2011年8月20日土曜日

書評: 「失敗の本質」

人は”失敗”にこそ、学ぶことが一番多い。私は自身の経験からも「失敗を失敗のまま放っておくのは、なんてもったいないことなんだ」と常々、思っている。

そんな背景もあり、日経ビジネス6月20日号に紹介されていた書評を読んだとき、その誘惑には抗えなかった。

本が対象とする時代は第二次世界大戦。「物量面で圧倒的に劣っていた日本にとって、最初から負け戦だった」と言われている戦争だが「それにしたって、もう少しベターな戦いができたはずではないのか?」という声も少なからずあった。こうした疑問を持った専門家の方達が協力して「ミッドウェー海戦など大戦のポイントとなる戦いで、日本がなぜ負けたのか」ということを、科学的・・・組織論的・戦略論的な観点から分析を行い考察した本である。

なお、この本が分析の対象としている戦いは以下の通りだ
  • ノモンハン事件(1939年5月)
  • ミッドウェー海戦(1942年6月)
  • ガダルカナル作戦(1942年8月)
  • インパール作戦(1944年3月)
  • 沖縄戦(1945年3月)
戦いごとに、史実の説明、分析、考察という形でまとめられている。おかげで、歴史に詳しくないわたしでも、全体を興味を持って読むことができた。

■浮き彫りにされる敗戦の本質

学校の授業を軽く聞き流していたせいかもしれないが、この本を読むまで、わたしは「やっぱり、負けた理由は物量につきる」と思い込んでいた。

しかしながら、この本が暴いている、各戦いの裏にある日本側の杜撰な動きには、驚かされる。「えっ!? それはないんじゃないの!?」という日本側の戦略・・・いや、当時、存在していたものは、現代ではとても戦略と呼べるシロモノではないのかもしれない。

戦略目的の曖昧さをはじめ、中途半端な人情論に基づく意志決定、コンティンジェンシープラン(バックアッププラン)の不備等・・・仮に同じ分量の物資を調達できる能力が日本にあったとしても、これは「当然に負けていたのでは?」と思えるほど多くの事実を浮き彫りにしてくれている。

■今の日本に未だまとわりつく、65年以上前の失敗

この本が面白いなと思った理由の1つに、こうした客観的な分析・考察を踏まえた上で、現代の日本について鋭い洞察力を残している点にある。

たとえば本の後半のまとめに次のような”くだり”がある。

『経済大国に成長してきた今日、日本がこれまでのような無原則性でこれからの国際環境を乗り切れる保証はなく、近年とみに国家としての戦略性を持つことが要請されるようになってきていると思われる』

「これまでの日本は明確な戦略がなくとも、なんとか精神力・現場力でやってこれたかもしれないが、これからはそんな甘くはないはずだよ」と言っているのである。

驚くべきは、著者達の洞察力というべきか、日本の学習力の低さというべきか。この指摘から20年が経過する今にいたっても(※この本は1991年に発行されたものだ)、この部分は解決されていない、といってもいいだろう。

余談だが、この点についてハーバードビジネスレビュー2011年4月号で読んだ”Capitalism for the Long Term(長期的視野の資本主義)”の記事が思い起こされる。記事中、「韓国のミョンバク大統領が、マッキンゼー社に向こう60年の韓国の展望についてアイデアを出してくれてと依頼してきた」という事例が紹介されていた。「失敗の本質」が予言しているように、今や世界はそういう時代なのだ。

■今の自分が抱える課題にもヒントをもたらす価値ある本

先に国家レベルの戦略が不在である・・・という例を取りあげたが、(良し悪しは別として)実は、この本を読み進めていくと、他にも戦中の日本と今の日本と本質的に変わっていない部分があると感じることがあった。

もちろん、人によってこのあたりの受け止め方は異なると思う。たとえば私は、リスクマネジメントコンサルタントという(企業の危機対応の在り方を指導する)立場だが、”組織の硬直性”など、今の日本企業が危機発生対応において抱えている多くの課題との共通点を見いだした。これは面白い発見である。

今より20年も前の1991年8月10日に発行されたものであるにも関わらず、内容が色褪せた感じがしない。しかも、2011年6月現在で43刷目だ。色々と自分の考えを上に述べてきたが、つまるところ、この発行部数の事実が何よりも、この本の価値の高さを証明しているように思う。




関連リンク:
・HBR”Capitalism for the Long Term(長期的視野の資本主義)”
NHKスペシャル「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」

===(2011年8月23日追記)===
井沢元彦著「日本史の授業」を読んで、興味深い記述を見つけた。伊沢氏によれば古来より、”言霊(ことだま)”という考えが日本を支配していた、と指摘している。わたしたちが日頃良く耳にする「縁起でもないことを言うと現実になるから、慎みなさい」という発言の背景にはこの”言霊”への畏怖があるのだと言う。「失敗の本質」の中で「この戦は負ける。日本は負ける。負けるから、やめた方がいい。」などとは口が裂けても言えなかったと、大戦当時の組織の中で客観的かつ率直な意見をうかつに口にできなかった場面が頻繁に描かれているが、井沢氏によれば、それこそが”言霊”の影響であり、大昔も当時も今も日本を支配する考え方なのだと言う。

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