2011年5月15日日曜日

書評: 「突然、僕は殺人犯にされた」

今回読んだのは、この本だ。

「突然、僕は殺人犯にされた」 ~ネット中傷被害を受けた10年間~
著者:スマイリー・キクチ(竹書房) 1,300円


水道橋博士(小島慶子のキラキラ)や、荻上チキ氏(コラム・チキチキ塾)がTBSのラジオ番組で紹介していたのを聞いて知った。著者であるスマイリー・キクチ氏はお笑い芸人であるが、おそらく知らない人が多いと思う(残念ながら、私も知らなかった)ので、以下に簡単なプロフィールを載せておく。

「1972年1月16日生まれ。東京都足立区出身。1993年お笑い芸人としてコンビ”ナイトシフト”を結成。1994年、コンビ解散後、1人で活動中。漫談や韓流スターの物まねなどの芸風。趣味を活かし、雑誌などで連載中。」

■10年間にわたる誹謗中傷との戦いを記録した本

ネット上での誹謗中傷をきっかけとして、それがどんな実害につながり、それを打ち消すのにどれだけ苦労をしたか、どれだけ想像を絶する現実が待っていたか・・・約10年間に及ぶ記録をまとめた本である。

インターネット上で「あいつは最低だ」とか「あいつなんて死んでしまえばいい」といった過激な発言をする誹謗中傷は後を絶たない。多くの場合はストレス発散ができて満足するのか、時間の経過と共にそうした話題が自然消滅する。

しかし、中にはいつまで経っても忘れ去られず、そうした誹謗中傷が、(あたかも)”真実の話”であるかのように語られはじめ、実害につながるケースもある。そう、まさに風評被害である。スマイリー・キクチ氏のケースはこれにあたるが、その程度と期間が半端ではない。一応、この風評被害の概要だけ触れておくと以下の通りである。

風評: スマイリー・キクチ氏は凶悪殺人犯の1人である
対象の殺人事件: 東京都足立区綾瀬の女子高生コンクリート詰め殺人事件
風評被害を受けた期間: 10年間
実害: テレビ局への抗議電話、殺害の脅迫、集客
主な相談先: 弁護士、警察、ハイテク犯罪対策総合センターなど

【ネット上には今でも風評の足跡が残っている】


ところで、この本を読んで驚いたことが3つある。

1つは、犯人を捕まえる役割を担う”警察の縦割り行政の弊害の大きさ”である。10年間も解決に時間がかかった背景には、キクチ氏が相談しても、なかなか、まともな相手をしてもらえる警察官に会えなかったことがあるだろう。

2つ目は、容疑者を起訴する役割を担う”検察庁のあまりのいい加減さ”である。いい加減さを端的に表す例として、本ではキクチ氏と検事との間に以下のようなやりとりが会話(一部)が紹介されている。

(検事)『本人達も反省をしてしますし、謝罪があったので・・・(不起訴に・・・)」
(キクチ氏)『すみません、今、謝罪があったとおっしゃいましたが、誰からも謝罪なんて来てないんですけど、それはどういう意味ですか?』
(検事)『えっ、「供述調書」にはすぐ謝罪をするとあったので・・・』


”村木厚子元厚生労働省局長に対する無罪判決に関わる事件”のように最近、検察のいい加減さが目に余るニュースが多いだけに、氏のこうした訴えは間違いなく事実であろうと思える。非常に、不愉快な話だ。

3つ目は、誹謗中傷をする人達が、ふたを開け(捕まえ)てみれば”極めて普通の人”であったという事実である。一般の主婦、先生・・・など。こうした人達に共通して言えることは”犯罪意識の希薄さ”である。本人達に罪悪感はない。むしろ「こんなことくらいで・・・」と思っているに違いない。私は、そういう点ではこの誹謗中傷は”学校のイジメ”と何ら変わらないと思う。ただ、インターネットを介したイジメであるだけでに、時間も距離も選ばず、誰もが参加でき、また即座に正体がばれないだけに、余計にタチが悪い。

■明日は我が身

「こうした話は、何だかんだでレアケースなんじゃないの?」

そう思う人がいるかもしれない。確かに、スマイリー・キクチ氏の事件の特徴だけで見ればそのような見方もできる。史上まれにみる凶悪犯罪の事件に紐づけされてしまったこと、風評を促す(個人的には悪意があったと思うが・・・)記述をした書籍が出版(北芝健著「治安崩壊」)されてしまったこと、そして何よりもスマイリー・キクチ氏が適度(中途半端)に有名であったこと(あまり有名人だと、どこかのメディアで正式に取りあげられ、あっという間に終息していく可能性が高いだろう)、こういった3つの偶然が重なり、風評被害を助長したようにも思える。

しかし、これを単なる誹謗中傷・・・風評被害・・・という言葉で片付けるのではなく、一種の”イジメ”として見たとしたらどうだろうか? イジメは、国内どころか世界中のいたるところで社会問題になっている。イギリスやアメリカでは、ネットで受けた中傷(”Cyber Bullying”と呼ばれる)をきっかけとして自殺者が増えている、という。日本でも、学校裏サイト※なるものが存在し、子供の間でネットを使ったイジメが横行しているという。

先述したように、インターネットネットは、時間も距離も選ばない上に、匿名性が高いため、対象者の年齢・性別を問わずイジメが横行しやすくなったと言えるだろう。

自分が・・・いや、自分の子供が、身内が、知り合いが、いつこういう事態に巻き込まれるか分からない。

※学校裏サイトとは、その学校に通う生徒達が、学校の公式サイトとは別に、同じ学校に通う生徒間での交流や情報交換を目的に立ち上げた非公式なサイトのことである。こうしたサイトには通常、部外者によるアクセスは制限されており、こうした綴じられた先生や親の目の届かない空間の中で、イジメを行うことも多いと言われている)

■私たちは社会の現実を知り、覚悟を持ち、対処方法を知っておく必要がある

さて、この本・・・約300ページからなるが、巻末には35ページにわたる「ネット中傷被害にあった場合の対処マニュアル」を特別付録がついている。なにしろ「警察に行けばすべて解決してくれる」という他力本願で済むような事象ではないだけに、氏の10年間の体験を通じた対処ノウハウは、実践的で価値が高い。

そして忘れてはならないのが、この本が、こうした事件との戦いの話を通じて、我々を取り巻く社会が以下に不完全か・・・いかに理不尽なことが多いのか・・・について、改めて教えてくれる本だ、ということである。

自分たちの身は自分たちで守らなければならない。そのためには社会の現実を知り、覚悟を持ち、対処方法を知っておくこと・・・これが非常に重要なことだ、と思う。

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