以前、このブログでも書いたが欧米ではこうしたディベートが盛んで、メディアの報道姿勢もこれに沿ったものが多い。どんなテーマであっても、賛成派の意見を伝えるだけではなく、反対派の意見も伝えようとする。たとえば、CNNではエジプトのムバラク政権を追い込もうと反政府側が勢いづいていた時期に、反政府側と政権側の両方の主張を拾って公平に伝えようという姿勢が見られた。
まさにこれと同じ理由から、今回、読むことにしたのが次の本である。
「ユニクロ帝国光と影」 横田増夫著
文藝春秋出版(1,429円)
ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏が執筆した『一勝九敗』を読んだのは今年3月だ。柳井氏のことを理解したつもりではあったが、所詮、1冊の本から氏を見ただけに過ぎない。別の角度から眺めることで、より本当の柳井氏・・・そしてユニクロ帝国とは何たるかを知ることができる。そんなわけで、たまたま足を運んだ本屋の店頭にあったこの本を見つけて迷わず買った次第である。
この本のカバーに書かれている文句が、まさに中身の全てを集約しているような感じだ。
「なぜ、執行役員が次々と辞めていくのか」
「なぜ業績を回復させたにもかかわらず玉塚元一氏は辞めさせられたのか」
「なぜ中国の協力工場のことを秘密にするのか」
「柳井正の父親による●●とは何なのか」
「誕生の地、宇部からユニクロ躍進の秘密を握る中国へ」
「そしてライバルZARAの心臓部スペインへ」
「グローバルな取材であぶり出す本当の柳井正とユニクロ」
■Devil's Advocate(デヴィルズ・アドヴォケット)を演じる著者の横田氏
「ユニクロ帝国の光と影」と題されているが、基本的には”影”の部分に多くの焦点を合わせた、まさにDevil's Advocateを演じている本だと言えよう。柳井氏やユニクロに対する一方的な賞賛に「ちょっと待った!」をかけ、あらためて読者が自分なりの視点で考えなおす機会を与えてくれる本である。
いくつか例を挙げたいと思う。
【ユニクロ中国工場問題】
著者の横田氏は、長時間労働を理由に「ユニクロが一方的に中国工場で働くワーカーを搾取しているのでは」という疑問を投げかけている。氏は実際に現地まで足を運び、ユニクロの製造ラインで働く社員や工場長から得た不満の声を紹介している。また、ユニクロと非常に似ており何かと比較されがちなGAP(ギャップ)の製造ラインで働く社員にもインタビューを敢行し、各会社での声の違いを指摘している。
このような話を聞くと「なんだ、柳井氏という大富豪が誕生した裏には、こうしたひどい搾取が存在するからなのか。こんなビジネスモデルはすぐにメッキがはがれる」と思わされる。しかし、ここでふと思うわけである。「いや、待てよ。搾取しているのは、工場のオーナーかもしれないじゃないか。いや、それよりも何よりも、そこまでユニクロがひどい取引条件をつきつけてくるというのなら、つきあいをやめればいいじゃないか。でも、インタビューを行った工場の多くはユニクロと10年来のつきあいを続けている。なぜなんだ?」と。
わたしの頭の中では、そのような思考が働いたのだが、本を読み進めると終わりの方にではあるが「なぜユニクロとのつきあいをやめないのか?」という疑問に対する答えが載っていた。それを読むにつけ、いよいよ「横田氏のような疑問を投げつけるのは妥当なことではあったが、その疑問の答えとして、ユニクロが搾取しているというのは言い過ぎではないか?」と自分なりに結論づけるわけである(もちろん、これはあくまでも私の結論であり、読む人によって考えが異なるかもしれない)。
【店長の年収問題】
横田氏は、本の中で次のように述べている。
『柳井氏が「いい人材を確保するためにアパレル業界の水準を上回る給与を払っています」というが、果たしてその金額はユニクロの店長の長時間労働とその膨大な仕事量とにみあっているのかという疑問が残る。』
横田氏がそう主張する背景の1つには、柳井氏が著書『一勝九敗』の中で「店長は平均でも1,000万円以上とることができ」「3,000万円の年収も可能」と書いてあるくせに、そうした年収をもらう店長にインタビューできた試しがないということ、そして、実際にみな口を揃えて長時間労働にならざるを得ないと答えていること、実際に店長の業務マニュアルに規定された業務量が膨大であること、にある。
私自身この指摘が気になって、再度『一勝九敗』を読み直してみたが、柳井氏が著書の中で「店長は平均でも1,000万円以上とることができる」という誤解を与えるような表現をしたことは事実である。また確かに、業務マニュアルに規定されているという勤務内容を見ると、長時間労働にならざるを得ない印象を持たされる。あわせて、ユニクロの店長は離職率が高いという事実も気になる。さらに、年収一千万円もらえるスーパースターと呼ばれる店長が1999年の制度スタート時点の16人に比べむしろ減っている(現在は約11人)というのも気になる。
この点については説得力のある指摘だと思った。確かに、アパレル業界の水準を上回る給与であるならば、離職率がもう少し低くてもいいのではないか?・・・そう思ってしまう。ただし、気をつけたいのは「あぁ、やっぱりユニクロは悪い会社なんだ」と結論を急いでしまうことである。年収に見合った労働時間でないことと、そこで働く人がみんな不幸せかどうかということは、また別の問題である。横田氏がインタビューできたのはユニクロを辞めた人ばかりであるので、現役でまだ働き続けている人にインタビューすればまた違った答えが得られるかもしれない。
と、わたしが実際にこの本を見てどのように感じたかを見てきたが、いずれにしても、どのような結論を下すかは読者自身だ。この本はそのきっかけを与えてくれているに過ぎない。「ユニクロを糾弾している本」ではないことに留意したい(もちろん、横田氏の文体は、週刊誌のような、一方的に誤解を与えるようなものがところどころにあるようには感じるが・・・)
■徹底的な調査を行っているところはさすが
ところで、著者のジャーナリスト魂には頭が下がる。横田氏は『アマゾン・ドット・コムの光と影』を書くにあたって、アマゾンの物流センターで半年間実際に働いたそうである。同じように、今回のこの本でも書くにあたって、できる限りの調査を行っている姿勢が伝わってくる。
・雑誌や書籍(『一勝九敗』、『失敗は一日で捨て去れ』、日経ビジネス、週刊ダイヤモンド・・・その他書ききれないほど多数)
・柳井氏の出生地への訪問
・ユニクロで働いた従業員へのインタビュー
・ニトリ社長へのインタビュー
・中国工場でのインタビュー
・ZARAでのインタビュー
・柳井社長へのインタビュー、など
ここまで徹底取材を重ねて、ユニクロ、いや柳井氏に対する検証を行った書籍を私は知らない。だからこそ、彼が投げかける疑問の多くが、妥当性を帯びているものであることを実感できる。
■柳井氏、そしてユニクロの成功の謎を知りたいという人に
これは”あくまでも私の私見”であることを前提とした上で、私が『一勝九敗』と『ユニクロ帝国の光と影』をとおして見た柳井氏像は以下のようなものだ。
・経営が誰よりも好きな人
・経営の才覚に長けた人
・ユニクロを自分の子供として見ている人
・誰よりも高い目標を掲げ、強力な実行力が伴う人
・自身を客観的に評価できる人
・人を育てることが苦手な人
・人を褒めることが苦手な人
・まじめで誠実な人
みなさんはどう感じるのだろうか。
さて、柳井氏は2009年「日本の富豪40人で61億USドル(約5,700億円)で日本人首位となったそうだ。2010年には柳井氏の念願のニューヨーク進出を果たしている。まさに快進撃を続けている・・・そんな企業である。
そんな企業を作り上げた柳井氏の人物像を知りたい・・・そう思うのは私だけではないはずだ。
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