本の存在はラジオで知った。人間の死生観に強く訴えかける本。40代という年齢が後押ししたのかもしれないが、これまで全く触れたことのない世界観に興味を持った。

教誨師
著者:堀川恵子
出版社:講談社



教誨師(きょうかいし)という職業がある。簡単に言えば、死刑囚を精神面でサポートする人だ。文字通り、死刑囚に死が訪れるその瞬間まで行われる。教誨師は免許制ではない。ある意味、誰もがなれるわけだが、様々な宗教、様々な宗派を代表する者達がボランティアで行っているのが実態のようだ。本書は、その教誨師の中心的存在である渡邉普相氏に密着取材し、教誨師という職業の本質に迫った本である。

この本が注目に値するのは、何よりも、情報としての希少性である。書店を見回しても教誨師に関する本はない。拘置所の管理体制が強化され、獄内での出来事は一切、口外無用となったことが影響しているのではないか、とは著者の論だ。教誨師が精神的につらい任務である点に鑑みれば、積極的に口外しようと言う者もいないのではなかろうか。本書にしたって、ありとあらゆる取材に応じなかった渡邉氏が、著者に対してのみ、紙に起こすなら亡くなった後に行うことを条件に承諾されたものである。

本には渡邉氏が、教誨師になった経緯をはじめ、教誨師としての自身の失敗や苦悩、数々の死刑囚とのやりとりが詳しく紹介されている。「女性だから実際に死刑が執行されるわけがない」と自身に満ちあふれた死刑囚、「死刑執行の日は、その前日に教誨師に伝わるだろうから、特別に自分だけには教えてくれ」と教誨師に念押しする死刑囚、大久保清の女性の連続強姦殺人事件を指して「あいつは間違いなくオレと一緒だ。強姦が目的じゃない。殺しが目的なんだ。」と語る死刑囚。

死刑囚を精神面からサポート・・・というと生やさしい響きがあるが、わたしは死刑執行の場にまで立ち会うという事実に(もちろん、それを望むか望まないかは教誨師自身の判断だが)驚愕した。また、死刑囚にばかり目がいきがちだが、死刑囚を合法であるとは言え、自らの手で殺さなければいけない刑務官の気持ちを考えるとやりきれないものがある。

「先生!私に引導を渡して下さい」
・・・(中略)・・・
「よおっし!桜井さん、いきますぞ!死ぬるんじゃないぞ、生まれ変わるのだぞ!喝-っ!」
「そうかっ、先生、死ぬんじゃなくて、お浄土に生まれ変わるんですね」
「そうだ、桜井君!あんたが少し先に行くけれども、わしも後から行きますぞ!」
潤んだ両の目に、ほんの少しだけ笑みが浮かんだと思った途端、その笑みは白い布で隠された。そこからは、わずか数秒のことだった。桜井を取り囲んでいた刑務官が、パッと離れた。同時に、差くらいの身体の正面に身をかがめて待機していた別の刑務官が、床から伸びた太いレバーを力一杯、グッと引いた。その瞬間。バッターーッン・・・。
(教誨師、第五章 裟婆の縁につきて、より)

本書を読むとこのように、死を直前にしたときにこそ現れる人間の本質、教誨師という職業の過酷さ、そして、人が人を裁くということの重さ・・・それが、大きなうねりとなって押し寄せてくる。一方で、こうした記憶は時間の経過とともに徐々に薄れていき、人は過ちを繰り返す。人生は続く。

色々な人のお陰で社会が成り立っていることに感謝の念を強く持つとともに、人間っていったいなんだろう・・・という疑問が膨らむばかりである。はっきりとした答えは何も出ないが、間違いなく強烈な印象を残す一冊だ。


2014年6月29日日曜日

書評: 全員で稼ぐ組織 ~JALを再生させた「アメーバ経営」の教科書~

今回は、経営の神様とも言われる稲森和夫京セラ名誉会長が編み出した「アメーバ経営」に関する本である。 

全員で稼ぐ組織 ~JALを再生させた「アメーバ経営」の教科書~
著者:森田直行
発行元:日経BP社

※レビュープラスさまからの献本です(但し、書評をするにあたって変な気遣いはしてません)

稲森会長はどうやってJALにアメーバ経営を導入したのか? なぜアメーバ経営でJALがよみがえったのか? アメーバ経営は何がそんなにすごいのか? どうやったらアメーバ経営を導入できるのか?・・・こういった数々の疑問に答えてくれる本だ。ちなみに、著者は稲森和夫氏自身ではない。「アメーバ経営」の仕組みを京セラで確立・推進し、やがては「アメーバ経営」のコンサルティング会社を立ち上げた森田直行氏が書いた本である。森田直行氏は、JALを再生する際に稲森氏に直に招聘され、「アメーバ経営」導入の立役者になった人物でもある。

さて、そんな森田氏が書いた本・・・その特徴は、なんと言ってもJALの事例だろう。JALにおいて組織体制がどう変わったのか、管理会計をどのように変えたのか・・・そして組織文化がどうかわったのか・・・具体例を持って解説してくれている。やはり何かを学ぶなら具体例は必要不可欠だ。その意味で、本書はありがたい。勉強になったという観点で1つ例を挙げるとすれば、組織文化に関してだ。組織文化に関しては、京セラフィロソフィーの話が登場する。京セラフィロソフィーとは、著者の言葉を借りて言うと「人間として普遍的に正しい判断基準」をわかりやすい言葉でかみ砕いて示したものである。管理会計になぜ、京セラフィロソフィーが登場するのか・・・一瞬、不思議な感じがしたが、本書を読んで、フィロソフィーとアメーバ経営は切り離せいないものであるということが良くわかった。アメーバ経営は、最小単位(5~10人程度)で管理会計を行う仕組みだ。つまり、どれだけ収益に貢献したかを、チーム単位で見える化する仕組みだ。この仕組みは非の打ち所のないように見えるが、チーム間の競争を生み、殺伐とした雰囲気を醸成する可能性を持つ。それを補うのがフィロソフィーというわけだ。京セラのホームページを見ると、これでもかこれでもかというくらいフィロソフィーの話が全面に出てくるのがやたらと疑問だったのだが、その訳をようやく理解できた。

で、本書を読めば、「アメーバ経営」を導入できるようになるか?という疑問についてだが、残念ながら、答えは否だ。タイトルにあるように「アメーバ経営」の教科書ではあるが、導入ガイドではない。教科書と言っても入門書である。ただし、組織論や会計論の話に踏み込む必要があるわけで、本書の中身をしっかりと頭に叩き込むだけでも一苦労だ。あわよくばいいとこ取りをしてしまえ・・・くらいな気持ちで、本書を手に取ったのだが、部分取りできるようなものではない。そもそも、全てが組み合わさっての「アメーバ経営」である。かといって、仕組み全体を導入しようと思うと、生半可な準備やノウハウだけではできなそうだ。

ところで、本書を読んで一つだけ、気になった点がある。それは果たして本当に「アメーバ経営」はどの組織にも適用できるのか、という疑問だ。「アメーバ経営」は京セラ・・・すなわち、製造業で生まれた仕組みだ。だから、著者自身も認めているように製造業での事例は多いようだ。確かに本書では、必ずしも製造業にとどまらないことを証明する目的で、病院での導入成功事例を紹介している。しかし、病院は一般的なサービス業とはやや異なる。著者は、決して、アメーバ経営は製造業に特化したモノではない・・・と息巻くが、やはり、まだまだ製造業という枠から完全に脱皮しきれていないのではないか・・・という印象を受けた。できることなら、今後ぜひとも、サービス業での成功事例を語る本を出して欲しい。

まとめよう。アメーバ経営は経営手法の1つと言える。本書は、その教科書だ。色々な経営手法を知って、自分の会社のあり方を考える際の参考にできるという意味では、製造業の経営者はもちろんのこと、経営者の立場にある人なら、読んでおいて損はないはずだ。もちろん、人事評価をつかさどる人事部門の人も同様だ。少なくとも、2年であのJALを立て直した実績を持つ手法なのだから。


2014年6月21日土曜日

書評: 企画は、ひと言。

正直、読書疲れでかなりご無沙汰してました。そろそろ、ゆっくりと再開しようと思います。

 さて、久方ぶりに紹介する本は...

企画は、ひと言。 
著者:石田章洋(放送作家)
出版社:日本能率協会マネジメントセンター



良い企画を生み出せずに困っている人に向けた本。著者の石田章洋氏は、「世界ふしぎ発見!」や「TVチャンピオン」など数々の有名番組を手がけてきた放送作家だ。つまり、氏の成功体験を・・・氏が極めた極意を・・・氏の頭の中に入っているノウハウを・・・我々読者が読める形に落とし込んでくれたのだ。

さすが、「企画は、ひと言。」と主張するだけのことはある。著者のメッセージは非常にシンプルだ。決して、5つの要素とか、3つのポイントとか・・・ちょっとした数にまとめられているというわけではなく・・・いや、それ以上にシンプルだ。メッセージはたった一つ。

「企画は、ひと言で言えるものでなければならない」

と、それだけだ。だから、本書の話の中心は、全てシンプルなセンテンスをどうやって創出するか、である。「まず、企画書の構成を学ぼう」とか、「企画の目的から整理しよう?」とか、「内容の骨子を作ろう?」とか・・・そんな平凡な感じの本ではない。面白いひと言企画を作れさえすれば、内容は後から展開できる、という考えだ。たとえば、あの有名なTVチャンピオンの番組企画をとおすときのひと言は「あらゆるジャンルの日本一を決める番組!」というものだったそうだが、なるほど、確かにそのひと言を聞くだけで、イメージが沸き、面白そう!という気になれるし、後の細かい話を聞かなくても、7割は賛成!という気にさせられる。

ところで、企画を生み出す・・・という以上は、どんなに単純であったとしても、そこにはやはり発想力が求められる。本書はそうしたテクニックについても具体的に解説してくれている。テレビや新聞をうまく活用する話。外を歩く話、逆転の発想・・・などなど。このあたりについて、興味深いな・・・と感じたのは、発想力について同様に説いた小山薫堂氏の「もったいない主義」に通ずるところが多々あったという発見だ。外を出歩くとか、逆転の発想とか・・・数々の成功者が口をそろえて説くわけだから、本当にその通りなのだろうと、心底思うのだ。

さて、やや横道にそれたが、企画書を書く人、提案書を書く人、プレゼン資料を作る人・・・など、なにか人に訴えかける資料を作る職業にある人なら、読む価値はあるだろう。「いやいや、もう提案書なんぞ、何枚も書いてるし、今更シンプルな話を聞かされても・・・」と思った人がいるとしたら・・・その人こそ読むべきだ。なぜなら、私がそうだったからだ。熟練者ほど、手の込んだ資料を作りがちで、ひと言で伝える重要性を見失いがちではないか・・・とそう思うのだ。


【類書】
もったいない主義(小山薫堂著)

2014年3月16日日曜日

書評: 世界最高のプレゼン術 World Class Speaking

【本のタイトルは?】
世界最高のプレゼン術 World Class Speaking
著者: ウィリアム・リード (クレッグ・バレンタイン監修)
発行元: 角川書店


【なぜ手を出した?】
一番の理由は、自分自身、人前で喋ることが圧倒的に多いからだ。ほぼ毎日と言っていい。多い時は500人を前に喋るときもある。そのくせ、最近、成長してる感が得られない、ときている。以前、類書で「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン」を読んだこともあるが、もうその時に得た効果も薄れてしまったような気がする。

【具体的に何が書いてある?】
世界最高のプレゼンテクニックを磨くための指南書だ。世界25,000人以上のスピーカーの中から世界一を決めるコンテスト・トーストマスターズのワールドチャンピオンスピーカーになったクレッグ・バレンタイン(Craig Valentine)氏が本書を監修しているということから、文字通り、「世界最高のプレゼン術」というわけだ。もちろん本書を実際に手がけたリード氏も、バレンタイン氏に師事し、2009年に世界で第一号のワールドクラス・スピーキングの認定コーチになった人だ。

さて、本書を開くとノッケから、著者本人が使った講演資料の解説から始まる。プレゼンのイロハや、なぜプレゼン術を学ぶことが重要か?・・・と言ったテーマから入り込むのが、王道のような気もするが、こうした意表の突き方にもプレゼンテクニックが活かされているといったところか。講演資料解説の後は、2つのテーマに分けたノウハウ紹介が始まる。前段は「コンテンツを作る」、後段は「伝え方を磨く」だ。

【何が特徴的?】
なんと言っても日本人向けを意識して書かれている点だろう。「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン」でもそうだったが、類稀なる評価を受けているプレゼンターにはそもそも外人が多い。そいう言った人たちが書くものだから、事例も自然と英語が当たり前になる。ところがどっこい。本書の著者はアメリカ人だが、日本に30年以上も住んでいる人だという。だからこそ、本書は明らかに日本人読者を想定して書かれている。先述した「著者本人の講演資料解説」というのも実は、氏が大阪で行った日本語スライドがベースになっている。そんなわけで日本人マインドも心得ているようだ。だからこそ次のようなアドバイスも出てくる。

『英語では"YOU"を使うように指導しています。"あなたは〜"と呼びかけることによって、話し相手と会話をしている感覚になり、距離感も縮まっていきます・・・(中略)・・・日本語では「あなたは〜」「あなたたちは〜」と呼びかけるのは、上から目線で偉そうな印象を与えてしまうので要注意です。』

【何が印象に残った?】
PARTS・・・フレーズ、アンカー、リフレクション、テクニック、セール・・・等、色々なことが印象に残った。中でも一番の印象に残ったのは、シンプルかつ重要なポイントで「リハーサルが大事だ」という点。実はこれ「スティーブ・ジョブズ、驚異のプレゼン」でも全く同じことを指摘していた。やはり慣れてくると、ぶっつけ本番が多くなり、それがおそらく冒頭で述べた成長を感じられない、につながっているんだろう。

【で、オススメか?】
というわけで、人前で話す機会が多い人・・・とりわけ独学で適当にやってきた人には、こうしたインプットは刺激になるのではないか。一冊くらい、こういった本を読んでおくと、すぐにでも明日から使えるヒントが見つかるはずだ。

ただし、私のように本(例えば「スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン」)の内容に感動しても忘れて実践に移してなかった自分に気がつくことも多々あるわけで。今回は同じ過ちを繰り返すまいと、チェックリストを作ることにした次第。皆さんも、おきをつけて。


【類書】
スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン

2014年2月25日火曜日

リチャード・ブランソンを知る

久しぶりに中央公論(2014年3月号)を買った。最近は、どこも韓国に関する記事が多いが、一番気になったのは、韓国とは全く無関係の記事。ヴァージン会長のリチャード・ブランソンへのインタビュー記事を発見。考えてみれば有名な人だが、彼のコメントに目を通したことはほとんどない。

気がつくと、食いついて読んでいた。出だしでいきなり・・・以下のコメント。

リチャードブランソン
『(リチャード・ブランソンは)「リスクを冒さなければ何も得られない」、そして「人生で最も大切なのは自分の評判である。たとえ大金持ちであっても、世間の評判が悪ければ決して幸せになれない」という両親から叩き込まれたモットーを、常に心の支えとしている。』

世間の評判を気にする・・・ともすれば「人の目ばかり気にして自分がない」という指摘の声が聞こえてきそうだが、それは揚げ足とりというものか。より多くの人の幸せを考えることが、結果、成功につながる・・・という言葉の裏返しだろう。


そして、知らなかった。ヴァージン会社の特徴・・・というか、小さいことは美しい・・・というリチャード・ブランソンの思想。

インタビューワ
ヴァージン・グループには四つの柱がありますね。一つ目は世界的な展開をしていること、二つ目は、中央本部がないこと、三つ目は管理ヒエラルキーがないこと、四つ目は官僚的な部分を最小限に抑えること。このようなシステムは、将来の企業モデルになるでしょうか。

リチャード・ブランソン
『小さいことは美しい。グループ会社として大きくなってくると、同時に小さいままでいることが重要になってきます。ですから、たとえばビルの中に150人以上の人間がいるようになると、副社長、副セールス・マネージャ、副マーケティング・マネージャを呼んで、「これからは会社を折半して、あなたたちが新会社の、社長であり、セールス・マネージャであり、マーケティング・マネージャです」と宣言します。誰でも小さい会社で働く方が好きなのではないでしょうか。ヴァージン・ブランド傘下であることの強みを保ちつつ、ずっと小さなユニットのために働くことになる。結果として集合的にはるかに強くなっていると思います。これまで一社として倒産させたことはないし、借金はいつも返済し、自分たちの責任を果たす組織であるという評判を維持するようにしてきました。』

色々な経営者が語っていることをまた別の言葉で表現しているだけだろうが、やはり成功者が発言すると説得力がある。いつだったか、誰かの本で、組織は50人を超えると効率的な動きがしづらくなるとか・・・。50という数字が妥当かどうかは別にしても、小回りがきく組織というのは、確かに優れた成果を発揮しやすいのだろう。

2014年2月24日月曜日

顧客満足度調査の妙

久々の投稿。仕事に忙殺されて、完全に雑誌や本から遠のいてました。また、徐々に生活のリズムが取り戻せればいいのですが・・・。

以下、日経ビジネス2014年2月17日号と24日号から気になった記事の引用。


『アトラクションごとに「非常に満足」から「非常に不満」まで5段階で評価した場合、「非常に満足」の絶対数こそが(リピータ率向上につながる)カギになります。満足度を学校のテストにたとえれば、一定の「合格点」を超えればいいのではなく、「満点」でなければなりません。しかも、アトラクションの人気と顧客満足度は必ずしも比例しません。』(日経ビジネス2014年2月17日号 オリエンタルランド 加賀見俊夫)

顧客満足度調査って良くやるが、手段(調査)が目的化してしまうことが良くあるのだと思う。何気なく設定したこちらからの設問に対して、比較的高い点数を返してくれれば、それでOK・・・と判断してしまう・・・みたいな。顧客満足度調査ひとつとっても、点数をどのように解釈すべきか・・・そこをつかみとらないと単なる自己満足で終わってしまう、ということだろう。


『ユニ・チャームも変化の兆候をつかんでいなかったわけではない。「日本国内のベビー用品店で中国人が加増の紙おむつ「メリーズ」を買い占めているらしい」。2012年の中頃、営業担当者からこうした報告が入り始めた。しかし「輸出品の価格は中国国内産に比べて4割ほど高い。需要が急拡大するわけがない」と判断し、対応が遅れた。』(日経ビジネス2014.2.24号 ユニ・チャーム、中国で失速のワケ)

この記事を読んで企業のリスク管理をどうあるべきか・・・について、悩んでしまった。こういう事態の検知と、検知したとしてそれを将来のリスクとして対応をとるかどうかの判断・・・「あのとき、こうしとけば・・・」とか「あのとき、あの人にいっておけば・・・」とか、いくらでも言えるが全て結果論だ。おそらくリスク管理部・・・というより、経営企画部などがこうした事態への対応責任を持つのだろうが、果たして、こうした事態をリスクとしてとらえることができるのか、それを誰がどうやってとらえる環境を醸成するのか・・・。なにかこう、まだモヤモヤっとしている。


『在庫を極限まで減らして緻密に部品供給網(サプライチェーン)を管理すればするほど、不測の事態による影響は大きくなる。ただ、三菱自動車の益子修社長は「自然災害を想定して在庫を増やしたり供給網を分散したりするのは現実的でない」と話す。復旧に全力を尽くすしかないのが実情だ。(日経ビジネス2014.2.24号 時事深層より)

BCP(有事にも重要業務を継続するための行動計画)というキーワードが登場して久しい。BCPは考え方を提供してくれるが答えを提供してはくれない。今回のこうしたリスクに対して、企業にとって有効な対応策はいったいなんなのか? BCPと言うと、仮に1つの工場が撃沈したとしても、もう1つの工場で肩代わり生産・・・みたいな代替手段による継続・・・が注目されがちだが、BCPはBCPでも、益子社長が指摘しているように、被災した工場を速やかに元に戻すために何ができるか・・・そちら(復旧)のほうに力点を置かないと難しいのだろうと思う。

以上。

2014年2月2日日曜日

書評: がんワクチン治療革命

がんワクチン治療革命
著者:中村祐輔(なかむらゆうすけ)
発行元:講談社


最近、高齢化社会の影響か、やたらと健康をテーマにした本を見かけるようになった。ガン関連の本もその例外ではない。そこでふと思った。自分の持っているガンの知識は大分古いのではないかと。そんなときにたまたま目にしたのが本書だ。

■ガン退治に有効なペプチドワクチン療法に迫る

ガン退治に有望視されている最新医療を紹介している本だ。その目的は、ありとあらゆる最新医療の紹介ではなく、新薬としての正式な承認が期待されているペプチドワクチン療法の紹介だ。

ところで、ペプチドワクチン療法とは何だろうか。少しだけ触れておきたい。ペプチドワクチン療法とは、著者の言葉を借りると「免疫力を高めてがん細胞を殺す治療法」、つまり、免疫療法と言われるもののひとつだ。ペプチドワクチンを投与することで、がん患者の体の中に、がんと戦う精鋭部隊を増やし、多勢に無勢だった状況をひっくり返し、がんに勝とう、という考えだ。

というわけで、本書にはガンの特徴にはじまり、既存医療の特徴と限界、ペプチドワクチン療法の特徴と仕組み、実験段階での実績、正式な新薬化に向けた活動進捗、ガンに対する専門家間のアプローチや意見の相違、これから進むべき方向性などについて書いている。

■本書がもたらす3つの驚き

以下、読んでの率直な感想だ。

まず、有望な新薬が登場しつつあるという事実に驚いた。「がんはまだまだ不治の病」という印象をもっていただけに、「いつの間にこんなに世の中は進んでいたんだ!?」とびっくりしたほどだ。

つぎに、これだけ情報技術が発達した世の中になっても、いまだに情報格差があるという事実に驚いた。ガン治療に関して、ガン患者を救うかもしれない情報が、タイムリーに届いていないのだ。本書で紹介されているペプチドワクチンの恩恵を受けた末期ガン患者の多くの人が、自らが、または近親者が、能動的に調べに調べ上げて、ようやくペプチドワクチンにリーチできたという事実は見逃せない。

最後に(どこでそう思うようになったんだかは思い出せないが)「なんだかんだで、免疫力さえ高めれば、ガンには勝てそう」という自分の思い込みが、いかに浅はかだったかを知って驚いた。がん細胞の膨れ上がり方は、気合いや、ちょっとした健康術による免疫力向上効果でなんとかなるような代物ではないようだ。ちなみに、中村先生によると、これを「多勢に無勢論」というのだそうだ。

■決して小さくない本書の意議

さて、ペプチドワクチンが全てのガンにたいする答えとなりうるのかといえば、答えはNOだ。それは著者自身も認めている。だが、ペプチドワクチンが、がん患者の希望の光になるのは間違いない。ガン患者には生きる希望が何よりのパワーだ。それこそが本書の意義でもある。

そして、本書の意義はもうひとつ。先述したように、ガン治療に関する情報格差をなくす手助けになることにある。大野更紗さん著の「困ってるひと」を読んだ時にも感じたが、生きたいなら受け身ではダメなようだ。自らが積極的に動いて情報を得る活動をしなければならないと思うのだ。「誰かが教えてくれる」「〜してくれる」という姿勢ではダメだ。本書は間違いなく、そうした意識を持つ者の助けになってくれるはずだ。


【医療という観点での類書】

2014年1月18日土曜日

世界地図の下書き

彼を初めて知ったのは、情熱大陸という番組でのことだ。平成生まれの直木賞作家であり、サラリーマン。会社員生活の合間を縫って”リアル”を描き続ける作家がそこにいた。早朝に出勤して、近くの喫茶店でパソコンをカタカタたたく。小説を書く。素直に、かっこいいし、うらやましい、と思った。自分がそういう生活にあこがれていたからだ。そんなやつの本ならぜひ読んで見たいと思った。

世界地図の下書き
著者: 朝井リョウ
出版社: 集英社



■懸命に居場所を見つける子供たちの物語

本作品はフィクション小説だ。

舞台は、児童養護施設「青葉おひさまの家」。主役は、その施設に、昨日やってきたばかりの小三、大輔。そして大輔が入った一班の仲間、4人。5人のまとめ役、中三の佐緒里。淳也(小三)とその妹、泣き虫だけどいつも元気いっぱいの小一、麻利。ちょっと大人びた小二、美保子。大輔をはじめ、みんなそれぞれの事情があって外の世界に自分の居場所を失い、この施設にやってきた子供たちだ。この5人は本当に仲が良かった。そこに自分たちの居場所を見つけたのだ。

しかし、時は流れる。状況は、変化する。居場所も、変わる。そのとき、5人は・・・。

■何気ない物語に秘められた圧倒的パワー

この本は、まるで小宇宙(コスモ)だ。我々の生きるということの本質が、ものの見事に、この本一冊に凝縮されている。子供の世界を描いた物語だから、大人の自分とは縁遠い話と思ったのだが、いやいやどうして。この本に描かれている子供の世界観は、実は、そっくりそのまま自分たち大人の世界にピッタリと当てはまる。

そして、本書を読み終えて感じるのは”勇気”。淡々と進む物語の中に、明確なメッセージが埋め込まれており、読み終えたときにそれを実感するのだ。

■リラックスして読めて、そして元気になりたい方に

力まずリラックスして読める本が欲しい。そして、勇気づけられる、元気になる本が欲しい・・・という大人には、本書がおすすめだ。

それにしても、私は彼の本はまだ一冊目だが、本作品に朝井リョウの流儀を垣間見た気がした。いや、朝井リョウの生き様そのものが、本作品の作風と重なった・・・というべきだろうか。サラリーマンという平凡な人間を装いながら、直木賞をとるというとんでもないことをやってのけるヤツ。淡々と進む何気ない物語のように描いておきながら、そこに”生きることの本質”の全てを凝縮させてしまおうとしているヤツ。”何気なさに秘める凄さ”。彼の美徳感なのかもしれない。

わたしの朝井リョウに対する興味は続く。ぜひ、他の作品も読んで見たい。

2014年1月13日月曜日

書評: 巨大災害のリスク・コミュニケーション

「生き残る判断、生き残れない判断」の著者、アマンダ・リプリー氏は、その著書の中で、次のように述べている。

『911では生存者の少なくとも70パーセントが退去しようとする前に、他の人と言葉を交わしていたことが連邦政府の調査で分かった。生存者は何千本もの電話をかけ、テレビやインターネットのニュースサイトを確かめ、友人や家族にメールを送った。』

良い・悪いは別にして(おそらくこれがために避難が遅れ多数の死者が出た、という意味では良くなかっただろうが)、災害時のコミュニケーションが人の生死を分けるといっても過言ではない


巨大災害のリスク・コミュニケーション ~災害情報の新しいかたち~
発行元: ミネルヴァ書房


■東日本大震災以後の災害時のコミュニケーションのあり方を考える

本のタイトルは「巨大災害のリスク・コミュニケーション」。「巨大災害」とは、地震と水害のことを指している。そして「リスク・コミュニケーション」とは、防災情報の伝達内容やタイミング、伝達手段のことだが、ここには2つの意味が込められている。1つは、災害が発生する前、または災害が発生したときに、とるべき人の命を守るためのコミュニケーションのことだ。もう1つは、それらコミュニケーション自体がもたらす弊害(コミュニケーション・リスク)のことだ。

あらためてまとめると、地震や水害が起きる前、または、起きた直後にとる、人の命を守るためのコミュニケーションの功罪を認識し、課題を特定し、解決策を追求したもの・・・それが本書である。

具体的にはたとえば、以下に示すようなテーマがカバーされている。

「なぜ、逃げないのか?」
「なぜ、逃げるのが遅れるのか?」
「なぜ、悲惨な体験が風化してしまうのか?」
「なぜ、ヒヤリハットが生かされないのか?」
「なぜ、想定外は起こるのか?」

■意外と曖昧にされがちな課題に立ち向かう

本書最大の特徴は、「人の命を守るためのコミュニケーション」という、重要ではあるが、そう簡単に答えが見つからない・・・いや、誰も答えを持ち得ない”重いテーマ”に関して、逃げずに、掘り下げようと努めている点だ。たとえば、従来であれば、以下に示すような平易な答えに落としどころを求めるような本が多かったのではないかと思う。

「色々あるけど、要するにもっと避難基準を明確にして周知徹底しておくことだよね」
「避難指示の語気をもっと強めに変えるべきだよね」
「いやいや、結局は継続的な避難訓練につきるんじゃないかな」

著者は、そこからさらに一歩踏み込む。

『さて,たとえば,”昨夜からの大雨で,XX側は破堤の危険があります。早めに指定の避難所に避難してください”という情報を考えてみよう。このメッセージは,以下のような,さまざまなメタ・メッセージ(意図しない別の意味)を随伴しうるし,実際に伴っていると著者は考える。一つには,”避難というものは,このようなメッセージを受け取ってから,言い換えれば,メッセージを待ってするものだ”というメタ・メッセージ(意図しない別の意味)である。言うまでもなく,これが,”情報待ち”として指摘される問題群の元凶であろう。』(本書 「第Ⅰ災害情報の理論」より引用)

簡単に言えば、ここで著者が指摘しているのは「指示を出す側が頑張って、立派で明確な指示を出すように努力すればするほど、指示を受ける側がその指示なしでは動けないようになってしまう」ということだ。そしてそれが大きなリスクになるのだ、と。想定どおりの事態が起こってくれればまだマシだが、そうとは限らないし、常に想定通りに指示を受け取れるとは限らないのだから。もちろん、避難指示を出す人や警報装置、避難基準を示した防災マニュアルなどの一切を否定するわけではないが、こうした災害時のコミュニケーションがもたらすデメリットについて理解しておかないと、結局は、真の対応力の向上につながらない・・・そういうことらしい。

そして、そういったデメリットを穴埋めするにはどうしたらいいか・・・。著者は、深掘りをすすめていく。ちなみに、著者が出している答えの一つは「指示を出される側・・・に、ホンモノの防災活動をさせること」だそうだ。常に「誰かが~してくれる。してもらえる。」という意識をなくす活動をしていかなければ、どんなに立派なハードをそろえても、効果が半減する、ということなのだろう。

■あるべきコミュニケーションを具現化するのは読者自身

本書を読んでいて感じるのは、前段で述べたように”深掘り”をしているだけに、人の命を守るための本質に迫った本である、ということだ。逆に言えば、”これ”といった答えがない。「○○のツールを入れればいい」とか、「○○訓練をすればいい」とか、「○○マニュアルを作ればいい」・・・といったような、分かりやすい答えは、どこにもない。

むろん、こうした活動に通り一遍の答えがあるほうがおかしいのだから、当然といえば当然だとは思うが、それにしたって「やはり、具体的な、解答例が欲しい」という方には、本書は向いていないだろう。本書が向いているのは、あくまでも、人の命を守るための本質を理解した上で、みずからの発想で、自分なりの答えを見つける用意がある人だ。


【防災という観点での類書】
生き残る判断生き残れない行動(アマンダ・リプリー著)
地域防災力を高める(山崎登著)

2014年1月5日日曜日

気になる著名人の言葉


日経ビジネス2014年1月6日号の特集は、THE 100 〜2014 日本の主役〜。以下、備忘録的な感じになって恐縮だが、著名人たちの言葉の中にいくつも印象的なものがあったので(一部、雑誌の趣旨とは異なるが)、ぜひ挙げておきたい。

【稲盛和夫】
いったんこの世に生を受けた以上、世のため人のためになるようなことをしようじゃありませんか。私たちは、皆、何かをなすために生を受けています。それに気がつかないのは、虚しいじゃありませんか。

【柳井正】
優れた経営者の本質は、世界で変わることはありません。つまり、それらを追及すれば、皆さんの会社も世界的な企業になる可能性がある。

【大木聖子(地震学者、慶應義塾大学准教授)】
津波は50センチでも人は歩けなくなる。LEDライトとホイッスル、枕元に置くスニーカーが命を守る。

【シェリル・サンドバーグ(Facebook CEO)】
完璧を目指すより、まず終わらせろ。

【児玉清】
人間は人生の終わりが見える年になると努力をしなくなる。だから50歳から努力した者が伸びるのだ。

【南場智子(ディー・エヌ・エー創業者)】
空気を読んで周囲の人に合わせる時代は終わっています。解答欄に正しい答えを書く、質問に対し期待されている回答をする。日本ではそういう「間違わない達人」が多いですが、それで世界で勝つことはできないのです。


さぁて、2014年はこうした心に残る言葉を大事にしつつあった「情熱と思いやり」を自分のキーワードにしてがんばるぞー。

2014年1月2日木曜日

書評: 住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち

妻がイギリスの市民病院で妊娠・出産したときのこと。日本では妊娠8週目から出産間際まで頻繁にエコー写真を撮るが、イギリスでは出産までに3回程度しか撮らない。日本では出産後1週間近く入院しているが、イギリスでは翌日に退院するというのは珍しくない。イギリスの医療はなんてひどいサービスなんだ、と思ったものである。その後、現地在住の日本人医師とこの件について意見を交わしたとき、彼はこういった。「イギリスの方が合理性という点では理にかなっている(つまりそんな頻繁に写真撮っても出産の成否には影響しない、という意味だ)。それに出産は”病気”じゃないんだから、1週間も滞在している必要はないのさ」と。どちらの国が良い・悪いは別にして、なるほど「外国に住むと見識が広がる」ってこういうことなのか・・・と実感した瞬間だった。こんな感じで日本にいながらにして、そんな見識の広がりを持つことのできる本がある。

住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち
著者: 川口マーン恵美
発行元: 講談社プラスアルファ新書



■ドイツと日本の良い面・悪い面を比較紹介した本

本書は、ドイツ在住30年の日本人が、ドイツと日本の良い面・悪い面を比較紹介した本だ。著者は川口マーン恵美氏。彼女は大阪で生まれたれっきとした日本人女性であり、これまでにドイツに関わる書籍を何冊も書いている作家さんだ。彼女のことを知らない人は「いったい何者?」「徒然なるままに書いた生活エッセイ?」「そんな人が書いた本がおもしろいの?」と思うかもしれない。事実、私もそのような懐疑心を持ちながら本書を手に取った一人だ。が、これがなかなか・・・いや、かなり読み応えがある。

日本の学校にはクラブ活動があるが、ドイツには教師のやる気の問題もあって存在しない、という話。日本では何事も選択肢試験が多いが、ドイツでは筆記試験など丸暗記では太刀打ちできない試験が圧倒的に多い、という話。日本では、年配者がスーパーの駐車場の前で車の誘導をしている姿を良く見かけるが、ドイツではそのようなことをするドイツ人を絶対に見かけない、という話、等々・・・その違いを読んでいるだけでも、驚きの連続である。

■幅広い分野における比較と鋭い考察が本書の魅力

比較は特定分野にとどまらない。教育分野を皮切りに、政治、社会、ビジネス、経済、生活へと話は広がる。たとえば、政治では領土問題の話が登場する。日本の「尖閣諸島」のような話がドイツにもあるのだ。また、社会では原発問題が取り上げられている。ドイツは日本のフクシマ事故にいち早く反応した国の一つである。距離は10,000キロ近く離れているが、原発問題への認識の高さは日本のそれに近い。さらに、ビジネスにおいては勤務時間に対する意識の違いについて言及されている。「日本の常識がドイツの非常識」と言える典型がそこには存在する。そのほか、経済では関税の話、生活では公共交通機関の話など、テーマは多方面にわたる。

比較に加え、著者の鋭い考察も本書を魅力的なものにしている要因の一つと言えるだろう。たとえば、ビジネスマンがとる有給休暇について次のような話が登場する。「日本人は1回あたりせいぜい数日間の休みをとる程度だが、ドイツでは3週間まとめてとる人が多い。しかも病欠=有給消化にはならない。」

単純に比較すればどう考えてもドイツの圧勝だが、コトはそう単純ではないらしい。ドイツ人のきまじめ気質がアダとなって休暇と言えど、みっちり休暇プログラムを組むため、休暇はリラックスにもリフレッシュにもなっていない。昨今、ドイツ人の間に燃え尽き症候群が広まっているらしいが、実はこの休暇が原因になっているのではないか、とは著者独自の見解。納得感のある鋭い指摘だと思う。

■グローバル力を身につけるための良書

ドイツと日本の違いを理解することで、”いいとこどり”をできるのが、本書が我々にもたらす意義の1つだと思う。著者曰く、ドイツでは小学校のときからペンで書かせるのだそうだが、これは文章を書く良い訓練になる、と言う。消しゴムを使えないということは、頭の中であらかじめ文章がまとまっていなくては書き始めることさえできないからだ。ならば、我が子にそういった機会を与えることを考えてみても良いかもしれない。

本書のもう1つの意義は、グローバル力を身につけるためのインプットになりえるという点だろう。わたしは真のグローバル力とは、世界の人とコミュニケーションができる力だと思う。そしてコミュニケーション力の中には、自分の国の良さを海外の人に伝えられる力も多分に含まれていると考える。本書を読めば、まさに日本にいながらにして日本の良さを理解できるのだ。本書のタイトルにもあるように、ドイツと日本を同じように深く知る著者が冷静・客観的に比較して出した答えが「8勝2敗で日本の勝ち」というのだから、日本の良さを知るのにこれほどうってつけの本はないのではなかろうか。


【海外から見た日本という観点での類書】
イギリス発 恥と誇りを忘れた母国・日本へ!(渡辺幸一著)

2014年1月1日水曜日

2013年に読んだ本を振り返る

あけましておめでとうございます!

ちょっと遅れたが、2013年に読んだ本を軽く振り返っておきたい。2013年に読んだ本は全部で42冊。いま、はじめて知ったが、昨年とほぼ同数(2012年は43冊読んでいた)だ。

○ 2014年、中国は崩壊する(宇田川啓介著)
墜落の夏 ~日航123便事故全記録(吉岡忍著) ★3
現実を視よ(柳井 正著)
地図から読む歴史(足利健亮著) ★4
結果を出すリーダーはみな非情である(冨山和彦著)
医者が患者をだますとき(ロバート・メンデルソン著)
戦略の本質(野中郁次郎ほか著)
カンブリア宮殿 村上龍×経済人 変化はチャンス(村上龍著)
MBA流チームが勝手に結果を出す仕組み(若林計志著)
ブラック企業 ~日本を食いつぶす妖怪~(今野晴貴著)
間抜けの構造(ビートたけし著)
リスク、不確実性、そして想定外(植村修一著)
学び続ける力(池上彰著)
運脳神経のつくり方(深代千之著)
決断の条件(P.F.ドラッカー著)
感じる科学(さくら剛著) ★1
あんぽん ~孫正義伝~(佐野眞一著) ★7
はじめての積み立て投資1年生(竹内弘樹著)
忙しいビジネスマンでも続けられる毎月5万円で7000万円つくる投資術(カン・チュンド著)
実践 日本人の英語(マーク・ピーターセン著) ★6
中学受験という選択(おおたとしまさ著)
学校では教えてくれない日本史の授業2天皇編(井沢元彦著)
聞く力(阿川佐和子著)
プラチナデータ(東野圭吾著)
成功学のすすめ(神野博史著)
中学受験に失敗しない(高濱正伸著)
信念を貫く(松井秀喜著)
モンスター(百田尚樹著)
奇跡の営業(山本正明著)
日本人が「世界で戦う」ために必要な話し方(北山公一著)
マッキンゼー流 入社1年目 問題解決の教科書(大嶋祥誉著)
井沢元彦の学校では教えてくれない日本史の授業3悪人英雄論(井沢元彦著)
静かなるイノベーション(ビバリー・シュワルツ著)
選択の科学(シーナ・アイエンガー著) ★5
死の淵を見た男(門田正隆著)
戦略プロフェッショナル(三枝匡著)
不格好経営(南場知子著) ★2
爆速経営 新生ヤフーの500日(蛯谷敏著) ★8
イシューからはじめよ(安宅和人著)
消費税のカラクリ(斎藤貴男著) ★9
消費税が日本を救う(熊谷亮丸著)
「空気」を変えて思いどおりに人を動かす方法(鈴木博毅著)
※★は全42冊の中でとりわけ印象に残った本。★の横の番号は印象に残った順。

全42冊の内訳は上に示したとおりだが、うち、献本によるものが6冊、知人からのすすめによるものが3冊、ラジオ紹介に影響をうけたものが5冊、残りは雑誌や読んだ本の中で取り上げられていたものだ。

★印をつけたものは特に印象の残ったもの。共通して言えるのは、実生活にとても役に立ったか、あるいは、本当にリアルな追体験をさせてもらえたか・・・といったところだろうか。前者について言えば、たとえば「実践日本人の英語(マーク・ピーターセン著)」。これは自分の英語を磨くのにとても助かった。後者について言えば、たとえば「不格好経営(南場知子著)」。実体験を生々しく語っていて、共感できる部分も多く、かじりついて読んでしまった。ちなみに、献本でめぐりあえてラッキーだと思ったのは「爆速経営 新生ヤフーの500日」。献本してもらえなかったら、自らかって読んでいたかどうか怪しかったと思う。だが、出会えて良かった。

iPad miniも買ったことだし、2014年は、電子書籍などもうまく活用して英語の本などもバンバン読んでいきたい。

・・・というわけで、今年もよろしくお願いします。

【関連リンク】
2012年に読んだ本を振り返る
2011年に読んだ本を振り返る

書評: 3 行で撃つ <善く、生きる>ための文章塾

  「文章がうまくなりたけりゃ、常套句を使うのをやめろ」 どこかで聞いたようなフレーズ。自分のメモ帳をパラパラとめくる。あったあった。約一年前にニューズ・ウィークで読んだ「元CIAスパイに学ぶ最高のライティング技法※1」。そこに掲載されていた「うまい文章のシンプルな原則」という記...